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嘆きの邂逅~闇組織編~(第4回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第4回/全6回)
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第1章 出発前に

 先日の課外活動で起きた襲撃事件は、一般の百合園女学院の生徒達にとって、衝撃的なものだった。
 生徒会執行部、通称白百合団の団長桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)は、校長の桜井 静香(さくらい・しずか)や、白百合団員、信頼の置ける他校生達を集めては、生徒会室で会議を行い、これからの方針について話し合っていた。
 離宮対策に忙しいラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)や、離宮対策本部に関わっているメンバーはそちら方面で忙しく駆け回っており、こちらの会議には顔を出してはこなかった。
 ただ、今回はラズィーヤから1つ指示が出ていた。
 社会科見学として、悲恋の騎士カルロを連れてジィグラ研究所に向うように、とのことだ。未だ消息のつかめない、嘆きの騎士ファビオの捜索を兼ねての調査らしい。
「そういえば……リーアさんって、持ち物とかあれば行方不明者の大体の居場所わかるんじゃなかったっけ? お招きできればよかったのだけど……」
 静香がそう呟く。占い師リーア・エルレンは行方不明のままだった。
 映像の分析からおそらく、バレンタインの時に分校で拉致未遂を犯した人物と、リーアを連れ去った人物は同一人物だということが判明していた。
 また、リーアは神子の力を有していたようで、それは身を挺して庇った白百合団員のテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が受け継いだようだった。

 全体的な会議が終わり、少人数で資料の確認や雑談がなされている中、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は椅子に深く腰掛けたまま、どことなくぼーっとしていた。
「千百合ちゃん」
 隣に座っていた如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)が、声をかける。
「ん? なあに?」
 千百合はいつもと同じように明るい声と笑みを浮かべるけれど、日奈々はなんとなく気付いていた。
 盲目な故に、感覚が異常なまでに鋭いのだ。
「池に行って、過去見てから……元気、ないですよね……」
 そっと、手を伸ばして、日奈々は千百合の手に、自分の手を重ねた。
「けど……どんな、過去があっても……私が、愛してる千百合ちゃんなのは……変わらない、から……」
「日奈々……」
「大丈夫、ですぅ……私の……千百合ちゃんへの、思いは……絶対、変わらない、から……」
 手を握り締めながら、日奈々がそう言うと、千百合はもう一方の手も、日奈々の手に重ねて。
 日奈々の手を両手で包み込んで、何度か大きく息をつく。
「うん、話すね。日奈々にはあたしのこと、全部知ってほしいから」
 過去知って、それをどう思うかはわからないけど――どんな結果になったとしても、もう覚悟はできている。
「聞いてくれる?」
 千百合の言葉に、日奈々は微笑んで首を縦に振った。
「あたしはね……あたしは、昔……賊やってたんだ」
 日奈々はただ、こくりと頷く。
 静かに聞いてくれる彼女に、千百合は忘れていた昔のことをゆっくりと語っていく。
「生まれは貴族だったんだ。兄弟が沢山いて、両親はあたしには無関心だった。ある日、家を抜け出したあたしは、賊の一味に捕まっちゃって。賊はあたしの家に身代金を要求したんだけど、両親は払ってくれなかったみたいで、そのままあたしは賊の一味になってた」
 日奈々は千百合を案じて、目を細める。
 千百合は僅かに微笑みを浮かべながら、言葉を続けていく。
「悪徳商人や市民を省みない貴族達から金品を奪って、貧しい家に配ったりしてた。……義賊って言われてたし、あたしもそうだと思ってたけど。うん、悪いことだよね、それ」
 日奈々が軽く首を横に振った。
「鏖殺寺院関係の宝を奪おうとして、失敗して、多くの仲間を失って、あたしも……最後、はよく覚えてないけど、戦争で命を落としたんだと思う」
「辛かった、ですぅ……」
 日奈々ももう一方の手を千百合の手と重ねて。
 手を包んで胸元に引き寄せる。
「思い出して、辛かったです、よね……千百合ちゃん……。でも、今は……違う、から。その時は、きっと、それが正しかった、です。でも、今は、今が正しいですぅ……」
 愛してます、と日奈々はぎゅっと千百合の手を抱きしめた。
「ありがとう、日奈々。やっぱり話してよかった。すごく楽になった」
 手を離して、千百合はそっと日奈々の体に腕を回して、優しく愛おしく抱きしめた。

