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過去から未来に繋ぐために

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12章 過去からの敵


 ……因果な話だ。
 機甲虫は古の遺物。そして、アルト・ロニアは墓守の一族。
「なんとも因果な相手だが……今のシャンバラをぶち壊させるわけにはいかねぇよな」
 報告書で一連の事情を確認したシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は溜め息をついた。アルト・ロニアは滅ぼされるためにあったのだと。『死』が前提として存在している。機甲虫の復讐を一身に引き受けるために、アルト・ロニアは存在していたのだ。
「ボクらの前の時代から、こんな話ばっかりか……本当に因果だよ」
 ノイエ13のコクピット内で、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が呟くようにして言う。
「ボクも思えば古王国の墓守のようなものか。……せめて決着を手伝わせて貰うよ」
 サビクとシリウスが駆るノイエ13が空を舞った。行く手を塞ぐは7体のブラックナイト。
 今回のノイエ13は、ハイブリッドジェネレーターを破壊するために艦載用大型荷電粒子砲を積んでいる。重量的にかなり無茶のある搭載であり、細かい機動は無理だ。
「一気に突っ込むぞ、サビク!!」
「ああ。さあ、行こうか……!」
 露払いとして行く手を塞ぐブラックナイトの群れを新式コーティングブレイドで斬り伏せ、胴体のジェネレーターを叩きに向かう。
 が、サイクラノーシュの胴体に肉薄した瞬間、虹色の泡が包み込んだ。
「……!? なに!?」
 気付くと、ノイエ13はガーディアンヴァルキリーのカタパルトに戻されていた。【時間乱動現象】に巻き込まれたせいで、時間が巻き戻されたのだ。
「サビク! 虹色の泡に触れると時間乱動現象に巻き込まれちまう! 虹色の泡をかわして行け!」
「分かってはいるけど――」
 再びガーディアンヴァルキリーのカタパルトから発進し、イコンと空賊団達が戦いを繰り広げる戦場に舞い戻る。
「艦載用大型荷電粒子砲を積んだのがアダになったね。これじゃ虹色の泡をかわすのは厳しいよ」
「だったら何度でも行けばいい! オレたちが簡単な諦めるようなタマか!?」
「ふふっ……そうだったね」
 サビクが微かに微笑み、ノイエ13を前方に真っ直ぐ突っ込ませる。
 何度もサイクラノーシュに接近しては【時間乱動現象】で時間を戻され、ガーディアンヴァルキリーのカタパルトに戻されること数回。めげずにサイクラノーシュに向かうサビクらに、巽からのメッセージが届いた。
『――これより我は、ジェネレーターに突っ込む!』
 シリウスはモニターから他のイコンの状況を確認した。時間乱動現象と激しい戦闘の影響で、各イコンは消耗していた。
 恐らく、次がラストチャンスになるだろう。シリウスとサビクは深く頷いた。
「合わせるぜ!」
 ――今度こそ。今度こそ、サイクラノーシュの胴体ジェネレーターを破壊してみせる。
 決意を新たにノイエ13が再び空を舞う。火の粉舞い散る暗き空を飛翔するノイエ13の前に、虹色の泡が湧いて出た。
「くっ……! また戻されるのか!」
 また時間が巻き戻される。シリウスとサビクの顔が険しくなる。
 シリウスの意識が過去に飛ばされた。見えたのは、全てを取り込む邪悪なる存在。かつてユグドラシルを内側から侵食した“真の王”――。
 シリウスの意識が現在に戻る。と同時に、想定外の現象が起こった。虹色の泡はサビクとシリウスの記憶を通じて、過去の敵を現代に出現させたのだ。
 虚空の彼方より巨大な根と幹と葉が現れ、大廃都の森林地帯を侵食するかのように生い茂った。
 かつてユグドラシルの内部に召喚され……今まさに、グランツ教本部にて侵食を続ける闇の塊。
 見覚えのある敵を前にして、シリウスが驚愕する。
「なっ……!? こいつは……アールキング!?」
 ――アールキング。邪悪なる世界樹。
 全てを呑み込む闇が大廃都の地表に出現し、空をも掌中に収めんと急速な成長を遂げていく。
