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嘆きの邂逅~闇組織編~(第4回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第4回/全6回)
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「では、質問をしていきますから、ゆっくりでいいのでそれに答えてください」
 ティーカップを置いて、氷川 陽子(ひかわ・ようこ)が綾に質問を始める。
 隣では、ベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)が周囲に警戒を払っている。
 この場には百合園生しかいない。ラザン以外の同行者も全て百合園生だ。
 病院関係者で近づく者も今のところいなかった。
「エールという男と出会った時の状況を教えていただけますか? 何か怪しいとは思わなかったのでしょうか」
「普通の、ナンパです。怪盗舞士が起こした事件のことをよくご存知だったので、そうだと思い込んでしまって、怪しいとかそういう感情は浮かびませんでした」
 頷いて、陽子は質問を続ける。
「なくなったパートナーの他に、パートナーは居ますか? いるのなら教えていただけないでしょうか」
「はい。3歳年上のシャンバラ人の義兄です。空京で働いているはずです」
 そうして、陽子は綾に身の上について尋ねた後、組織のことに少し踏み込む。
「綾さんは、私達普通の百合園生とはもう違うのです。ここにいらっしゃる校長や、ラズィーヤ・ヴァイシャリー様、生徒役員の方々と同じように、いえ、それ以上に特別なのです。わかりますね?」
 陽子の言葉に綾は震えながら、だけれど握り締めてくれているミルディアの手に力を貰って、頷いた。
「ここにいる、ミルディアさんやメイベルさん達、百合園生を売ろうとした過去から、どんなことがあっても逃げたりせず、しっかり向うべき立場にあります。闇組織と決別して立ち向かわねばなりません」
「そう……できればいいけど、それは、無理……。どうしたらいいのか、分からない、です」
 綾は涙を一粒落とす。
「大丈夫だよ」
 静香が綾に語りかける。
「何も出来ない僕が、百合園の校長をやれているのも、皆のお陰だから。パラミタは争いごとや戦いが多いけれど、皆と一緒だから大丈夫。大丈夫なんだよ」
「綾さん……」
 メイベルが小さな声をあげて、少し切なげな笑みを見せる。
「切り抜けられるから!」
 ミルディアは瞳に力をこめて言い、握り締めている綾の手を揺らした。
「どうぞ」
 野々が近づいてハーブティーを、綾に出した。
 心を落ち着かせる香りが、ふわりと流れる。
 野々は一歩、後ろに下がる。すぐに奉仕が出来る位置……話の聞こえる位置に。
 陽子の隣で、ベアトリスも静かに様子を見ていた。
「組織、の……」
 綾は怯えた表情で、周囲を見回して。
 百合園生だけしかいないと、何度も何度も確認をして、少しずつ言葉を紡いでいく。
「本拠地、は」
 大きく、何度も深呼吸をする。
「頑張って」
 ミルディアが励ます。
「ヴァイシャリーにあって……ヴァイシャリーの、貴族も沢山、関与しています」
「大丈夫。大体もうそれは分かってるよ」
 静香が微笑み、綾が気が抜けたような顔をする。
「地下の、遊技場で……人身売買が、行われてたり、して。カジノの景品として、奴隷、が引き渡されたり、して……」
「場所とか、わかる?」
 こくりと綾は頷くが、綾が組織から離れて随分と経ち、組織に綾が生きていることも知られているはずだから……。多分もう移動してしまっているだろう。
「研究所、では。動物の、合成とかも、やってて……。色々な組織と繋がりが、ありました。ヴァイシャリーは、そういった裏があるなかで、栄えているんです」
「綾さんは、首領には会ったことあるの?」
 静香の問いに、綾はゆっくりと頷いた。
「似顔絵作り、手伝ってくれる?」
 戸惑いながら、震えながら。ミルディアの励まし、メイベルの憂い、陽子の厳しい視線を受けながら、綾は首を縦に振った。
 その時――。
「波羅蜜多実業高等学校生のガートルード・ハーレックです。ミルミ・ルリマーレン嬢と桜井静香校長とお話させていただきたく、参りました」
