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リアクション
「メリークリスマス」
そう言い合い、この一年を感謝する。
ありがとうと、プレゼントを贈り合う。
そこには笑顔が溢れていて、ほっと心が、暖かくなるようだ。
各国のお茶をもちよっていたメンバーも、互いにプレゼントをとりだして贈りあう。
使っていたカップを退けて片付ける段になって、椎名 真(しいな・まこと)からのプレゼントが姿をあらわした。各席の前に、こっそりハンカチを敷いておいたのだ。執事らしい、サプライズである。
佐々良 縁(ささら・よすが)にはイチゴ柄のレース刺繍。瀬島 壮太(せじま・そうた)には、ガーゼ製の、吸水性がよく皺が目立ちにくいもの。東條 カガチ(とうじょう・かがち)へは、意外性のある和紙製のものを選んだ。
「私からはねぇ……」
縁が用意したのは、万年筆だった。シックな色合いの緑のラッピング紙に、茶色い細いリボンで飾ってある。
壮太とカガチも、ささやかながら用意したプレゼントを贈りあった。
「ま、今年もお疲れ。来年もよろしくな」
「そうだねぇ」
「まぁ、きっとそうなるよ」
四人はイタズラっぽく笑いあい、お茶会のしめとした。
「コーヒーをご馳走様。今日は、楽しかったわ」
帰り際、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、レモに挨拶をしに来た。
「こちらこそ、来てくださってありがとうございます。旅行のときは、本当にお世話になりました。またお会いできて、嬉しかったです」
レモはニコニコと祥子を見上げる。
今日、パーティの間、祥子はレモを見守っていたが、以前ヴァイシャリーで会ったときよりも、成長しているように見受けられた。
「今日は素敵な企画だったと思うわよ」
祥子に褒められ、レモは「恐縮です」と照れた。
「はい。頑張ったレモに、私からプレゼントよ」
「え……! わぁ、ありがとうございます!」
手渡されたのは、一冊のダイアリーノートだった。きちんとした装丁の、長持ちしそうな丈夫なものだ。
「日記帳、ですか?」
「そうよ。年明けももうすぐだし、はじめるには良い時期じゃないかしら?」
それに、ただ過ごすだけじゃない済まないこのパラミタでの思い出はきちんと残しておきたいモノだ。
自分の手で自分が感じたものを書き残す行為はきっと貴重な体験になるし、あとから読み返すのはよい追体験になるはずと、祥子は思う。
「日記ってただその日あったことを書くだけじゃないのよね。書いた人自身の記録でもあるの」
「僕の、記録?」
「ええ。貴方の日記は、紛れもなく貴方だけの記録になるわ」
「…………」
レモはしばし、じっと日記帳を見つめた。青い瞳に、ふとさまざまな想いが巡るのを、祥子は見守る。
レモは魔導書ではあるが、その中に記されていることは謎めいていて、なにより、それが『レモ自身』でははない。
でもこの日記帳、レモの分身たるものだという祥子のメッセージを、レモはきちんと受け取ったようだ。
「また夏の時みたいに旅行にいらっしゃい。あの時案内できなかった色んな場所に連れて行ってあげるわ」
微笑みながら、祥子は優しくレモに語りかける。
「そして欲張りなさい。識ることと感じることに対してね。その積み重ねがきっと貴方を成長させてくれるわ」
「……はい」
レモは顔をあげ、祥子を見上げて頷く。
はっきりとした意志が感じられるような、そんな瞳だった。
「大切にします。……僕が、僕になるために」
「楽しみにしているわ」
心から祥子はそう答え、穏やかな笑みを浮かべた。
「また、そちらにも伺わせてくださいね」
「ええ。いつでも、喜んで。……メリークリスマス、レモ」
「メリークリスマス、祥子さん。……それから、良いお年を」
挨拶を交わし、パーティもお開きだ。
そんな中、給仕を勤めていたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、帰り支度をしている久途 侘助(くず・わびすけ)にそっと近づいた。
「侘助」
「ああ。……お疲れ様、ソーマ」
「まったくだ。なぁ、俺にはプレゼント、ないのか?」
半ばわかっているくせに、ソーマはそう尋ね、侘助を見下ろす。
「そうだな……うさぎ饅頭はもうないし、なにがいい?」
「お前がいい」
侘助の細い顎を撫でながら、ソーマが色っぽく囁く。
「奇遇だな、俺も同じ意見だ。俺は俺をやるから、ソーマはソーマを俺にくれ」
侘助も口元に笑みを浮かべて、大胆な言葉を返した。
「お互いがプレゼントか、それはいいな。なら、帰りに雑貨屋に寄らないとな」
