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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~
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リアクション

 間章2 とある一家(?)のプロローグ

「…………」
 バレンタイン当日。日曜日。
 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)はきっちりと身支度を整えてテーブルにつき、ある思索に耽っていた。その思索とは――
“この家からどうやって脱出しようか“である。
 キッチンから漂ってくるのは、甘い匂い。テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)ミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)が、チョコレートを作っている匂いだ。
「ミアちゃんは、どんなチョコにする予定なんですか?」
「テレサお姉ちゃんは、どんなチョコにする予定なの?」
「出来たらわかります。……何か、材料が似ていませんか? 道具とか」
「出来たらわかるよ! チョコレートだから普通、似るんじゃないかな」
 声だけが漏れ聞こえてきて彼女達の表情までは分からない。だが優斗には、お互いに牽制し合っている様子が容易に想像できた。仲の良さそうな会話からピリピリとした空気が漂っている。正に、一触即発。
 聞いていられなくなって、優斗はとりあえず自室に逃げた。
「時間がありませんね……、何とか、良い口実を作ってここから逃げ出さないと……」
 パートナーの女子2人に手作りチョコを貰えるなど、世の男子から見れば羨ましくて仕方ない状況だ。しかし、2人共本気なだけに、それは「マジで修羅場の5秒前」とも言えるわけで。
 そのうち、チョコが完成したら2人揃って食べさせにきて、「「どっちが美味しかった?」」と延々と張り合ってトラブルになるのが目に見えている。
「……何か、仕事があればそれを口実に……、テレサ達を納得させることもできそうですけど……」
「困ってるみたいね、優ちゃん。アクアちゃんから良い仕事が入ってるわよ」
 その時、優斗の部屋を訪れる者1人。彼女――諸葛亮著 『兵法二十四編』(しょかつりょうちょ・ひょうほうにじゅうよんへん)は自分の携帯を見ながら彼に言った。
「えっ? アクアさんからの依頼ですか?」
「空京のパーティに参加してるそうなんだけど、『彼氏役を演じてしつこく誘ってくる男共を追い払って欲しい』そうよ」
「…………。ちょっと……その依頼は……」
 何となく危険な気がして口元が引きつる。ちなみに、この依頼は彼女の捏造であり、アクア・ベリル(あくあ・べりる)は一切そんなメールはしていない。第一、まだ会場に着いていない。つまり、いつものリョーコの悪戯である。
「そうね。バレンタインをアクアちゃんと過ごすなんて……依頼とはいえ、もしもテレサちゃんやミアちゃんにバレたら大変な事になっちゃうわよね?」
「大変どころじゃありませんよ! でも……彼女からの依頼とあれば友人として応えてあげたいと思いますし……はっ!」
 そこで、優斗は顔を上げた。ばたばたと、テレサとミアの足音が近付いてくる。
「迷っている暇はありません……!」
 予め用意していた靴を持って窓を開ける。その枠に片足を乗せると、後ろからリョーコの声が掛かった。
「大丈夫よ、2人には優ちゃんが“アクアちゃんとバレンタインを過ごす事”は内緒にしておくから……頑張ってくるといいわ」
「……! ありがとうございます、リョーコさん!」
 ちらと振り向き礼を言って、窓から部屋を脱出する。――心から彼女に感謝したのは、これが初めてかもしれない。

「「……あれ?」」
 テレサとミアが部屋に入ってきたのは、それからほんの数秒後。
「優斗さんがいません」「お兄ちゃんがいないよ?」
 2人は室内を見回して優斗の姿が無いことを確認する。
「優斗お兄ちゃん、どこにいったのかな?」
 完成仕立てのチョコレートを持ったミアは、窓を閉めていたリョーコにとりあえず尋ねた。今年のバレンタインは優斗とデートして手作りチョコを食べてもらって、お礼にキスとか……って、考えていたのに。
「リョーコさん、優斗さんがどこに行ったのか知りませんか?」
 テレサも引き続き、質問する。今年のバレンタインは優斗とデートして手作りチョコを以下略。
「……優ちゃん? 優ちゃんなら、『他の女の子と一緒に過ごす』って言ってたわよ」
 2人からの同じ問いに、窓を閉めて寒風遮断に成功したリョーコはしれっと言う。しかし、アクアと一緒に過ごすことは内緒にしている。一応、優斗との約束通りだ。
「「えっ!?」」
 テレサとミアは飛び上がらんばかりに驚き、2人同時に携帯電話を取り出した。
「優斗さんが他の女の子とデート!!」
「お兄ちゃんはまた浮気!!」
 メールの宛先はファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)とアクア、友人全員。内容は『優斗の居所の情報提供と捕獲(拘束)協力』である。
「連絡が届き次第、現場に急行するよ!」

「あれ? 何だろう、これ」
「何でしょう……」
 バレンタインパーティーに行く途中、2人ほぼ同時に来たメールにファーシーは首を傾げた。アクアも眉を顰めている。こちらは飽きれているような、怒っているような。
「あの男はまた、何かしたんでしょうか……」
「あ、あの男……? アクアさん、優斗さんと何かあったの?」
「『何か』? 断じて何も有りませんが? 勿論、これからも未来永劫何もありません」
「「…………」」
 細めた目から放たれる視線は途轍もなく冷ややかで、ファーシーとピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)は顔を見合わせた。さて、何があったのだろう。
「……へー……、振られたのか」
 そこで、道中一切会話に加わっていなかったラス・リージュン(らす・りーじゅん)が揶揄するように口を出した。女子3人とは距離を置いて歩いていたが、話を聞いて口撃したくなったらしい。
「違います。振られるとか振られないとかそういう関係ではありませんから。……分かりました。兎に角、あの男を見つけたらテレサ達に連絡すればいいということですね」
 淡々と、だが強い口調でアクアは言った。それは、無駄に揺るぎのない決意だった。