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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

リアクション


♪ ♪ ♪


 ラルク達が温泉を楽しんでいる頃、音楽祭ではパラ実軽音部が出番を迎えようとしていた。
 部の活躍の場を部員に知らせた熾月 瑛菜(しづき・えいな)に応じてやって来た姫宮 和希(ひめみや・かずき)は、一生懸命にミツエを説得していた。
 一緒にステージで歌おうと言う和希に対し、ミツエはここで見ているだけでいいと答える。
「そんなのもったいねぇだろ」
「何がもったいないのよ」
「こんなに人が集まってるんだぜ。乙王朝、横山ミツエここにありってのを見せつけてやれよ」
「あんたこそ、生徒会の仕事はいいの? 校舎を作りたいんじゃなかったっけ?」
「ちゃんと考えてあるから心配すんなって。だから、お前もやろうぜ。いい人材を集めるチャンスだ!」
 その言葉に、ミツエの心は少し傾く。
「そうね……優秀な人材は多く欲しいわね」
「なら、ここでアピールしねぇでどうするんだ。グズグズしてると奥の手使うぜ?」
 ニヤリとする和希に、ミツエは不審げな目を向ける。
「禅譲したとはいえ、先代皇帝の命令だ! ステージへ立て!」
「ひ、卑怯よ!」
「お前が言うか?」
「……わかったわよ。和希の言うことももっともだし、出てあげるわ。劉備、曹操、孫権! あんた達も出るのよ!」
 テーブルの料理をつまみながら雑談していた三人の英霊は、ミツエの呼び声に対し困ったような顔をした。
「俺はいいけどさ、このオッサンらは無理じゃねぇ?」
「今日も礼儀知らずな小僧だ。鈍い劉備はついていけないだろうが、朕にとってはたやすいことだ」
「あなたも何千年経っても口が悪い。見栄を張って失敗しても、楽器に八つ当たりをしてはいけませんよ」
 つい今しがたまでも穏やかな雰囲気はどこへやら、孫権 仲謀(そんけん・ちゅうぼう)曹操 孟徳(そうそう・もうとく)劉備 玄徳(りゅうび・げんとく)と、口々に棘のある言葉を吐き出す。
 ミツエはそんな三人を見てフッと笑った。
「準備はいいみたいよ、和希。銅鑼を叩かせるなり舞い手にするなり好きにしていいわ」
「サンキュ!」
「で、あたしは何をすればいいの?」
「好きにしていいぜ。何なら歌うか?」
「いいの? あたしが歌ったら失神者続出よ」
 やる気になったミツエは強気な笑みを浮かべた。
 ミツエ達を連れた和希が瑛菜の元へ戻ると、アテナ・リネア(あてな・りねあ)騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の準備はすでに終わっていた。
 和希も急いでギターの準備をすると、瑛菜を先頭にステージへ向かった。
 彼女達が姿を現したとたん、会場はさざなみが走るようにざわめいた。
「ありゃあ生徒会長じゃねぇか?」
「四十八星華の詩穂ちゃんもいるぞ!」
「さらにミツエだと? どういう組み合わせなんだ」
 ゴシック和装束で決めた詩穂は、くるりと軽やかに回って観客に手を振る。
 そして、入部当初より腕をあげた詩穂のドラムが出だしから激しく響き、和希と瑛菜のギターがそれに乗り、演奏が始まった。
 このステージのテーマは、再生・未来への夢、である。
 和希がシャンバラ各地を巡って感じたことを歌にしたのだ。
 和希とミツエのボーカルに、サブボーカルの詩穂が奥行きを加える。
 詩穂と和希が演奏に乗せた『幸せの歌』の効果が会場に広がり、観客は手を叩きリズムに合わせてステップを踏んだ。
 間奏に入ると、和希がステージギリギリまで進み出て叫んだ。
「俺は、この荒廃したシャンバラ大荒野を、昔のように緑あふれる豊かな大地にしてみせる! どれだけ時間がかかってもだ! もし、この夢を一緒に見てくれるなら、みんなの力を貸してくれ!」
 そう言って、和希は募金をつのった。
 土地が豊かになれば追剥などもしなくてすむし、そうして生活に余裕が生まれれば就学や就業への関心も高まるはずだ。
 和希はその夢を実現させたいと強く願っている。
 次に和希はミツエを前に押し出した。
 そして、ミツエが口を開いた直後、曹操が彼女の手からマイクをひょいと奪い取った。
 曹操はミツエを押しのけて言い放つ。
「我が乙王朝は、いつでも人材を求めている! 手土産などいらぬ、己の才覚のみを携えて来るがいい!」
「なに自分の国みたいに言ってるのよ!」
 ミツエが曹操を蹴飛ばす。
 すると、ライバル心を燃やした劉備と孫権がマイクを争奪戦を始めた。
「株で儲けたいやつは俺のとこに来い! パラミタ中の富を集めようぜ!」
「そんな博打じみたことで国がまとまりますか! スッテンテンになったくせにまだ懲りないのですか」
「何だよ、別に汚ねぇカネじゃねぇだろ」
「天の理に従う王の元には自然と人もお金も集まるものです。争いのない安らかに暮らせる国、それこそが私の乙王朝の目指す姿です!」
「あんたもか!」
 劉備もミツエに蹴飛ばされ、ついでとばかりに孫権も巻き添えを食らった。
 賑やかなメンツにクスッと笑った瑛菜が詩穂の傍に寄る。
 すると詩穂はドラムを叩いたまま立ち上がり、『熱狂』の効果と共に声を張り上げた。
「パラ実軽音部は、音楽で天下を取る! 加わりたい人、対抗したい人、どっちも大歓迎だよ!」
 会場が爆発したような歓声に包まれた。

