リアクション
○ ○ ○ 花火が終わり、順番に客達が帰っていく。 「んじゃ帰るかー」 しばらく余韻に浸っていたアキラも、周りを片付けてパートナー達と帰ることにした。 「それじゃ、静香校長またなー! 皆もまったな〜!」 アキラは静香や知り合い達に大きく手を振って、空飛ぶ箒にまたがった。 「またな」 「今日はありがとうございました」 ルシェイメアと、セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)も、静香に挨拶をしてから、乗り物に乗って、飛び立った。 「お越しいただき、ありがとうございました。またどうぞ、いらしてください!」 静香は深く頭を下げて、遠くから来てくれた3人を見送った。 他校生や一般客全てを見送って、軽く会場を片付けた後。 「お疲れ様でした」 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が静香に椅子を勧めた。 「ありがとう。クリスティーさんは楽しめた?」 「もちろん。楽しみながら、歌わせてもらったよ」 クリスティーはステージで、演奏を担当していた。 リュートを奏でながら、夜空の静けさをしんみりとするように歌い出し。 最後のほうは闇夜に煌めく花火の輝きを期待するようにと、盛り上げていくような曲を奏でた。 「そう、よかった。花火に溶け込む、綺麗な歌声だったよ」 「それはよかった。もしよければ、また少し弾かせてもらってもいいかな? お疲れ様の意味を込めて」 「うん」 静香の頷きを確認した後、クリスティーは演奏を始めた。 まずは心が癒される澄んだ曲を。 それから、切なげな曲を――静香の今の感情を、悲しみを湧きあがらせるような曲を。 「続けても、いい?」 3小節弾いたところで、クリスティーは静香にそう尋ねた。 「……あの、なんか……しっかり出来ない気持ちになりそうで」 クリスティーの奏でる音に、静香は戸惑いの表情を浮かべていた。 「吐露して軽くなるものもあるし、泣いて軽くなるものもあるよ」 クリスティーには、静香が今日、感情を抑えて気丈に振る舞っていたことが分かっていた。 「ボクも静香さんに軽くしても貰えたんだから、ボクなんかでよければ」 「ありがとう……」 静香は弱い笑みを浮かべた。 クリスティーは静香の様子を見ながら、曲を奏でていく。 静香は目を伏せて、クリスティーの曲を聞きながら、ぽつぽつ、言葉を出していく。 「やっぱり……ラズィーヤさんのことが……心配、で。 怖くも、あって。しっかりしなきゃ、ダメなのに。しっかりしなきゃ……」 静香の言葉に、クリスティーは同意するように首を縦に振る。 「ボクなんかに見つけられるかは判らないけど、方々へ出かけたときにはラズィーヤさんの事を探すよ。 百合園の皆も探してるだろうけど、男子でないと入れない場所もあるから」 クリスティーがそういうと、こくんと静香は頷いた。 「……ん? 彼女達が呼んでるみたいだ。ボクはもう少しここで夜風にあたりながら曲を奏でてるよ」 「うん、クリスティーさんも、遅くならないうちに、帰ってね。パラミタは日本ほど治安は良くないし、それにその……」 クリスティーさんの身体、女の子だから。 それは言ってはいけないことだろうと、静香は言葉を濁した。 「今日は本当にありがとうございました」 涙を拭いて、静香はクリスティーに感謝すると、友人達のもとへと向かっていった。 少し前。 「パッフェル、今だ、今が決行の時なんだよ!」 花火が終わってすぐ、どこかに行っていた円・シャウラ(まどか・しゃうら)とパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)が、大きな荷物を抱えて戻ってきた。 屋上には招待客は殆どいなくなり、残っているのは警備を担当している人達と、校長の桜井静香と友人、それから静香の恋人のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だけだった。 静香は来賓の見送りを終えて、テントで休んでおり、ロザリンドは会場の片付けを手伝っている。 