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あなたが綴る物語

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あなたが綴る物語
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●中世ヨーロッパ 3

 イングランドの北にある国、スコットランドは大きく南北でハイランド、ローランドに分かれており、それぞれそこに住む者たちはハイランダー、ローランダーと呼ばれている。
 ハイランダーは高地に住む無法者の集まりであり、屈強な戦士たちである。
 彼らは氏族(クラン)という一族郎党で形成されていて、そこには「貴族」という概念は存在しない。あるいは、意味を持たない。男も女も関係なく、彼らにとって重要なのは「戦士」か、そうでないか。そして氏族長になるのは一族で最強の「戦士」だ。先代が死ねば戦士のなかから名乗りを挙げ、剣を持って戦い、勝利した者がその座につく。なぜならばハイランダーは常に領土を巡って氏族同士で苛烈な戦いを繰り広げており、ハイランドにおける領土の広狭はそのまま氏族の勢力図でもあるからだ。
 そのなかで、唯一例外と呼ばれる氏族があった。
 ブキャナン氏族である。
 彼らは領土が小さく、一族の数も数十名しかいない。しかしそのほとんどが戦士で、しかも一騎当千のつわものばかり。同じハイランダーでもブキャナン氏族の者にだけは決して手を出してはならないとおそれられているほどだ。弱肉強食の地にありながら決して領土を奪われず、一族が滅ぶこともない。そのことがハイランダー最強のクランの証でもある。それゆえブキャナンは戦場ではだれもがのどから手が出るほど望む、ひっぱりだこの傭兵でもあった。
 ブキャナン氏族の名前は幾度となくスコットランドと境界線争いを繰り返してきたイングランド、特にカーライルやノーサンバランドに住む者たちの間では知らぬ者がいないほど知れ渡っている。
「へえ、おもしろいな」
 カーライルの城下町へ入って早々、彼らの自分たちを見る周囲の目が恐怖におびえているのを見て、ブキャナン氏族の戦士緋柱 透乃(ひばしら・とうの)はくつくつと笑った。
 彼女は現在傭兵としてスコットランドのローランダー、モーガン卿という貴族に長期雇用されている。その彼が、ダンフリースにある花嫁学校を卒業する娘の陽子を迎えに行きがてら、カーライル城で開かれる宴席に出席すると言いだした。そのため、くれぐれもカーライルへ入るときには正装するように、と。
 正直、見かけにこだわるこの考えはどうかと思ったが、これが興味深い効果を周囲に与えることに透乃もすぐ気付いた。身に着けたタータンから透乃たちの素性を察し、彼らの機嫌を損ねないようそれとなく注意して動いている。露天商までもだ。ブキャナンの名はイングランドでも知れ渡っているらしい。
 こそこそとずらした視線の端で盗み見る、その姿は卑屈なロバのようだった。彼らは首を刎ねられるときも、ロバのように鳴くのだろうか?
