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バカが並んでやってきた

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第9章


「あれ……どこ行った?」
 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)はパートナーであり妻のソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)を探して街角を走っていた。
 しかし、本能の赴くまま走る彼女を見失ってしまったようで、路地裏に入り込んでしまったようだ。
 そこには、傷を治療しているブレイズ・ブラスがいた。結和・ラインスタックや物部 九十九の姿も。
 一見すると身体の方は治療が終わっているように見えたが、まだブレイズが立ち上がれずにいたことは、ハイコドの目にも明らかだった。

「……やぁ、ブレイズさん」
「……ん……どっかで、会ったっけ……?」
 軽く挨拶したハイコドに対して、ブレイズは怪訝そうな表情で返した。
「いや……初対面じゃないかな。貴方、有名人だから――『正義マスク』さん」
 今はその名がブレイズにとっては重いものであろう。ハイコドはそれを分っていながら、続けた。
「貴方はなぜヒーロー……英雄になりたい?」
「……何故……?」
「ええ……何故。もしその理由が『正義』というものであるならば、貴方のやり方は感心できない。
 『正義』を掲げるのであれば……まずは自分も守るべきでしょう」
「……自分……」
「そう、自分が倒れればそれだけ味方が迷惑をこうむる――今みたいにね。
 それに……守りたい人を守るべき戦力が減ってしまう……そうは思えないかな?」
「……」
 普段のブレイズならば反発するような話だが、今のブレイズには心当たりがありすぎる話だ。黙って、ハイコドの言葉に耳を傾ける。
「……狼はね、よく『一匹狼』と言われることもあるけど、基本は群れで生きるものだ。
 ……一は全のため……全は一のため動く」
「全は……一のため……?」
 ぴくりと、ブレイズの瞳が反応したような気がする。
 そこで魔鎧のである藍華 信(あいか・しん)が口を挟んだ。
「おいハイコド、そんなぶっ倒れてる奴のことなんか放っといて、早くソラン追いかけたほうがいいぞ」
「あ? ああ……そうだな。んじゃ、ブレイズさん……もし会うことがあったなら……また戦いの場で」

 ハイコドはその場を後にした。何しろまずははぐれてしまったパートナーを探さないといけない。

「よし……少し高いところから探すか」


                    ☆


「くっ……!!」
 リネン・ロスヴァイセは苦悶の表情を浮かべ、地面を転がった。
 夏将軍相手に単騎で戦う彼女は、敵の素早い攻撃にどうにか対応していた。
「……なかなか……しぶといねぇ……!!」
 夏将軍は踏み込みを強めリネンにトドメを刺そうとするが、なかなか思い通りにいかない。
「……ええ……ツァンダは私たちの……たとえ力を失っても……あなた達の好きにはさせない!!」
「ちっ!!」
 夏将軍は次々に軽快なステップでリネンを攻撃する。
「ふっ……はっ!!」
 次々に繰り出されるフランベルジュの斬撃を、リネンは聖剣カエラムでどうにか捌く。
 敵が炎を操ることができると分かった以上、距離を取っても狙い撃ちにされるだけ。ならば接近戦から活路を見出そうというのがリネンの考えだった。
「……!!」
 夏将軍はなかなか倒れないリネンに苛立ちを覚え始めていた。少しずつ剣筋が粗くなっているのをリネンは見逃さない。
 敵が大きな威力を込めた攻撃に移り、全力を込めて打ち込んでくるその時が、カウンターの狙いどころだ。
 だが、当然それには大きな危険を伴う。能力が制限されている今、先ほどのようにこちらの一撃を決めるために、大きな代償を払わなければならない可能性が高い。
 しかし、それでもリネンは一歩も引くことはない。

「……さぁ……いつまで時間をかけてるの? こんな死に損ない一人始末することもできないの……?」
「……何だとぉ……?」
 最後の挑発。夏将軍は一瞬だけ動きを止めて、リネンを睨みつける。
 くい、とリネンが指を動かして夏将軍を招いた。
「いい気になるな……お望み通りぶった斬ってやるよぉ!!」
 夏将軍のフランベルジュが炎を纏い、今までとは違う速度で突進を仕掛けた。
「……ここだ……私の命に代えても……この街を守る……!!」

