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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第3回/全6回)

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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第3回/全6回)

リアクション


第2章 木の葉落とし〜?

 モン族領内の奥深く峡谷地帯では今日も今日とて航空部隊の訓練が行われている。
 「くうううっ!」
 一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)は急旋回の真っ最中である。訓練中の航空部隊の面々が頭を悩ませているのがモモンガゆる族のパイロットが使う空戦機動である。ワイヴァーンはパワーでぶっ飛ばすジェット戦闘機とは違うので空戦機動が格闘戦、いわゆるドッグファイトになりやすい。で、ここのところ、モモンガパイロットにやられっぱなしなのだ。特に空中で巴戦の最中に瞬間的に消えて、後ろをとる技の前に被撃墜を重ねている。
 「翼をたたんでいるのだから相手は失速するはず!」
 例の、縦にぐるぐる回転する状況になっている。横旋回と比べてエネルギーロスが少ないからだ。一ノ瀬は空戦機動に関して聞き込みも行ったが簡単には教えてくれない。それを考えて実践するのが訓練だからだ。そのままぐるぐる回っている。チャンスは下降するとき、と考えていた。失速して急降下する、と考えていたのだ。ところが今回、相手が仕掛けてきたのは回転中に上昇するときだった。
 「えええ〜っ!」
 瞬間的に消えた直後、旋回しようとしたが、そのときには盛大にペイントを食らっていた。
 「ううう〜。またやられたの」
 すごすごと降下する。消えてから背後をとるまでの時間はかなり短い。旋回している余裕はないようだ。
 近くを飛んでいた菅野 葉月(すがの・はづき)はすごすごと降りていく一ノ瀬の姿を見ている。
 「ふ、やられた様ですね。ここは私が、クリアして見せましょう。おそらく相手は機体を失速させて急降下しているのでしょう」
 そう思った。菅野は意気揚々とモモンガ機に向かっていった。実はその考えが一ノ瀬と全く同じであることには気づいていない。で、同様にやられてしまった。
 「次々やられているでございます」
 顔を見上げて非常に丁寧な口調であきれているのは小鳥遊 律(たかなし・りつ)である。
 「みんな考えていることが同じみたいだね」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)も見上げていたが気を取り直した。
 「ほーら、お肉だよ〜」
 でっかい、藁作業用の熊手に餌の肉を突き刺して差し出す。休憩中のワイヴァーンがぱくっと咥えるとそのままもしゃもしゃ食べている。
 「餌をきちんとやっているとおとなしいよね」
 「慣れるには、きちんと世話するのが一番の様でございます」
 小鳥遊も鉈で餌の肉を解体している。飛行機に整備員が欠かせないようにパイロットが乗る一方で飼育員?のように面倒を見る者も必要だ。今後、実用的に部隊を編成する上でオペレーターや誘導員の仕事もある。
 概ね下で、せっせとワイヴァーン周りの仕事をしている者も多い。さすがにかいがいしく世話をしていると次第にワイヴァーンも慣れてきたようだ。たまに舌を出して餌をねだったりする。菅野が降りてくる。
 「うまくいくと思ったのに、思ったのに」
 「まあまあ、道は険しいってことよ」
 手綱を受けとって引いていきながらミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が言った。
 「それはそうと、コーミア、君、ビデオを撮るって言わなかった?」
 「うーん、それが、協力を頼もうと思っていた人がいないのよ」
 「それって、あの弁髪の人?」
 「そう、なにやら調査しに出かけちゃったらしくって」
 残念そうなコーミアである。 
 降りてきた一ノ瀬もワイヴァーンを休ませている。
