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16


 ハロウィンだからといって、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は特別なことをしようとは思わなかった。
 街が仮装行列で賑わっていようとも、トリック・オア・トリートでも、別に。
 賑やかでいいですね、とか、そういう感想を抱きはしたけれど。
 のだけれど。
「チャリオットの乗りたいのだ!」
 と、ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)が声を大にして主張するので、「はあ」と気の抜けた返事をした。
「乗りたいのだ!」
 大事なことらしく、ご丁寧にも繰り返してくれた。
「いやでもそんなもの一般家庭にあるわけないでしょう」
 だからクドは、丁寧に否定する。
 大方何かのアニメに影響されたと見えるこの手の主張を全て叶えられるほど、万能ではないのだと。
「じゃあ代わりにお前がチャリオットな」
「どこのガキ大将ですかハンニバルさん」
「お前のものは俺のもの、的な」
「それともまた違うような」
「いいから這いつくばれなのだ」
 酷い命令だったが、拒否権など与えてもらえるわけがなく。
「じゃあせめて人力車で」
「よかろうなのだ」
 妥協案はなんとか通ったので、人力車を借りることにした。
「それじゃ、コンきちのところまでゴーゴーなのだ!」
「ヴァイシャリーまでですか。お兄さん死んじゃう」
「なせばなる、なさねばならぬ、なにごとも。なのだ」
「あの、結構無茶」
「なせばな」
「はい。はい、わかりました。行きます。連れて行かせていただきます」
 座席にハンニバルが座ったのを確認し。
 クドは、人力車を曳いた。


 遠かった。
 ひどく遠い、気がした。
「ヴァイシャリー自体には、よく来るんですけどね。やっぱり、人一人担いでくると、こう、キますね。いろいろね。足だけじゃなくて、心とかね」
 ゼェゼェハァハァ、息を切らせながら言葉を吐き出す。
「ご苦労なのだ。でもまだコンきちが見つかってないから休むななのだ」
 しかしこの仕打ちである。
 ご褒美? ああ、そうですね。そうとでも思わないと、やっていけません。なんて、心の中で呟いてみたり。
「しかし賑やかだな。なんなのだ?」
「ハロウィンですよ。ほら、10月31日」
「……ああ! 忘れていたのだ」
「お兄さんは覚えていましたよ、ふふふ」
「ドヤ顔するななのだ」
 人力車を曳いているのでハンニバルには背中しか見えてないはずなのに言い当てられた。
「愛ですね」
「クド公キモい。あ、今更だったのだ」
「ハンニバルさんひどい」
「今更なのだ」
 ですね、と頷いていると、
「あらまクドさん、何スかそのカッコ」
 紡界 紺侍(つむがい・こんじ)の声が聞こえてきた。
「コンきち! 丁度良いところにきたのだ!」
 ハンニバルが嬉しそうな声を発した。あらどォも、と紺侍がハンニバルに手を振り、近付く。
「何か御用で?」
「御用なのだ。コンきちと遊びにきた! コンきちは今暇なのか?」
「バイト上がって、これから養護施設に行くところっスよ。ハロウィンパーティするんですって。一緒に行きます?」
「うむ! 乗せていってやるのだ。詰めれば二人座れる」
 ハンニバルが楽しそうで何よりだ。何よりなのだが。
「キツネくん重いんですよね」
「身長に対して軽い方っスけど」
「ハンニバルさんが三人に増えた気分です」
「ボクの体重がバレるような発言は控えろなのだ」
 げし、とキックが飛んできた。
 はーいとなおざりに返事をし、再び人力車を曳いて、走る。
「ところでクドさんのそのカッコは火車かデュラハンのコスっスか?」
「いえ、お兄さんはただの馬車馬です。ヒヒィン」
 啼いてみせたら、嘶き上手スね、と笑われた。
