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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回
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リアクション

 そんな二人の様子を配下に紛れてうかがっていたシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)は、連携される前に突破しようと毒虫を呼び寄せた。
 竜司は、シーリルの気配には気づいたものの毒虫への対処は遅れた。まずい、と思った時には目がかすみ、急激に体が重くなっていった。
 それは光一郎も同様で、顔色が悪くなっている。
 まだ毒虫が飛び回っているヨシオ勢へ、シーリルは続けてアボミネーションを仕掛ける。
 シーリルは武尊がヨシオを倒しやすいように、護衛達を退けるのが役目だった。
「街攻めはいつでも可能だが、御人良雄を討ち取る機会は今しかない。彼さえ倒せばオレ達の勝ちだ」
 シーリルは、そう言った武尊の言葉を信じている。
 武尊に大物になってほしいと願っているシーリルは、そのための彼の望みは何でも叶えたいと思っている。
 さすがに肝の据わった竜司や光一郎を怯ませるのは難しかったが、アンデット兵団にオロオロしていたヨシオや、もともとの気質が穏やかなぽに夫をたじろがせることはできた。
 手を休めることなく、次に彼らの視界を奪おうと光術を唱えようとした時、肩口に熱が走った。
 焼きゴテを当てられたような熱と痛みに倒れそうになるのを、傍にいた味方が支える。
 どこかに敵が潜んでいたことに、この時ようやくシーリルは気づいた。攻撃に集中するあまり、そちらに気を配れなかったのだ。
 一方、シーリルを狙い撃ちしたアイン・ペンブローク(あいん・ぺんぶろーく)は、仕留められなかったことに舌打ちした。
 光学迷彩や隠れ身を駆使して毒虫の出所を突き止めたものの、そのダメージにより照準がぶれたのだ。おまけに光学迷彩も解けてしまったようで、周囲で「こいつか!」という声が上がってきている。
「こんなところでやられるわけにはいかないんですよ」
 アインはフクロにされる前に逃げ出した。
 シーリルが武尊を大物にしたいように、アインも竜司に出世してもらいたいと思っている。もっとも、アインの場合はどこまでも自分のためだったが。
 アインの計画では、ヨシオの告白を成功させ、ばら色の恋人ライフによりすっかりフヌケになったヨシオは支持者から呆れられる。そんなヨシオを竜司が倒してヨシオタウンの新たなトップに立つ。自分はそこで大儲けをする……と、なっている。
 あくまでも武尊のために尽くすシーリルとは正反対だ。
 そのシーリルの途中で止まってしまった攻撃だったが、武尊は一言「充分だ」と残し、まだ毒や恐怖の名残のあるヨシオ勢へ突っ込んでいった。
 途中、どういうわけか味方のはずの配下から攻撃をされる武尊。
 シャーロットが流した懸賞金につられた者による襲撃だったが、武尊を守ろうとする者もいたため、決定打を与えることはできずにいた。
 それらを不審に感じながらも、武尊はシーリルが拓いた道を進むほうに集中した。
「え、S級四天王だーっ!」
 突進してくる武尊の両手に握られたハンドガンに、ヨシオは真っ青になって悲鳴をあげた。
 そのヨシオの視界から武尊を隠すように竜司が立ちふさがる。手にはすっかり馴染んだ血煙爪。
「てめぇに良雄は倒させねぇ! 良雄もドージェもオレが倒すんだよォ!」
「そいつは待ってもらおうか」
 吼えた竜司とサングラス越しに彼を見据えて対峙する武尊との間に、風のように仮面の者が現れた。
 新たな邪魔者の登場に対処しようとしたシーリルの喉元に、ひやりとした剣の切っ先が当てられる。
「勝負、させてあげてくれませんか?」
 口調は丁寧だが、強制するように言ったのは千石 朱鷺(せんごく・とき)だった。
 仮面の者はトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)なのだが、その仮面故に正体はわからない。
 謎の人物は仮面の奥からヨシオをとらえて言った。
「あんた、惚れた女のために戦ってるらしいが、俺も惚れた女のために引くわけにゃいかねぇんだ……だから、ここで潰させてもらうぜ」
「あわわわ……そ、その仮面……鮮血隊の紅月の傍にいるやつっスか!? 副隊長を自称してるっていう……」
 竜司の後ろからおそるおそる顔を出したヨシオは、震える声で自称鮮血隊副隊長かもしれない仮面の人物を指差した。しかし彼女何も答えず、静かに雅刀を構えた。
 ヨシオはすっかり逃げ腰である。
 朱鷺はやや呆れ気味にそれを見ている。
「まったく、汗臭いかぎりですね」
「……止めないの?」
 尋ねるシーリルに、朱鷺はどこか皮肉げな笑みを見せて肩をすくめる。
「わたくしが言って止まるなら、とっくに止まっています。自称のクセに、意地ばかりは一人前なのですよ」
「武尊さんのためなら何でもしようと思う私も、汗臭いのかしら?」
 特に答えを求めていないシーリルの問いの後半は、思いも寄らない闖入者によってかき消された。
 怒涛のごとく現れたのは、るるとるるを誘拐に行ったはずのネクロマンサー達だった。
 メイベルらに後ろを守られ、必死に箒を操るるるの目にヨシオの姿が入る。
 彼女達の背後には、スムーズに計画を運ぶことができなかったために苛立ったネクロマンサーとアンデット兵団が迫り、さらにその後ろにミツ右衛門一行が悪を成敗しようと追いかけている。
 二つの集団がぶつかり合い、場は一瞬で混乱を極めた。
 そんな中、るるはまっすぐにヨシオを目指す。
 ヨシオもさっきまでの震えはどこへやら、手を伸ばするるの手を掴んで引き寄せると、改造バイクのエンジンを全開にした。
「待てこらぁ!」
 誰のものかわからない声は振り切って、ヨシオはとにかくここから逃げることを優先した。
 混乱の中、光一郎はネクロマンサーを見つけた。
「ネクロマンサー、覚悟ォ!」
 アーミーショットガンに撃たれたネクロマンサーは、血走った目を光一郎に向けるとゴーストとレイスの群を差し向け、自身はスケルトンに担がれて戦線から離脱した。
 引き上げていくアンデット兵団を適当に追撃しながら、正宗……いや、助さんはゾンビの群に流されそうになっている屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)を見つけた。
「何やってんだあいつは」
 そもそも彼らがヨシオのいるこの集団に追いつけたのは、ヨシオ勢に紛れ込んでいたかげゆが携帯で居場所を知らせていたからだった。
 それをもとに、助さんは攻める方角を決めていたのだ。
 邪魔なゾンビを村雨丸で払いのけ、かげゆを引き抜くと、
「死ぬかと思ったにゃ〜」
 よほど怖かったのか、呆けたような顔で言った。

