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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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太陽の天使たち、海辺の女神たち
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リアクション


●宝箱を開けろ!

 この謎はまだちょっと、解けない。
 風羽 斐(かざはね・あやる)は額の汗を拭った。
 半分ほど掘り出した宝箱の文字盤を眺め頭を悩ませる。

 今年も夏がやってきてしまった……暑い、実に暑い。
「俺は夏が苦手なんだ」
 と公言してはばからぬ斐である。実際、今日は海岸を少し歩いただけで瞬間的に熱中症になりそうな気持ちがしたものだ。歩行開始早々、わずか五分で足がふらついて、
「オッサン、エアコンに当たるばっかで外に出ねぇからだ!」
 と翠門 静玖(みかな・しずひさ)に手厳しく批判されてしまったものだ。
 そもそも、斐は軟弱と言われようが怠惰と言われようが、夏の間は断じて外に出る気はなかったのだ。千年猛暑だとか言われるこの夏は特に。バカンスなどもってのほかだ。
 それなのに彼は来た。この島に。
 御神楽環菜からの招待状が届いたから、というのは理由にならない。気持ちだけ受け取っておくというつもりだったから。
 けれど「夏の外出はイヤだとか日陰がいいとか……去年はそのままにしたけどな、今年はそうはいかねぇからな……!」と息子(静玖)に腕を引っ張られ、「今年もお父様と一緒に海で遊べないのでしょうか……」と娘(朱桜 雨泉(すおう・めい))に潤んだ目で心を引っ張られしてしまうと、父としては無下にするわけにもいかないのである。
 ともかくも彼は来た。倒れそうだが、パラソルの下に避難してレジャーシートをそそくさと引く。これでなんとか大丈夫だ。
「二人とも泳ぐのか? 俺はここで見ていよう」
「なに言ってんだ。オッサンも泳ぐぜ! 水の中の方が涼しいし、なによりメイが楽しみにしてたんだからな」
「確かに海の中の方が涼しいかもしれんがね、上がった時の暑さは一層のものになっていてだな……海に入れないわけではないんだぞ、決して泳げないとか海が怖いとかそういうわけではなくてだな……」
 言いながらもう、夏の猫よろしくぐべーっと寝転ぼうとする父なのだ。
 ところが静玖は、
「オッサン、海に入れねぇならオレが手伝ってやるよ。カタクリズムで」
 こともなげにそんなことを言うのである。
「カタクリズムは駄目ですよ! 危ないです!」
 あの威力を思い出し、雨泉はびくっと身を竦ませた。
「ショック療法さ。オッサンにはこれが必要だ」
「待て、静玖、カタクリズムで手伝われるほどのことはない。時が満ちれば……あるいは……」
「なに曖昧なこと言ってんだよ。それに遠慮すんな、準備体操だよ準備体操」
 静玖は冗談で言っているのではないらしく、本当にカクタリズムを放つべく意識を集中しはじめている。
「……おい、体の準備運動していても、心の方は終わっていないぞ!」
「お父様、このままですとお兄様、本気でカタクリズムを使ってしまいます……!」
「ええいわかった。普通に入れるからな、見ていろ」
 がばと立ち上がって上着を脱ぎ捨てると、斐は走って海に入ったのである。
「……冷たいな、うん。気持ち良いな」
「……なんだよ、入れんじゃねぇか」
「……良かった、入れました。これで一緒に海で遊べますね」
 三人そろって海に浮かぶ。波の音、潮の香り、口中に広がる味……すべてが海だ。生命の源。渋ってはいたものの、たしかに気持ちいいのは確か、斐はゆるゆると泳ぎ、静玖と雨泉はそれを追ったり、水をかけあったり。親子団らんというにふさわしい時間をすごした。
 そんな折りだった。
「……あれはなんでしょう?」
 泳ぎ疲れて砂浜に上がった雨泉が、宝箱の尖端を見つけたのは。