「警備の子達は、校門前で花火やるらしいし、ちょうどいいよね」 「うん……ここで、いい?」 「そうだね、入口に近いし、何もないこのあたりでやろう」 円がそう言うと、パッフェルは運んできた水の入ったバケツを、下ろした。 「ロザリ〜ン!」 円も抱えていた紙袋――近くの売店で買ってきた花火を下ろし、友人のロザリンドを呼んだ。 「あ、お2人の写真まだでしたね」 近づいてきたロザリンドがカメラを構えた。 ロザリンドは雑用の他、花火の写真や来客の写真撮影も行っていた。 「ううん、今日はボク達の写真はいいんだ。あ、でも撮ってくれるのなら撮って」 言って円はパッフェルに近づき、パッフェルが円の腰に腕を回す。 「へへっ」 円がにこっと笑ったタイミングで、ロザリンドはシャッターを押して、星空をバックにした2人の姿をカメラに収めた。 「今日の観賞会につきましては、ホームページかフリーペーパー用の記事にしますね。円さん達の写真も載せてもいいですか?」 「うん。……って、それはそうと、ロザリン提案があるんだけど。見てこれ」 円はパッフェルと用意した紙袋とバケツに指差した。 「花火、ですか?」 「そう。観賞会終わったし、打ち上げとして校長と一緒に遊ぼうー!」 「はい……ですが……」 静香は一緒にやってくれるだろうかと、ロザリンドは静香の方に目を向けた。 静香は、クリスティーの演奏を聞きながら、話をしているようだった。 その表情は……少し、寂げに見えた。 「そう、ですね」 「よし、行こう!」 円がロザリンドの手をぐいっと引っ張った。 「静香校長ー! 花火しましょー!!」 静香に近づきながら、円が手を振って、静香を呼んだ。 静香はクリスティーと言葉を交わして頭を下げた後、こちらへ歩いてきた。 「お疲れ様。……花火?」 「お疲れ様です。それで、よろしければこれから、私達と花火をしませんか?」 ロザリンドが静香を誘い、円が二人の間に入る。 「ほら、沢山の笑顔は作れたけど、1人の笑顔も大事でしょ?」 言って、円はロザリンドを見た。 「プライベートも仕事もちゃんとやるっていうのは大事かもねー。あとは後輩に任せて、少しぐらい時間を作るのだ!」 いくぞ! と、円は花火の場所へロザリンドを引っ張る。 「行きましょう」 ロザリンドがもう一方の手で静香の腕を掴み、一緒に歩き出す。 「よしパッフェル、ボク達は線香花火をやろう! ちょっと暗めの場所の方が楽しめそうだから、隅の方にいこうか」 円は線香花火を沢山確保すると、パッフェルと一緒に隅の方へ移動した。 「円、これ」 「ん、何?」 線香花火を始める前に、パッフェルが可愛くラッピングされたお菓子を、円に渡した。 「ロザリンドが、校長につくったもの。……お礼に、どうぞって」 2人の為に気を回してくれた円への感謝の気持ちとして、ロザリンドはお菓子をパッフェルに預けたらしい。 「う、うれしいな〜は、ははははは。花火もとっても楽しいね」 から笑いっぽい笑い声をあげて喜び、円は線香花火に火をつけて、パッフェルと花火を楽しみながら、お菓子をぽりぽりと食べてく。 「円……大丈夫? 泣いてる?」 「ううん、泣いてない……。いや、ほら、2人の雰囲気を護るために処理しなきゃいけないし……。おいしくないよぅ……」 残念ながら、ロザリンドが丹精込めて作ったお菓子は円の口に合わなかったようだ。 「パッフェルお菓子ちょうだい!」 「どうぞ……」 パッフェルは円と食べる為に作ってきたお菓子を、円に渡した。 ロザリンドが作ったお菓子も、パッフェルが作ったお菓子も、焼き菓子だった。 「美味しい、こっちは美味しくない、交互にいこ」 円は、お菓子を泣いたり笑ったりしながら交互に食べていく。 「……」 パッフェルが一つ、ロザリンドの焼き菓子をつまんで、自分の口に運んだ。 「塩と、砂糖の割合、反対、かも。……あと、これココアパウダーのかわり、ソースを使ってる、かも……」 「お、おそろしい……」 大丈夫。静香の為に、健康を考えた食材で作られているはずだ。 