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リアクション
【好きだから面白い訳で】
「あんれぇ? せじまんの彼氏様じゃぁないですかー」
明らかに絡み目的ですという声色の佐々良 縁(ささら・よすが)の登場に、紺侍と恋人の瀬島 壮太(せじま・そうた)は矢張りそう着たかとくすぐったい笑いを漏らす。
同じ学園に通っているとはいえ大学の校舎は大きく、繋がる関係からそれぞれ噂を聞くばかりで実際の面識は無かったのだ。この小さな場所に親友達が集合すると決まった時からこの展開は分かりきっていた事だった。
「ねね、どうなのどうなのぉーちょっと進捗報告いただいてないんですけどー」
紺侍を挟んで向こう側の壮太に絡んでくる縁に、「報告って何言えっての」とごにょごにょ二人誤摩化していると、やり取りを聞きつけて東條 カガチ(とうじょう・かがち)もそこへやってくる。
「どーも瀬島には何時もお世話してます」
「あっどォも、いつもお世話してもらっちゃって」
「おい。こら。色々待て」
「いいねー可愛いねぇー」
「あれ、付き合ってどのくらいなん?」
「まだまだ初々しいカップルだねぇ」
こうした弄りも始めはくすぐったいものだったが、時間が経てば段々いたたまれない気分になってくる。そんな雰囲気を察したのか、後ろから助け舟がやってきた。
「そろそろいい加減にしなよ、二人とも」
先程迄お茶を配りっていたお盆を手に、呆れ声を出しながら最後にきた椎名 真(しいな・まこと)は紺侍の方を向いて、友人達に無遠慮さに苦笑を混じらせ挨拶しようと開きかけた口を、しかしそのままぽかんと開いてしまった。
以前会ったときは、奈落人に憑依されていた状態だったからこの場合適切な言葉が分からず、結局思った事をそのまま口に出してみる事にする。
「やあ、久しぶり……って言って良いのかな」
「ですかね? 真さんで会うのは初めてっスけど」
「じゃあ、初めまして?」
「それも間違ってないス」
「まあ、よろしく」
「よろしくお願いします」
真と二人でペコペコと頭を下げ合っていると、カガチがふと何かを思い出したようにキッチンへ向かってブンブン手を降り出した。
「あれきゅーん!」
縁の呼ぶ声に、キッチンからひょいと顔を出して大股で歩いてくるのは壮太の『おにーちゃん』アレクである。
「えっ、なんでここにおにーちゃんがいんの?」
「なんでってお前……」「俺たちジゼルさんに呼ばれたんだから」「当たり前だよー」
ぬいぐるみ班の方のジゼルと手を振り合いながら言う三人に、壮太は彼等が紺侍と面識が無いのに此処に呼ばれたという話に今更ながら合点がいった。
ともあれ、壮太の大事な友人達と義兄、恋人が一堂に会したのである。これを期に改めて紹介しようと満面の笑みでアレクを出迎えた。
「おにーちゃん、こいつな。オレの付き合ってる相手。
紡界、この人がオレの義理のおにーちゃんな」
紹介の後に紺侍が微妙な表情を浮かべたのに、壮太は『義理の兄が出来ました』と言う特殊な経緯を紺侍が不思議がっているのだと勘違いして、今迄の出来事――とある戦いで、アレクに命を救われた事――をかいつまんで説明した。
「二人に紹介することができて嬉しいよ」
「知ってる」
和やかな空気を止めるようなアレクの即答に、驚いた壮太が戸惑っている間、アレクはいつもの無表情のまま紺侍を見つめている。否、射抜くような視線で凝視していた。
「知ってる。大学同じだからな。なあ紺侍、俺達もう友達だよな」
「友達……?」
「超仲良し、ズッ友」
「ハハ」
「Prijatelji.(*友達)」
「……デスネー」
ただでさえ地球とパラミタを行ったりきたりと忙しいアレクが、大学に通っている所等殆ど見た事が無いし、イルミンスール時代は『ぼっち』の称号をつけて歩いていた男が軽々しく『友達』と言う言葉を使う訳も無い。大体部下から仕入れたらしいギャル用語が白々しい事この上無いから、流石にこの会話で壮太も二人の間に流れる微妙な空気に気づいてしまう。一体二人の間に何があったのだろうか。
壮太が眉を寄せて固まっている間に、真が盛り上がり出したカガチと縁からちらりとこちらを横目で見ると、小声で「今のうちに逃げちゃったほうがいいよ」と言ってくれた。
それに甘えて紺侍と壮太は、「じゃあ……」と立ち上がる。重い空気を背負いながら歩き出した二人を見送って暫く、アレクが遂に堪えきれないとばかりに体をくの字に折って笑い出した。
「おー、どした?」
カガチの腕を掴んで体勢を戻しながら、アレクの笑いは止まらない。
「ふ、はは……だってあいつ……、超びびってんのな! しかも壮太も俺がキレてると思ってすげえマジな顔してるし」
「またアレクさん、そういうの――」
もうこれでいいかなーと思いつつも一応真は嗜めてくれる。それに答える様に笑いを収めながら目尻の涙を拭っているアレクに、縁は「あれきゅんせじまんの彼氏様に何かしたのー?」と顔を見上げている。
