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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~
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リアクション

   2


 食べ放題に夢中になっていた玲は、直斗の悲劇に気付かなかった。自分の傍からいなくなったことにも気付いてない。
「美味しいですね、直くん♪ これだったら、いくらでも食べられますよ! ……あれ?」
 もぐもぐしながら、隣にいるであろう直斗を見遣る。そこで、彼女は初めて現状を自覚した。
「直くんがいつの間にか消えてしまいました。……まあ、方向音痴な直くんがどっか行ってしまうのは今に始まった事じゃないですが…………一人で食べてもしょうがないです」
 ごはんは誰かと食べるから美味しいもので。それに、直斗がいないと何となく落ち着かない。
「……直くんを探しに行きましょう」
 玲は食器を戻すと、直斗を探そうと歩き出した。食べていた最中よりも随分と移動がしやすい。人が少なくなっている所為だろうか。それだけに会場の見通しも良く、直斗の姿も割合早く見つける事が出来た。彼は、会場の隅の方にいた。ズボンが中途半端に脱げた状態で、ぺたんと床に座り込んでいる。
「直くん、何があったんですか?」
「うう、玲さん〜……」
 声を掛けると、直斗は助けを求めるように涙目で玲を見つめてきた。何だか、生まれたばかりの小鹿の様に震えている。
「どうしました? 何か怖い事でもあったんですか?」
 近付き、しゃがみこんでそっと頭をなでなですると、彼はぽろぽろと男泣きを始めた。まさか、筋肉女装アフロに掘られましたとも言えない。
「うっ、うっ、玲さん、俺……」
「……よしよし、直くん。大丈夫ですよ、私がついてますよ」
 その彼を、玲は優しくぎゅっ、と抱く。あくまでも、姉的な気持ちでの抱擁だ。抱きしめると、直斗は少し落ち着いたようだ。しばらくそうしたまま、頃合を見て身体を離す。
「……そういえば、今日はバレンタインでしたね」
 そうして、玲は食べている間忘れていた事を思い出す。元々、これはバレンタインパーティー。彼女もチョコレートを用意していたのだ。
「はい、直くん。バレンタインチョコです」
 ショルダーバッグから出した箱を渡すと、まだ涙を残していた彼はぽかんとした顔をした。それから、嬉しそうにぱあっ、と笑った。
「ありがとうございます!」
「じゃあ、帰りましょうか、直くん」
「はい!」
 立ち上がった直斗と玲は、2人仲良く出入り口に向かう。廊下に出る間際、玲は改めて会場を振り返った。あれだけ沢山用意されていた料理が、あらかた空になっている。もう補充も出来ないのか、スタッフも若干困り顔だった。
「……食べ放題なので遠慮なく食べてたら、どうやら食べ過ぎたみたいです。……まあ、私には関係ないですね」

              ◇◇◇◇◇◇

「ムッキー! 助けに来たぜぃ!」
 特徴のある3人組だ。通りすがりのホテル利用者に聞いたり、通りすがりの従業員に『パーティの主催者を知らないか』聞きまわると部屋番号はじきに判った。オートロックのそのドアをこじあけ、闘神は部屋に突入する。そこで見たものとは――
「こ、こりゃあ何でぃ!?」
 ドレスをはだけさせ、全身のいろいろな部分に溶けたチョコレートを塗ったむきプリ君の姿だった。そこに勇が、「チョコ……ポッキー……?」とか言いながらむきプリ君と同様の姿で絡んでいた。いつもよりも積極的に動いている。どちらも幸せそうだったが、どの角度から見てもホレグスリを摂取しているのは明白だ。
「どうした闘神! 加勢するぜ! おぉ!?」
 衝撃的なシーンを目撃して動けないでいる闘神の後から、ラルクも部屋に入ってきて仰天した。その彼に、ミヒャエルはすかさずツッコみを入れる。
「バレンタインデーなのに砕音を放っておいても良いのか?」
「ん? この前に寄ってきたぞ? 病院にな!
 そうして、ラルクは改めてチョコ塗れの2人に注目してむきプリ君を助けにかかった。
「無理矢理はよくないぜ? 闘神!」
「ぅお!? そうでぃ!」
「そうはいくか!」
 乾いていないチョコのせいで少々滑ったが、2人で2人を引き剥がす。ミヒャエルが闘神にもホレグスリ入りのチョコを食べさせようとしたがそれを回避し、ラルクはミヒャエル達を拘束する。そして闘神がむきプリ君を担ぎ、3人は部屋を脱出した。闘神はそのまま、予め借りていた自分の部屋にむきプリ君を連れて行く。バイキングに来る際、偶にはホテルに泊まるのもいいだろう、とラルクがそれぞれに個室をとり、鍵を渡していたのだ。
「ムッキー……今日はちゃんと話をするんだぜぃ!」
 闘神が部屋に入ると、ラルクは廊下に留まってそれを見送った。自分の部屋に入り、闘神の成功を願いつつビールの缶を開ける。
「闘神……頑張れよ! あそこまで真剣なあいつも始めて見るしな」

