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第15章 歪んだ関係

 2023年9月から漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は百合園女学院の本校に通うことになった。
 それに伴い、百合園の寮に入ることになった。
 月夜と同じく樹月 刀真(きづき・とうま)とパートーナー契約を結んでいる、玉藻 前(たまもの・まえ)と、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)も、一緒に百合園の寮で暮らすことが決まっている。
 白百合団団長の風見瑠奈の恋人であり、ロイヤルガードの刀真は、現在西シャンバラと東シャンバラを行き来し、ロイヤルガードの仕事に勤しんでいる。
 勤しんでいた、が……。
 9月上旬、瑠奈が白百合団コーチである、ゼスタ・レイランと共に姿を消した。
 毎日届いていた刀真へのメールも途絶え、電話もつながらなくなった。
 刀真は「瑠奈を助けに行く」と言い、パートナーを残してどこかに行ってしまった。

「もーっ、私は刀真の剣なんだから、危険な所に行くなら私が一緒にいないと駄目じゃん!」
 その夜。
 月夜は玉藻前と白花を誘い、居酒屋に訪れていた。
「それなのにさ、恋人に悪いからって変じゃん! 刀真のばかっ!」
 ぐびぐびと、月夜はアルコールを浴びるように飲んでいく。
「飲み過ぎですよ」
 白花が心配そうに月夜を見る。
「今回も刀真さん、1人で瑠奈さんを助けに行くと出て行ってしまいましたからね……」
 瑠奈と恋人になってから、刀真は瑠奈と会う時に、自分達を連れていくことがなくなった。
 彼女が事件に巻き込まれたかもしれない、こんな時にも。
 白花もそれが少し寂しいと感じていた。
「ああーっ。変変変! 私だって心配なのに、刀真のばか」
 月夜はガツン、とジョッキを叩きつけるようにテーブルに置く。
 月夜は、刀真のことを恋愛的に好いていて。
 女性として見てほしいと、自分だけを見てほしいと、願ってしまっていた。
 だけれどそのポジションを、夏に風見瑠奈が奪っていった。
 瑠奈のことは……その後も変わらず友達だと思っているし、憎しみも全くない。
 彼女が自分達、刀真のパートナーのことをよく考えてくれていることも、解っていた。
 ただ、瑠奈が自分達に百合園の寮に入るように勧めたのは――刀真と自分達を離したかったから、という気持ちもあるのだろうということと。
 今、瑠奈は刀真にとって唯一の女性、恋人として一番大切にされていることを、とても幸せに過ごしているのだろうなということを、感じ取っていた。
(瑠奈は半年だけでいいって言った。来年には刀真の側からいなくなる? そして春にはパラミタからもいなくなる……)
 そしたら、刀真は自分達のもとに戻ってくるのだろうか? 自分はまた剣として常に彼と共に在ることができるのだろうか。
 そして彼の一番になれるのだろうか……女性としても。
 だけど、そんな未来が待ち遠しいとは、感じなかった。
 なんだか、それは違う。嫌だという気持ちがある。
 刀真はもう、以前のままではなくなる気もする。
「うーっ、でもでも仕方ないかなって思う所もあるけれど……む〜っ」
 月夜はジョッキを握りしめながら唸り声をあげる。
 女として考えると、瑠奈の求めも、刀真の気持ちも分かるような気もするのだ。
 ただ、自分が自分の感情だけで彼を求めても、同じように応じてはくれなかっただろうという現実も分かる。
 力を欲していた刀真が得た力。それが月夜という『剣』だ。
「もし、私たちが同じ目にあったとしたら、今の刀真さんは瑠奈さんと一緒に捜しに来てくれると思います」
 白花が静かに言った。
「そう思えてしまうのが……瑠奈さんが対等でいたいって思って頑張っている所の結果なんだと思います」
「対等……。うーん。これが瑠奈の言っていた対等じゃないって事なのかな〜、瑠奈が戻ってきたら色々と聞いてみようかな」
 月夜は大きく息をつき。
 またビールをぐびぐびと飲む。
「私も刀真や瑠奈と同じように成長しないと駄目なのかもしれない……」
 呟いてまた、ビールを飲んだ。
(月夜も刀真が決めたことに従うって話をしたからな、本人たちを前に文句も言えないんだろう。ただ、この変化は面白い)
 月夜の様子を観賞しながら、玉藻前は日本酒を飲んでいた。
(刀真も月夜も封印の巫女もこれから色々と変わっていくだろう。
 我はそれの様子を見つつ、悪い方向に向かわないよう茶々を入れれば良いか……後は色々と愛でても良いよな?)
「玉藻さん、何ニヤニヤしてるんですか? やめた方がいいですよ、その笑い」
「ん? 興味深いものが見れたんでな。まあ、そうか、気持ちが悪いか。……気を付けよう」
 言って、玉藻前はしばし窓の外の月を観賞する。
「……私も、瑠奈さんが言っていたことを考えてみるべきなのかもしれませんね」
 潰れかけている月夜を見ながら、白花は考える。
 刀真に交際を申し込むと言った時の、瑠奈の言葉。
 瑠奈は、刀真と自分達が家族として結ばれる未来をも、イメージしているのだろう。
 彼が月夜を、玉藻前を、白花を、パートナー全てを伴侶として、家族として愛せる人ならば、彼に恋人は――自分は不要な存在だと理解が出来る。そして身を引こうと。失恋して成長しようと。
 そんな風に考えているのかなと、漠然と白花は考えていく。
『でも、それって対等じゃない』
 瑠奈の言葉が、白花の脳裏を駆け巡っていく。
『私は一人の人間として自立したい。好きな人と、対等に付き合っていきたい!』
『この想いに縛られていたら、自分は中途半端な人間になってしまう』
「……刀真さんが私達を受け入れたら、私達がそれを望んだら……」
 月花は軽く首を左右に振った。
 瑠奈や周りにはもしかしたら、そんな風に見えているかもしれない。
 だけれど、自分達は――多分、少なくても今の刀真はそんな未来を考えてはいない。
「私達の関係は、異質なのでしょうか」
 つぶやく白花の様子を、玉藻前は思わずニヤニヤ眺めてしまい。
「ごほん」
 咳払いをして真顔に戻す。
「とうまー……る、なー……うううっ」
 月夜はテーブルにつっぷして眠りかけていた。
「さて、寮に戻るか」
 玉藻前が、月夜に手を伸ばした。
「無防備に酔いつぶれているな。部屋まで運んでやろう、そして今宵は……い、痛い痛い、痛いよ……封印の巫女!」
 腕の中の月夜を見ながら、閨を共にしてあんなことやこんなことをと妄想を始めた玉藻前だが、顔に出てしまったらしく、白花に気付かれ耳を引っ張られた。
「分かった、ちゃんと寝かせるから、何もしないよ」
「約束ですよ」
 くすっと白花は笑う。眠っている月夜に優しい目を向けながら。
「何かあれば我に言え」
 玉藻前はそう言うと、月夜を抱きかかえて店を出る。

 外は静かだった。
 幻想的な月の光が、3人の進む道を照らしてくれている。