 「まあ、大事なことは普段はできるだけ無理をさせないことですだあ」
 「ふんふん」
 「ただし、躾は大事ですだ。そうしないとわがままになってしまいますだ。肝心な所では言うことをきかせる。この兼ね合いが難しいですだ」
 「なるほどなるほど」
 モモンガパイロットから話を聞いている。当面は無理をさせずに、ならしつつ行くしかないようだ。
 「大分、慣れてきた様だな」
 指揮官の角田 明弘は皆の様子を見て言った。確かにパイロット候補達は概ね手綱さばきも堂に入り、一通り操縦できるようになってきている。
 「あの〜」
 ややか細い声で、聞いてきたのはリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)である。
 「私はパイロットは無理でしょうか〜?」
 モルゲンシュタイン、七歳。身長一メートルと二センチ。ジェットコースターの安全規定に引っかかる体格である。
 「跨るのがそもそも難しい、それに急旋回なんかの時に手綱を引っ張れないだろう。結構力がいるぞ」
 「チャイルドシートで、何とか……」
 「さすがにパイロットは無理だなあ」
 「う〜」
 「チャイルドシートか……。確かにそれならパイロットは無理だが乗ること自体は無理とは言わんが……」
 「乗ることは?」
 「二人乗りすることは可能だ。もっとも、爆弾積めなくなるがな」
 ワイヴァーンの搭載量は概ね、大人二人、もしくは大人一人と樽爆弾一個を想定している。
 「二人乗りの仕事をするなら、乗れないことはない。小柄な分、手榴弾ならもてるだろう。急降下爆撃機はできないが地上襲撃機は二人乗りでもできる」
 「地上襲撃機?」
 一ノ瀬もちょっと首をかしげた。
 「ああ、急降下爆撃機に近いが、低空で地上の目標を攻撃する代物だ。有名なのはシュトルモビクといって、小口径の対戦車砲を積んで、地上の車両を攻撃したりする。この際だ、ちょっと説明しておこう。第二次大戦で一番戦果を挙げたパイロットというのを知っているか?」
 「?」
 「概ね、勘違いする者が結構多いが、急降下爆撃機、というか正確には低空で攻撃しているから襲撃機、で戦果を挙げたドイツ空軍のルーデルという人物だ。通算公式記録で戦車519両、装甲車・トラック800台以上、火砲150門以上、装甲列車4両、駆逐艦2隻、舟艇70隻以上撃破、戦闘機2機を含む航空機9機、あと戦艦一隻大破させている」
 「人間ですか!?その人!」
 戦車519両と言えば、陸軍の一個軍団の戦車総数に匹敵する。通算ではあるものの言うなれば一機で一個軍団を壊滅させたと言って良い。
 「この人物は、ドイツ国防軍で唯一、金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章をもらっている。パイロットと言えば、352機を撃墜した撃墜数世界一のハルトマンの方が有名だが、こちらはもらっていない。航空部隊で花形は戦闘機の様に思われるが、本来の意味で言えば爆撃機・攻撃機の方が主体といえる」
 つまり、あくまで航空部隊の槍であり、剣は爆撃機・攻撃機であり、戦闘機は盾である、と言うことだ。戦闘機は防御兵器であり、戦闘機がいくらあっても敵の戦車は撃破できない。
 「知ってのとおり、我々は教導団第3師団の支援航空部隊だ。真っ先に敵陣に切り込んで初太刀を加えるのが役目と言っていい。なればこその急降下爆撃訓練だ。そして二人乗りなら低空で手榴弾をばらまくことができる。このやり方も敵を攪乱する上で有効だろう」
 要するに使い方を考えると言うことだ。二人乗らないとできないこともある。もっとも、二人乗りは速度が遅くなる上、運動性も悪くなるので対空砲火で撃墜されやすい。
 「駄目ですぅぅぅぅ!」
 「やられた〜」
 月見里 渚(やまなし・なぎさ)と、アリシア・ミスティフォッグ(ありしあ・みすてぃふぉっぐ)もやられて降りてきた。空戦機動はほぼ全滅に近い。
 「消えた瞬間に後ろから撃たれないよう振り向いたけど、間に合いませんでした」
 「私なんて、めちゃめちゃよ〜」
 月見里の言葉に負けじと言いつのるミスティフォッグ。負けてるのをなぜか強調している。
 「消えた瞬間、後ろに石放り投げたんだけど」