「ムッキー! 大丈夫かぃ!?」
 部屋に入って鍵をかけると、闘神はまずむきプリ君の服をまさぐって解毒剤を見つけ、飲ませる。吸精幻夜の影響が残っているようだったので風呂場に行って水をかけると、彼は正気を取り戻した。
「はっ! ここは……ふ、風呂場だと!? それに、何だこの格好は!! ! と、闘神!?」
 ホテルの風呂場、というのはむきプリ君が闘神に初めてヤられたのと同じシチュエーションだ。警戒も露わに後ろに下がる彼に、闘神は言った。
「今は何もしねぇ! ムッキー、疲れたろぃ? まずは身体を洗って落ち着こうぜぃ!」
「何もしない……、本当か?」
 出会う度にナニカのカウントが増えているむきプリ君としては、あまり信用出来ない言葉だ。だが、闘神からは確かに襲ってくる時の欲望めいた気配が感じられない。チョコだらけで気持ちも悪いし、と、素直に風呂を借りる事にした。
 身も心もさっぱりとして、バスローブに着替える。室内では、闘神が酒類とつまみを用意して床にあぐらをかいていた。
「ムッキー、こうして話すのは久しぶりだな! 会いたかったぜぃ!」
「むう……」
 会いたかったと言われても、むきプリ君としては返答に困るところだ。立派な筋肉をした闘神は、筋肉仲間としてなら良い付き合いが出来ると思う。が、如何せん毎度尻を狙われるがために非常に苦手な相手でもある。
「今日は、ムッキーと色々と語りたいと思ってな」
 むきプリ君は慎重に、そう言う闘神から離れた場所に座る。しかし、どうにも尻が痛い。痔にでもなったか。とりあえず、置いてある酒瓶を取って栓が切られていないか確認する。未開封であるところをしっかり認め、それを開封した。が、湯のみにホレグスリが塗られている可能性もある。ミステリー小説の被害者候補並みの警戒ぶりだが、こればかりは仕方がない。
「このまま飲んでも構わないか?」
「おう、もちろんだぜぃ!」
 闘神は、自分の器に酒を注いでいる。そして一口飲んで、話しはじめた。
「我はムッキーの事が好きだからな。もっとムッキーの事が知りたいし我も知ってもらいてぇ」
「そ、そうか……」
「ムッキーの誕生日はいつなんでぃ?」
「誕生日……6月22日だ」
「あと4ヶ月ほどだな! そうそう、好きな物とかあるか?」
「好きな物……食い物の事か? このつまみの中だと、ビーフジャーキーとかだろうか」
「なるほどなあ、つまり、肉が好きってことだな!」
 こんな調子で、闘神は時折つまみを勧めながら、むきプリ君に様々な質問をしていった。むきプリ君は戸惑いつつも、それに1つ1つ答えていく。質問をする度に、闘神は徐々にこちらへと近寄ってくる。
「それで……ぬおぉ!?」
 そのうち、酔いの回った闘神は立ち上がってむきプリ君を後ろから抱きしめてきた。腰の辺りに、何か硬いものの感触がある。むきプリ君は、慌てに慌てた。
「お、おい! 何もしないと……!」
「我は……ムッキーが恋人で嬉しいぜ」
「……!!」
 はっきりと恋人と言われて抗おうとする体が固まる。花見の席で『愛している』と言われ、ホレグスリの効果によってそれを受け入れてしまった。それ以来、闘神はむきプリ君の恋人だと思い込んだままらしい。
「待て、あれは薬の所為で……、すまないが、俺は……」
「ムッキーの為だったら薬の実験台もなっていいし借金を少し肩代わりしてもいい! そして……」
 闘神はむきプリ君から離れると着ていた服を脱いで全裸になった。
「な、なぜ服を脱ぐ……!!」
 その後の展開を想像して慄き、またツッコミを入れるむきプリ君の正面に闘神は座った。堂々とした胡坐である。そして、彼は持ってきた本命チョコを差し出し、むきプリ君に言った。
「我はムッキーのトラウマをこの身で全て受けてぇんでぃ! ぶん殴るなり犯すなり煮るなり焼くなり好きにしてくれぃ!」
 ――どんな事されても我はムッキーを愛してるからよ。耐えられる。
「…………」
 闘神はむきプリ君を真剣な目で見詰める。覚悟を見せる為というのは何か伝わったが、むきプリ君は困ってしまった。必死に冷静さを保つように努めながら、闘神に声を掛ける。例えるなら、荒ぶる馬を諌める騎手のような気持ちだろうか。
「待て、俺はそんな事をするつもりはない。する理由もない」
『犯すなり』辺りは特に。
「それとも、闘神には俺がそんな事をするような人間に見えるのか? その上で俺を愛していると言っているのか?」
「む、むう……」
 真面目な口調での問いに、闘神は唸った。むきプリ君は、その彼のチョコレートを手に取る。
「お前の気持ちは良く分かった。ただ欲望にまかせてではなく、真剣に俺の事を考えてくれているということは。そういう意味で、今日のチョコは受け取らせてもらう。だが……」
 チョコを膝の上に乗せ、むきプリ君は言う。
「だが、俺は本来女が好きな男だ。確かに、これまでに何度かそういう事もしてきたが正気で行ったことはない。だから、俺がお前を愛せるのかどうか、それが可能なのかどうか、考えさせてくれないか?」
 ここまで真剣に告白されれば、むきプリ君とて真摯に受け止めざるを得ない。むきプリ君だって真面目な時は真面目なのだ。しかし――何故自分なのか。闘神を愛せる男なら他にもいるだろうし、確か、彼の所属する大学の教授もゲイだという噂を聞いたことがある。
「考えても俺では無理だと思うかもしれない。その時は、俺の勝手ではあるが友人として筋肉について語り合おう」
 そして、むきプリ君は立ち上がった。