 ふとそんな考えが浮かぶ。しかしそれをしたとき自分がどう感じるか、という推測までは至らなかった。突然路地からけたたましい声をあげて何かが飛び出してきたと思うや透乃の足にぶつかったのだ。
 その一瞬に透乃たちは戦闘態勢に入った。相手が小さな子どもだろうと関係ない。条件反射のようなものだ。
「いたた…」
 ぶつかった鼻を押さえる少年の顔の前に、ぎらりと照るバルディッシュの刃先が突きつけられる。バルディッシュをたどり、その先にいる透乃を見て、少年はさーっと青ざめた。冷徹なブキャナンのモットーは皆殺しだ。小さな子どもでも知っている。少年を追いかけて飛び出してきたほかの2人の少年も、やはり足を止めた先で凍りついていた。
「……ぼ、ぼく…」
 少年は何かを言わんとするが、のどから浮かび上がってこないらしく、魚のように口をパクパクさせているだけだ。
 透乃の口元にかすかな冷笑が浮かぶ。バルディッシュが引かれ、円を描いてうなった次の瞬間、おびえてぎゅっと目をつぶった少年を、歩道から飛び出してきた青年が自身で包み込むようにしてかばった。
 バルディッシュは青年の肩を水平に裂き、鮮血を飛ばす。
「……つっ…」
 青年の口から痛みをこらえる声がもれた。少年を胸に抱き込んだまま、ざんばら髪の間から透乃を見上げる。
 挑発的なその目に、透乃が再びバルディッシュを持つ手に力を込めようとしたときだった。
「透乃、つつしめ」
 脇から、やはりブキャナンの戦士のアレックが彼女にだけ聞こえる声で分別を促した。
「イングランド人なぞ何人死のうがどうでもいいが、箱入りのレディに血生臭い場を見せるな」
 その言葉に、透乃は少し先を行っていた雇用主たちを見た。モーガン卿のとなりの陽子のところで目が止まる。清純な乙女らしく純白のドレスを着た馬上の彼女と視線をまじわらせたあと、透乃は素っ気なく肩をすくめてバルディッシュを引き戻した。
「あいつが割り込んでこなかったら髪先をかすめる程度ですんでたんだよ。自分から切られに飛び込んできたようなもんだね」
 嘘か真か。どうとでもとれることをうそぶいていまだ石畳にひざをついたままの青年に背を向けるとさっさと元の位置へ戻った。
「アーロン…!」
「ママっ」
 モーガン卿の一行が立ち去って、ようやく周囲の者たちも金縛りから解かれたらしい。少年は母親の呼ぶ声に反応し、もがいて青年の腕のなかから抜け出すとそちらへ走った。母親は両手を広げて待ち受けていて、少年は今度は母親の豊満な胸で抱き止められる。
「やれやれ、寿命が縮まった」
 その場に尻をついて座り込んみ、安心した母親に今度は説教をくらっている少年をぼーっと見ていた青年は、ふと上から影が落ちて、背後にだれかが立っていることに気がついた。
 振り仰ぐと、今背にしている空のカケラをはめ込んだような瞳をした女性が心配そうな表情で見下ろしている。
「あの……大丈夫ですか?」
「……んっ? あ、ああ…」
 ふっと吸い込まれそうなその瞳に見入ってしまったせいで、青年は一瞬彼女が何を言っているのか理解できなかった。
 あらためて切り裂かれた二の腕を見て顔をしかめる。肩口の下あたりで水平に切り裂かれ、そこから筋となって血が流れて結構な範囲でシャツに染みができている。「平気だ」と言っても通用しない量だ。
 実際、平気じゃないし。
「見せてください」
 傷のある腕の方に回り込んでひざをつくと、そっと腕をとった。傷を見てためらうように瞳が揺れる。
「袖を破ってもいいですか?」
「あ? いいよ、こんなになってりゃ、どうせもう着れやしない」
「じゃあ」
 と指が裂け目に触れたと思うや、そこから盛大に袖を丸ごと引き破る。そして持ってきていた瓶の中身を傷口にかけた。無臭で無色透明なところから、おそらく水だろう。
「水です。そこのお店のおばさんからいただきました」
 じっと手元を見つめる青年が何を考えているか気付いて、青い瞳の女性が言う。そして彼女はちぎり取った袖をさらに裂いてたたむと、それを使って丁寧に傷口の周囲の血をぬぐい出した。
「それにしても、勇気があるんですね」
「はは。どうかな。彼女の口ぶりだと、いらぬ世話を焼いたみたいだし」
 笑ってごまかそうとする青年を見て、女性は首を振った。
