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永遠の愛と幸せを約束するでござる!


 部屋の主の趣味を取り入れた一風変わった和風の一室に、三人と一頭が額を突き合わせていた。
 議題は、部屋の主坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)エメネア・ゴアドー(えめねあ・ごあどー)の結婚式について、である。
 三人と一頭の輪の真ん中には、チャペル式、神前式、人前式……など結婚式場のパンフレットがいくつも広がっていた。
「ウェディングドレス、素敵ですね〜」
「このボケの知り合いを呼ぶと、のぞき部部員だらけですわよ……」
 チャペル式のパンフレットを見てうっとりとため息を吐くエメネアに、彼女を姉と慕う姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)が冷静に応じる。
「の、のぞき部ですか〜。どこをのぞかれるのでしょうか……。で、では神前式はどうですかぁ?」
「神前式ですと、新婦より巫女さん達に気を取られ放題になる可能性が高いですわよ」
 と、今度は鹿次郎を鋭く見やって言う雪。
 エメネアもじとっとした目を向けた。
 鹿次郎は目をそらした。
「とりあえず、披露宴の料理は最高級のものを用意しますわよ」
 雪の提案は足を運んでくれる招待客のためでもあるが、何より自分のためでもあった。
「ま、式場は主役のお二人でじっくり考えなさいな。わたくし達はお昼ご飯の調達に行ってまいりますわ。お父様、ぼんやりしてないでまいりますわよ。リードに繋ぎましょうか?」
(繋げ。我は犬として生きているのだ。不服はない)
 剣の花嫁ゆえに雪にお父様と呼ばれた一頭──吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)は、きっぱり拒否しながら雪についていった。
 鹿次郎の部屋に来るよう雪に呼ばれて来たものの、何故呼ばれたのはいまいち疑問だった。
 鹿次郎も、
「小姑の雪さんだけならまだしも、何故舅のゲルバッキーまで居るのでござるか」
 と疑問に思っていた。
 障子を開けて一歩外に出た雪が、不意に振り返る。
 彼女は鹿次郎を指さし、真剣な目でエメネアを見つめて言った。
「この男、調子に乗ると暴走して危険ですので気をつけてくださいませ」
 わかっているのかいないのか、エメネアは頷くと笑顔で雪とゲルバッキーを送りだしたのだった。

 ゲルバッキーを連れて商店街を歩く雪のエコバッグは、すでにお弁当や総菜でふくらんでいる。
 昼時の商店街はあちらこちらの店先からおいしそうな匂いが漂っていて、雪の嗅覚を刺激していた。
「いい匂いですわ……あら、おいしそうなバゲットが。ところでお父様。実は先ほどからお父様の体からカレーの香りがしてきますの」
(匂いたつ男のガラム・マサラ。……今となっては、苦い思い出だがな)
 ゲルバッキーは、カレーの具材として大鍋で煮込まれた忌まわしき記憶を思い出した。
「その香りがまたとても美味しそ……くさいですわ。獣でもあるまいし……って、犬でしたわね。あちらで煮込んで……洗ってさしあげます」
(あちらってケバブの店じゃねぇか! トルコとインドの間で戦争が起こるぞ!)
「そう……それは残念ですわ。もっと美味しく……あら、あそこのお寿司屋さん。おいしいんですのよ」
 雪に食べられないように気をつけよう、とゲルバッキーは気持ちを引き締めた。