 相手が後ろにつくなら後ろに物を放り投げれば勝手に当たると思ったのだが、実際には離れたところに飛んでいった。
 「やっぱりもう少しワイヴァーンに慣れないと無理かしらあ」
 「そうでもないですよ」
 ミスティフォッグは手綱さばきは結構上手い。月見里も感心している。特に、ワイヴァーンにある程度好きに飛ばすというのはそれなりに効果を上げている。当たらなかったとはいえ、後ろに物を飛ばすと言うことができるあたり、ミスティフォッグも操縦慣れしていると言うことだ。
 「それにしても悔しいわね。一体どういう機動しているのかしら?」
 「そうですね。そんなに難しい機動をしていると思えないのですが……」
 月見里もなかなか思いつかないようだ。概ね大半の者が失速させて急降下させている、と考えているが上向きでもやられている。また、消えてから撃たれるまでの時間は結構短い。旋回している余裕などはあまりないはずだ。
 そんな中、ある意味最後の一人、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が空中格闘戦を行っていた。
 「必ず、空中で格闘戦に持ち込むのですぅ〜」
 例の空戦機動を行う際には相手は必ず空中格闘戦、いわゆるドッグファイトに持ち込んでから行っている。そこに秘密があると踏んでいる。
 「翼をたたんでいるので失速させているのは間違いないですぅ。しかし、急降下ではない……」
 そう考えながら隙を伺うポーター。そして、相手が翼をたたむ動作をした。そこでポーターは瞬時に同様に翼をたたませた。
 「見えた!」
 やや斜めだが前方に一瞬消えた相手のワイヴァーンがいる。手持ちのカービンで射撃!。遂に相手のモモンガパイロットがペイントまみれになる。
 「やったぁ!」
 珍しく、はっきりした表情でポーターは叫んだ。下で見ている者達もポーターが勝ったことで歓声を上げている。
 実は案外と簡単なのだが、相手側のモモンガパイロットのワイヴァーンが翼をたたむと当然揚力がなくなり失速する。但し、ドッグファイトの回転中にこれをやるとどうなるか?絵で描くとわかるが、回転する円の外側へ翼をたたんだ瞬間の方向ベクトルに慣性ですっ飛んでいく。一方、後ろの教導団パイロット機は回転中なのでそのまま内側に潜り込むように円に沿って飛んでいく。すっ飛んでいったモモンガパイロットのワイヴァーンはすぐに翼を広げるとブレーキを掛けたようになる。この瞬間、ワイヴァーンから見れば前方に内側に回り込んだ教導団パイロットがいることになる。(教導団パイロットから見ればモモンガパイロットのワイヴァーンは斜め下にすっ飛んで滑っていった形になる)そこですかさず射撃を加えるのだ。実はこのとき、両者の飛んでいく方向は別々なのだが(教導団機は内側に回り込むような方向、モモンガ機は外側へすっ飛んでいくような方向)その瞬間を逃さず撃っていると言うことだ。(だからミスティフォッグが後ろに物を投げてもモモンガの遥か頭上を通過することになる。二機の方向ベクトルが違うからだ。)
 皆は失速させて、重力を利用して急降下と考えているがモモンガパイロットが利用しているのは重力ではなく慣性である。だから上に向かっても使用できる。皆が忘れているのはワイヴァーンは飛行中に翼をたためると言うことだ。失速させて重力で急降下というのはいわゆる『木の葉落とし』であるが、これは航空機の機動である。飛行機は飛行中に翼をたためないので、慣性は利用できない。(だから重力を利用する)これに対して飛行中に翼をたためるワイヴァーンは慣性を利用し、さらに素早く翼を広げてブレーキも掛けられる。ワイヴァーンだからできる技である。
 そうなると、答えは簡単。同様に翼をたたんですっ飛んでいけば追尾できる。ワイヴァーンは通常の航空機と違った機動ができる。通常の航空機の機動を知っている者は却ってワイヴァーンの機動を理解できない。むしろ素人の方が有利と言えるかもしれない。
 さて、先行して訓練を続けていた早瀬 咲希(はやせ・さき)朝野 未沙(あさの・みさ)はいよいよ試験である。
 地面に開けた穴に岩が設置されている。その上に妨害するカバーの屋根がある。隙間はとても小さい。さて、どうするか?