「いいえ。小さな子どもに刃物が向けられているというのに、だれも動けませんでした。子どもが斬られると思って刃物の前に飛び出したあなたはとても立派だと思います」
 心底からそう思っている口ぶりだった。女性から尊敬のまなざしで見られて、青年は照れたように視線を泳がせる。
「んなことないさ」
「あのう」
 と、そのとき、例の少年を連れた母親が青年に礼を言いに現れた。頭を下げてくる2人に対応する青年を見て、加夜の口元にひとりでに笑みが浮かぶ。
 温かい青年だと思った。まさかこんな人に出会えるなんて、思ってもみなかった。
(こっそりカーライル城を抜け出したりしたら、みんなに迷惑かけることになるのは知ってたんだけど…)
 でもおかげでこの人に会えた。
 ちょっと胸の奥がふわふわする気持ちを感じながら、青年の腕に手早く布をあてて巻く。こういうのは得意だった。昔から北アイルランド領アルスター伯爵夫人である母とともに城下の村や町を訪れては病人を見舞ったり、城の薬草を分けたりしていたから。
「はい、できましたよ」
「ああ。ありがとう」
 青年は具合を測るようにぐるぐる腕を回す。そして加夜を見て、にかっと笑った。
「何かお礼をしなくちゃな。そうだな……もうすぐ昼だし。昼めしでもおごるか」
「いえ、そんな…」
「さあ行こう! ちょうど少し前においしそうなにおいをしている店があって、目をつけてたんだ」
 勝手に決めて、そう言うなり加夜の手をむんずと掴んでさっさと前へ歩き出そうとする。加夜は驚き、あわててストップをかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください。こっちの都合も訊かないで、強引すぎますっ」
「あー、ごめん。いきなりだったか。ついいつもの癖で…。
 えーと。このあと何か用でもある?」
 いつもの癖って、この人の周りにいるひとたちって、いつもこんなふうに振り回されているのかしら?
「いえ、特には…」
「じゃあ一緒にお昼を食べよう。おごるからさ」
 訊かれたことに、加夜は女性のたしなみとして少し考えて吟味するふりをしてからうなずいた。
「ええ。いいですよ。特に予定はありませんから」
「よかった。
 あ、俺まだ名乗ってなかったっけ。俺は涼司。きみは?」
「申し遅れました。加夜といいます」
 礼儀正しい貴婦人のように深々と頭を下げる加夜をあらためて真正面から見た涼司は軽く目を瞠る。そして何事か考え込むように目を眇めたが、加夜が再び頭を上げたときにはもう元のあっけらかんとした顔つきに戻っていた。
「で、そのあと……予定ないんだったら、よかったら一緒に町を回らないか? 俺、実は昨日ここに来たばかりでまだろくに見てないんだ」
 差し出された手に、今度は加夜の方から手を重ねて。
「はい。よろしくお願いします」
 まだ一緒にいられるのがうれしいという気持ちがにじみ出た瞳で、加夜は素直にほほ笑んだ。



*            *            *



 その夜。
 カーライルでの宿にと借りた一軒家で、陽子は早々にベッドに入った。
 1階では父のモーガン卿に雇われた男たちがテーブルを囲って酒を飲み、カードゲームをしている。負ければ相手を罵り、勝てば世界中の黄金でも手に入れたように居丈高に勝ち誇る。どちらにしてもうるさい酔っ払いだ。床を通して2階まで響いている。
 昨日、迎えに来た父から彼らは彼女の安全を守る者たちだと紹介されたけれど…。
 正直に言えば、陽子は彼らが怖かった。下品で、不潔で、礼儀がない。
 物心つく前から男性に無縁の女子修道院で生活してきたからだろうか? 男性といえば週に1回ロバを引いて現れる年老いたご用聞きしかいなかった。あんなたくさんの男たちを見たのは初めてだ。
「彼女はどうしてあんな人たちと一緒にいられるのでしょうか」
 陽子のなかに透乃の姿が浮かんだ。最後に見た彼女は、彼らと一緒にテーブルについてエールの入ったジョッキを飲んでいた。彼女も傭兵なのだから、当然といえば当然なのだろうけれど。
 十数人におよぶ一行のなかで女性は陽子と透乃だけ。女性の傭兵を今度の旅に加えたのは、おそらく娘をおもんばかっての父親の采配だったのだろう。そしてその思惑どおり、陽子は透乃が視界にいるだけでほっとすることができていた。
