シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

マレーナさんと僕~卒業記念日~

リアクション公開中!

マレーナさんと僕~卒業記念日~

リアクション


15.2人の信長

 キヨシの件が落ちつく少し前、ツワモノ2名がふらっと天守閣を訪れた。
 その者達の名は――桜葉 忍(さくらば・しのぶ)織田 信長(おだ・のぶなが)という。

 ■
 
「ほー、ここが天守閣か」
 ふうっと息を吐いて、信長は部屋の中央に立った。
 長い階段を上がってきたのだ。
 まさか、3階から6階まで直線とは思わなかった。
「この部屋の持ち主は、只者ではないのう」
「そうだな、わかったらもういいだろう?
 無断で人の部屋を占拠する事は……」
「いやじゃ。退屈しのぎに立ち寄ったのじゃ!
 ここに居座ると決めた! もう少し遊ぶのじゃ、忍」
 まあ、一度言ったら聞かないし……しょうがないか。
 忍は額を押さえる。
 
「それに意外と立派だし、広いぞ?」
 信長は天守閣を珍しげに見回す。
「まぁね、ざっと100畳はあるかな?」
 屋根からぶら下がり、ラピスが外からこんにちは! と顔を出した。
「ところで君、増改築要員の人なの?」
「……何を言うのだ、私は『信長』。
 この天守閣の主じゃ!」
「え? でもここのオーナーさんじゃないよね? 君、女の子みたいだし」

 ……そう、彼女――「信長」は女だった。
 ただのではない、とびっきりの美少女である。
 そこへ、本物の夜露死苦荘オーナー「織田信長」がやってきた。

「む? 何奴!?」
「天守閣を返してほしくば、誰でも良い私と勝負せい!」
「命知らずめ。成敗してくれるわ!」
 
 カンッ。
 
 刃物で渡り合うが、両者の力量は互角。
 これでは決着がつかない――というか、オーナーから見れば下宿生達に示しがつかない。
 
「まぁ、オーナー様」
 騒ぎを聞きつけたらしい。
 マレーナがオーナー・信長の下へ慌てて駆け寄る。
 ラピスも仕事を放り出して、中に飛び込む。
 誰かが叫んだ。
「信長様、相手はまだ子供。
『偽オーナー』ごときに本気にならずとも……」
「そうだ、わしはオーナー。
 絶対権力者が、こわっぱの相手などしてやる必要がどこにある?」
 信長はクッと笑った。
 天井に向けて、手を叩き。
「【用務員召喚】! 唯斗、ここへ!」
「はっ!」
「さらに、『やる気』のある奴!」
「ハイハイッ! 俺やる!」
 言ったのは、屋根職人(?)の姫宮和希。
「面白そうだし!」
「あぁ、あんな可愛い子が相手なら、俺達も!」
 他の下宿生達も、鼻の下を伸ばして次々と名乗りを上げる。
 
「ひいふうみ……随分いるな。
 おぬし達が相手をせい。
 天守閣を、何としても奪い返すのだ!」
 信長は厳しく名を言い渡すと、勝負か、と考え込む。
「奴の好きなもので決着をつけるがよい」
「スポーツがいいかのぉ?」
 女・信長はわくわくする瞳を彼等に向けて。
「絶対渡さんぞ、天守閣は。
 どれ、少し遊んでやろうかのぉ〜」
「……審判は俺がやる」
 ガンガンする頭を押さえながら、忍は弱々しく片手をあげる。
 
 勝負の種目は「水泳と相撲」に決まった。
 テニスという要望もあったが、これは「テニスラケット」等の用意が無く、またオーナー・信長への事前の根回しもなかったため道具がなかった。
「2種目、か……水着かのう。スクール水着でよいか?」
 女・信長の提案に、男子下宿生の注目が集まった事は言うまでもない。
「水泳の会場は露天風呂で。
 相撲は……うむ、まだ板の間か……ここ天守閣でどうじゃ?」
「よかろう、先ずは水泳だ。
 しかし、露天風呂で水泳とはよう考えた。
 風呂の湯で、寒さに凍えることもない……」
 うむ、と女信長の機転に舌を巻く。

 結果から言うと、水泳も相撲も互角で決着がつかなかった。
 正確に言うなら、唯斗と和希と女・信長の3名の実力がほぼ互角なのだ。
 
「トドメです!」
 ふん、と唯斗が寄り切った拍子に、スクール水着の肩ひもがはだけた。
「いやじゃっ」
 女・信長は胸元を気にするが、唯斗の腕が邪魔で巧くいかない。
 
 うおおおおおおおおおおおおおっ!
 信長ちゃんのきょぬーが見え……
 
「む、見せてなりますか!
 御免っ!」
 唯斗はスッと女・信長を抱えた。
 天守閣になだれ込んできた野郎どもから、抜群の反射神経――分身の術をもって彼女を護る。
「すまないな、唯斗さんとやら」
 安全な場所でパートナーを引き取った忍は、唯斗に一礼するのであった。
 当の女・信長は、無様に天守閣で倒れ、第六天魔王の餌食になった野郎共の山を眺めて、無邪気に笑うのであった。
「ほう、久々に馬鹿どもの余興を見せてもらったぞ」
「確かに、なかなか面白い趣向であった」
 あまりの馬鹿馬鹿しさに、2人の信長の機嫌は直ったようだ。
 メイド達が勉強部屋に連れ帰って行く様子を眺めて、マレーナが進言する。
「オーナー様、お夕食のご用意が出来ましたわ。
 今夜は歓迎会ですの。あなた方もご一緒に、よろしくて?」
 
 その歓迎会には「忍の手料理」をいうサプライズがついた。
 
「俺のパートナーが迷惑をかけてすまなかった。
 これは、詫び料だ」
 下宿生達に一礼し、オーナー・信長には「鮑の酒蒸し」を進呈する。
「ふむ、これぞ『天下人』の食よ。
 おぬし、傑物じゃな?」
 信長は鮑の味に舌鼓を打つ。
 ときに、と忍と女・信長を一瞥して。
「わしはいずれ『夜露死苦荘』で天下を取る。
 おぬし達の度胸と機転は役に立つ。
 どうだ? ここで下宿生となり、空大を乗っ取り……わしの野望の手足とならんか? 悪いようにはせん」
「お部屋なら、ご用意致しましたわ」
 マレーナも傍らから促す。
「そうだな、お前さんがいれば下宿の食は安泰そうだ」
 管理人補佐の邦彦もうんうんうなずく。
 
 だが2人は部屋だけ貰って、下宿を辞した。
 まだ旅の途中――ここで、落ちつく訳にはいかない。
 
「『天守閣』じゃなくてよかったのか?」
「トイレ棟がまだ近いからのう」
 玄関を出た。
 新しくもらった部屋は2階で、女・信長は満足そうに見上げた。
「あの階段を上り下りするのは面倒だ。
 されど、なぜあのように女子だけ豪華なのじゃ?」
「うん、パラミタはまだまだ分からないことが多過ぎる。
 旅をすることでわかることもあるだろう……きっと……」
 
 そうして、パラミタにおける「女子トイレの謎」を悶々と考えつつ、2人は夜の大荒野を行くのであった。
 
 ■
 
 モヒカン桜の根元で、光る犬は満開の花に語りかけていた。
「今日もよく働いたな」
 眩しそうに両目を細めて、彼方に目を向けた。
 日は最後の残照を残して地平線の下に消え行こうとしている。
 
 大荒野に、夜が来る――。