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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!
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2.


 陶芸工房は、工房の他に作品展示や販売もしている。建物自体はこぢんまりとした、どちらかというと古びたものだ。それがかえって、風情を醸してもいる。
 さっそく作品作りに……と取りかかる前に、一通りの解説をきく。タシガンでとれる土は、良質な粘土ということで、古くから貿易に珍重されてきた品物といわれている。その製作過程を、解説を交えて生徒たちは見学した。
「すごいなぁ……」
 ろくろをまわす職人の手さばきに、レモが思わずといったように感嘆の声をもらした。
「たしかに。まことの匠の技というものは、快いものぞ」
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)も頷き、しみじみと見入っている。
 土を練り上げ、形を整え、そして焼く。シンプルな手順だからこそ、熟練の技がなければ、美しいものは生まれない。
「最初はただの土にしか見えないのに、不思議だなぁ」
「それが技というものであろう。なんであれ、ただそこに『有る』だけでは、真の姿はわからぬものよ」
 顕仁の言葉は、どこか暗喩めいてもいて、レモは彼の端正な横顔をじっと見上げた。
「いかがした? 童よ」
「ううん。……本当に、そうだなぁと思って」
「見学を終えたら、希望者はこちらに。陶芸体験の会場にどうぞ」
 係員の言葉に、レモは顔をあげた。
「顕仁さんは、参加しないの?」
「いや。我はそれよりも、完成品の観賞をするつもりじゃ。そなたは?」
「んー……お土産作りたいから、参加してくるね」
 レモは明るくそう言うと、顕仁から離れた。
 
 一方、陶芸体験の会場では、さっそく生徒達が和やかに作業をはじめていた。
 その席には、波羅蜜多実業高等学校の高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)と、イルミンスール魔法学校の関谷 未憂(せきや・みゆう)の姿もある。
 今回の旅行には、未憂のほうから高崎を誘っていた。未憂はリン・リーファ(りん・りーふぁ)とともに、先頃ラドゥの屋敷にほぼ常駐していたという経緯もあって、タシガンを訪れるのももう慣れたものだ。
「そーいや、イルミン生のくせにずっと薔薇の連中の手伝いしてたんだっけか? お前さんも暇だねぇ」
「古文書に興味があって…。先輩も、気になることがあればそこに行こうと思うんじゃないですか?」
 悠司の言葉に、未憂は穏やかに微笑んで答える。
「そーかぁ? 俺はめんどいな」
 悠司はあくまで気怠げな態度を崩さないが、こうして誘いにはのってきてくれたことが、未憂には充分嬉しかった。
 見よう見まねで粘度をこねる悠司の隣で、未憂はすでに出来ている皿に絵付けをすることにした。あまり器用なほうではないと、自覚しているからだ。
「高崎先輩は器用そうですし、こういうのは得意なんじゃないですか?」
「まー、んでも、こーいうので一番大事なのはセンスだろーけどな」
「センス……ですか」
 頷きつつも、そこにもそれほどの自信があるわけでもない。用意されていたモチーフの薔薇の絵を真似て、丁寧に未憂は筆を動かしていく。
 ……が、悠司のほうはといえば、完成品をとくに目指すというわけでもなく、段々とただの粘土遊びになりつつあるようだ。気ままに巨獣もどきや超霊モンスターに模した造形を作っている。だがそれもそれなりに形になっているのだから、そこそこに器用ということなのだろう。
 そのうち、そんな二人の様子を先ほどからちらちらと窺っているリンとプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)のうち、悠司はリンをちょいちょいと手で招き寄せた。
「なーにー?」
「良いもんやるよ。ほれ、いずれプレミアつくから大事にしろよなー」
 そう言ってリンに手渡そうとしたのは、粘土でできたかなり不気味な代物だった。
「わーモンスターだー!」
 リンはきゃっきゃと笑って、すぐさま逃げ出す。
「走り回っちゃだめですよ。他の人の邪魔にならないように気をつけてくださいね」」
「はーい」
 未憂にたしなめられ、リンは肩をすくめた。
「でも、どうしてそんな離れた所にいるの?」
「だって、出来上がるまで出来は秘密だもん!」
 本当は単なるデバガメなのだが、未憂にはそう答えて、プリムの隣へと戻る。
「ふーん、あれがみゆうの『先輩』かー。つんでれー」
 こそこそとプラムに囁くと、プラムは「……つんでれ……?」と小さく呟き、小首を傾げた。それから、手をとめると、じっと未憂たちの様子を見つめる。
 悠司は熱心とはいいづらい態度ながら、未憂の作品にたまに口を挟んだり、そしてそれをうける未憂はとても楽しそうだ。
 一見怖そうだけれども、おもしろい人なのかもしれない。プリムはそう思う。
「あーあ。ラドゥ様が一緒だったらなぁ」
 リンは少しそれが残念そうだ。手にした皿には、未憂と同じように薔薇の花を描いているようだが、かなり前衛的というか、その……という出来だ。
 唇を尖らせたリンの袖を軽くひき、プリムはたどたどしく口を開いた。
「……おはな、……きれい……」
 どうやら、リンの絵を褒めているらしい。おそらく、少しでも楽しくなるようにと思ったのだろう。
「そっかな? ありがと!」
 少し照れながら、リンはプリムに笑いかけた。


