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第一章 再会 4

「ところで、アムドゥスキアス様」
 道すがら、少年の姿をした魔神に女性がいった。宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。
 シャムスたちと同じく招待状をもらったのだ。宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)ヴェロニカ・バルトリ(べろにか・ばるとり)を連れて、シャムスたちと合流したのがさっきのこと。しばらく町を散策してから、祥子はかねてからの疑問を口にした。
「観光の促進もよいですが貿易は行われないのですか?」
「貿易?」
 アムドゥスキアスがきょとんとした。
「はい。貿易。他国との間で商品を売り買いすることです。ピーアールにもなりますし、国力を高めるのにも役に立ちます」
 祥子は単なる興味本位だけではなかった。この町が好きなのだ。異国情緒にあふれる町に、幻想的な夜のとばりの空。その文化が世の中に広まればどれほど良いかと思っていた。だから、心配だったのだ。が、祥子の不安を見とおすような目をしたアムドゥスキアスは、安心させるようにくすっとほほ笑んだ。
「もちろん、着々と準備は進めるつもりだよ」
「というと?」
「ボクらのこの町には数々の芸術品が集まってるからね。それはボクらが作ったもの以外にも、名工と呼ばれる職人たちが作った装飾品の類や、建築家だっている。それらの技術や物をカナンやシャンバラに輸出しようとは思ってるんだ。貿易商も集まってきているところさ」
「なるほど、そうですか。地球とも貿易をするつもりで? 地球から物を運んだり人を呼ぼうとすると、結界装置が必要になるのが難点ですけど」
「出来ればそうしたいところだけどね。まあ、かなり限定的なものになるだろうし、なかなか都合が良いようにはいかないよ。地球人が集まってる空京なら、少しは貿易に力を入れることが出来るかもしれないけど」
 アムドゥスキアスはそれから、祥子にこれからの展望のことをさらに話した。
 アムトーシスがどんな町になっていくのか。ザナドゥをこれからどうしたいか。アムドゥスキアス自身は、どんな未来を描いているのか。その話を聞いていたのは祥子一人だけではなかった。義弘が、ふんふんと楽しそうに聞いていて、ヴェロニカが、そっと祥子に耳打ちした。
「祥子。自分の経験から気にやむのはわかるが、あまり礼を欠いてはならんぞ。相手は町を治める領主なのだから」
「わかってるわよ。単なる世間話じゃない。義弘だって、楽しそうにしてるわ」
 白蛇のような姿をしたギフトは、アムドゥスキアスと仲よさそうに話していた。
「おにいちゃんの額にあるのはなんなのー? ボクの柄といっしょ?」
「元からあるものって意味だったら一緒かな。義弘の柄もキレイだね」
「えへへ、ありがとう!」
 義弘は照れくさそうに笑った。
 祥子は、ねっというようにいって、シャムスのもとに向かった。ヴェロニカはあまりにも二人がフレンドリーに話すのを見て、こまったような顔になった。いまさら止められるものではない。諦めて、二人を見守るしかないか。ヴェロニカはため息をついた。
 そのうち、祥子はシャムスに意中の恋仲との関係をきくようになった。話をふられたシャムスは、えっと驚いて顔を真っ赤にした。
「なにをいまさら驚いてるんですか?」
「いや、その……なんで知ってるのかと」
「いまさら隠し事なんて出来ませんよ。一年前からバレバレなんですから。それで? その後はいかがなんですか?」
 祥子がいくら聞いても、シャムスはどぎまぎして要領をえないことしか答えなかった。
 興味本位半分。出来ればシャムスに、その恋を成就してもらいたいという思いが半分。祥子は自分が、無理やりに仕組まれたお見合いから逃げるようにパラミタにやって来たため、シャムスに自分を投影していた。だけど、恥ずかしさがシャムスの心にあるのだろう。あまりこれといった進行状況はつかめなかった。まあ、仕方ない。いずれかのタイミングで話してくれるだろうと祥子は思った。
「ねーねー、結婚ってなーに?」
「けっ、結婚? うーん、そうだなぁ……それは、そのー……」
 シャムスとの話の中に『結婚』のワードが出てきたせいか、義弘がアムドゥスキアスに無垢な質問をしていた(ちなみに「結婚は考えているのですか?」という質問を祥子はした)。アムドゥスキアスは目に見えて困っている。大人びた少年魔神だと思っていたが、意外にそこは純粋らしかった。ほのかに頬が赤くなっていた。


 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)とシャムスはお互いの近況を報告しあっていた。
 ヴィナは最近、空京の自宅で年越しを過ごしたという話だった(ニューイヤーというらしい。シャムスはぽかんとしていた)。どうやら奥さんと二人で過ごしたらしい。ただ、奥さんはヴィナよりも実に体力があって物理的に強いのだ。新年早々、ベッドでベコベコのボッコボコにされたという話をした。シャムスは苦笑いしながら聞いていた。
「ただ、女の人が元気というのは、明るい未来の証拠だ。これでいいんだよな、うん」
「そのわりには顔が疲れてるが? どこかで反撃したいんじゃないのか?」
 シャムスがたずねる。図星だった。
「いや、まあ、欲を言えばそうなんだけど。なかなかそうはいかないよね。難しいよ、世の中って」
 ヴィナはいまさらながらに世知辛い世の中を知った。
 話の途中で、アムドゥスキアスが割って入った。アムトーシスには、世の中を生きるうえでの難しさや、そんな人生の世知辛さを表現した芸術もあるという話だった。するとヴィナは、それは面白いと返しつつも、地球の芸術文化も負けてはいないぞと返した。
 アムドゥスキアスは興味をそそられた。そこまで言いきるなんて面白い。どんなものがあるんだろう?
「それは、ぜひ聞きたいね」
 アムドゥスキアスはワクワクした顔でたずねた。
 ヴィナはよしきたというように話しはじめた。主に地球の画材についての話だった。地球の文化・芸術は多彩だ。それこそ日本だけではなく西洋から欧米、南米にかけてまで、たくさんの文化が混在している。その中で、画材たちも進化をとげていった。CGアート、水彩、油彩、コピック。デジタルからアナログまで、たくさんの表現の仕方があるのだ。もちろん、画材だけじゃない。表現の仕方は自然にまでいたる。木や石の建造物。いまなお残る歴史遺産。ヴィナは、あらかじめスマホにダウンロードしていた画像を、一枚一枚スライドさせながら、饒舌に語った。
 アムドゥスキアスはしきりに感嘆していた。
「なるほどねぇ。こりゃあ、すごいや」
「どうですか? 一度、地球人の芸術家たちを一同に呼んでみては。今後はたくさんの文化が混じった芸術の未来を期待してます」
「そうだね。考えておくよ」
 ヴィナと別れて、アムドゥスキアスは考えた。
 面白いものを見せてもらった。他の契約者からはアニメのDVDももらったし、これからはまた研究にいそしむ時間も必要かも。まだまだアムトーシスの美には未来があるぞ。
 アムドゥスキアスは、これからのアムトーシスを考えるとワクワクしてしかたなかった。