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リアクション
●エルサーラの夢
流行の服を選んだり、試着したり、でも買わなかったり、買ったり、また別の店に移って同じことを繰り返したり、繰り返さなかったり、喫茶店で休憩し足をぷらぷらさせて休めてみたり……。
まあ、そういうこと。
こういった休日の買い物行動を非効率的だとか生産性がないだとか、そう言って非難するのはまったくもってピント外れだ。
非効率的だから楽しいのであって、生産性がないから気晴らしとして素晴らしいのである。
いま、エルサーラ サイジャリー(えるさーら・さいじゃりー)は他では得がたいこのひとときを、友人のローラ・ブラウアヒメル(クランジ ロー(くらんじ・ろー))と過ごしていた。もちろんペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)もお供している。
「ねえねえこれ似合ってる? どう? どう?」
と、買ったばかりの可愛いヘアピンを会わせて、上機嫌のペシェだった。
そんな一日の仕上げとして買い物袋をぶら下げ、エルサーラとローラは並んで、ボウリング場にて貸しシューズのサイズを合わせている。
靴のジッパーを調整しつつエルサーラはふと思い出したように、
「そうそう。あのときは電話をくれてありがとう」
「あのとき? ……ああ、あのとき!」
ここで言う『あのとき』とは、過日行われたパラミタ最大の決戦のことを指す。
イーダフェルトの中央神殿部内、世界産みの儀式が行われようとしていたあの場所で、エルサーラはローラからの連絡を受けたのである。
あの日から半年ほどが経過している。
決戦がどれほど大きくともその後の日常は続く。気がつけば、戦いの記憶は風化しつつあった。
「連絡を取り合って大きな作戦に参加できて…一寸ドキドキだったね」
ははは、とエルサーラは笑った。終わってみればなんだか、過去の大作映画について話しているような気分だ。あの場に自分がいて、パラミタの運命にたずさわっていたなんて、なんとなくピンとこない。
それはローラも同様らしく、
「うん。結局、『うまくいって良かった』って一言につきるよ」
と、どこか懐かしむような口調で言った。
「ワタシ、話が大きすぎて、ちょっとわかってないところあったね。世界生みの儀式って結局、どういう意味だったか?」
私も! とエルサーラは言う。
「はっきり言って、何が起きたのかイマイチよく分かんなかったわあ。なんかこう……すごかったの。こんな感じで。こーんな?」
そうして自分の実感にもとづき、手をうにょうにょと動かすのである。クラゲが泳ぐように。
「細かいことは取っ払って言うと、あれでどっかに世界が生まれたんだよね。見付かったら絶対、そこに行きたいと思ってるわ! ローラも行ってみたいと思う?」
「うん!」
ところで、とエルサーラは立ち上がり、靴の爪先をトントンとやりながら言った。
「私ね。春から大学に進学するんだ。先生になりたいんだよ」
実はこれが、エルサーラが本日、どうしてもローラに伝えておきたかったとっておきの情報なのであった。
「おめでとう!」
もちろん、ローラは諸手を挙げて祝福してくれる。
「先生になる! それはいいことね」
これを聞くと、照れくさげにエルサーラは言うのである。
「ローラは知ってると思うけど私地球で相当荒れててさ……ちょっとはみ出した奴の気持ちが分かる大人が、あんときあたしの近くにいたらさ、色々変わってたんじゃないかなって思うんだよね。だから、そんな奴らのためのバカみたいな教師がいてもいいんじゃないかな……って」
「応援するね。ワタシ、特にできることないかもしれないけど、手伝えることなら、何でも言って」
「ありがとう」
それでペシェは? とローラが水を向けると、よくぞ聞いてくれました、とばかりに白モモンガさんは言う。
「ボクはね、エルと一緒に大学に行ってね、お野菜の研究がしたいです。世界中の人が美味しいお野菜をおなかいっぱい食べられるようになりますように」
話しながら、ぐいーっと両腕をひろげていた。
「こーんなスイカとか作っちゃうの☆」
「楽しみね! ワタシ、スイカ大好きよ」
「良いのができたら、真っ先に届けるから♪ それで、ローラの将来は?」
「ワタシね? 知ってると思うけど……お嫁さん」
「ああ、そうだったよね。もうじきだったね」
ペシェはうんうんとうなずくのである。
ローラは柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)からのプロポーズを受け、もうじき結婚するのだ。古くさい表現かもしれないが、現在は花嫁修行中ということだ。
「ということでみんな、将来が固まってきた、ってわけね!」
気分が高揚してきた。今なら、なんだってできる気がする。エルサーラは一番重い16ポンドボールを選んでレーンに立つと、
「じゃ、はじめさせてもらうよ」
おもむろに投じたのである。
迷いのないまっすぐな投球、ボールはエルサーラの手から放たれるや、弾丸のようにピンに向かって行く。
心地良い大きな音がして、白いピンがぱっと散った。
ストライク。
「今日は勝たせてもらうつもりだよ。手加減しないからね」
振り返ってふふっと笑う。
「すごいね!」
いいながらローラも、九本倒してさらに一本、さらりとスペアを取っている。
「ふたりとも上手なのですー♪」
尻尾をぴこぴこさせながら、ペシェがレーンに立った。ちゃんとミニサイズのシューズを履いているが、一抱えほどあるボールを抱いてヨタヨタしている。
「大丈夫?」
ローラが問うと、
「平気なのです」
力強く尾を振ってみせる。このときローラはあることに気がついた。
「ペシェ、背、伸びた?」
「そう、身長75センチになったの。絶賛成長期っ♪」
その言葉とともに、ますますペシェの尻尾シェイクは勢いを増した。
「だから新しいのに取替えたの」
「新しいの?」
おっと! 口が滑ったようだ。いささか慌て気味に、
「えっ? そうでした、ナカノヒトなんかいないんでした、いやだなあ」
などと言いながらペシェはレーンに第一投を……行おうとしてある意味お約束な展開!
「あー!」
と叫びながら勢いよくボールごと、ごろごろ転がってしまったのである。
でも、ストライク。
しゅぽん、と手品師みたいにボール回収装置から戻ってきて、ペシェはなんだか胸を張っていた。
「という次第で、ボクも負けないのです!」
「三人とも好スタートってわけね」
エルサーラはずっしりしたボールを手にして構えた。
平和が訪れ、世界の運命にはひとつの区切りがついたが、教師になるというエルサーラの夢は、まだスタート地点に立ったばかりだ。
「よーし!」
美しいフォームとともに駆け出す。
なぜだかこのときエルサーラは、この一投が、今後を占うものになるような気がした。
結果は……見事、すべてのピンが鮮やかに舞ったのだった。
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