「雑貨屋に?」
尋ねると、ソーマは侘助の耳に触れるほど唇を寄せ、ぼそりと囁いた。
「体に巻くリボン……要るだろ?」
「……なるほどね」
ぞくりと不埒な痺れが背筋を走る。それをなんとか押さえつけ、侘助は荷物を手にした。
もちろん、交換会は朝までたっぷりかけて、だけども。
それとは別に、侘助はプレゼントを用意していた。赤い薔薇と、青い薔薇をかたどったチョコレート。後で、一緒に食べるつもりでいるが、それは、最後まで隠しておく。
「侘助、帰ろうぜ」
手を差し出すソーマに頷いて、侘助は一歩を踏み出した。
――二人の聖夜は、甘く熱いものになりそうだ。
喫茶室を退出した帰り道。
さりげなくルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)は一人になり、薔薇園の片隅へと向かった。
そこで待っていると、世 羅儀(せい・らぎ)に伝えられたからだ。
「ご足労いただき、申し訳ございません」
そこで待っていたのは、叶 白竜(よう・ぱいろん)だった。ルドルフの姿を見るなり、深々と一礼をする。
「いや。こちらこそ、わざわざ来てもらってすまないね。……ところで、イメージチェンジかい?」
「あ、ああ……」
無精髭の生えた顎を撫で、白竜は微苦笑を浮かべた。
「失礼、ちょっとむさ苦しいかもしれませんが……なにぶん、テロリスト相手に若造の容姿では迫力に欠ける気がしまして」
そう頭をかく白竜に、「よく似合ってるよ」とルドルフは言う。
実際には、髭はテロリストである鏖殺寺院の壊滅まで願掛けのつもりで伸ばしているのだが、あえて本当の理由を口にする必要もない。
「ここはいつも美しい場所ですね」
咲き誇る薔薇は、常に変わらず美しい。イルミネーションに照らされた花々を愛でながら、ふと白竜は尋ねた。
「このタシガンの地に『粉粧楼』(フェンツァンロ)は根付きましたか?」
「ああ。私の庭に植えてあるよ。今日はお見せできなくて残念だ」
その薔薇は、以前白竜がルドルフに贈ったものだった。そこには、色々な想いがある。
「とても心慰められているよ。ありがとう」
「それは、なによりです。ルドルフ校長も、お忙しいことかと存じております」
「いや、僕なんか、まだまだだよ。ジェイダス様や、生徒達の協力のおかげでね」
ルドルフは心からそう謙遜する。誇り高いことと、虚栄心が強いことは、全く違うとわかっている人のする態度だと、白竜は思う。
同時に、ルドルフが心から、ジェイダスと薔薇の学舎を愛し、誇りに思っていることも伝わってくる。
「……そうですね。ルドルフ校長がそういう方だからこそ、薔薇の学舎の人々も、校長を慕っているのでしょう」
そして同時に、教導団の者が金団長を強く信頼し慕うのと同じように、ルドルフだけでなく、ジェイダスやラドゥのことも、深く慕っている。その結びつきを、白竜は交流の中で学んでいた。
自分には自分の道があるけれども、各地域の流儀を理解し、その地ではその理に従うべきであるというのもまた、白竜の持論だ。むしろ大尉となった今、さらにそういう意識は、高くもつべきだと白竜は思っている。
その上で、白竜は、ルドルフに告げた。
「今後もルドルフ校長や、友人のためにも、私ができるかぎり全面的に協力したいと思っています」
「ありがとう。心強いよ」
ルドルフはそう答え、白竜に握手を求めた。
またなにか、大きなうねりが起ころうとしている。
その先にあるものを、まだ、白竜はしかと見極められてはいない。
だが、その渦に身を投じる前に、ルドルフに会い、己の意志を確認しておきたかった。
「いずれ、何らかの要請をすることもあるかもしれない。そのときは、よろしく頼むよ」
ルドルフの言葉に、白竜は強く頷いた。
「いつでも呼んでください。ニルヴァーナからでも駆けつけますから」
そして、笑顔で付け加えた。
「メリークリスマス」
と。
白竜と別れ、ルドルフは一人薔薇園に残った。
先だって、黒崎 天音(くろさき・あまね)からの進言を受け取っていた。そこには、タシガン駐留武官という役職を完全廃止し、『タシガン駐屯所』の『管理官』のみとしたい旨、要望が書かれていた。同時に、薔薇の学舎内で、タシガン守護に関するなんらかの組織を発足するよう求められてもいる。
すぐに決断が下せることでもない。ジェイダスも同様の書面を受け取っており、近々、話し合いをもつ予定だった。
(僕も、イエニチェリを選ぶ時がきたのかもしれないね……)
聖夜の星空を見上げ、ルドルフは心の中で呟いた。
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