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【4周年SP】初夏の一日

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【4周年SP】初夏の一日

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32.6月23日、霧。


 雲海に浮かんだ霧の都タシガン。
 現領主ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)と、パートナーにして薔薇の学舎の理事長ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)というタシガンきっての重要人物二人が揃って乗り込んだ馬車が、とあるデパートの前で止まった。
 蔓薔薇が這う黒い石造りの高級デパートの前には、従業員たちが既に立ち並び、彼らが地面に降り立つと同時に深々と礼をする。
「いらっしゃいませ」
 二人が訝っている間もなく、正面の扉を開けて姿を現したのは、建物と対照的な“白い男”だった。真っ白い三つ揃いのスーツと手袋に身を包み、肌はもちろんのことロングウェーブの髪も乳白金で、青い目だけが彼に色を付けていた。
 その横に、同じく白い肌と青い目をした、金色の巻き毛の男が立っている。こちらは服装も白と金よりも青が目立っていた。
 “白い男”エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が口を開き、上品な一礼を二人に捧げた。
「本日はラドゥ様のお誕生日ですので、デパートを一日貸し切りに致しました。その後、ホテルのスイートルームでのディナーを予定しております」
「……というわけだから、今日はラドゥ様が主役。沢山好きに我侭を仰ってくださいね」
 “青い男”の方、パートナーのリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)がジェイダスたちを促す。
 なんだこれは、とでも言いたげなラドゥに、ジェイダスは余裕の笑みを向け、
「可愛い弟子たちが企画してくれたというわけだ。今日が何の日か、まさか知らずに来たのではないな?」
「当然だ。……ふん、付き合ってやろうではないか」
 不機嫌な表情でデパートに足を踏み入れたラドゥだったが、エメの次の言葉に一層不機嫌そうな顔になってしまった。
「ではまず二手に分かれて、ラドゥ様はリュミエールと、ジェイダス様は私とファッションコーディネートをしましょう」
「……何だと?」
 ラドゥはジェイダスを一瞥して、むすっとした顔になる。それに対してリュミエールがすかさず、
「せっかくのラドゥ様のお誕生日だもん。失礼にならない服でお誕生日会したいし、ラドゥ様だってお洒落は好きでしょう? あと、嫌じゃなかったら選んだりしたいな」
「何故私が貴様に……し、しかもお誕生日会だと? そんな恥ずかしいことをよく言えるな」
「だって、友達なんだから当然でしょう? 頑張って喜んでもらえる方法を考えたんだけどな。あ、お誕生日会って言葉がダメなら、バースデーパーティーでもいいよ。そうだ、ラドゥ様生誕祭っていうのはどう?」
 このお誕生日会を考えたのは、エメではなくリュミエールだった。接点から考えてもそれが自然だった。
 ジェイダスは愉快そうにくつくつ喉で笑っている。
 しばらくラドゥは渋い顔をしていたが、
「……勝手にしろ」
 リュミエールは両手を合わせると、嬉しそうに頷く。
「良かった、じゃ、エメは白しか着ないんだからこの際お洒落にしてもらいなよ」
 そう言って別れようとしたが、ラドゥの内心を慮ったのだろうか、否か。
「折角揃ったのだ、四人で見て回っても不都合はあるまい?」
 ジェイダスの鶴の一声で、全員で見て回ることになった。