「…………」
 一方で、作りかけのマグカップを手に、難しい顔をしている者たちもいる。
「緋布斗? えーと、どうかした?」
 上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)はそう問いかけながら、戒 緋布斗(かい・ひふと)の手元を見やる。二人でスープ用のマグカップを作ろうとはじめたのだが、完璧主義者の緋布斗は、どうも出来が気に入らないらしい。
「つまんない……」
 カップ作成に参加しているプラム・ログリス(ぷらむ・ろぐりす)も、そう呟いて手を止めてしまっている。
(困ったなぁ)
 唯識は少し困った顔をした。緋布斗とはもっと親しくなりたいと思って誘ったことだったし、プラムにしても、せっかくタシガンに来てくれたのに、不満げな顔をさせてしまっては薔薇の学舎生徒として不味いと思う。
 母親が『制服が気に入った』という理由で入学を希望しただけで、唯識にとってはまだ薔薇の学舎は馴染みも浅く、どちらかといえば戸惑いのほうが大きいけれど、だからといって無責任に振る舞うような性質もしていなかった。
「私の能力がいたらないばかりに……」
 眉根を寄せ、緋布斗はぐしゃりと手の中の作りかけの粘土を潰してしまった。これでもう何度目だろう。
「僕だってあまり器用じゃないけど……でも一緒においしいスープが飲めるカップを作ろうよ。君も、どんな風に使うのかをイメージしてみるとか、どうですか? これ、誰かへのお土産なんですか?」
 うさぎのぬいぐるみを抱えて、プラムは俯いたまま答えた。
「私の」
「それなら、君の両手にちょうどいいサイズとか、いいのではないでしょうか」
「……私の、手……」
 プラムはそう呟き、自分の小さな両手を見つめた。その一方で、緋布斗が唯識に尋ねてきた。
「スープってなんだ?みそ汁の白いやつか?」
「え?」
 ……そういえば。もしかして、緋布斗はスープそのものを知らないのだということに、唯識はいまさらに気づいた。二人でいても、つい和食系ばかり食べていたからだ。
「それなら、一度飲んでみますか? イメージがわくかもしれませんし」
 唯識はそう言うと、緋布斗とともに、一旦教室を抜けることにした。確か、喫茶コーナーはあったから、コーンスープくらいならあるかもしれない。
 せっかくだから、気分転換にとプラムも誘い、三人は喫茶コーナーの隅に席をとると、スープを二つ、プラムは甘いチョコレートケーキを食べることにする。甘いものが大好きなプラムは、あいかわらず表情には出さないものの、さっそくケーキをほおばった。
「どう?」
「……美味しいです」
 おかっぱ頭を揺らし、茶道のような手つきで両手にカップを持って、緋布斗が頷く。
「あ、これはね、この取っ手を持って。そうすると、熱くないから」
「ああ、なるほど」
 どうも、茶碗しか親しんでいなかった緋布斗には、その部分の意味がよく掴めていなかったらしい。スープの優しい味のせいか、構造に納得したのか、緋布斗はようやく落ち着いた様子だ。
(よかった)
 唯識は安堵して、微笑んだ。
 その後、彼らの作業はようやく進み、やや歪んだ素朴な出来上がりではあったものの、暖かみのあるカップをそれぞれに作ることができた。
 プラムは彼女の手にちょうどのサイズの、小さなカップに、兎の絵を描いた。
「出来上がりが楽しみですね」
 唯識の言葉に、二人はそれぞれに頷いたのだった。