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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!
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3.

 紅葉した木々に囲まれた牧場に到着するころには、一行はすっかり空腹を覚えていた。
 さすがにコーヒーと茶菓子だけでは、満腹には至らないのが若さというものだ。
 案内されたバーベキュー場には、羊や牛といった肉が、山盛りの野菜とともに用意されていた。……そして、一行にまた、さりげなく弥十郎は合流する。
 あとは楽しい、バーベキューパーティだ。
 またの名を、肉を巡る戦場、ともいう……。

「闘志無き者は去れ」とばかりのオーラを発しているのは、東條 カガチ(とうじょう・かがち)椎名 真(しいな・まこと)瀬島 壮太(せじま・そうた)の三名である。
 鉄板が次第に炭火で持って熱を帯びていく。それと同時に、静かに三人の闘気も上昇していくかのようだ。
「たくさんありますからね?」
 念のため神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)がそう声をかけるが、耳に入っているかすら怪しい。
「椎名くん、野菜お願いねぇ」
 鉄板に油を敷いた真に、カガチはにこやかに切った野菜の山を押しつけると、ぴたりと鉄板脇にトングを片手に陣取った。
 このバーベキュー用に用意されたタレは数種類。いずれも弥十郎の手作りで、野菜の味はひきたつに違いないものばかりだ。しかし、メインはやはり――肉!!!
(くっくっく……トングを制するものが鉄板を制するんだぜぇ。肉の配置、焼き具合、それらすべてを掌握するのは、この俺よ! 弱者は割り箸を咥えて見ていやがれ)
 トングを片手に、カガチが不敵に笑う。
(なるほど、こちらには野菜を与えて封じる作戦か。まぁ、肉3割野菜8割が俺的黄金比率だしな。多少はかまわないよ。ただ、そのかわり、その3割は……最高の焼き上がりの肉を狙う……!)
 そのための下準備は、すでに万端だ。真は一歩も退くつもりはない。
「肉ー、にくー、にーくー」
 壮太は準備には一切関与せず、早く早くと食事を待つわんこのように騒いでいる。壮太の作戦は最初から、先手必勝かつごり押し、である。作戦を立てたところで、最終的には口に入れた者の勝ちって寸法だ。
「羊はタレつきのものと、なしのものがありますから。どちらも軽く火を通して食べてくださいね」
 翡翠と同じく、バーベキューの手伝い係にまわっている山南 桂(やまなみ・けい)が、そう案内をしてまわっている。そろそろ各鉄板では野菜が焼かれはじめ、食欲をくすぐる匂いが周囲にたちこめてきた。
「いくぜぇ!」
 カガチのトングが閃く。よく熱された鉄板の上で、じゅーっと音をたて、肉の脂が弾ける。その音色は、さながらこの戦いの前奏曲だ。
 三名の頭には耳が生え、超感覚を駆使しての争いだ。
「……そこまでしなくてもいい気がするんだけど……」
 隣のテーブルのレモが思わず呟いたが、当然そこは無視である。
「バーベキューは弱肉強食、肉は食うか食われるかだぜ!」
 先手必勝! と壮太の箸がうなる。両面ほどよく焼けた羊肉を狙い、すくいあげると同時に紙皿にオン、そして、即座に胃袋にインを狙う。
「そうはさせるかぁ!」
 カガチのトングが鉄板を一閃する。焼けた肉が宙を舞い、トングとは逆の手にした紙皿がそれらを一気に奪い去ろうとした。が、紙皿に着地する前に、壮太の箸がキャッチする。常人では目にも止まらぬ、迫真の一進一退だ。
「……あち、うめっ……」
「ああ、……やるじゃねぇか……」
 戦闘はすぐに第二ターンだ。電光石火の勢いで、次の肉が鉄板に並べられる。
「おい、てめぇの目の前にばっか肉置くんじゃねー! つーかこの夏は遊んでばっかであんまりバイトしなかったから、収入が少なくてビーフパティ以外の肉食ってねえんだよ肉食わせろ肉!!」
「うるせぇ、瀬島はもやしでも食ってろ。見ろ真なんてさっきから野菜ばっか食ってんだぞ見習えよ」
「知るか!!」
 カガチの言うとおり、真は順に焼き上がったキャベツやもやしを静かに味わっている。そろそろタマネギも良い具合だろう。時折、牧場の景色を楽しむ余裕すらうかがわせる。
 ――しかし、彼はただ、待っていたのだ。時がくるのを。
「ん? この銀紙なんだ?」
 焼き肉争奪戦の合間に、ふと壮太は鉄板のはじに、アルミホイルに包まれた物体があることに気づいた。こぶし大の固まりが三つほど、ちょこんと並んでいる。
「ああ、そうろそろだな」
 真がホイルを破り、中からあらわれたのはほっくほくのジャガイモだった。これもまた、季節の旬というやつだ。そこへさらに、黄色のバターをたっぷりとのせると、途端にとろりとバターが溶け出す。さらにそこに、細かく削ったチーズも乗せれば、牧場特製チーズジャガバターの出来上がりだ。
「うお……っ」
 肉メインにおいていた二人も、その黄金色に思わず声をあげる。
(……計 算 通 り
 にやりと内心で真は笑う。
「ほら、良い具合だよ」
 新しい紙皿にジャガバターを乗せてやると、真は二人に手渡した。
(今は肉ばかりだと無意識に舌が飽きてくる魔の時間……。そして、二人がこのジャガバターに夢中になっている間に、ジャスト焼き上がるように先ほど肉も追加済みだ。これぞ、チャンス!)
 かくて、真の狙い通りに、彼は完璧な焼き上がりの羊を楽しむ。超感覚のせいか、いつもより焼き肉もさらに美味に感じられるようだ。
「あ!」
 作戦に気づいたカガチが、若干悔しそうな声をあげる。
「急がば廻れとも言うからね。……あと野菜も食べてよ!」
「ってだから野菜入れんな!」
 ひょいひょいともやしを皿によそわれ、壮太がわめいた。