「……なにこれ」
 平常の時間まではまだ間がある、寄るになりたての時間帯。
 むきプリ君の男用の服を買ってきたプリムは、閑散とした会場でぽかんとしていた。スタッフの1人が説明する。
「実は、ものすごい食欲の方が来られまして、その方が在庫を含めて全て平らげていかrました。お客様もそれに合わせてご帰宅を……」
「いや、じゃなくて、なにこれ」
 プリムがぽかんとしていたのには別の理由があった。彼が見上げているのは巨大チョコレートファウンテン。その中で、固まりきって果てているひな沙幸、そしてミツエの姿だった。
「プリム様も御覧になられていたかと存じます。お3方様が蒼フロ倫の壁を打ち破り、ホレグスリ摂取後にこの中でお戯れになっていた事を」
「……………………。でも、誰も止めなかったの?」
「プリム様はお止めになられましたか?」
「……………………」
 そんな恐ろしい事が出来る訳もない。止めに走れば男性スタッフはもれなくセクハラ称号を得、女性スタッフはミツエの二の舞になるかもしれない。全てのスタッフが自己保身に走った結果、3人は最後まで放置される事となったのだ。
「…………どうしよう、これ……」
「どうすればよいのでしょう?」
 スタッフAとプリムは、2人でその処理に困り果てる。そこに、むきプリ君が戻ってきた。プリムは彼のバスローブ姿にびっくりした。
「ムッキー! どうしたのその格好!」
「……む、これか? そうだな、俺も今日は色々とあったからな。全裸ではないのだから良いだろう?」
「良くないよ! ていうか、何その口調とその顔。今度はどの世界に浸ってるの?」
「どの世界でも無い! 俺の世界だ!」
「「…………」」
 スタッフAとプリムは、2人でそろって閉口した。
「それより、ムッキー、これどうする? 片付けたいんだけど……」
「ん? おお! 玄人娘達の成れの果てだな! なかなか見事な絡まり具合ではないか! せっかくだ。これをホテルの庭にオブジェとして飾るとしよう!」
「お断りします」
 常識あるスタッフAが即座に言い切る。そんな事をしたらホテルの品位が大暴落である。スタッフAは確実にクビである。
「金なら払うぞ! スタッフAの口座にな! さあ、上司と交渉してこい!」
「…………承知致しました、むきプリ君様」

 ――そして、彼の努力の甲斐あってひなと沙幸とミツエはホテルの庭に飾られた。余談ではあるが、その後ホテルの評判はガタ落ちして経営難に陥り、スタッフAはクビになった。だが、彼は失業保険とむきプリ君からの振込みを利用して小さな宿を始めたという――