「仮装じゃないってェなら、お二方今日は一日その格好で?」
「ボクも仮装したいのだ。コンきち、貸せる衣装はないのか?」
「あー、どうでしょう? 施設行きゃあるかも」
「あったら貸してほしいのだ」
「どうぞどうぞ。ハンニバルさんの魔女っ子姿とか、きっとよくお似合いでしょうねェ」
「撮ってもいいぞ。許してやるのだ」
「そりゃどォも」
 背後では楽しそうな話し声。クドが入り込めないのは、走ることに必死だからだ。というか息切れでそれどころではない。
 さて、なんとか無事に施設まで到着し。
「キツネくん、さっきお兄さんに仮装しないのかと問いましたね?」
「? えェ、ハイ」
「しますよ。お兄さん、ハロウィンのために文字通り一肌脱ぎます! というわけでキャストオフ!」
 服と一緒に疲れも脱ぎ捨てられてしまえと半ば願望じみたことを浮かべながら、パンツ以外の服装を脱ぎ捨て、
「そぉい!!」
 0コンマ1秒と経たず、ハンニバルがカボチャを叩きつけた。ゴシャァ、と何か様々なものが潰れる音が聞こえた気がする。
「ハンニバルさん、今の何スか。すげェ音」
「カボチャダンクなのだ」
「ああ、中身刳り貫いてない丸のままのカボチャっスか。死ぬわァ」
 クドさんだから平気ですかね? と問いながら紺侍がしゃがみ込み。
「大丈夫スか?」
 一応は、訊いてくれた。優しさと取るべきだろうか。
「問題ないです。お兄さんですから!」
 特に目立ったケガはない。ギャグで死なないのはお約束である。痛いけど。
「でさァ、クドさん。仮装なのに何で脱ぐんスか。寒くねェの」
「ふ、愚問ですよキツネくん。
 答えは単純、パンツ一丁の姿、それがお兄さんの仮装だからです」
 どや、としたり顔で言ってやると、ハンニバルからとても冷たい目で見られた。でもクドは気にしない。いちいち気にしていたら変態などやっていられない。
「さあさあ、お兄さんはこの通りパンツを見せています。ならば見ている方々も見せてくれないとフェアじゃありませんよね!」
「ヤベェどこまで本気かわかんねェ。子供たち逃げてェー!」
 紺侍の声が届いたのか、子供たちは「にーちゃんだ」と施設から出てきた。ちみっこ数人、わらわらと。
 ターゲットロックオン。
「お兄さん、いきます!
 トリック・オア・パンツ! パンツ見せなきゃ悪戯しちゃ」
「そぉい!!!」
 ゴシャァ、というひどい音、二回目。
「一生寝ていろなのだ」
「ハンニバルさん、痛いです」
「知らん。コンきちー! 変態は成敗したのだー! パーティするのだー!」
 ハンニバルの足音が遠ざかっていく。カボチャをクドの頭にめり込ませて放置、だ。
 ――寒いですね。さすがに。
「へくち」
 我ながら可愛らしいくしゃみをしてしまったので、服を着よう。
「すみませんお兄さんも混ぜてください! 服着ましたから! あっちょっドア閉めないでくださいお願いします!」


*...***...*


 休日だというのに瀬島 壮太(せじま・そうた)がここまで来たのは、なんとなく思い出したから。
「ちっす」
「え。何お前。何でここに居るの」
 しかし、挨拶をしたらしたで彼――養護施設ソレイユの責任者であるマリアンは驚いたような、いぶかしむような目を向けてきたので苦笑い。
「マリアン先輩、目ぇ怖えよ」
「生まれつきです馬鹿野郎」
 指摘すると額を弾かれた。
「紡界がさ、ここでハロウィンパーティあるって言うから手伝いに来たんだよ」
 手土産、とここに来るまでに買ってきたキャンディや、下宿先のパン屋で作ってもらったかぼちゃのラスクを手渡す。
「キツネめ。ファインプレイしやがって」
 あとで褒めてやるかと薄い唇を歪める彼を、見て思う。
 マリアンのことは、紺侍が好きな相手ということくらいしか、知らない。
 ――あとシャンバラ人ってことと、蒼学OBってことくらい。
 年も知らなければファミリーネームも知らなかった。
「ほら壮太。ちょい手伝いなさいチビが取り合わないように小分けすっから」
