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海の都で逢いましょう

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●邂逅の会場

 コスプレゾーンから遠くない特設ステージ。
 海を背に、潮騒を肴として演芸を披露するという主旨で設置されたこの壇上に、今、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)若松 未散(わかまつ・みちる)を案内する。
「行ってらっしゃいませ。会場を沸かせtくれるものと信じております」
「まさかいきなり高座に上がれと言われるとはね……ま、今日はツンデレーションとしてのアイドル仕事じゃじゃなくてソロの落語家……同じぶっつけ本番でも、アイドルのステージより寄席やってるほうが緊張しなくていいかな」
 肩の凝らない古典でやってくると告げ、未散は階段を昇っていった。
 すでに、何か始まる気配にステージ前には沢山の観衆が詰めかけている。落語を聞きに来た客ではなく、たまたまそこにいる聴衆が相手というアウェイな場面なのは確かだが、なんのこのくらい、いつかはドーム球場で高座を持ちたいと考えている未散なのだ。緊張するには及ばない。
 お囃子が鳴る。さあ、開幕だ。

 ――その頃。
 一匹の猫が、うろうろと会場を彷徨い歩いていた。
 正しくは猫ではなく若松 みくる(わかまつ・みくる)だ。
 みくるは未散のパートナー、今日は猫の状態で彼女の鞄に忍び込み、こっそりと会場入りしたのである。すでに獣人の姿に復し、食べ歩いてはいたものの、未散の高座がはじまると聞いてその姿を探し求めているのだ。
 ところが……みくるは現在、半泣きである。その内心についてはお察しいただきたい。
 歩けば歩くほどにわからない。さっきからあのロシアンカフェは何度も見ているような気がする……いや、きっと何度も見ている。獣人としては致命的なことかもしれないが、どうやらみくるは方向音痴かもしれない。
 そもそも知り合いの姿がない。そのことがますます、みちるの身を鞭打つ。
 会場は大いに賑わっているのに、いや、賑わっているだけに、みちるは自分が、言葉の通じぬ異郷の街に置き去りにされた子どものように感じていた。

 ――その頃。
 月谷要と霧島悠美香はステージの警備をするというので、月谷八斗は単身、付近のバーベキューコンロを除いてはご相伴にありつくという楽しいプチ放浪を行っていた。
「こういう場所だと食べてた方が自然だよねっ!」
 と決めて食べ歩き、道楽していたその矢先、
「あれって……もしかして……」
 とても懐かしい姿、それでいて、まだ現実ではないがいつか現実になろうもの――いわば『未来の記憶』ともいうべき存在を八斗は前方に認め、尾を立てた。
「みくるお姉さん? の、昔の姿?」
 迷子になったのか、涙で目を濡らしながらおろおろと惑うその姿は、年齢こそ随分違えど、あの若松みくると見て間違いはないだろう。
 ここでは詳しく語らないが二十年後の世界、みくると八斗には双方面識があり、ある種運命共同体のような浅からぬ関係がある。……だがまだ現時点では、八斗がみくるを一方的に知るだけなのである。もちろん八斗はそのことを知っている。
 若き日のみくるは現在、なにやら大変困っているようだ。狼狽を絵に描いたような表情で歩き回っている。これは放っておけないだろう。
「みくるお姉さん!」
 と呼びかけて、これは拙いと八斗は考え直した。なぜって現時点では、どう見ても自分のほうが年上だからだ。そもそも名前を最初から知っているという奇妙さをどう説明したものだろうか。
「ふえ? 誰? 未散の友達?」
 泣きべそかいていたみくるは顔を上げた。『未散の友達?』という言葉に乗ろうと八斗は即決した。
「ああ……えっと、そうだよ。みくるお姉……いや、みくるちゃんだよね?」
 八斗は名乗って事情を聞いた。すると地獄に仏とでもいうかのように、幼きみくるは喜色満面でこれまでのことを語ったのだった。
「じゃあ一緒にステージまで行こうよ。お腹空いてない? だったら、途中でなんか食べながら……」
 それにしても、あのみくるお姉さんにこんな時期が――と思いながら八斗が語り終えると、
「うん、そうするの」
 歩き出そうとする八斗の腕に、ひし、とみくるがしがみついてきた。
 未来ではほとんど逆の立場だっただけに、なんとも……なんとも、言い表しようのない気分だ。