人間が食べても大丈夫な食材しか使われてないはずだ! そう信じて、円はパッフェルときちんとすべて頂いて、そっとロザリンド達を見守るのだった。 クリスティーが奏でる曲を聞き、円達に見守られながら、ロザリンドと静香は花火をしていた。 「来年は静香さんと一緒にゆっくりと花火を鑑賞したいですね」 今年は静香さんが頑張ったのですから、来年はラズィーヤさんに死ぬほど頑張って貰って時間を作ってもらいませんと」 ロザリンドがそう言うと、静香は弱い笑みを見せた。 「ですから。 絶対ラズィーヤさんに帰って来てもらいましょうね。 そして皆さんで笑顔で花火を見ましょうね」 その言葉に、静香は強く頷く。 「それと。私、シャンバラ宮殿で女官として頑張って行こうと思います」 「え?」 「百合園警備団はダークレッドホールの事件の時に一生懸命頑張った人達がいますし、宮殿内の人脈作りを……どこまで出来るか分かりませんが。そうやって出来る所まで頑張ってみようかなと思います」 「そっか……遠距離になっちゃうね」 「あ、でも、ヴァイシャリーや静香さんに何かありましたら急いで駆けつけますし。 静香さんが宦官になった時にはお迎えしますから」 「うわっ」 ロザリンドの言葉に、静香は持っていた花火を落としてしまった。 「静香さん……!」 「大丈夫、自分で拾えるよ」 鮮やかな光を発している花火を、静香は拾って持ち直すと、ロザリンドを上目使いで軽く睨んだ。 「ロザリンドさん、僕が宦官になるの賛成?」 「そういうわけではないですよ」 くすくす、ロザリンドは笑みを浮かべ、静香の顔にも穏やかな笑みが広がっていく。 「いつか、本当にそれが避けられなくなっちゃったとしても……。 普通に、子供が出来てからがいいなぁ。 その前に、僕が大人にならなきゃ、なんだけど」 ちらりと赤い顔をロザリンドに向けて、静香は恥ずかしげに微笑んだ。 花火を楽しんだ後。2人は手を繋いで帰路に着いた。 明日も頑張りましょう、頑張ろうね、と言い合いながら。 ○ ○ ○ 仕事が終わり、打上げも終わった後で、イングリットの恋人である天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)は、飲み物用意し、イングリットを迎えに行った。 「お疲れさま、いんぐりっとちゃん」 「ありがとうございます。皆さんに喜んでいただけたようで、本当に良かったですわ」 イングリットの目はキラキラと輝いていた。 事故も事件も起こらず、静香が企画した観賞会も、ヴァイシャリーの花火大会自体も大盛況のうちに終了をした。 「花火、キレイだったね〜。いんぐりっとちゃんたちのお蔭で、みんなとっても楽しめたんだね」 「わたくしがしたことなんて、ほんの小さなことでしかありませんわ……。でも、協力者の方や百合園警備団の皆の力で、未然に防げた事件や事故も沢山あったでしょう。 そう思うと、とても嬉しくなります」 イングリットは疲れを感じさせないほど、活き活きとしていた。 そんな彼女を嬉しそうに眺めて。 「いんぐりっとちゃん」 結奈はロビーのソファーに腰かけると、自分の膝をぽんぽんと叩いた。 「おいでおいで」 「え?」 「ひざまくら、してあげるよ?」 「はい……」 イングリットはちょっと戸惑った後、結奈の隣に座って、それから身体を倒して、結奈の膝に自分の頭を乗せた。 「こうでしょうか?」 「うん、今日はよくがんばったね。……仕事中は楽しいことばかりじゃ、ないもんね」 言いながら、イングリットの髪を手櫛で梳いていく。 「普通に花火を観るのも良いですけれど、皆さんに楽しんでいただくために頑張るのも……楽しい、ですわ」 イングリットは目を閉じて、今日のことを、充実した1日を思い浮かべていた。 「いんぐりっとちゃん、無茶だけはしないでね」 「結奈、さん……」 「もし、いんぐりっとちゃんに何かあったら私泣いちゃうよ」 結奈の言葉に、イングリットの口が開きかけたが、言葉は出てこなかった。 話をしながら、イングリットは眠りに落ちていた。 「おつかれさま、本当におつかれさま、いんぐりっとちゃん……」 結奈はイングリットの頭を優しくなで続けるのだった。 |
||