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年の初めの『……』(カギカッコ)

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年の初めの『……』(カギカッコ)
年の初めの『……』(カギカッコ) 年の初めの『……』(カギカッコ)

リアクション


●山には魔物がおるでな

 切り立った絶壁……ではなく、これでも斜面である。あちこちから岩が飛び出しているが、やろうと思えばスキーができる天然のコースなのである。
「いくぜェェ!」
 どちらが叫んだのかは不明だが、ヴェルデとアッシュはそんな声を上げて、この命知らずなコースに飛び込んでいった。
 そしてまた一人、ここに挑む冒険野郎がいた。
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)
 彼はとことん大技にこだわり、この崖の中でももっとも厳しいポイントを選び、足元の白い闇を見下ろしているのだった。
「ふ、挑戦しがいのある高さじゃないか……地元民でも恐れて近寄らないという峡谷。俺の元旦にふさわしい」
「これ……大丈夫なの? 命知らずにもほどがある急傾斜なんだけど」
 付き添いのエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)は、カイロを手の内で揉みながら正悟に声をかけた。
「だからこそいいんじゃないか。こう見えてもスキーの達人とも言われた俺の腕前を見せてやろう!」
 はらはらと雪が降り続けている。正悟は雪を手ですくい、会心の笑みを浮かべた。
「雪質もパウダースノーで良い感じだし……来て良かったなー」
「まあ、珍しく私を旅行に連れ出してくれたのは嬉しいんだけど……もっと安全なところでスキーをしたいわ」
「このオープニングが終わったら、あとは楽しく安全ポイントでスキーしようじゃないか。ただ、この俺のハッピーでニューイヤーな2022年を表現するのに、一発この場所を滑り降りたいと思っているわけだ」
「『ハッピー』はいいとして『ニューイヤーな』っていう形容詞がでたらめすぎてある意味尊敬するわ」
 尊敬の部分だけ真正直に受け取って、正悟はからからと笑った。
「そうだろうそうだろう。『ニューイヤー』の部分はギリシャ文字の『νイヤー』でもいいぞ。ところでクランジν(ニュー)ってのはいたっけ? 出ないのかな」
「言っていることに全然筋道が通ってないのでノーコメントで……ところで、なんか傾いているけど、これってそのνイヤーな気分を表現してるの?」
 エミリアの言う通りなのだった。正悟はやたらと前のめりに傾いて立っているのである。
「傾いて……? いや、普通に立っているはずだが」
 おかしいな、とは正悟も思っていた。足元は確かに急斜面ではあるが、最初に見積もっていた角度よりずっとずっと急だ。見ているとどんどん傾きが増すような気もしてきた。
「なんかいつの間にか60度くらいの傾斜になったような………しかも冬なのに何だか暑い」
 その割に悪寒もする。武者震いか?
「ねえ、傾きが増してきたんだけど。本当、熱でもあるんじゃない?」
「またまたご冗談を、ピザの斜塔じゃあるまいに」
「それをいうならピ『サ』の斜塔でしょ。宅配でも頼む気? それはともかくちょっとおでこ、見せてみて」
 エミリアは手袋を外し、正悟の額に手を当てた。じんわり温かい。いや、熱い!
「ちょ……ちょっと!? 凄く熱いんだけど! 体温計で測ってみなさい!」
 念のためもってきていた体温計を、嫌がる正悟の口にくわえさせた。
 数分後、エミリアは計測結果を見て目を丸くした。
「ほら見て!」
「見て、って言われてもな。熱なんて出てないに決まってるだろー」
 という正悟も一瞬、フリーズした。
って42度!? ……ナンジャコリャー!」
 ふらふらと倒れそうになる彼を抱きとめ、エミリアは言いきかせるように言った。
「納得した?」
「普段から私生活の態度も真面目なで誠実なのにこんな時に限ってこうなるなんて……」
「普段から馬鹿なことばっかりしてるからこういう風になるのよ」
 エミリア、容赦ない。
 ようやく自覚したか、エミリアから逃れるようにして、正悟は酔っぱらいのようにフラフラ歩きはじめた。スキーを履いたまま。
「まさかと思うけど滑走しないようにね? ああもう、私も付き添ってあげるから大人しく旅館に戻りなさい。他の人たちに風邪をうつして迷惑をかける訳にもいかないでしょ?」
 母親みたいないいようだが、正悟もうなだれて聞くほかなかった。意識も遠くなってきた。
 どれくらい時間が経ったのだろう。
 気がつくと正悟は額に氷のうをあてがわれた状態でベッドに寝かされていた。
「こ、これぞまさしく寝正月か……まったく嬉しくないが」
 ゲホゲホと咳して目を開けると、エミリアと目が合った。彼女は上からのぞきこんでいるのだった。
「もしかして旅館か……?」
「そういうこと。ほら、薬用意してるから飲みなさい。あ、でももうすぐお粥ができるから、それ食べてからのほうがいいかしらね?」
 エミリアが優しくしてくれるのはいつものことなのだが、体が弱っているせいかそれが妙に身に染みる本日の正悟であった。高熱のせいだろう、涙目になってきたので横を向く。
「……普段馬鹿ばっかりやってるから風邪を引かないというか引いても気付かないタイプだと思ってたんだけど…そうでもなかったようね」
 エミリアが席を立つ音が聞こえた。お粥を取りに行ってくれているのだろう。
 熱で混濁した意識のまま正悟は呟いた。自然と口を言葉が突いて出た。
「くそう、年明け早々リアジューどもはイチャイチャしてやがるというのに一人身の俺にはまともな正月を送る事すら許されないというのかー!」
 ……エミリアは別室のようだ。誰も返事してくれない。
 ……。
「いかん、ちょっと冷静になったら若干虚しくなってきたぞ……」
 目を閉じ、正悟は溜息をついた。リアジュウならぬリア病でスタートした2022年というわけか。
「今年はいい事があると良いな……本当に……」
「ま、その『いい事』かどうか知らないけど、今年初のランチよ」
 エミリアが戻ってきていた。彼女は正悟の身を起こし、椅子を引き寄せて彼の側面に座った。
「たまにはお粥もいいものね。ほら、あーんして」
「……いや、自分で食べられるから……」
「箸だって握れそうもない状態で何言ってるの。ほら、あーん」
「……あーん」
 仕方なく応じる正悟である。
 女の子(それも抜群の美少女)に看病され、『あーん』までしてもらっているこの図式――それってリアジュウとちゃいますのん? と、客観的に考えることなど、もちろん今の正悟には不可能な話なのであった。