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チョコレートの日

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チョコレートの日

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 優子を初めて指名したのは、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)だった。
「ああ、キミか。アレナは一緒じゃないんだな。どうしてここに?」
「ここでなんか勝負してるって聞いて、気になって」
 パートナーの匿名 某(とくな・なにがし)や、親しくしているアレナは一緒ではない。
 康之は興味本位で一人で訪れたのだ。
(メンズスーツ似合ってるな、いつもよりキリッとして見えるぜ。けど、表情は柔らかだ。酒を飲んでるからかな)
「ホストらしいことは何も出来ないけど……キミも男性だし、許してくれるか?」
「おう、問題ない!」
 康之と優子は隣ではなく、向かいに腰掛けた。
 ドリンクの注文は優子の希望で緑茶にした。
「ところで、今日のゼスタとの勝負だけど、どんな勝負なんだ?」
「貰ったチョコレートの数と量の勝負らしい。ゼスタが一方的に決めて、広めたんだ」
 苦笑する優子を見て、乗り気じゃないんだなーと、康之は気付く。
「景品とかはあるのか?」
「ゼスタは俺が勝ったら何でも言うことを聞いてもらうぜ! などと言ってたな」
「そうか、それなら優子さんが勝ったら、何でも言うことを聞くってことだよな!」
「……なるほど」
 届いたお茶を飲みながら、優子は何やら考え出す。
「それにしても、チョコの数……2人の事だからすげぇ数になるんだろうなぁ……!」
「ゼスタは既に客に大量にもらってるようだよ。私も有り難い事に友チョコをかなり頂いたけれど、どうかな」
「友チョコかぁ。優子さんは誰にチョコあげるんだ? 今はそんな格好してるけど、優子さんも女性だからな。そういう相手もいたり?」
「若葉分校生には詰め合わせを渡したよ。後は特に考えてない。なんか毎年バレンタインは貰うのが普通になっていて」
「そっかー」
 特別にあげる予定はないようだ。
(アレナは優子さんにあげるんだろうなぁ。アレナにとって一番の人だし!)
 康之は緑茶を飲んでほっと息をついている優子を見ながら、考えていく。
(そういえば、アレナから優子さんの事は結構聞くけど、優子さんはアレナの事をどう思ってるんだろう?)
 思い切って、康之は聞いてみることにする。
「えっとさ」
「ん?」
「優子さんは、アレナの事どう思ってる? アレナに色々な変化があったけれど、優子さんがパートナーの彼女に望んでいることとか、あるかな」
「そうだな」
 湯呑を置いて、しばらく考えてから優子は語りだす。
「アレナが大切なパートナーであることは、彼女がどんな状態にあっても変わりはない。アレナに望んでいることというのは……正直、あるかもしれない。だけれど、彼女の意思を尊重したいとは思う。
 ただ、それでいいのかとも思うんだよな。大谷地はどう思う?」
「オレは……アレナが喜ぶ事をできる限りしたい。アレナの願いを叶えてやりたいと思う。アレナが星剣を取り戻したいと思うのなら、その助けをしてやりたい。アレナが優子さんが一番大切なら……ずっと側にいたいのなら、その願いを叶えてあげたい」
「私から奪って、自分のものにしたいとは思わず、ただアレナの願いを叶えてあげたい、のか。……キミは本当に、アレナのことを好いてくれているんだね。ありがとう」
 優子の言葉に、康之は胸を張って頷ける。
 康之は、アレナの幸せを自分の幸せと感じられるから。
 彼女の本当の笑顔が大好きだから。
「アレナはキミに星剣を取り戻したいと言ったのか?」
「いや、そんな風に感じられただけで、本人の口から聞いたわけじゃない」
「うん、それならアレナが望んでいるのは星剣を取り戻す事じゃなくて。剣の花嫁としての力を取り戻す事。十二星華ではない、普通の剣の花嫁として私のパートナーであること、だと思うよ」
 剣の花嫁として、光条兵器を守り。自らの持つ光条兵器に相応しい相手と共に、在り。そして、同じくらいの寿命を全うすること。
「だけど、現実は……彼女の身体は普通の剣の花嫁と同じではない。生きていれば、十二星華としてシャンバラに必要とされることもあるかもしれない。利用されることもあるかもしれない。死してなお、ティセラ達のように利用される可能性も、ある」
 優子の言葉を、康之はらしくない、神妙な面持ちで聞いていた。
「そう考えるとどうなんだろう……私が命を失う時。アレナが共に逝きたいと思うのなら、私のものとして一緒に墓に入ることが、彼女にとっての幸せなんだろうか、とさえ思えてくる」
 アレナが持つ星剣は、彼女が死亡した時、別の剣の花嫁が受け継ぐことが出来る。
 普通の剣の花嫁では、その力を最大限に発揮させることはできないが、今後も星剣目当てで、彼女の命を狙う者が現れないとは言えない。
「私があと60年生きたとして。その頃にはキミやアレナが今大切に思っている人達も亡くなっていく。どんな世界が訪れるのかは分からないけれど、彼女をおいていっていいものかと、考えてしまう」
「心配だよな……」
「アレナに幸せに生きて欲しいと、私も強く思っているのだけれど。今はまだ、どうしたらいいのか分からない」
 優子は力なく続ける。
「想像も出来ないほど長い時を、苦しみ抜いてきた彼女は、幸せを感じている時が一瞬でしかないと分かっている。好きな人と生きたいという気持ちが芽生えて、その思いが強くなるほど。それが一瞬でしかないことが……」
 二人の願いを叶える難しさに、より康之は気付く。

