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リアクション
避難を続けていた一行は、無事に公会堂に到着した。他に自発的に避難をしていた住人たち同士で、とりあえずの無事を喜び合う。しかし、一所に人数が集まる今の事態は、別の危険の可能性を秘めている。一人がかかった病気が、瞬く間に広がってしまう『集団感染』である。
「どうぞ、こちらで温まってください。……どこか、具合の悪い所はございませんか?」
その危険を未然に防ぐべく、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)そしてエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が住人たちを診て回り、少しでも元気になってもらおうと、自分たちの出来ることを行っていた。
「おお、ここにおったか。ここに来ればもしかしたら会えると思っとった」
ミントの香りが清々しいハーブティーを振る舞いながら問診を行っていた『エイボンの書』に、住人の一人が声をかける。彼女から受け取ったスープのお礼を言いたくて、ここにやって来たとのことであった。
「ありがとうございます。お身体の方はいかがでしょうか?」
「なんのなんの、元気そのものじゃ。嬢ちゃんが来るまでは不安じゃったが、今は何も心配しとらん。ワシに出来ることがあったら何でも力になるでのう。ま、見ての通りの老いぼれじゃ、何の役にもたたんかもしれんがの」
気さくに笑う住人に、『エイボンの書』にも笑みがこぼれる。
(皆さんが信頼してくださっている、それにわたくしもお応えしなければいけませんね)
手を振って別れた住人を見送って、『エイボンの書』が気持ちを新たにその場を後にする。
「……熱は引いていますね。もうしばらく薬を飲んでいれば、必ずよくなりますよ」
女性を診断した涼介が微笑みかけながら告げると、女性の表情に少しだけ安心するような笑みが浮かんだ。傍らに立つ彼女の伴侶は、どこかバツが悪そうに涼介に頭を下げる。
「あの時は当たり散らして済まなかった。君のおかげで俺も妻もよくなってる。外は凄いことになってるが、それも何とかしてくれるんだろう? なら、もう少し頑張ってみるさ」
「ええ、済みませんがもう少しお待ちいただければ、必ず。……それで、一つ頼みがあるのですが……」
涼介の言葉を聞いた男性は、頷いて口を開く。
「分かった、俺の知り合いにかけ合ってみよう。体調を崩している人がいたら、君のところに連れてくればいいんだな?」
「はい、お願いします」
その後いくつかやり取りをして、そして彼らを見送った涼介は、一つ大きく伸びをして窓の外を見遣る。暗闇の中、吹き付ける風ががたがた、と窓を揺らし、吹き飛ばされた何か視界を横切るのが見えた。
(さあ、もう一頑張りだ。共に朝日を見よう)
気を入れ直して、涼介は診断を待っている住人を呼び寄せる。
「かぁ〜、すげえ風だな! ま、風は俺にとっちゃ友達みたいなもんだ、大したことなかったけどな」
「今日だけはあんたを羨ましく思ったわ……風は凄いしなんだか寒いし、炎熱のあたしには堪えるわね」
扉を閉めて、『ウインドリィの吹風の精霊』ケストナーと『ヴォルテールの炎熱の精霊』アカシアが髪や服についた細かな木片などを払う。
「ケストナーおにいちゃん、アカシアおねえちゃん、おかえりなさいです。おばあちゃんの様子はどうでしたか?」
奥から、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が出迎えにやって来る。本来はヴァーナー自身がお婆さんのところへ行こうとしたのを、ケストナーとアカシアがここにいるよう説得したのであった。二人にしてみれば、イナテミスに来てからずっと働き詰めのヴァーナーが、この悪天候の中で何かあってはいけないと思った故である。ヴァーナーは否定するかもしれないが、彼らにとってヴァーナーは守るべき大切な人なのであった。
「ああ、心配ないようだ。いたって元気そうだったぜ。つい話し込んで遅くなっちまった」