 屋上の出入り口に現れた女性――ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)がそう声をあげた。
 パートナーのシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)と、パトリシア・ハーレック(ぱとりしあ・はーれっく)も同行しており、更に上空からサンタのトナカイに乗ったネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)が下りてくる。
「綾さんには関係がないようですわ。動かずに」
 ベアトリスがそう言い、綾を背に庇う。
 静香が悠希達と共に席を立ち、ガートルードの方へと向う。
 そして、ラザンが電話をかけて、ミルミを呼び寄せた。
 アルコリアと一緒に下りてきたミルミは、ガートルード達の姿にびくりとして、ラザンの後ろに隠れる。
「戦闘の意思はありません」
 ガートルードはそう言い、パトリシアが手のひらを見せるが、その表情は厳しく、百合園生達は警戒を緩ませることは出来なかった。
「あなた方、百合園の友好は上辺だけのもの。あの別荘や分校設立時、暴力でねじ伏せたのが事実」
 ガートルードはそう言葉を発した。
「ルリマーレン家の別荘でしたら、ルリマーレン家の私有物であり、百合園とは関係がありません。ミルミお嬢様のご友人が協力してくれた関係上、白百合団員に所属する者も同行はしていましたが、白百合団の作戦でもありません」
 ミルミに代わり、ラザンが説明をする。
「分校設立時は……うん、パラ実生の中で、反発を覚えた人もいたみたいだよね。だけど百合園主導で立てた分校じゃないんだ」
 静香は複雑な表情だった。
「しかし、分校を支配している神楽崎優子は百合園女学院の生徒会役員と聞きます」
 ガートルードが言い、パトリシアが頷く。
「百合園生のパラ実の縄張りでの暴走は危険ですわよ。それを理解している上層部の意思と、武闘派の行動は間逆で無知ですわ。暴力と恐怖で不良達を屈服させたようですが、C級程度の看板でパラ実生に対抗しようとは甘すぎます」
 僅かにパトリシアは笑みを浮かべる。
「暴力と恐怖はパラ実の十八番ですわ。白百合団が暴力と恐怖でパラ実に対抗する行為は敵愾心を煽るだけですよ」
「暴力でねじ伏せて置いて、百合園とパラ実の友好をアピールするのは可笑しな話だな」
 ネヴィルは嘲笑気味に言う。
「忠告ありがとうございます、暴走に関してはそのような行為があったのなら、ごもっともだと思います。百合園生にも指導していきたいと思います。でも、白百合団に関しては、誤解です……」
 静香は凄く困ったような顔をする。
「白百合団はそのようなことをしていないはずです。一部の団員がそういう行為をしているのなら、教えてほしいところです。分校設立の際の行動も、優子さん個人が友人に頼んで行った行為です。百合園主導ではありません、分校への出資も一切していませんし、パラ実側からの一方的な任命以外、百合園上層部がパラ実生徒会と接触を持ったことはありません」
 静香は一生懸命そう説明した。静香ではこの説明で精一杯だ。
「じゃが、幾人かは百合園上層部のC級四天王配下の者が暴力でねじ伏せて配下にしたも同様じゃのう」
 シルヴェスターは武装した百合園生達に警戒を払いながら言う。
「C級四天王でも百合園生はパラ実じゃぁない。複数おる教導団D級四天王達と同じで所属校と四天王称号は別物じゃけぇ。分校の他校生達は、C級四天王軍としてパラ実のつもりじゃが大間違い。お嬢様にモテタイ一身で媚びる、一部のパラ実生を全体の意思たぁ思わん事じゃ」
「はい」
 静香は素直に返事をした。
「四天王を免税布にパラ実の縄張りで暴れるなら、覚悟したほうがよいよ」
 シルヴェスターが言い、
「C級の看板を使いパラ実気取りで暴れる白百合団は目障りだ。パラ実の縄張りで暴れるなら容赦しないぜ」
 ギラリとネヴィルが瞳を煌かせる。
「……はい。ご忠告、ありがとうございます」
 静香は4人に頭を下げた。
「パラ実は負けたままで終わりませんよ」
 そう言葉を残した後、ガートルードは仲間と共に去っていった。
 百合園生達は言葉を失い。
 静香もしばらく何も言わなかった――。