 静玖が掘り返し、宝箱の文字盤を見つけ出した。
 宝箱は全体で、小型の冷蔵庫くらいありそうだ。持ちあげようとしたがずっしりと重い。
「そういえば、御神楽環菜さんがビーチの何処かに宝箱を隠されたという話でしたよね」
「こいつがそうだな。解くより見つける方が難しいって話だったが、あっさり出てきたじゃねぇか。満潮のときにでも砂が流されたか?」
 ヒントについては事前に情報があったし、宝箱のプレートにも書かれている。
 もう一度記しておこう。

 単語「BOOK」に対応する数字は40で、
 単語「COPS」に対応する数字は45
 単語「CHOP」に対応する数字は30だという。
 そして、宝箱を開けるキーは「SHOCK」に対応する数字らしい。

「単語っつってもやけに同じアルファベットが多いよな」
 ここまではすぐにわかったのだが、静玖は首をかしげるばかりだった。
「……ふむ」
 たっぷり濡れて髪はぺったり、ヒゲもいい感じにしっとりさせた斐が顔をのぞかせた。
「オッサン、わかるか?」
 さすが頭の回転が速い、斐はすぐに計算を終えた。
「……そうだな。これは家庭だが、単語をアルファベットに分解して、アルファベットごとに数字を割り振ると、英単語にした時に対応する数字になる……か」
 つまり、
B O O K → B:20 O:5 O:5 K:10
C O P S → C:10 O:5 P:10 S:20
C H O P → C:10 H:5 O:5 P:10
 になるのではないかと彼は言う。
「この数字を当てはめると……」