〇     〇     〇


 生徒達の多くは、生徒会室に残って鈴子に質問をしたり、友人達との相談をして準備を進めて、その日のうちに百合園を発った。
 校長の桜井静香は皆を見送った後、何人かの生徒と校長室に戻ってきた。
(課外活動……結局、僕は何か役に立ってるんだろうか)
 引率として行く教師ならば、生徒達の指導や管理をして護る義務があるけれど。
 一緒に向っても、自分はただ守られるだけで。
 今回もラズィーヤは静香に向うように行ったけれど、ついに団長である鈴子に同行を拒否されてしまった。
(邪魔にしかなってないもんね)
 ふうと事件に関する資料に視線を落としながら、静香は大きくため息をついた。
 静香は代わりに、組織に関与していた早河・綾(はやかわ・あや)の見舞いに行くことになっている。
 こちらも、大切な仕事。静香に合った仕事だと、鈴子は言っていた。
「静香さま」
 共に残った真口 悠希(まぐち・ゆき)が、ため息をついた静香に声をかける。
「ん?」
 微笑を浮かべた静香に、悠希は首を軽く横に振って近づく。
「綾さまのお見舞い――今の貴方には行かせられません」
 悠希の言葉に、静香はごく軽く眉を寄せた。
「なぜなら……ご自分に悩みを抱えたまま、綾さまの話を聞いたら悩み事が増え、参ってしまうと思うからです……」
「そんなことないよ。互いの悩みを聞くことで、互いに楽になるかもしれないし……」
「それなら、ボクに何でも話してみてください」
 悠希の真剣な表情に、静香は軽く瞳を揺らがせた後、少し恥ずかしげな、そんな表情を見せた。
「校長なのに、役に立ってないなーって、そんなことよく思うんだ。いつも、恥ずかしいところばかり見せて、ごめんね」
 悠希は首をまた左右に振った。
「ボクも……何とか役に立ちたいと思って、鈴子さまに色々お話したのです……。けど、大した事言えなくて……でも、攻勢に出ようとしてくれて……なのに、ボクは一緒に行く事ができませんでした。こんなボクが行っても役に立たないと思ったからです……。ボクも無力です……」
 攻勢に出るべきだと提案したのは、悠希だった。
 鈴子は、状況や悠希達の意見を聞いて、今回の社会科見学を決意したのだけれど。
 悠希は自分は行っても役に立たないだろうと、行くことが出来なかった。
「……うぅ、抱えたままじゃダメとか偉そうに言ったのに。ごめんなさい……ボクも色々抱えてました……」
 悠希は浮かべた涙をすぐに拭う。
「でも……ボク大丈夫です。静香さまがボクの心の支えになっているからです。ボクは……静香さまの役に立ちたいって、心の支えになれるようにって、いつも思って……百合園の為にって頑張って来れました」
「……ありがとう、いつも……」
 静香の言葉に、頷いて、悠希は言葉を続けていく。
「校長だからって、いきなり凄い事をしようと思っても無理です……。でもお優しい静香さまは少なくとも、ボクという人間一人を凄く救ってくれているのです……。ですので……自信を持って元気を出して下さいっ……!」
「甘い、のはダメみたいなんだ。でも、優しくしたいって気持ちは、持っていてもいいのかな?」
「それは、静香さまの良さだと思いますから。そのお心に、ボクも多くの人々も救われています」
「ありがとう」
 と、静香は微笑みを浮かべた。
「僕は、僕のまま、頑張ってみる。うん!」
 そして、もっと強い笑みを静香は見せていく。
 一緒に笑みを浮かべた後、悠希は真っ直ぐ静香の目を見つめた。
「それから……」
 悠希は真剣に静香に願い出る。
「形だけで構いません、ボクを……静香さまの騎士として叙任してくださいっ。主君が騎士を頼るのは当然です。なので……これからは何かあったらいつでもボクに頼って下さい」
 静香は悠希の強い思いに、戸惑いの表情を見せる。
「それなら……僕に出来ないこと、百合園のために研究所や分校に向って力を貸してはくれないかな? 僕は僕のすべきことを。悠希さんは悠希さんのすべきことを果たさないといけないから」
 その言葉に、悠希も戸惑いの表情を見せた。
「悠希さんが、僕のことを大切に思ってくれていることよく分かってる。そしてね、僕は悠希さんを、大切に思っていることも分かってくれてるよね? 僕には悩みはあるけれど、話をしたり守ってくれたり傍で支えてくれる人は本当に沢山いるんだ。もし、そんな僕の傍にいることばかりが騎士なのだと思ったら、それは悠希さん……僕に依存しているってことじゃないかな?」
 静香の言葉に、悠希は俯いてしまう。
「悠希さんは弱くない、絶対に。騎士になれる能力はあると思う、役に立たないなんてこと、ないはずだよ。だけど、僕を好きと思ってくれることで、僕から離れられなくなっちゃってる。僕にはそんな風に見えるよ」
 口調は優しいけれど、はっきりと告げられた言葉に、悠希は深く考えさせられる……。
 研究所へは、戦闘能力の無い子でも同行に志願している。普通の見学生を装う百合園生も必要だからだ。
 鈴子が指揮をとっているが、元々これは静香の仕事。鈴子は今回静香の仕事を担って、責任の全てを背負う覚悟がある。白百合団の団長として。百合園の騎士として。そしてその百合園のトップは静香だ。
 悠希は提案者として、その責任を共に担う覚悟で向うことも出来たけれど……そうしなかった。役者不足だと思ったから。
「傍にいてくれると嬉しいし、楽しいし、安心するよ。でも、僕は校長だから。僕の出来ないことで皆が困ってる時には、僕やキミの大切な人達を助けて、仕事を手伝ってくれたら、もっと嬉しくて助かるんだ」
 静香はそう微笑んだ。
 悠希は静香が校長でいることが耐えられなくなったら、校長ではなくても静香を護りたいと思っていた。
 校長の騎士ではなく、静香個人の騎士として、味方として。その強い想いは十分に十分すぎるほど、もう静香は理解している。
 静香は校長として、だけではなく。自分を慕ってくれる百合園の生徒や、友達達を護りたい、助けたいというごく普通の気持ちがある。たとえ自分自身の体が無事であっても、その大切な人達を護れなければ、心は無事ではないだろう。
 大切な人を護るということ、護る立場を得るということは、その人にとって誇りであり喜びだ。
 大切な人に一方的に守られるということは、大切な人が自分の所為で傷つくということ。それは実はとても辛いことでもある。