 リネンがそれに合わせて決死の覚悟で踏み込んだその時。


「だああぁっ!! どいつもこいつも死のうとするな死にたがるなーっ!!!」


「!?」
 リネンと夏将軍の間の緊張が一瞬で弾ける。
「何だぁっ!?」
 そこにいたのはハイコド・ジーバルスだった。
 結局、ソラン・ジーバルスを探してビルの上から周囲を探っていたハイコドだが、そこで夏将軍と交戦中のリネンを見つけたのである。
「いいか、目を閉じろ! お前らが死んだらお前らの大事な人がどんな顔になるのか思い浮かべてみろこのバカ野郎どもぉ!!」
 まるで遠吠えのようなその声は、リネンの胸に深く突き刺さった。
「……」
 警戒しながらも、夏将軍と距離を取るリネン。そこに、一体のペガサスが飛来した。
「あれは……ナハトグランツ!!」
 リネンのパートナー、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)であった。愛馬『ナハトグランツ』に跨ったフェイミィは、リネンに駆け寄る。
「悪い、遅くなった!!」
 リネンに肩を貸すフェイミィ。パートナーに安堵のため息を漏らしつつ、リネンは呟く。
「いいえ……間に合ったわ……そっちの首尾は?」
「ああ……一般人の避難はおおむね完了だ。市民の護衛には別な奴らがついてる。心配いらねぇ」
「そう……良かった……敵を倒しても、人々が傷ついてはどうにもならないものね……ありがと、もう大丈夫よ」
 フェイミィの肩を離したリネンは、自らの足でしっかりと立つ。
 その様子を見て、心配無用と感じたフェイミィは、ぼきぼきと両拳を鳴らした。
「真打登場だ……さぁて、やろうぜ?」

 だが、そこに水を差す者がいた。

「ちょおーっと待ったぁーっ!!!」

 物陰から物凄いスピードで突っ込んできたのは、ソラン・ジーバルスであった。
「!!!」
「よっ、はっ、とっ!!!」
 手にした『光白椿・焔』が数度閃き、その剣筋を美しい炎の軌跡が彩る。
 その全てをフランベルジュでガードした夏将軍、咄嗟に放った蹴りがソランを跳ね飛ばした。
「……とっ!!」
 いや、夏将軍の蹴りに合わせて自分で後方に跳んだのだ。ソランは空中で一回転して、リネンやフェイミィの前に着地した。

「邪魔してゴメンねー。折角だから私も混ぜてもらおうかなーって!」
 着地したソランに、夏将軍は呆れたような顔を見せた。
「ふん、また変なのが出てきたか。この夏将軍に炎で攻撃とは、気は確かかい?」
 嘲笑する夏将軍に、ソランはウィンクを決めてみせる。
「ええ、軽い挨拶代わりよ。本番はこれから……それにしても……」
「?」
 夏将軍はソランの視線に違和感を覚えた。
 初対面の敵と対面したのだから、相手を観察するのは当然だが、ソランの視線からはそれ以外の意図を感じる。
「貴女……夏将軍っていうのよね……ふーん……」
「……何だ?」
 夏将軍は、その得体の知れない気配に戸惑った。ソランは夏将軍の頭から爪先まで、まさに舐めるように観察する。

「……美しい身体……鍛えられたしなやかな曲線美……脚もキレイだし……紅色の髪も……燃えるような瞳も……とってもステキ……」
「……な、何? 何だと!!?」
 上気した顔でうっとりとした表情を浮かべるソランに、夏将軍は寒気すら感じる。
「ねぇ……勝負しましょうよ……」
 じり、と身構えるソランに、しかし夏将軍もまた身構えた。
「……望むところだ!!」
「私が勝ったら……『抱かせて』もらうわよ……!!」
 にやりと笑みを浮かべるソランに、夏将軍はいよいよ本格的な寒気を感じた。
「……そういう趣味はない!! ええい、気色の悪い!!」
 吐き捨てるように言うと、夏将軍はフランベルジュを一振りした。剣先から炎の筋が伸び、ソランを襲う。
「ちぇ、つれないなぁ……まぁ、断っても襲うけどね。最低でもおっぱいひと揉みさせてもらうんだからっ!!」
 その炎を避けて、ソランはリネンとフェイミィに視線を送る。
「……何とか隙を作って。直接触れられれば、それだけで勝算があるの」
 夏将軍とのやり取りを呆れ顔で見ていた二人は、我に返ったように身構えた。
「……分ったわ!!」
「オッケー、やってやるぜ……ナハトグランツ、頼むぜ!!」
 フェイミィの合図で、ナハトグランツは空高くから夏将軍に向けて威嚇を始める。

「行くわよ、うまく行ったら二人ともやさしく抱いてあげるからねっ!!」
 ソランのその台詞が合図。三人はそれぞれの獲物を手に、夏将軍へと向かう。


「――遠慮しとくわ。結婚してるし」
 というリネンの呟きが、熱気をはらんだ風に巻かれて消えた。