 その頃、二人きりになった鹿次郎とエメネアは。
 身を乗り出すようにエメネアの手を取った鹿次郎が、けじめをつけようとしていた。
「事が後先になってしまったが、やはりこういうことはきちんと段階を踏むべきだと思うでござる」
 真剣な顔つきでそう言うと、鹿次郎はエメネアの左手の薬指に婚約指輪をはめた。
 エメネアの目が輝く。
「式まで日がないゆえ、つけていられる日は少ないかもしれぬでござるが、しかし愛はケジメが大事でござるよ」
「綺麗ですねぇ〜! ありがとうございますぅ! 鹿次郎さんのは?」
「拙者のはここに」
 と、自身の左手を見せると、そこに控えめに輝く婚約指輪が。
「どうして自分ではめちゃうですかぁ。外すですぅ〜」
「いたっ。そんな力ずくで引っ張ったらダメでござるっ」
「ぬけろぉ〜!」
「イダダダダッ」
 ……こんなこともあったが、ひとまずエメネアが鹿次郎に婚約指輪をはめ直すことはできた。
「これで私と鹿次郎さんの未来は、より強固に結ばれましたですぅ」
「エメネアさん……!」
 無邪気なエメネアの笑顔に、鹿次郎の胸が高鳴る。
 彼はエメネアの手を握りしめ、力強く宣言した。
「大丈夫でござる。生涯、エメネアさんには愛と衣食住と金の苦労はさせないでござるよ! 特に衣と愛は!」
 巫女装束へのあふれる愛が、後半のセリフを叫ばせていた。
「バーゲンで買い放題ですかぁ!?」
「もちろんでござる。これまでの苦労を消し飛ばすほどの愛と幸せを約束するでござる」
 思いを込めて鹿次郎が抱きしめると、エメネアも彼の背に腕を回して応えた。
 お互いのぬくもりを確かめ合った二人は静かに離れ、愛しそうに見つめ合う。
 そして、それが当然であるかのように、指輪だけでは足りないというかのようにキスを交わした。
 ついさっき、きちんと段階をと言った鹿次郎は舞い上がり、その段階をいくつもすっ飛ばしてエメネアを畳に押し倒した。
 鹿次郎は、真面目な顔で恐ろしいことを囁いた。
「子供は、吉良邸へ討ち入りできるくらいの人数は作りたいでござる」
「え……それって何人……?」
 エメネアは知っていても聞き返さずにはいられない。
「すべてがハイペースでござったから、ここもハイペースなのが自然でござる!」
「さっき、段階とかケジメとか言ってませんでしたかぁ……?」
「子を多く成すなら、今すぐ早め早めで色々したほうが賢明でござろう」
「えぇと……」
「何から何までそちらが決めた以上、ここは拙者の流儀を飲んでもらうでござるよ!」
 完全暴走鹿次郎が再びキスをしようとした時、彼の体は廊下側から蹴破られた障子ごと吹っ飛ばされた。
 部屋の隅で障子の残骸と絡まってひっくり返っている鹿次郎の目に、蹴りの姿勢の雪とロバのように荷物を振り分けにして背負ったゲルバッキーが映った。
 足を下ろした雪がエメネアを助け起こす。
「危ないところでしたわね。……式場は決まりましたの?」
 鹿次郎に静かに問いかける雪の手には、対イコン用手榴弾が握られていた。

 雪の監督のもと、式場は決まった。後は招待客だが、それは時間をかけて決めることにした。
 話題は新婚旅行に移る。
「やはり買い物を楽しめるところが……って、もう決めてそうでござるなぁ。……なぁに、予想済みゆえ、そのための貯蓄はあるでござる」
 鹿次郎の頼もしい言葉にエメネアは目を輝かせた。
「日本には必ず行きたいですぅ! それからアメリカとフランスにも、カナダかスウェーデンでオーロラもいいですねぇ。ハワイの海も中国の幽玄な世界も! もちろん、ショッピングは欠かせませんよぉ。特産品やファッション、おいしいもの……計画は任せてくださいですぅ! 鹿次郎さんもびっくりな世界バーゲンツアーにご招待ですよぉ!」
 新婚旅行がいつの間にか全然別のものになっていた。
「ご招待って……誰がお金出すんでしょう」
(仕方あるまい、STEP細胞を作って資金を捻出するか)
 ゲルバッキーと雪の囁きはエメネアには届いていない。
 鹿次郎は新婚旅行がバーゲンツアーになっても前向きに考えることにした。
 何より二人きりになれるのだから。
「新居はどうしますの?」
 もう一つの懸念を雪が口にすると、エメネアはにっこりして鹿次郎を見た。
「すぐ近くに大きなショッピングモールがあるところ、ですよね〜?」
「……え?」
「……え? そこに新居を構えてくれるんじゃないんですかぁ?」
「やっぱり、そういったところでござったか……」
「具体的にどこ?」
 雪の疑問に、エメネアも鹿次郎も答えは持っていない。
「や、すぐ見つかるでござるよ! 内装もこだわりたいでござるな。防音イチャイチャルームとエメネアさんの衣装部屋を多めに! あとゲーム部屋でござる!」
「わぁ! 衣装部屋、たくさんあるですかぁ!」
「いっぱい買って、何度でも着替えるでござるよ。いろんなバリエーションの巫女装束を披露してくだされ!」
 鹿次郎とエメネアは新居のことで大いに盛り上がった。
(鹿次郎、我が娘の家だ。スペースコロニーぐらい作らんかいっ!)
 ゲルバッキーは呆れたようにこぼし、雪は頭痛をこらえるようにこめかみを揉んだ。
 やがて話も一段落すると、ゲルバッキーは帰り雪は出かけた。
 二人きりになった部屋で、鹿次郎はエメネアの膝枕でうとうとしていた。
 エメネアは、鹿次郎の前髪をやさしく梳いている。
「結婚式、楽しみですぅ。明日は衣装を見に行くですよぅ」
 エメネアの指先と膝枕の心地よさに眠りに落ちていく中、鹿次郎は楽しげな彼女の声を子守唄のように聞いていた。