 ひたすら逃げたヨシオは、誰も追ってこないことを確認すると、ようやくバイクを停めて一息つくことができた。
 るるも呼吸を整えている。
 荒野の乾いた風に何度か髪を揺らした後、るるは本来の目的を思い出した。
「あのね、良雄くん。ちょっと遅くなったけど、これお守りにもらってくれる?」
 るるが差し出したのは、改めて禁猟区をかけ直した光精の指輪だった。
 ヨシオは目を丸くしてるるの顔と指輪を何度も見比べた。
「お、俺に……?」
「うん。それと、この前助けに来てくれたのに、お礼も言ってなかったから。ありがとう。それから、闇龍倒すのがんばってね」
 ヨシオの目は、こぼれ落ちそうなほどに見開かれていた。
 そして、次の瞬間。
「幸せすぎて、どうにかなりそうっすよー!」
 顔を真っ赤にして、指輪を差し出するるの手を両手で包み、押し頂いた。
「待っててください、るるさんっ。闇龍なんか鼻息で吹き飛ばしてくるっスから! そしたら、そしたら……ピ、ピ、ピラミッドで……!」
 幸せな想像の暴走で言葉にならないヨシオに、るるは頷いて微笑んだ。
「雲を晴らして、星を見ようね」
「はいッ」
 ヨシオのポケットの中で、スフィアは一点の翳りもなくピカピカと輝いていた。


 ヨシオに逃げられてしまった仮面の人物の体が、気が抜けたようにふらりと傾ぐ。
 地面にぶつかる前に朱鷺が受け止めた。
「こんな体で……馬鹿ですね」
「まだ、大丈夫だ」
 仮面の奥で、苦く笑う気配。
 彼女は朱鷺に支えられながら立ち上がると、一通りあたりを見回した後、ミツ右衛門へと歩み寄る。
 そして、ポケットから眼鏡を取り出して差し出した。
「悪いがこれをミツエに返しておいてくれないか? それと、世話になったとも」
 その眼鏡は、ミツエが追っ手をごまかすために『ほてやみつえ』として荒野を歩いていた時にかけていたものだ。
 不義理をしちまった、ともらす。
「ふぅん……」
 ミツ右衛門は深いことは聞かずに受け取った。
 仮面の人物は小さく礼を言うと、朱鷺と共にその場を去っていった。