「あ、うん」
 袋を渡されて、促されるままに作業を手伝う。特に会話もなく、黙々と。
 やや遠く、子供たちがはしゃぐ声。トリックオアトリート、と言う紺侍の声も聞こえた。
 聞くなら今か、と不意に思った。
「マリアン先輩さあ」
「あン?」
「紡界とどういうきっかけで知り合ったの」
「はあ、何。突飛ね?」
「だよなあ」
「わかってて言ってんの。ならもうちょい順序立てしなさいよ。ただでさえ若い子って何考えてんのかわかんねーのにもー」
 はぐらかすような受け答え。言いたくねえのかな、と思わず邪推してしまうような。
 そんな胸中を悟られたのか、くすり、意地悪く笑われた。
「知りたい?」
「じゃなきゃ訊かねえ」
 そりゃそうだ、とマリアンはまた笑った。よく笑う人だと思った。でも、やっぱり、笑っても目付きは悪い。
 紺侍は孤児でもないし、この職に就きたいと思っている風でもないし。ならばどうして知り合ったのか。
「興味あんの」
「ああそう。別に面白くもなんもねーよ? 一言でいえば、あいつのパートナーが仲介してくれました、ってとこ」
「パートナー? あいつのパートナーのことなんか知ってんの」
「何お前知らねーの?」
「答えてもらえなかった」
「ああそりゃタイミングが悪かったんだな、ご愁傷さん」
「何か知ってんなら教えろよ」
「はーい壮太くん問題です。年上に対する口の利き方はなんでしょうか?」
「教えてくださいマリアン先輩」
「本当お前律儀だわー。おもしれ」
 からかわれている気がしないでもなかったが、教えてくれそうな相手がマリアンしかいないからしょうがない。
 ――紡界に訊いてもはぐらかされそうなんだよな。
 ――語りたがらねえっつーか。
「キツネのパートナーは俺の彼女」
「……は?」
 今、何か、突拍子もないことを聞いた、気がする。
「………………は?」
「え、つーか何でそんなに驚きますかね。意外かよ?」
 意外と問われれば頷くほかあるまい。
「その人今何してんの」
「ここの運営費稼ぐためパラミタ飛び回ってんじゃね? たまにメール来るよ」
「あ、そ」
 それは道理で会わないわけだ。
 そしてそんな複雑な関係にあるのなら、語りたがらないのも頷ける。
 ――片想いで、その相手は自分のパートナーと付き合ってて……って、すげえしんどくねえかそれ。
 明日から、いや今日から少しでもいいから優しくしてやろうか。
 そう思うと同時に、不毛だな、と思った。
 ――そんな不毛なの、やめちまえばいいのに。
「で? ラッピング作業は終わったわけだが質問タイムも終わりでいいわけ?」
 あとひとつならいいぞ、と言われている気がした。
「マリアン先輩の好みのタイプってどんなの」
 どうせなので訊いておく。知ったところでどうしようか。紺侍にでも教えてやるか。努力すれば振り向いてもらえるかもしれないし。
「ドS」
 ほぼ即答でマリアンが言った。
「何、マリアン先輩Mなわけ」
「いや、ドSに歯向かうのが好きなだけ」
「ドMなんじゃん」
 どっちにしろ紡界には無理そうだな、なんて思いつつ。
 ラッピングを終えた包みを、マリアンの持つバスケットに入れる。これから配りに行くのだろう。
 ――……つーか何でオレこんなに紡界のことばっか訊いてんだ。
 すたすたと歩き始めるマリアンの後ろを歩きながら、壮太は自問する。
 それは、本人に訊いても答えてくれそうにないから。
 自答に、いやいやと否定を重ねた。
 ――ならいいじゃんそれで。
 別に、付き合いに不都合な点があるわけでもないのだから。
 必死、という言葉がふと浮かんだ。
 ――何に? 紡界に? ちょっとキモくねえかそれ。
 相手は男だし、自分も男だ。冗談言うなと反論してやりたい。
 ――……まあいいか。
 考えても結局わからないことだらけなので、そう結論付けて。
「トリック・オア・トリート!」
 子供たちの集まる部屋の、戸を開ける。