 そんな気持ちから、昨夜泊まった宿で少しだけ、陽子は彼女と話した。
「へー、ずっとあそこしか知らないんだ? よく我慢できたね。あんな辛気くさ――おっと」
 透乃はあわてて自分の口をふさいだがもう遅い。陽子はふふっと笑った。
「ほかを知らなければどうということもありません。
 本当は……私、もう少しあそこにいるはずだったのです」
 それを半ば強引に引っ張り出したのは、彼女を嫁がせる目的あってのことだった。
「カーライル城で催されるパーティーには、たくさんの有力者が出席します。イングランドだけでなく北アイルランド、ウェールズ、スコットランドのです。なんでも父が言うには次期王座に近い人物も来られるとか…。私が彼らのうちのだれかの目にとまることを期待しているのです」
 そして陽子は父親の野心の道具となるわけだが、貴族の家に生まれたときからそれは分かり切っていたことだった。貴族の娘に自由はない。
「私の話などつまらないものばかりです。それより、透乃の話を聞かせてください。きっと、いろんな場所でいろんな体験をしてるんでしょう?」
「あ、うん」
 それから透乃は自分の行った先々の土地、場所の話をできるだけ面白おかしく聞こえるように話した。多分、それがいけなかったのだ。だれかが見ていて告げ口したか、モーガン卿本人に見られたか。翌朝、透乃は呼び出しを受け、陽子とひと言も話してはならないと言い渡された。
「おまえは傭兵だ。わしらを守るために雇っているのだ。だから離れろとは言わん。しかし適切な距離を保て。そして一切口を開くな」
(――この、ハゲデブチビ)
 透乃は心のなかで罵り、部屋にいる間じゅう面には一切出さなかったが、やはりアレックにはお見通しだった。
 宿屋の裏にあった甕を蹴り砕き、粉々に踏み割ることで発散していた透乃に言う。
「やつは彼女に自由とはどんなものか吹き込まれたくないのさ。知らなければ欲しがることもない。彼女はただ着飾って、頭をいいコいいコされるだけの人形でいればいいんだ」
「……そんなの、陽子が望むと思えない」
「それは俺たちの知ったことじゃない。俺たちにとって大切なのは何だ?」
「クランと領土と金」
「そうだ。やつは3番目の金づるだ。金払いがいい限り、多少のことにも目をつぶれ。
 もっとも、一族の者に手を出そうとすればこの限りじゃないがな」
 もう遅い。もうこのとき、透乃は決めていた。
 あとはいつ決行するかだけだった。
 彼女の決意を陽子は知らなかった。だからそれは、甘やかな不意打ちで眠る彼女を襲った。
「……う……ん…っ」
 眠りのなか、彼女は妙に腰のあたりににぶくてだるい重さを感じていた。両足のつけ根のあたりがなんだか熱く脈打って、くすぐったくて。シーツの下で、ひとりでに腰が揺れる。
「ああ…」
 吐息がもれると同時に、片手が下へと伸びる……。
「だめだよ、隠さないで」
 クスクス笑う声がシーツのなかで起きた。
「!」
 ぱっと目を開き、シーツをはぐ。彼女の立てたひざの間に黒い人影があった。
「ひっ…!」
 まさかあの傭兵たちのだれかが!?
 驚きに硬直し、逃げるのが一瞬遅れる。その一瞬に人影は身を起こし、陽子の脇へ手を突くとずいっと身を乗り上げた。
「私だよ、陽子」
「と、透乃…? い、一体これは…」
「陽子をもらいに来たんだよ」
 そう言って、透乃はネグリジェの下に手をすべり込ませた。温かくて、少しざらざらした手が陽子の白桃のような胸を包み、先端を親指でこする。
「あっ…」
 羞恥を伴ったしびれるような感覚に、陽子はのけぞってベッドに身を倒した。
「初めて見たときから、ずっとこうしたかったんだ」
 突き出した格好になったもう片方の胸をそっと布の上から甘噛みされて、またも陽子を熱いしびれが襲う。両胸をもてあそばれるなか、ネグリジェが胸の上までめくり上げられた。布越しでない、透乃の舌先がじかに胸の谷間へ落ちる。そこからへそへ、その下へとキスが伝っていく。やがて、もっとも敏感なところにキスをされて、陽子はぱっと両手で口をおおった。
(だめ…! 声を出したら、お父さまたちに気付かれてしまう…!)