「こんなところまで……いや、こいつは【時間乱動現象】で引っ張り出された過去のアールキングなのか!?」
 他のイコンや空賊団は今まさに虹色の泡に呑み込まれており、アールキングが見えていない。
 時間乱動現象で呼び出されたアールキングは大廃都周辺に樹根を伸ばし、針葉樹を己の内側に取り込んでいった。
 サイクラノーシュを護衛するブラックナイトがアールキングに斬りかかるが、アールキングは斬撃を軽く受け止め、逆にブラックナイトを内側に取り込んでいく。
「くそ! 前はナパームが効いたんだけど、そんなものすぐ出てこねぇし……サビク、こうなりゃ強行突破だ。『戦慄の歌』で足を止めてみる!」
「ああ、そうするしかなさそうだ……!」
 アールキングが葉を生い茂らせ、枝を鞭のようにしならせ、ノイエ13を取り込もうと迫り来る。ノイエ13は【マウイセ】をフル稼働してアールキングの枝を回避すると、【戦慄の歌】を歌った。
 ノイエ13の空間が振動し、音を伝わらせた。魂を戦慄させる歌がアールキングに干渉し、微かに動きを鈍らせた。それでもアールキングは地表に深く根を張り、幹を伸ばし、空間を徐々に徐々に侵食していく。
『アールキングよ……これは我々と人の【話し合い】だ』
 時間を越えて現れたアールキングの理不尽な侵食を前にして、サイクラノーシュは怒りを露わにした。
『貴様は邪魔をするな!』
 サイクラノーシュの背中に黒い波動が幾重にも発生し、放出される。
 白機の王の背より生えるは、黒い輝きを放つ翼。見覚えのある形状に、シリウスが叫んだ。
「あれは……ノイエ13の光翼じゃねぇか!」
 前回の戦闘を通じて、サイクラノーシュはノイエ13の光翼展開を学習(コピー)していたのだ。色こそ漆黒だが、形状から光の放出量に至るまで、ノイエ13の光翼そのものだ。
 際限なき学習能力を見せるサイクラノーシュは黒き光翼から漆黒の龍を撃ち放った。
 ――サートゥルヌス重力源生命体。生きるブラックホールが全長1キロメートルの黒龍と化し、アールキングを喰らった。
 時間と空間と次元と並行世界を越えて現れた黒龍の顎がアールキングを内部から食い千切り、一片たりとも残さず消滅させる。正確には、元いた時間/場所に押し戻したと言うべきか。
 今この場に現れたアールキングは完全に消滅した。アールキングによって侵食された針葉樹やブラックナイトも時間を巻き戻され、元通りとなった。
『待たせたな……。邪魔者は消えた』
 そう告げるサイクラノーシュの声には、若干の疲弊が見えた。
 ……ノイエ13の光翼は、エネルギーを大量に消費する際に自動展開される物だ。推測するに、サイクラノーシュもまた、今の一撃でエネルギーを相当消費したはずだ。
 シリウスは舌打ちした。
「ちっ……! そういう事されるとやり辛いじゃねぇか!」
 勝負を邪魔する者は排除する。その様は、どこか愛着めいた物を感じなくもない。
「いいじゃないか。サイクラノーシュはこちらとの『話し合い』をご所望のようだ。だったら、全力でやるべきだよ」
 アールキングが消えた今、サイクラノーシュとノイエ13の間には何の障害物も無い。
 時間乱動から復帰したイコン各機が、各々の方法でサイクラノーシュのジェネレーターを破壊し始めた。ある者はパイルバンカーで右脚の付け根を狙い、ある者はウィッチクラフトライフルで左脚の付け根を狙い、ある者は神武刀・布都御霊で左肩を狙い、ある者は戦略・戦術ミサイルで右肩を狙い、ある者はブレードビットに串刺しにされながらも頭部を狙っている。
 ――同時攻撃だ。状況を把握したシリウスが、サビクに告げる。
「今だ、サビク!」
「ああ……!」
 ノイエ13が光翼を展開した。泥のように濁る空に金色の光が放射状に放たれ、暗雲を貫いていく。
「これで――」
「――バトンタッチだッ!」
 ノイエ13が艦載用大型荷電粒子砲を撃ち放った。凄まじい反動と共に放たれた荷電粒子ビームが一直線に空間を貫き、サイクラノーシュの胴体に突き刺さる。
『ぐあっ……!』
 胴体の装甲を突き破ったビームがハイブリッドジェネレーターに直撃し、内部から爆発を引き起こす。
 同時にイコン各機が攻撃を繰り出した。右肩、左肩、右脚、左脚、頭部、胴体――全てのジェネレーターが爆散する。
 6基のハイブリッドジェネレーターを失ったサイクラノーシュの身体が、末端から崩れ落ちていった。