“アレナの太陽が、彼女の側で温かく優しく輝き続きますように”
 輝き続くこと。それは、優子が七夕の時に、短冊に吊るした願い事の一つだ。
 そしてクリスマスに聞いたアレナの声と涙が、康之の脳裏に浮かぶ――。

『来年も、再来年も、ずっとずっと、こんなふうに……
 康之さんにプレゼント、渡せたらいいなって……思いました』

○     ○     ○


 次に優子を指名したのは、猫井 又吉(ねこい・またきち)と共に現れた女性だった。
『D級四天王のKT。ケーティと呼んでくださいですのん』
 その子はなぜか喋らずに、描画のフラワシに文字を見せて、お絵かきボードに文章を書かせていた。
『今日はB級四天王の神楽崎さんが居ると伺ったので、 旧知の又吉さんにお願いして挨拶に伺ったんですのん。宜しくお願いしますですのん』
「俺の知り合いのD級四天王のコイツに、B級四天王の神楽崎を紹介してくれって頼まれたから連れてきた」
 又吉はめんどくさそうにそう言った。
「四天……ええっと、それは、わざわざありがとう。こちらこそよろしく」
 優子は苦笑気味に微笑んだ。
『ちょっと訳ありで声が出せないので筆談許して欲しいですのん』
「これはコイツからの土産だ」
 又吉は優子にチョコレートが入った袋を渡す。
「ありがとう。高価なチョコが多いな、申し訳ない」
 優子が礼を言うと、KTは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 ソファーに並んで座ると、KTはチョコリキュールを頼んで、優子と一緒に嗜む。
 彼女は決して声は出さなかったが、積極的に優子に筆談で質問をしていき、会話を楽しんでいた。
「……どうして俺がこんな茶番に付き合わなきゃならねーんだ」
 又吉は少し離れた位置に座って、ドリンクを飲んでいたが次第にばかばかしくなってきた。
「本当なら俺は、空京の繁華街の公園か、百合園の校舎前でダンボールに入って道行く婦女子からチョコを沢山貰う筈だったのによ。手に入れたのはこのチョコだけとは……」
 懐の中から、チョコレートを取り出す。
 それは拾ったチョコレートだ。1つは、板チョコだが、もう1つは、丁寧にラッピングされている。
 どうやら本命チョコのようだ。
「ん? あれは……ゼスタとかいう、分校の教師じゃねーか」
 又吉は立ち上がると、ゼスタが女の子と戯れている席へと近づいた。
「そこの兄ちゃん、ちょっと付き合えよ」
「やだ」
 ゼスタは即答した。
「なんだ、国頭来てるのか?」
「いや、来てるのはKTだ」
「そうか、来てるのか」
「KTがな」
「ふーん」
 ゼスタは優子とKTが座っている席を見て、意味ありげに笑った。
「なんでこんな場所でこんな事に付き合わなきゃなんねーんだよ」
 又吉はゼスタがいるテーブルに乱入して愚痴を零していく。
 KTとは……桃幻水で女体化した国頭 武尊(くにがみ・たける)だ。
 バレンタインは女が好きな男にチョコを渡す日。
 優子が男装してホストクラブで活動してるのなら、男の格好のまま優子にチョコを渡すのは間違っている。
 自分がチョコを渡す為には、女装するしかない!
 そんなちょっとずれた考えの元、武尊は女体化して訪れたのだった。

「ぁ……けほっ」
 KTは思わず声を出しそうになり、咳払いで誤魔化す。
(声を出さなけりゃ、口調でバレることもない。フラワシを使ってれば、筆跡でもバレないだろ)
 KTはにこにこ優子を見上げる。
 男の姿で見る彼女より、更に凛々しく見えた。
『神楽崎さんの理想の男性像を教えてくださいですのん』
「理想の男性像か……やっぱり」
 緊張しながらKTは優子の言葉を待つ。
「活動的な男性の方が魅力的だよな。男性は女性と体のつくりが違うんだし、私より体格が良くないとな。あとは、結婚を考えるのなら」
 興味津々といった目で、KTは優子を見ている。
「誠実な人がいい。他に愛人を作るような奴は、やだな」
 腕を組んで、KTはうんうんと頷く。
「お待たせしました」
 フルーツと、棒チョコが運ばれてきた。
『一緒に食べますのん。神楽崎さんは棒チョコゲームしってますのん?』
 期待を込めた目で、KTは優子を見る。
「聞いたことはあるけれど……。ごめん、私には出来るゲームじゃないな。これくらいで限界」
 言って、優子は棒チョコを1本指でつかむと、KTの口へ近づけた。
 KTは棒チョコを口に入れて、少しずつ食べていく。
 優子は指先がKTの唇に触れるまで棒チョコを離さず、食べさせてくれた。
「ええと、ごめん。接客……といか、こういう場所での接客の仕方分からなくて。どんなサービスをすればいい?」
「それじゃ、あれをやりますのん」
 困り顔の優子の手を引いてKTは内股で歩き出す。
 そして、入口に置いてある、シールプリント機へと連れていく。
 そして、ハートのフレームを選んでKTは優子を見つめる。
「失礼」
 優子はKTの肩に腕を回して、一緒に写真を撮った。
 撮り終わって、シール写真を手に入れると、KTはペコペコ頭を下げて。
 もう席には戻らずに、支払を済ませると又吉を呼んでもらい、店から出ることに。
「今日はありがとう。今度是非、若葉分校に顔を出してくれ」
 優子はKTを階段まで見送ってくれた。
(これ以上長居すると、ゼスタ辺りに正体がバレるかもしれないからな)
 KT……国頭武尊は、名残惜しく思いながらも収穫物を手に種もみの塔を後にする。