 「難しいわね」
 発進前に状況を確認した朝野は渋い顔をしている。
 「樽爆弾は貫通力はそれほどないですよぉ〜」
 状況を分析していた朝野 未羅(あさの・みら)は首を振った。屋根を樽爆弾が貫通できるかというのは×である。屋根にぶつかった段階で爆発するからだ。だからこそどうするか?が試験になっているのだ。屋根がスリット状になっているか?とも思ったが視界を遮るようになっている。
 「このまま爆弾を落とせば屋根に当たって岩を爆破できません〜」
 「どうしたものかしらね」
 屋根は爆破できるが岩に届かない。
 朝野の考えではそうなると下方へのベクトルを利用してぶち込むと言うことになるが、場所は非常に狭く、屋根の縁に当たる可能性が高い。隙間から直撃させようと言うのは非常に困難である。
 「可能な限り急降下爆撃でまっすぐ狙うしかないわね。隙間を狙ってはねるようにして投下できれば」
 そのための急降下爆撃ではないかと朝野は考えた。まもなく、早瀬が攻撃を仕掛ける。その次は朝野である。
 「お姉ちゃん〜。いいよ」
 朝野 未那(あさの・みな)がワイヴァーンを引っ張ってくる。一番、おとなしいと思われる奴だ。朝野 未那はワイヴァーンに首輪をつけようとしたが、元々馬具同様に皮の首輪がついている。
 「よーしよし、お姉ちゃんの為にがんばってね?」
 そう言って首筋をなでてやる。すると、そこにぴょこっと顔を出した生き物がいる。
 「あ〜。また来てる」
 前回も来ていた生のモモンガが首の上に回り込んできた。皆が慌ただしいのでまた何か美味しいものがあるのではないかと思っているようだ。きょろきょろ周りを見回している。
 「ほら、駄目だよぉ。お姉ちゃんが乗るんだから」
 ぱたぱたと手で追い払う。美味しいもの、ないの?という感じで周りを見ていたモモンガはぴゅっと飛び去った。
 「よく言うことを聞きそうね」
 朝野 未沙はそう言ってワイヴァーンに跨る。
 「うん、こういうときはやっぱりおとなしい方がいいと思って。一番なついてくれそうなのを選んだの」
 「それじゃあ、いい?」
 向こうで指示札持って朝野 未羅が合図する。朝野機はゆっくりと発進した。
 そのころ、先行して飛んでいた早瀬機は目標の上につけた。
 「一気に降下して、運動エネルギーを利用して屋根を破壊、爆風で岩を破壊する」
 早瀬はそう読んでいる。
 「とにかく、性能を過信しないことだわ」
 鷹の様な目が目標を捕らえる。もちろん可能な限り、穴の所を狙うつもりだ。そのまま、全力で降下。ぐんぐん地上が近づいてくる。引き起こしをあやまると大変だ。その間も目を離さない。タイミングを計って投下!
 樽は穴に向かって落ちていく。まもなく派手な爆発が起こった。早瀬は大きく旋回して再び上空に近づく。
 「?」
 爆炎でよく見えないが、岩は完全には破壊されていないようだ。というか、半分くらい残って岩の形を留めている。しかし、問題は判定が出ない事なのだ。成功とも失格とも示す旗が現れない。どうやら判定が確定しないようだ。まもなく黄色い旗が揚がった。これは何らかの理由があって降りてこい、という内容だ。そうこうしているうちに再び、試験準備がなされ、今度は朝野の番だ。
 「できるだけ急降下、できるだけ急降下」
 緊張しつつもう一度手順を確認する朝野。
 「それでは行きます!」
 インカムに叫ぶ朝野。ワイヴァーン騎乗中はインカム無線で会話する。但し近距離でしか効かないこととパラミタでは無線は必ずしも当てにならない。
 降下する朝野機。あっという間に地上が近づく。予定通りに樽を投下!。朝野機は地面に腹をこするようにしてぎりぎりで水平離脱する。爆発が起こった。今度はどうか?