 高級デパートに相応しい、高級紳士服売り場。
 パターンもスマートなもの、エレガントなもの、魔族らしいもの。色も白、黒、赤、紫、緑、茶と様々だ。値段が表示されているもの。されていないもの。オーダーメイド。
 一般市民であればウィンドウショッピングだけでも遠慮しそうなものだが、その辺りに躊躇がないのは流石というべきか。まるごと貸し切ってしまったくらいだから、その財力は推して知るべし、か。
 彼らの他には客のいないフロアに、上品なクラシック音楽と談笑だけが流れていた。
 民の視線を気にすることがないためか、ジェイダスもラドゥも、普段より口数が多いように感じる。
 エメが私たちのコーディネートをお願いできたら、と言うと、ジェイダスは不敵に笑った。
「弟子ならば、私に頼る前に、まずは自らの美を示してもらおう。それに対してなら指導のし甲斐もある。たとえば一口に白と言っても様々な白がある」
 ――結局、エメもリュミエールも、それぞれに頭を悩ませて選んだ服を着て試着室から出てくると、それをジェイダスが面白そうに“指導”した。
 エメはジェイダスに、リュミエールはラドゥにそれぞれコーディネートされる。
 ジェイダスとラドゥも自ら選んだスーツを着て服装が整うと、今度は別の階で彫刻や絵画、宝石などを見て回った――というより、ラドゥの後を付いていっただけなのだが。
「今日はラドゥ様の誕生日だからね、何かプレゼントしたいんだ」
「貴様ら程度に用意できるものとも思えんな」
 ふん、と顔を背けるラドゥに照れを見て取って、リュミエールはむしろ積極的に話しかける。
「じゃあ、ラドゥ様って何に興味あるの?」
「なぜそう貴様は私に興味があるんだ」
「だって、好きな人の事って色々知りたいでしょう? 好きな物、興味があるもの、色々知りたいよ。あ、僕は最近染色に凝ってて、犬より猫が好きかな。ラドゥ様は犬と猫、どっちが好き?」
 あっけらかんと、陽気に答えるリュミエールを、しかし彼は本気で嫌がっているわけではなさそうだ。しばしの沈黙の後、
「……どちらかに決めろと言われれば、猫だ」
「わぁ、同じなんて嬉しいな♪ ね、ラドゥ様は何が好きなの? 何するのが好き?」
「薔薇、音楽……美しい物を愛でることだ。最近はジェイダスの体格が変わったので、新しい服をデザインして仕立てさせているが……何を笑っている!
 ご、誤解するな。必要に迫られてのことで、闇の帝王と呼ばれた私のパートナーが、美意識を欠いたみすぼらしい恰好をしているなど許しがたいからだ!」
 好みの違いならともかく、ジェイダスが美意識を欠いている、などとは露ほども思っていないに違いないのに。
 リュミエールはそんなことを言うラドゥが可愛らしくて、つい笑みがこぼれてしまう。
 そしてラドゥが何に興味があるか観察して――どう見ても、モノよりもジェイダスに興味がありそうだった。彼が戯れにエメに触れ、軽いキスをするときなどは、いや、やめておこう――、プレゼントを選ぶ。
「気に入るかわからないけど、せっかくだから受け取ってよ、ラドゥ様」
 彼が差し出したのは、硝子の瓶に入った赤く透き通った、ルビーのような液体だった。ラベルに薔薇の花が描かれている――薔薇のリキュールだ。
 タシガン産の薔薇の花を惜しげもなく使用しており、よく見ると、薔薇の花弁が華やかに、薔薇の色を写し取ったリキュールに舞っている。
 リュミエールはラドゥが好きだ。誕生日なのだし、いつまでも残るものをプレゼントしたいという気持ちもあった。
 ただ、同時に、彼の心がどこに在るかも知っている。ジェイダスだって、たとえばパートナーが誰かに高級な宝飾品を、そういう意図があって贈るのを面白がるとも限らない。
 飲んでしまえば消えてしまうから、「重く」はないだろう。
 でも、もしこのお酒をラドゥが大事な人と飲んでくれるなら、そのひとときまでプレゼントできる――それが自身だったらもっと良いのだけど。
 それに、一輪の薔薇の花は永遠に咲き続けるわけではないから。パートナーは日本人とのハーフであるし、消えゆく美というものもこの人には理解できるんじゃないかと思ったのだ。
「わ……悪くはないな」
 偉そうに、でも照れたように受け取るラドゥを見て、そんな彼も可愛らしいな、とリュミエールは思う。
(言ったら怒られるから、絶対に言わないけどね)



 その後、四人は馬車でタシガンきっての高級ホテルのスイートルームに移動した。
 赤を基調とした上品な部屋は、それ以上の真紅を誇る数々の薔薇で飾られていた。
 幾つかのテーブルには素晴らしい食事――サラダ、スープ、メインディッシュ――その他の軽食、チーズ、フルーツ、デザート、それに血のように赤いワイン。
 そして大きな誕生日ケーキが用意されていた。
 時間を見計らって手配した料理は、温かいものは今まさに火から下ろされたかのように湯気が立ち、冷たいものはひんやりと冷やされていた。特に誕生日ケーキは、飴細工で作られた真紅の薔薇で飾られた見事なものだった。
「これは驚いたな」
「ちょっとしたサプライズだよ。味の方もラドゥ様のお口に合えばいいんだけどね」
 四人は席に着くと、暫く談笑しながら食事を楽しんでいたが、ふとエメがフォークを皿に置いた。
「どうした、もう降参か?」
 からかう口調のジェイダスに、エメは向き直る。
「この機会に、私も自分の気持ちを話させて頂きますね。
 ジェイダス様、私は貴方が好きです。貴方は私の憧れであり、師であり、そして……いつか必ず越える目標、です。これからもその為に研鑽は怠りません。どうかよろしくお願いします」
 ……と、ごくごく真面目に言ったのに、ジェイダスが唇を綻ばせて妖しげな視線を返したので、エメは慌てて弁解するように口を開く。
「いやあの、恋愛対象外という意味ではありませんから。ジェイダス様は魅力的ですしその、スキンシップ的な物が無くなってしまうと寂しい……というのはラドゥ様を思うなら単なる身勝手ですね。貴方は高嶺の花なんです」
「ああ、私を超えてみせる、というくらいの気概で研鑽してもらおう」
 自慢の弟子を持った――そんな師の顔で、満足げにジェイダスは笑った。
 一方でそんな二人とラドゥを交互に見比べていたリュミエールは、“友達”に控えめに問いかける。
「……ラドゥ様、誕生日に僕たちがいても良かった?」
「別に……悪くない」
「そっか、良かった!」
 目を伏せ、ワイングラスを傾けて答えるラドゥに、リュミエールは無邪気に――無邪気そうに、そう答えた。
 そうして四人は食事からデザート、誕生日のケーキまでをたっぷり楽しむのだった。