「いやべつに、前に『ちょっと挨拶した』だけだよ。大学でな――」
「May I sit down?」
背中にかけられた異国の言葉にややオーバーに反応してしまったのだろうか、振り向いた相手もまた目を丸くしながら「I,i.aaa...」とどもりつつ苦笑する。
「ごめんなさい、金髪だったから、俺と同じガイコクジンだと思って――。君、日本人だよね」
キャップの下で黒い瞳を笑顔に歪ませる彼は、上はTシャツ、下は短パンというこれ以上無いラフな服装なので、紺侍の方からでも出身国が一発で分かった。
「えェ。お兄さんは? アメリカ人スか?」
「そう、俺ら日本人に比べて服のセンスが無いから直ぐ分かっちゃうよね」
紺侍が隣の席のどうぞと示すと、そのアメリカ人の青年は軽く礼を述べて、講義の前の準備を始めた。
「この講義取るの初めてなんだ。とても人気があるんだね、席が見つからなくて困ってたんだ。
実は俺最近イルミンスールから編入したばかりでさ、友達も居ないし。――ああっ、と」
忘れていたとまた笑って、青年は紺侍の前に手を差し出してくる。
「アレックスだよ。宜しく」
「紡界っス。紡界紺侍」
握った手は筋肉質と言って良いのだろうか――そんな妙な力強さがあったのだが、相手は外国人だ。きっと人種の違いがあるのだろうと、紺侍は疑問を頭から飛ばしてしまう。思えばこのとき既に、彼に飲み込まれていたのだろう。
それから二週間、紺侍はアレックスと頻繁に顔を会わせる様になった。
屈託の無い笑顔を常に浮かべるアレックスの気取らない態度を紺侍は好ましく思ったし、更に同い年と言う事もあって二人はすぐに打ち解けた。そんなある日の事だ。ランチタイムにアレックスが取り出した端末の待ち受け画面がふと目に入る。ゴールデンゲートブリッジをバックに微笑む少女を見て、紺侍はこれはアメリカに居るアレックスの彼女なのだろうと考えた。
「綺麗な人っスね」
「そうだろう、俺の自慢の彼女。
ああ、早く帰って彼女に会いたいよ。彼女がハイスクールを卒業したら正式に結婚を申し込むつもりなんだ! そう言えば紺侍のガールフレンドは、どんな子なんだい?」
「相手のことをちゃんと見てる真っ直ぐな人、スかね」
「へえ、素敵な子だね。紺侍も彼女と結婚するの?」
「日本じゃ同性婚って認められてねェんスよ」
アレックスの唐突な質問に、紺侍は素直にそう答えた。
そういった答えが返ってくる事も念頭にあったのか、アレックスの方もそれ程大きな反応もなく、代わりにキャップの上から頭を掻いて「ああ」と声を漏らす。
「日本ではまだなんだっけ、どうだったかな。いや合衆国の一部の州は認められてるからつい――。
でもパラミタなら大丈夫なんだろう。だったら気にする事は無いよ。で、どうなんだい。彼と結婚するの?」
反復になる質問に、紺侍は逡巡して反応を返す。
「結婚」
「考えたことがないはずないだろう?」
「実は、あんまり。けど、一緒にいられたらいいな、とは思ってますよ」
「でも紺侍はカメラマンになる夢があるんだろう」
唐突に、アレックスはその言葉を撃ってきた。何時も笑顔だったアレックスが真顔だった事も、その意地の悪い質問も意外な事だったので、紺侍は言葉に詰まってしまう。しかしアレックスは言葉を止めない。
「ほら、結婚するって家庭を持つってことだろ。俺は彼女に結婚を申し込む条件として、仕事での成功を自分に課したんだ。紺侍は? 今のままで彼と結婚するつもりなのかそれとも――」
アレックスの『追求』とも言える質問に気圧され、紺侍は言葉を飲み込んだ。
アレックスが何故この時だけ剣呑さを帯びていたのか――、紺侍はこれから暫くの後に知る事となる。
「それはまた……、随分手の込んだ挨拶を……」
真が吐息混じりに感想を言うのに、アレクは足を組んでふんぞり返った。
「目の色以外嘘ついてないもんね! あとで本当の事も教えてあげたしね!」
「そうじゃなくて――」
「だって心配だったんだよ!
写真を見たときは『人の良さそうなスッ恍けた野郎』とは思ったし、出身からケツの毛の本数に至るまで調べ上げたけど心配だったんだよ! 世の中そういう奴程危ないのが常だからな。俺の周りだってそうだ何時もニコニコ笑っているような奴程戦闘になったら躊躇無く銃をぶっ放しやがるんだああ世の中何も信じられないどうせ男は狼ばっかりだよッッ!!
壮太は可愛いから――身体目当ての悪い男が寄ってきてるのかもしれないって思ったんだよ!」
アレクが一気に吐いた言葉に、そういえばこいつはただのお兄ちゃんじゃなくて、気持ち悪いお兄ちゃんだったのだと改めて思わされて、三人はそれぞれ生暖かいような暖かいような反応を示している。そんな間の後に漸く興奮を収めたらしいアレクは、「でも」と前置きして、言った。
「いいんだ。紺侍、本当にスッ恍けた良い奴だったし。
ちゃんと色々考えてるみたいだし、いいんだ」
どうやら弟の恋人は、無事おにーちゃんの御眼鏡に叶ったのだろうと、三人は壮太が紺侍と去っていった扉を見て笑い声を漏らした。