S H O C K = S:20 H:5 O:5 C:10 K:10

 と、なるのではないか。
「ということで、答は50だと思うのだが」
「でもよー、いまいち根拠が薄いってーか、強引な気もしないではねぇよな」
「確かに、あまり美しい解き方ではないな……」
 むむむ、と斐は頭を悩ませる。
「頭使いすぎて倒れんなよな……」
「……お父様が倒れてしまうのは駄目です!」
 静玖と雨泉が声を上げたところで、
「ほう、例の宝箱はこれかの?」
 アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)がやってくるのが見えた。
 彼女の連れはザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)、少し距離をおいて強盗 ヘル(ごうとう・へる)の姿もあった。
 ザカコは軽く足を引きずっている。
 謎の敵……イーシャ・ワレノフに撃たれた傷がまだ完全には癒えていないのだ。
 せっかくのバカンスだが、今日のザカコは、アーデルハイトと悠々泳ぐというわけにはいかなかった。
 しかしそれでもアーデルハイトは怒ったりせず、「ドンマイというやつじゃ。名誉の負傷よのう」と彼に付き合ってくれた。波打ち際で足首までつかって並の満ち引きを楽しんだり、歩きながら会話したり……有意義なひとときを過ごすことができたのだ。
 ただ、宝箱を見つけて少し、ザカコがほっとしたのも事実だった。
 海を泳ぐこともできず、アーデルハイトを退屈させていないか心配だったのだ。
 ヘルが小走りで宝箱に近づき、触れた。
「こいつがそうか。カンナが埋めたってやつだな?」
 きょろきょろと見回すと、このあたりはビーチでも人が少ない。
「ビーチの周りで人の手が入っていそうなところ……ってわけだ。岩の下なんかも怪しいと思っていたが、割と正統派に埋めただけか。奇をてらうと見せかけて逆、カンナらしいぜ」
「ところで鍵だが、解けるか? 俺にも案はあるのだが、万が一間違っていたらと思ってまだ試していない」
 斐が訊いた。軽く頭から湯気が出ている。
「おう! それなら……」
 呵々大笑して、ヘルはザカコを見たのである。
「任せた!」
「丸投げですか」
 やれやれ、とザカコはプレートを見下ろした。そんな彼にそっと、ヘルが耳打ちする。
「ほら、カノジョに格好いいところみせてやれよ」
「カノジョ!? 違うんですけれど」
「ま、スマートなところ見せたら、惚れ直してくれるかもだぜ」
 などと言ってウルフフェイスを、ニヤリとさせるヘルなのである。
「ヘルはまったく……」
 勝手なことを、とぼやきつつ、ザカコはじっくりとヒントの文字を眺める。
「答えが数字なのでなにかしらの変換法があるはず……」
「どうじゃ? わかるか?」
 アーデルハイトがヘルの代わりにザカコに身を寄せた。
 ――アーデルさんの水着が、こんなに近くに……!
 心臓がひとつ、とくんと鳴ったのがザカコにはわかった。
 彼女の水着姿が新鮮なのは事実だ。だからこその高鳴りだろう。
 でもよく考えたら彼女って、普段の格好もほぼ水着――などという不埒な考えは、げふんげふんと打ち消しておきたい。
 ――いやむしろ普段の露出をもう少し抑え目にしてくれると、邪な目が寄って来難くなって嬉しいと言うか……自分はなにを考えているんでしょうか。
 集中しなくては。謎に。
「ん、CH?」
 天啓。
 このときザカコの頭にひらめいたものがあった。
「もしや……原子番号を足した数?」
 このアルファベットのようなものはアルファベットではない。元素記号ではないのか!?
 S(硫黄)も。
 H(水素)も。
 O(酸素)も、C(炭素)もK(カリウム)も!
 だとすれば小文字が存在しない理由も説明がつく。
 それに、よく考えてみると『O』以外の母音がないこともわかりやすくなってきた。たとえばカルシウムはCaだが、たとえば『CaP』というように大文字の中に小文字の『a』が不自然に入っていれば、すぐにこれが元素記号を並べたものと露呈してしまうだろう。
 周期表をザカコはそらんじているが、一般的にはせいぜい、原子番号20番である『Ca』くらいまでしか記憶していないものだ。そこには環菜の配慮が感じられた。だから、『I』(ヨウ素。 原子番号53)や『U』(ウラン。原子番号92)などは登場しないのだ。
SHOCKなら、16+1+8+6+19=50……つまり答は50だと思います」
「なんだ、オッサンの解答と同じじゃねぇか」
 静玖が言うも、斐は首を振った。
「確かにそうだが、彼のほうが理にかなっている」
「ではやってみましょう」
 ザカコがキーを入力した。
 ファンファーレが鳴り、ぱかっと宝箱は自動的に開いたのである。
「……涼しい?」
 雨泉は目を見張った。
「おお、冷蔵庫であったのか!?」
 冷蔵庫くらいの大きさ、と表現したが、実際にこの宝箱は冷蔵庫だったのである。
 コードはつながっていないが、機晶石がエネルギー源だと思われる。
 中身は、よく冷えた大きなスイカだった。ごろごろといくつも。
「ははっ、こりゃいいや。しかしこんなにあってもこの人数じゃまったく食い切れねぇな。エリザベートたちも呼んでやるか。スイカ割りをやってもいいしな」
 ヘルは笑った。
「やるのう」
 アーデルハイトはザカコを見上げた。その目が、尊敬のまなざしのように感じられる……気のせいかもしれないが。
「アーデルさんはわかりましたか?」
「いいや、クランジの頭文字かと思うたわ」
 言いながら彼女は、彼に水鉄砲を手渡したのである。
「ほれ、エリザベートが来るまでちと遊ばんか?」
「いいんですか? 怪我してる自分なんかで……」
 ピッ、と水鉄砲を放って彼は言った。
「いいに決まっておる。さっきも言ったが怪我は気にするな。それにな」
 透き通った水色の目で、彼女は言ったのである。
「私は嬉しいのじゃ。ザカコが無事、こうして戻ってきたということがな……。一時、空京ロイヤルホテルで行方が消えたと聞いたときは心配したのじゃぞ……!」