 やはり、岩は形を残している。しかし、今度も判定ではなく、黄色い旗が揚がった。
 試験は終わったが、問題はその後だ。今回の試験結果に関して統裁官の意見が大きく分かれ、なかなかまとまらないのだ。結果的に両者とも損害は与えたが完全破壊に至らなかった。厳密に言えば失敗である。しかし、問題はあくまで技量を見る所にある。そのあたりで結果がまとまらないのだ。早瀬の方は爆弾が屋根の縁に当たって爆発した。爆風は大きかったが、やはり岩は直撃させないと爆破できない。爆風では削るのがやっとである。また、朝野の方はやはり縁をかすめたが、こちらは困ったことにそのとき爆発しなかったのだ。(ある意味、不発であるため、これは深刻な問題である)その後、弾かれて岩と穴の壁の隙間に落っこちて爆発したようだ。こちらは横で爆発し、かなり損害を与えたもののやはり直撃でなかったため完全破壊にならなかった。むしろ上手いこと隙間に入ったことこそ幸運である。まもなく夜になったがそれでも結論が出ない。その後、無線で師団本部ともやり合ったらしい。真夜中になって疲れ切った表情の角田が心配そうな早瀬と朝野の前にようやく現れ呟くように言った。
 「……合格」
 二人はほっとした表情を見せた。
 「但し、当落線上で相当もめた、と言うことを認識してくれ」
 結果は十分ではなかったが、技量その他も勘案して合格と判定されたらしい。逆に言えばまだ改良の余地があると言うことだ。
 次の日、早瀬、朝野ら合格組を除く面々は角田らと共に、遠出することとなった。早瀬、朝野は一時休暇で一休みだ。もっともワイヴァーンの世話などに余念がないようだ。
 残りの面々が連れて行かれたのはしばらく先の渓谷である。来月、今度は皆が試験に挑む予定でありその試験会場である。見えてきた光景に皆は感嘆した。いわゆるグランドキャニオンのような地形である。特徴的なのは部分により岩の材質が違うのか、深くえぐられているところと、そうでないところがある。その一角に皆は集められた。
 「まるでビルのようですわね」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は見上げながら言った。目の前にあるのは高くそびえ立つテーブル地形の岩山である。まるで都会のビルのように垂直にそびえ立っている。このあたりは長い間の浸食で大きく削られたところとそうでないところがある。砂岩の弱いところは削られて、岩の強固なところはほとんど浸食されずに残っている。そのため、ほぼ垂直に近くそびえ立っている感じだ。上から見ると解るがおそらく川があったのであろう。川に沿ってずっと削られ、両岸が百数十メートルほどそそり立っている。その中に中州として取り残されるように残った場所がある。上から見れば細長い楕円形になっている。その端の狭いところの麓近くに洞窟がある。
 今度の試験はワイヴァーンで模擬爆弾の樽を運び、この洞窟の中、10メートルほどある奥の壁に命中させると言う物だ。
 「どうやって?」
 よく考えると意外と嫌らしく妨害される地形である。樽をワイヴァーンで投下しようとする。それ自体は不可能ではない。しかし、投下後、引き起こそうとするとそそり立つ崖にぶつかる。正確にはぶつかりそうになるため、ワイヴァーンが左右のどちらかによけようとする。そのため、爆撃コースに乗ることができないのだ。樽を洞窟の奥に命中させようとすると、勢いをつけて直線である程度助走をつけてほぼ目の前近くでおとさなければならない。勢いをつけないと奥には届かない。ぎりぎり左右によけられるような位置で落とそうとすると、樽に捻りが加わるのでまっすぐ飛んでいかず、穴に入ったとしても壁にぶつかる。
 「樽はまっすぐ放り込まないと絶対に当たらないわ」
 月見里は爆撃コースを見てとってそう言った。ワイヴァーンが単に横に離脱しつつ放り投げるのでは樽の方向が曲がってうまくいかない。
 「かといって、まっすぐ飛んでは崖に激突……というかワイヴァーンが言うこと聞いてくれないわよね」
 アヴェーヌも首をかしげた。
 「総員、航空部隊がいかにしてこの課題をクリアするか研究せよ。来月、この実践を持って試験内容とする」
 状況は容易ならない。イギリス軍が似たような状況でダムバスターというダム破壊用の跳躍爆弾を使った例があるが、樽では同じ事はできない、というかダムバスターでもまっすぐ放り込まないと壁に当たってしまう。また樽は本来爆弾なので壁にぶつかったりした場合、爆発してしまうと考えるべきである。