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第4章 アトラスの影
 
 
 未完の光の円の中心に現れた影は、やがて巨神アトラスの形を成した。
 形がはっきりとするにつれ、それに影響されて、各方面の魔法陣に向かい、人々を喰らおうとする火のオウガ達の凶暴性が増して行く。
 アトラスが、雄叫びを上げた。
 空気が震え、魔法陣から上がる光が弱まって行く。
 アトラスが振り上げた手が地面を叩いた。
 物理的な揺れは起きなかったが、放射状に広がったアトラスの力が、魔法陣を吹き飛ばそうとし、召喚主達は、それに必死で抗う。

「アトラス!」
「アトラス君!」
 美羽リカインが、それぞれの場所から声を張り上げた。だが、全く反応しない。
「我を忘れてる……鎮めなきゃ」
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)のディーヴァ二人が、天音呼雪尋人、美羽らの補助を受けながら、歌によってアトラスを鎮めようと試みるが、アトラスが反応する気配が全く無い。
「……アトラスちゃん……」
 シキに抱えられながら、ぱらみいがアトラスを見上げた。
 パラミタを支える役目を終え、今や存在しない巨神の影。
 協力の要請と、友人の最期を知ることなく最近まで寝ていたぱらみいに、最後にもう一度会わせてあげたいと思う者達の計らいで、此処へ来たのだが。


 “アトラスの影”は理性を失って、誰の声も歌も聞かなかった。
「まずは、話を聞く状態にしないといけないのね。
 こちらから刺激するつもりはなかったけど、そうも言っていられないか……」
 リカインは、アトラスの影に立ち向かう。

「アトラス君、君はもう死んでいて、今はドージェ君が新たにパラミタの礎となっているのよ」
 アトラスに現実を理解させる為に、リカインは『夢想の宴』で、アトラスの死、その骸の横に立ち、新たにパラミタを支えるドージェの姿を再現して見せる。
 アトラスが大きいので、再現の劇も巨大だ。
 しかし、自らの死を見せられても、いや、見えているのか、それでもアトラスの凶暴さは治まらない。
 邪魔だと言わんばかりに、『宴』の中に太い腕を突っ込み、振り回してリカインの術を散らした。
「ああ……今のアトラス君には駄目か……」
 誰の歌も拒む状態なのだから、寸劇も同様なのだろう。リカインは、もどかしく思う。


「次は俺だ!
 行くぜアトラス、見せてやるよ! お前の後を継いで行く人間達の力を!」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、アトラスに向かって駆けた。
 今のアトラスには、何を言っても無駄かもしれない。
 ただの影に言ったところで無意味かもしれないとも。
(だがよ、言わずにはいられねぇよ)
 アトラスの影による反発がなくなれば、召喚が成功するという。ならば、倒す。
 アイシャを助けたいのは勿論だが、自分の力がどこまでアトラスに通用するのか、唯斗は純粋に、戦闘への欲求を膨らませる。
 鬼種特務装束【鵺】を起動させた。
「俺の気功全開の拳で貫くぜ! 金剛鬼神功解放!」
「無茶だ……!」
 アトラスの影に真っ向から突っ込んで行く唯斗を見て、誰かが叫ぶ。
(無理無茶無謀と言われようとも!
 もう、俺達はお前を超えて行かなきゃならねぇ!
 パラミタだけじゃねえ、ニルヴァーナも、ナラカも、ザナドゥも、光条世界も、他の平行世界達も全部纏めて救わなきゃならねぇ!
 だから、オメェを超えて行く!)
「縮界、発動!」
 向かって来る敵意に気付いたか、アトラスが地面にではなく前方へ向けて拳を構える。
 自分に向かって突き込まれるアトラスの拳に、唯斗は五人に分身し、正中一閃突きを、一点集中して叩き込み――それがアトラスの拳に到達する前に、アトラスの拳から放たれた圧力に負けて吹き飛んだ。
「くっ……! 駄目かっ……!」
 圧倒的過ぎる力の差に、唯斗は飛ばされて地面を転がり、その勢いのまま立ち上がる。


「シキちゃん……」
 ぱらみいが、シキを見下ろした。
「アトラスちゃんの所に行きたい。皆の歌を、ちゃんと聞いてって」
 一瞬でも気を引ければ、アトラスはきっと彼等の歌を聴いてくれるはず。
 リカインや唯斗は、その気を引くことに失敗したが、アトラスは、彼にとって超えたい存在ではあっても、超えなくてはならない存在、ではない。
 ぱらみいは、そう思うから。
 わかった、と頷いて、シキはトオルを見た。
「トオル、頼む」
「……あー、解った。囮になっとけばいいんだな」
 向かって来る敵意に反応して、放射状の衝撃波でなく単発攻撃をして来るだろうことは、唯斗の攻撃で確認できた。
 トオルは肩を竦めてレキを見る。
「ちょっと行って来るな」
「心配するな。その間レキはわらわが護る。
 だが正直心許ない、早目に戻るのじゃ」
 小型飛空艇にまたがるトオルに、ミアが答えた。
 一度は彼方に吹っ飛ばされた唯斗も、上空から、アトラスの視界正面を突っ込んで行くトオルの飛空艇を見て、
「再挑戦だっ! 何度でも!」
 と再び駆ける。

 トオルが躱した攻撃に、唯斗が再び吹っ飛ばされている間に、シキはアトラスの足元に到達した。
 ぱらみいが両手を伸ばし、掌を押し当てる。
 その手は実体の無い体に触れられなかったが、ぱらみいはそのまま、影の中に手を突っ込んだ。
「アトラスちゃん! 止まって!」
 びくん、と、アトラスが反応した。

「今だ――!」
 それは一瞬のことだったが、アトラスが動きを止めたのを、クリストファー達は見逃さなかった。
 殆ど反射的にアトラスは足元を払い、シキとぱらみいは払い飛ばされたが、シキは空中で体勢を整え、向かったトオルの小型飛空艇に掴まる。
「アトラスちゃん……!」
 小型飛空艇からアトラスを見ると、足元を払った体勢のまま、アトラスは止まっていた。