「叫んでもいいんだよ」
 手とクッションで陽子が必死に声を押し殺そうとしてるのを見て、透乃が言う。そしてぶるぶる震えている内ももを甘噛みした。
「陽子かわいい」
「な……ぜ………んんっ!」
 甘噛みし、その痛みを緩和させるように舐める。その繰り返しに刺激され、陽子の腰が彼女の意思に反して浮いた。透乃にはそれがもっとかわいがってと言っているように見えて、くすりと笑う。そして顔を近づけた。
「聞かせて。もう何も我慢なんかしなくていいんだよ。陽子は自由なんだ」
「じ……ゆう…?」
 千切れるような息をして。まるで水に飢えた者のように、のどをひくつかせる。
 もう何もしゃべれないと思った。透乃が与えてくれる刺激が気持ちよくて、頭のなかが芯までとろとろにとろけて。心臓の音ばかりが聞こえて。もう何も考えられそうにない。
 全身が、ただ感じるだけの感覚器にでもなったよう。
「さあ受け取って。これが陽子の感じる初めての自由だよ」
「あっ……ああっ………………あああああっ!」
 稲妻のように体を貫いた生まれて初めての快楽に身を震わせている陽子を、あやすように透乃は抱き締めた。
 そのとき、コンと窓ガラスに何か当たった音がする。
「透乃、いつまで待たせる気だ?」
「ごめんごめん。ちょっと我慢できなくって味見しちゃった。あんまり陽子の寝顔がかわいかったからさ」
 窓の下のアレックに手を合わせて謝る。そしてくるっと室内に目を戻した。
 陽子はまだベッドの上で、乱れたままだ。愛されたばかりの者特有の倦怠感がその身を包んでいる。
 彼女に、透乃は手を差し出した。
「陽子、行こう」
「……どこへ…?」
「とりあえず、ハイランドかな? 氏族長に顔見せとかないと」
「でも…」
 お父さまが、と言おうとして、窓から入った風に陽子は鉄さびのような血のにおいを嗅ぎ取った。においは透乃からしている。
 そして陽子は気付いた。もう大分経つのに、彼女の上げた悲鳴にだれかが駆けつける気配が全くなかった。家のなかはしんと静まりかえり、あれだけうるさかった1階からも、何の音もしていない…。
 黙り込んだ陽子の姿に透乃もそれと気付いたが、あえて何も言わなかった。ただ彼女のなかで真実が組み立てられ、結論が導かれるのを待った。
「さあこの手を取って。そうしたら陽子はブキャナンだ。一族の者は何があろうとも絶対に陽子を守る。陽子は自由になったんだ」
「自由……そこに、透乃はいるんですか?」
「当然だよ。陽子は私の伴侶だからね! さっきしるしもちゃーんとつけたしね」
 それがしっかりその場所にあるのを見て、満足そうに笑う。
「それなら、行きます」
 差し出された手に陽子は自身の手を重ねた。
 父は死んだ。多分透乃が殺したのだろう。だがそのことに何の感情も沸いてこなかった。父とはいえ、昨日初めて会った男だ。愛情などあるはずもない。
 そんなことよりもずっと、ずっと、はるかに透乃の方が大事。
「連れて行ってください。傭兵の仕事もがんばって覚えますから」
「うん。きっと陽子はあんなドレスより、赤い色が似合うよ。私が買ってあげる」
 そして陽子を抱きかかえ、2人は飛んだ。
 自由へ向かって。