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砂上楼閣 第一部(第3回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第3回/全4回)

リアクション

 外務大臣を乗せた飛空艇が半ば強引に浮遊島を出立したその頃。
 薔薇の学舎内に設けられたカフェでは、数人の生徒たちが何やら難しい顔を浮かべながら、顔をつき合わせていた。
 折角カフェにいるというのに、テーブルの上には茶菓子はおろかマグカップすら置かれていない。
 その場には、お茶入れの名手として知られるシャンテ・セレナード(しゃんて・せれなーど)もいたが、どうやって話を切り出せば良いか悩むあまり、そんなことにも気がついていないようだった。
 タシガン領主アーダルヴェルトとの対話の糸口を探そうとシャンテたちは躍起になっていたが、分かったことはただひとつ。
 自分のパートナーであるリアン・エテルニーテ(りあん・えてるにーて)とアーダルヴェルトの間には、何やら因縁めいたものがあるらしい…という事実だけだ。
 何とか二人の関係を修復し、その過程を通してアーダルヴェルトに歩み寄れば…というのは虫がよい話かもしれない。
 それに、これまでリアンは自分の過去についてあまり話したがらなかった。
 無理矢理聞き出すのも、気が引ける。
 重い空気が流れる中、どこからともなく静かなバイオリンの音色が聞こえてきた。
 その繊細な調べにシャンテが頭を上げると、アラン・ブラック(あらん・ぶらっく)が巧みにバイオリンを操りながら、優しく笑いかけた。
「まずはお茶でも入れて、気分を変えようよ」
「ごめん、すぐにいれるね」
 我にかえったシャンテが慌てて立ち上がるが、弓を下ろしたアランが優しく制する。
「たまには僕が入れるから、シャンテくんは座っていて」
 お茶を入れるためにアランが席を立ちさると、その場はまた重い空気に満たされた。
「あの…さ、悪いとは思ったんだけど…」
 無言の重圧に耐えきれなくなったのか、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がゆっくりと口を開く。
「俺たち、200年前の事件について調べさせてもらったんだ」
 リアンの身体がピクリと動く。
「その中にちょっと気になることが書いてあって」
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)はテーブルの上に、図書館から借りてきた革張りの本を広げ、本文を指さす。
「シャン・ケイシー」
 それはリアンの事件で死んだとされる、エテルニーテ家の女性の名前であった。


「地球人排斥運動はマスコミも注目するわけですし、空京に絞った方が絶対に効率的ですの。タシガンは霧の所為で報道には不向きですし、デモを行うにしても旨味に欠けますの。なんでタシガンでだけこんなに盛んなのかしら」
 そう呟きながら、霧深きタシガンの街並みを歩いていたのは、イルミンスールからの旅行者エフェメラ・フィロソフィア(えふぇめら・ふぃろそふぃあ)だ。
 たまたま領主邸の前で睨み合う上杉謙信と薔薇学勢の諍いを目撃したエフェメラと、その旅の仲間であるフォルトゥナ・フィオール(ふぉるとぅな・ふぃおーる)リンクス・フェルナード(りんくす・ふぇるなーど)は、納得しがたい感情に襲われた。
 好奇心が旺盛なエフェメラは、タシガンの情勢について独自に調べてみようと思った。どうせこの状態ならば、タシガン空港も閉鎖になっているだろう。
 暴動を恐れホテルにこもっていても、時間の無駄というものだ。
「はっきり言って不自然を通り越してこれは異常ですの。パラミタ人の何割かに潜在的に地球人を嫌う気持ちがあったとしても、それだけで組織だってすら居ない一市民が反地球人に動くのは考え難いですの。求心力……後ろ盾は何ですの?」
 情報を求めて街中を駆けめぐる中、エフェメラは地球人排斥派の吸血鬼たちが多く集まっているという酒場の存在を耳にする。
「その後ろ盾がタシガンの領主様…だと仮定しても同じですの。
 この地球人排斥が過熱する事で、吸血鬼は得しませんの。
 では誰が得をしますの?
 人は得する理由無しには動きませんの…つまりそれって…」
 まだ誰も気がついていないようだが、他に首謀者がいるとエフェメラは結論付けた。件の酒場に首謀者がいるとは思えなかったが、そこに行けば何らかしかの情報が得られるだろう。
 名探偵を気取って「見るのではなく、観察したら分かるのだよ、ワトソンくん…ですの」と呟くと、地図を片手に「迷える者達の行燈亭」へと足を走らせた。


 タシガンの情勢に興味を持った旅行者は、エフェメラだけでなかった。
 否、彼は旅行者ではなかった。
 西洋鎧を身にまといランスを構えた男の名は、ルイス・マーティン(るいす・まーてぃん)。彼に同行しているサクラ・フォースター(さくら・ふぉーすたー)グレゴリア・フローレンス(ぐれごりあ・ふろーれんす)ロボ・カランポー(ろぼ・からんぽー)も含めて全員がシャンバラ教導団の戦闘兵科に所属する軍人だった。
 薔薇学から教導団に外務大臣護衛の協力要請が届いた際、きな臭さを覚えたルイスは、密かにタシガンに潜入することにしたのだ。
 詳しいことはまだ分かっていないが、外務大臣の乗った飛空艇が何物かの襲撃を受け墜落したという。
 勘が的中したとはいえ、喜べる自体ではない。
 ましてやタシガンは今、この土地に古くから住まう吸血鬼たちと薔薇学生の間で諍いが絶えない有様だ。
 このまま情勢が悪化すれば、薔薇学がタシガンを放逐されることだって有り得るだろう。密かに潜入している身としては、あまり目立つ行動はとれないが、見て見ぬふりをするのも寝覚めが悪い。
 そう思ったルイスは、タシガン空港を訪ねることにした。
 タシガンを訪れる人はすべて空港に降り立つ。博識と財産管理を活用して、タシガンに集まっている薔薇学「ではない」契約者のリストを作っておこうと思ったのだ。
 これまでの行動と照らし合わせ、要注意人物が割り出すつもりである。