〇     〇     〇


 ナコトは、アルコリアが連れていたゴーレムを配置したり、罠を仕掛けて警戒に務めていた。
 とはいえ大きな病院であり、人の出入りも激しく1人1人をチェックすることまでは出来なかった。
「シーマは上手くやっているかしら」
 訪れる患者達を見ながらナコトは呟いた。

「ちょっと待て」
 シーマは挙動不審な男を発見し、その肩を掴んだ。
 殺気看破などには反応はないのだが、その男の様子は明らかに変だった。
「いや、ただ届け物に来ただけです」
 男――橘 恭司(たちばな・きょうじ)は、鞄を抱きしめながらそう答えた。
「その中には何が入っている」
「見舞いの品です。ここで開けると大惨事になりかねません」
「見舞いの品が大惨事を起こす?」
「こんなものが鞄に入っているとは思っていませんでした。というわけで、俺は帰りますので」
 言って、恭司は鞄を大事に抱えながらすたすたと病院から出て行った。
 確かに病院から出たことを確認すると、シーマは訝しげな表情をしながら、巡回に戻ることにした。

 ――2人が、院内と周辺の警戒に務めていたその時。
 少女が1人、空から転がり落ちてきた。
 空飛ぶ箒を不時着させて、倒れる彼女に、一番近くにいたプレナが駆け寄った。
「どうしたの? 大変、傷だらけです」
 はあはあと息をつきながら、血を流しつつ少女は切れ切れの声を上げていく。
「百合園に敵」
 その言葉に、百合園生達が顔を見合わせる。
「下から来てる」
 さらに続けられた言葉に、百合園生の動きが止まる。
「け、警備してくれている人に連絡を」
 そう静香が声を発した、途端。
 少女が何かを床に投げつけた。
 パッと白い粉が舞い飛んで、プレナの視界が真っ白になる。
「プレナ先輩!」
 悲鳴のような、想の声が響き、走りこんだ想がプレナに覆いかぶさる。
 途端、弾丸が想の肩を貫いた。
 続いて、百合園生達の方にも、煙幕ファンデーションが投げつけられる。
「きゃっ」
「何っ!?」
 百合園生達が慌てて、その場を離れようとする。
 そんな少女達に、容赦なく銃弾が浴びせられた。
「アユナさん危ない……っ!」
 繭は逃げようとしたアユナの後ろに飛び出て、弾丸を背に受けた。
「ま、ゆちゃん……!」
 アユナは倒れ掛かる繭を抱きとめて、一緒に崩れる。
「繭ちゃん、繭ちゃん……っ!」
「だ、大丈夫です……私には、これくらいしか、できませ……んから……」
 言って繭は弱く微笑み――そのまま、意識を失った。
「よくも……よくも繭を……!」
 正確な位置は分からないが、弾が飛んできたと思われる方向に、エミリアは雷術を打ち込んだ。
 何度も何度も打ち込むことで、その幾つかをヒットさせる。
 だが、それでは終わらなかった。
 周囲を強い光が舞った。
 百合園生達が混乱する中、他の方向から銃弾が浴びせられる。
 弾幕以外の粉が撒かれて、百合園生達は次々に倒れていく。
「静香、綾、こっちへ!」
 上杉 謙信(うえすぎ・けんしん)が、ディフェンスシフトで守りながら静香と綾を避難させようとする。
「静香さま……!」
 悠希は静香を守ろうとするが、静香の方への攻撃はなかった。
「皆、と、とにかく身を低くして!」
 怯えながら、静香は悠希と共に伏せようとする。
「綾ちゃん」
「綾さん……」
 ミルディアとメイベルは身を挺して綾を庇いながら、車椅子を押していく。
 綾は恐怖で声も出せない状況に陥っていた。
「えーい」
 視界が悪い中、眞綾はなんとかセットしてあったパワードレーザーまでたどり着き、ライトニングウェポンを使い弾丸が飛んでくる方に向って発射していく。
「皆、逃げて下さい! 出口はこっちです!」
 プレナが怪我をした想の体を支えながら、大声を上げる。
 動ける百合園生達は、プレナの声を頼りに出口の方へと向ってくる。
「静香さん、こっち! 助けに来たわ!」
 隠れようとした静香の腕を頭上から掴む者がいた。
「早く!」
 煙で顔は見えないが、聞きなれた声だった。
「乗って。避難するわよ!」
 その人物は静香の腕を引いて、空飛ぶ箒へと乗せる。
「ありがとう」
 と、静香は箒にしがみついた。
 箒が空へと飛び上がり、病院から離れていく。
「きゃあっ」
「う……っ」
 どこからか放たれたアシッドミストに、百合園生達が苦しめられていく。
 銃撃もまだ続いており、多くの百合園生が傷つき、倒れていった。

 連絡を受けて、シーマとナコトが駆けつけた時には、もう敵の姿はなかった。
「上空への警戒が足りませんでしたわね。有事の際に指揮を執れる方もここには居なかったようですね」
 ナコトが手当てをし合う百合園生達の姿を見ながら言った。
 静香にそういった指揮能力はなく、白百合団員は数名いたが役職についている者はこの場にはいなかった。
 敵は睡眠効果のある武器や、しびれ粉を使ってきたようで、命に関わるほどの怪我をした人物はいない。
 弾幕の効果で敵にも人物が把握できない状態であり、どうも綾を狙っていたわけではなかったように思える。
「いや、いや……っ。また、そんな……いやっ」
「綾さんが狙われたわけじゃないですぅ。先ほどのパラ実の方のお話の通り、百合園を快く思っていないグループもあるでしょうから〜」
 メイベルは狂いそうな様子の綾にそう言葉をかけて、落ち着かせようとする。
 綾はメイベルの腕を必死に掴んでいる。
「大丈夫ですぅ」
 メイベルは綾の腕を撫でる。
 この状態では、真意はやはり言えそうもなかった。
「繭ちゃん……ごめんね、痛い思いさせて……」
 アユナは泣きながら、繭を治療していた。
 弾は繭の体を貫通してはおらず、ヒールの魔法をかけても完治させることは出来なかった。
 連絡を受けて駆けつけた看護士が繭を担架に乗せていく。
「大丈夫です、アユナさん」
 意識を取り戻した繭は、アユナに微笑みを見せた。
「あの子供の顔、忘れるものか……!」
 エミリアは、ダンとテーブルを叩く。
「皆無事?」
 ミルミを抱えて空へ避難していたアルコリアが戻ってくる。
「あれ? 校長は?」
 ミルミは辺りを見回したが、静香の姿はなかった。
「誰かが避難させたようです」
 ミズバがそう答えた。
「それじゃ、とにかく片付けないとね……」
 ミルミがそう言い、百合園生達は暗い表情のまま片付けを始めるのだった。