「外で、食べる食事は、美味しいですけど、皆さんよく食べますね?」
 翡翠が三人の騒ぎに楽しそうに目を細める。
「本当に、なんか、……すごいね」
 レモはやや圧倒され気味だ。こちらの鉄板では、それほど修羅場にはならず、和やかにバーベキューが行われていた(というより、あそこだけが若干異世界なわけだが)。
「主殿?ぼ〜としていると食べ損ねますよ?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと頂いてますから・・それに沢山有るみたいなので、焦らなくても」
 桂の気遣いに、翡翠は微笑む。
「そうだ。後で、記念撮影もしましょうね、みんなで」
「わぁ! 嬉しいなぁ」
 レモはそうはしゃいだ声をあげ、また美味しそうに羊肉をほおばった。
「うむ、悪くはないのぉ」
 ミア・マハ(みあ・まは)は、レモよりも小柄な身体ながら、どこに入るのかという量をもぐもぐと食べ続けている。
「あれ? レキさんは?」
 先ほどまで隣には、パートナーのレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)がいたはずだ。あたりを見回すレモに、「レキは馬や羊や牛の方に行ったようじゃ」とミアは答えた。
「あ、そうだ。馬に乗ってみたら? って、すすめられてたんだった!」
「でしたら、食事が終わったら、行ってみるとよいですね」
「うん。ね、レキさんも一緒に行きませんか?」
「わらわは、疲れることは嫌なのじゃ」
「私は、牛さんや羊さんに触りたいです。すごく可愛いですし!」
 アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)がぴこぴこと長い耳を揺らすと、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が一言。
「うまそうに食ってるその肉、その可愛い牛やら羊の一頭だったのかもな」
「え、このお肉、あの牛さんの……? でもあの牛はお乳を出すための牛じゃ?あれ……?」
「…………」
 レモとアレフティナの箸が、ぴたりと止まる。その素直な反応が可笑しくて、スレヴィはにやにやと笑った。
「どちらにせよ、美味しくいただくのが一番じゃ」
 そんな二人に、ミアはあっさりとそう言い切った。
「そ、そうですよね! に、肉にしてしまったからには仕方がありませんっ。レモさん、感謝して全部いただきましょう! あなたはとてもおいしいです、牛さん!」
「えっと、……そ、そうだね!」
「そうじゃそうじゃ。可愛くて美味い、どこをとっても良いということじゃ」
 ミアは頷き、またぺろりと皿の肉を平らげた。
「けど、実際羊って可愛いよな。そーだ。ストルイピン、羊の着ぐるみに変える気ないか?」
「……! 羊の着ぐるみにだなんて、私に死ねと言うのですか?!」
 途端にアレフティナは飛び上がって猛抗議する。あまりの剣幕に、かえってスレヴィたちのほうが驚いてしまったくらいだ。
「え、そんなにウサギの着ぐるみに愛着あったのか」
「これは私のアイデンティティでありレゾンデートルです! それってスレヴィさんに「魔鎧になれ」って言ってるようなものですよ。羊の私など私ではありません!」
「そんなもんか?」
「そうです!」
 ぷんぷんと怒りながらも、アレフティナは箸を止める気配はなかった。
「ごちそうさま!」
 そのうち、レモが食事を終える。まだ時間は充分にありそうだし、このまま乗馬体験のほうに行ってみるらしい。
 翡翠と桂は後片付けを手伝い、その後は暫し、木陰で休むことにした。
「ストルイピンさん、行こう。ね、ミアさんも!」
「仕方がないのぉ」
 アレフティナとスレヴィ、そしてミアも誘い、レモは牧舎へと歩き出した。