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第1章 空の散歩で着いた場所

 日没が早まり、夜風が冷たくなってきた。
 だけれど今日は少し明るい。
 空には雲一つなく、大きな月が星々と共に輝いているから。
 繁華街は街の中も、ネオンの光で輝いている。
 まだ、眠るには早い時間――。
 食事を終えた後の一時、どこで何をして過ごそうか。

「ひゃっほーーーーーーーうう!!」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、空飛ぶ箒スパロウにのって、空京の空まで飛んできていた。
 特に空京を目指していたわけではない。
 月がとっても綺麗だったから。
 夜を明るく照らしていたから。
 こんな素敵な夜に、出歩かない道理はない!! と、上着を着て自宅を飛び出して、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)を連れて、風の向くまま気の向くまま、思う存分飛び回っていた。
「ひゃっほーーーーええっくしょーーーん!!」
「ワワワ」
 大きなクシャミと共に、アキラの身体が揺れた。懐の中に入っていたアリスは落ちないようぎゅっと服を掴む。
「ん、やっぱり夜は冷えるなー、なんか温かいもんでも食って温まるべさ」
「そうネ。アキラが温まったら、ワタシも温まるシネ」
「それじゃ、やってる店を探そ〜。なかったら、自販機頼みだー」
 ちらちらと光る街の中に、箒を操ってアキラは下りていったのだった。

 どこかの店に入るか、屋台でラーメンやおでんを食べようか。
 その前にとりあえず自販機で温かい飲み物でも飲もうか。
 そんなことを考えながら、アキラはアリスを懐に入れたまま繁華街に続く道路を歩いていた。
「あれ、もしかして王 大鋸(わん・だーじゅ)? 名物空大生の」
 アキラは自販機の前で、1人のモヒカンと出会った。
 空京に出没するモヒカンと言えば、この人という人物だ。そう、元パラ実生の、ロイヤルガード、王大鋸である。
「こんな時間にこんなところで何やってるのさ」
「うっせー、補習の帰りだよ。てめーこそ何やってんだ。ここはてめーのような優男がうろつく場所じゃねぇだろ」
「いや、ここ普通に街中だけど。ウチらは夜の散歩して、体が冷えたんで何かあったけーもんでも食いに行くかーてところ」
「それなら、その牛丼屋がお勧めだ」
 大鋸が指差す先に、『牛丼』と書かれた赤い看板があった。
 24時間営業している、良心的な価格の牛丼屋だ。
「つくだくにすりゃあ、懐は大して減らず、腹も体もあったまるぜ」
「よし、オゴリだな」
「はァ? 俺様に奢らせようとはいい度胸だな。よしてめぇの分はおごってやる。その代り俺様の分はてめぇが払え」
 にやりと大鋸が笑みを浮かべた。
「え!? やっぱいいです。自分の分は自分で払うよ〜。アリスの分も」
「遠慮することねぇんだぜ? 助け合おうぜ、相棒!」
「え゛ーっ」
 アキラは大鋸にずるずる引き摺られて牛丼屋へと連れて行かれた。

 大鋸は夕食は既に済ませたそうだが、牛丼を大盛りつくだくで2杯頼み、凄い勢いで食べている。
 その様子に感心しながら、アキラは並盛つくだくの牛丼を、まずは小皿に分けて、つゆを入れてアリスに渡した。
「んで、最近どうなのよ?」
「ん? 俺様は、勉強に仕事に充実してるぞ。あ、補習もロイヤルガードの仕事で出られなかった分、受けてきただけだからな!」
 大鋸の主張にうんうんとアキラは頷く。
「わかってるわかってる。決して鳥頭だから補習になったわけじゃないって」
「立派な、トサカ頭だけどネ」
 アリスがモヒカンを見ながらそう言うと、大鋸はギラリと片目を向けてきて。
「なんだとぉ!? ちっけーのに、いい度胸じゃねぇか。食え食え」
 直後笑顔で、アリスの皿に自分の牛丼を入れた。
「こんなに食べられるカシラ」
 アリスの小皿は、大盛りつくだくになった。
「そっちはどうなんだ?」
 再び牛丼をかっこみながら大鋸が尋ねる。
「ウチらはまあ……ボチボチ」
「イコンの修理費やペットの食費なんかで大変ナノ。それなのにアキラったらクレジットカード大量に使いすぎてスゴク怒られてたのヨ」
「見かけによらず、金遣いあれーんだな。何買ったんだ?」
「いや……色々と。やっぱり食事もこういう庶民的なものの方が腹いっぱい食べられて、財布の中身も減らずいいなあー。そもそもこの店じゃ、クレカ使えないし」
 アキラは苦笑しながら、牛丼のつゆを飲む。
「パラミタの危機とやらもとりあえず乗り越えたみたいだし、このままのんびりといってくれればいいんだけどねぃ」
 そしてどんぶりを置いて、ふうと息をついた。
「そしたらアキラ、オ仕事なくなってワタシたち路頭に迷っちゃうのネ」
 同じように、皿を置いて、アリスがくすっと笑った。
「そしたら、闘技場で稼げばいいさ! とりあえず肉食って鍛えとけ! それだけで男は生きていけるさ」
 ベンベンと大鋸がアキラの背を叩く。
「ぐ、ごほがほっ」
 咳き込みながら、アキラは苦笑した。

 食べたりないというので……。
 その後も、大鋸にひっぱられたり、気になる屋台を見つけた時には逆にひっぱったりして。
 何軒か店をはしごして、終電もなくなった頃。
「そんじゃ、きょ〜はありがと〜」
 すっかり出来上がった状態で、アキラは大鋸に手を振る。
「お〜、今度は可愛いねーちゃんがいる店でも行こうぜ〜。てめぇのクレカで〜」
「止められてなかったらねぇ〜。おやすみ〜〜〜気ぃつけてけーれよ〜」
 アリスは既に眠ってしまっていた。
 大切にアキラはアリスを懐の中に入れる。
 そして箒にまたがって、ふらふらと空へと飛びたった。
「そっちこそ〜。墜落すんなよ〜〜〜」
 大鋸は空に向かい手を振った後。
「ぶえーーっくしょん!」
 大きなクシャミをして、ロイヤルガードの宿舎へ帰っていった。