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リアクション
第3章 遅刻しないで行きますか。
1階のある教室から、生活指導主任で鬼教師として有名な天光寺の声が響いていた。
「出席をとーる! きちんと返事をしない者は欠席扱いとする! いいか!」
「はいっ」
天光寺は保健体育の教師で、1限目は保健の座学だった。
「アーガス・シルバ(あーがす・しるば)」
「はい」
「……いいんだよな。学生なんだよな」
「はい」
70歳の老人にしか見えないが、歴とした学生である。
「次。藍玉美海」
「はい」
「こらこら、隣の女子に触るな」
「はーい」
「アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)」
「はい」
「アデーレ・バルフェット(あでーれ・ばるふぇっと)」
「はい」
「荒巻 さけ(あらまき・さけ)」
「は……い……」
「なんだ? いるのかいないのか!」
「は……い……。いま……す……」
「顔が真っ青じゃねえか。どうしたんだ」
「昨日から何も食べてなくて……」
「バカかお前は。なんで食べないんだ。おお、そうだ。保健室の先生に頼まれてたんだ。お前、まだ身体測定やってないだろう。今日までだぞ」
「は……い……。だから……食べてないんです……」
「バカかお前は。無茶苦茶なダイエットするな。今日は最終日だから、午後だけだぞ。間違えるなよ」
さけは愕然とした。
「ご、午後……だけ? そんな……どうしよう……」
「次。アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)」
「はい」
「エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)」
「はい」
「オウガ・ゴルディアス(おうが・ごるでぃあす)」
「はい」
「またか」
オウガはアーガス程ではないが、還暦近い年齢に見える。やっぱり学生である。
「カルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)」
「はい」
「バカかお前は。なにアデーレ見てにやにやしてんだ」
「すみません」
「ったく。次。神崎 優(かんざき・ゆう)」
「はい」
「久世沙幸」
「……」
「久世。いないのか」
「はい! います!」
「バカかお前は。とっと返事しろ。お前も身体測定、忘れるなよ」
「はい」
沙幸はさけを見て思った。
私もあのくらいがんばらなきゃ。
(よーし、お昼ぬこう!)
「次。グラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)」
「はい……」
「大丈夫か」
「なにが……でしょうか」
「いや、なんでもない」
「ちょっと待ちなされ。老人だと思って舐めてるのじゃな?」
グランは還暦を迎え、自分探しのために高校にやってきたのだった。
「そんなことはない。しっかりな」
「しっかり生きておるわい!」
「ぐっ。……ち、ちがう。しっかり勉強しろと言ってるだけだ」
「ふん。当たり前じゃ」
さすがの天光寺もやりづらそうだった。
「次。桜井 雪華(さくらい・せつか)」
「はい」
「ディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)」
「はい」
「東條 カガチ(とうじょう・かがち)」
「はぁい」
「欠席、と。あ? 東條」
「はぁい。いますよぉ」
「珍しいな……」
「まぁねぇ」
「次。蓮見 朱里(はすみ・しゅり)」
「はい」
「比賀一」
しーん。
「比賀、いないのか!」
しーん。
「バカかあいつは。またサボりやがって。もう単位やらんッ! ……次。ファリア・ウインドリィ(ふぁりあ・ういんどりぃ)」
「はい」
「本郷 翔(ほんごう・かける)」
「はい」
「関係ない本はしまう!」
「はい……」
と、ダダダダダッと駆けてきたレイディスが、こっそり窓から入ってきた。
が、服がどこかに引っかかった。
「うお、やべえ……」
そんな中、出席は取られた。
「レイディス」
「は、はい!」
しかしその姿はない。
「……おい。誰だ代返したのは!」
「だ、代返じゃありません」
ぼわわーん。
光学迷彩を解いたレイディスは、窓から上半身を教室に突っ込んだ状態だった。
「……窓は玄関じゃねえええ!」
バチコーン!
一気にぶっとんでいき、おかげで引っかかっていた服は外れたようだ。よかったよかった。
ただ、洋兵がその下敷きになっていた。
「重い……」
天光寺は怒り心頭し、窓から怒鳴りつけた。
「レイディーーース! テンカウント以内に教室に戻らなければ欠席扱いとする! ワーン! ツー!」
「な、なにー!」
慌てたレイディスは、洋兵の顔を踏んづけて走り出した。
むぎゅ……。
凄まじいスピードで駆け、学生玄関をきちんと回って廊下を猛ダッシュ。
「エイト! ナイン!」
「うおおおおおおお! ぜったい間に合わせーーーーる!」
ガラッ!
「はいっ! 到着!」
「テン!」
間に合った!
誰もがそう思った瞬間――
バッチコーーーーン!
どんがらがっしゃーん。
「バカかお前は! 廊下を走るんじゃねえええ!!! お前は欠席だ! 次一度でも遅刻したら単位はやらんから覚えとけ!」
レイディスは保健室送りにされ、同時に毎週月曜の早起きが決定的となった。
「では授業をはじめる!」
ようやく授業がはじまった。
よろよろと起き上がった洋兵の顔には、ばっちり足跡がついていた。
「働くのも楽じゃないぜ……」
ニーナが指差して笑っていた。
「笑うな……」
単位がもらえないらしい比賀一は、そうとも知らず人気のない緑道のベンチで寝っ転がっていた。
緑道には菜の花畑が広がっていて、他にも春の花が咲く花壇があった。
一は鞄から一冊の雑誌を取り出して、読み始めた。
(なになに。これが世を忍ぶ仮の姿? ただの高校生じゃねえか。なになに。崖の上で教えを説く? ひでえポーズだな……ってか、しょうもねえ本だな)
読んでいたのは、季刊誌『N』臨時増刊号、総力特集“覗神(のぞきがみ)”である。
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