 演奏が終わってステージから下りた瑛菜に、久しい友達が声をかけた。
「瑛菜、お疲れ様! ふふっ、派手なステージだったわね」
「ローザ! 久しぶり。歌を披露しに来たの?」
 再会を喜ぶ瑛菜に、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は悪戯っぽい色を瞳に乗せて頷いた。
「今日は部員として瑛菜とステージに立ちたいの。私とライザの分、受け取ってくれるかしら?」
 ローザマリアは二通の入部届を差し出す。
「いろいろあってすっかり遅くなっちゃったわね」
「二人が来るのを待ってたよ! ようこそ、パラ実軽音部へ!」
 瑛菜はローザマリアとグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の入部届をしっかりと受け取った。
「これからよろしく頼む、部長殿」
 瑛菜とグロリアーナは握手を交わした。
 それから、グロリアーナは誰かを探すように辺りを見回した。
「先ほどセルバンテスがステージに上がっていたように見えたが……」
「ああ、あそこにいるよ」
 瑛菜が指さすほうを見れば、以前よく張り合っていたミゲルがいた。
 ふと、ミゲルがグロリアーナに気づき、挑発的な笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってくる。
「これはこれはグロリアーナ殿。本日は素敵なご招待をいただき、光栄に存じます。おかげで楽士として楽しむこともできましたぞ」
 ミゲルは100%のわざとらしさで大仰な仕草の挨拶をする。
 グロリアーナも負けず劣らずの作り笑顔で応じた。
「無事にそなたの元に手紙が届いて何よりだ。ちょうどこれから妾達の出番でな、せっかくだから見ていってくれ」
「そうですか。女王陛下御自らが。それは拝聴せぬわけにはいきませんな」
 二人の会話を見ていた瑛菜は、どうしてか周囲の温度が若干下がった気がしてならなかった。
 一方、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)とアテナはほのぼのとした空気をまき散らして微笑みを交わしている。
「うゅゅ♪ アテナっ、アテナっ、アテナがきた、のー♪」
「エリー、元気そうだね! よかったぁ」
「はわ……エリーは、いつも元気! きょーは、がんばろー、なの!」
「うん! 思いっ切りやろうねっ」
 それぞれの挨拶が落ち着いてきた頃、上杉 菊(うえすぎ・きく)が上品に微笑んで瑛菜とアテナの前に進み出た。
「瑛菜様、アテナ様、お久しゅうございます。本日は、善き演奏会といたしましょう」
「うん、よろしくね。菊のキーボードは安定してるから、あたしも安心だよ」
 瑛菜が信頼の笑みを見せた時、司会者が彼女達を呼んだ。
 ドラムにエリシュカ、キーボードに菊、ベースギターはグロリアーナ、サックスはアテナ。
 順番にステージに上がり、それぞれの位置につく。
 ローザマリアはリードキターを担当し、瑛菜はリズムギターとなった。ボーカルもまた、この二人だ。
「瑛菜、あのセリフで始めましょ」
「オッケー。それじゃ、行くよ!」
 瑛菜とローザマリアは会場に向けて笑顔いっぱいで声をあげた。
「あたしの歌を聴けー!」
 テンポの良いイントロに、ローザマリアは『熱狂』効果を上乗せしていく。
 歌のテーマは、友誼。

♪私の人生の中で自分の前に何も置かないと決めていた
 けれど神様は言ったんだ
 「汝、隣人を愛すべし」
 時に笑い合い
 時に喧嘩する
 そんな隣人を何て呼ぶ?
 それこそFriend!
 沸き起こるのは不思議な感情
 これが運命?
 出会いは必然?
 そんなのGOK!(GOD ONLY KNOWS)
 GOK!
 GOK!
 関係ない。出会えて歌って、それ以外に何を望む?
 そんな最高の気分
 そうだったんだ、これがFriendship
 私への最高の贈物
 貴方への最高の贈物
 だから、大好き──♪

 間奏に入ると、ローザマリアは菊の傍まで移動し、マイクを向けた。
 菊は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに立ち上がると綺麗な歌声をマイクに乗せた。
 『幸せの歌』の効果も歌声と共に流れ、会場を包み込む。
 次にギターが音を落とすと、ドラムのエリシュカのリズムに合わせてアテナのサックスが響き渡った。
 グロリアーナとミゲルはステージの上と下で不敵な笑みを交わし合っている。
 そして、間奏が終わると瑛菜とローザマリアは再びステージの中央に戻り、背中合わせでギターを弾き、歌う。
 ローザマリアは歌声に少しずつ『震える魂』を溶け込ませていった。
 それはじょじょに観客を飲み込んでいく。
 ラストに向けて観客の熱気は高まり、またそれに応えるようにステージ上の彼女達のボルテージも上げていった。
 何度もリピートした最後のパートを最高潮の興奮で歌い終えた時、観客から割れんばかりの拍手と歓声が上がった。

 ステージを下りても、まだ瑛菜もローザマリアもどこか夢見心地だった。
 その後ろでは、エリシュカとアテナが頬を上気させてお互いを讃えあっている。
「エリー、かっこよかったよ! もっともっと、やりたいね」
「うゅ……エリーも、おんなじ! ほんとうに、きょーは、とってもとっても、たのしかったの♪」
 手をつなぎ、仲睦まじい二人のアリスを、グロリアーナと菊が微笑ましく見守る。
「妾もエリーやアテナと同じ気持ちだ。何せこれがパラ実軽音部としての初陣だったからな。──まだ、魂が震えておる」
「ふふ。やはり、皆様との演奏は格別に御座いますね。わたくしも楽しかったです」
 飲み物をご用意しますね、と菊は優雅に笑みを刷いた。