「ヴァーナーちゃんのことを心配してたわ。疲れて寝込んだりしていないかって。元気にしてるから安心して、って言っておいたわ。……そういえば、ガイとネリアはどうしてるのかしら?」
「ありがとうです! ガイちゃんとネリアちゃんはこっちです」
ヴァーナーの案内に付いていくと、部屋の一角で子供たちと遊んでいる『ヴォルテールの炎熱の精霊』ガイと『クリスタリアの水泡の精霊』ネリアの姿があった。
「わーい! おにいちゃん、もっともっとー!」
「そぉら! ……おいお前、先にへばってんじゃねーぞ」
「僕は君と違って体力バカじゃないんだ。……それにしても、子供たちのその元気はどこから来るのだろうか。興味深いけど、巻き込まれるのは正直たまったものではないね」
キャッキャと笑う子供をたかいたかいするガイが、床に突っ伏しているネリアを見下げて呟く。子供たちにしてみれば、二人が気のおける人物であるからこそ、元気よく遊び回っているのであり、彼らの元気の源はつまりガイとネリア自身であるとも言えた。
「ハハハ……随分と持て余しているようだな」
「笑うくらいなら代われよ……俺もう腕がパンパンだぜ」
「ほら、そこで寝てると子供たちに潰されるわよ」
「ふ……水は決して潰されない、流れるまま――ぐあ! お、重い、止めろ、乗るな――」
ネリアの背中に子供が飛び乗り、ぴょんぴょんとジャンプする。無邪気でそして容赦ないストンピングに、ネリアは満身創痍だ。
「みんなありがとうです。ボク一人だったら、きっとこんな風にはできなかったです」
感謝の言葉と共に、ヴァーナーがケストナー、アカシアと順に抱きつき、可憐な唇を頬に触れさせる。
「ふふ、ケストナー、顔が赤いわよ」
「自然な反応と言ってほしいな。ああ、君のはノーサンキューだ」
「そんなこと言われなくてもやらないわよ、バカ!」
ハハハと笑うケストナーに、アカシアのツッコミが炸裂する。
「おい、お前たちだけで楽しんでんじゃねーよ、俺たちも混ぜろっての」
「そうだな、珍しく君と意見が合った。仲間外れはよくない」
「そんなことしないです。ありがとうです」
ガイとネリアにも同じように抱きつき、唇を触れさせる。そうして力をもらった精霊たちは再び、ヴァーナーの目的を果たすためにまるで手足となってそれぞれの場所へと向かっていくのであった。
住人のほとんどが避難、もしくは家に閉じこもり、人の姿は時折現れる生徒たちだけになりつつあるイナテミス。
その中を、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)と白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)が駆けていく。
「エル、そちらの様子はどうでしたか?」
「こちらは特には。騒動や暴動といった事にはなっていないようですわ」
翡翠とエルとは、事態が発覚するや否や、九条 葱(くじょう・ねぎ)とスワン・クリスタリア(すわん・くりすたりあ)をお見舞いと称してキィ・ウインドリィとホルン・タッカスのところへ預け、街に異常な自然現象以外の事態が発生していないか、それらによって街の住人が混乱して危険な行動を起こしていないかを見て回っていた。
既に翡翠のところにも『ウィール遺跡』での『雷龍ヴァズデル』の復活の話は届いており、『闇龍』のことを思えば竜巻以外にも災厄は発生する――どうにも拭えない不安が、彼らをこうして街の見回りに駆り立てていた。
「何かあれば連絡を。直ぐに駆けつけます」
「心得ましたわ。では、後ほど」
分かれ道で互いに頷き合って、翡翠とエルがそれぞれの道を駆けていく。騒ぎが起きていないことは喜ぶべきところであるが、こうしてあまりに静か過ぎることも、『嵐の前触れ』を感じさせて嫌な心地にさせた。
(キィ様の方も気がかりですが……これは私がやるべき事です。キィ様のことはあの子たちにお願いする他ありません)
前線で竜巻と対峙している者たちのため、そして自らの『子』たちのため、翡翠は人気の消えた通りを調べていく。
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