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リアクション
第一章 御祈祷2
「御糸様がここでしばらくお休みくださいって。大丈夫?」
大奥。御花実の座敷の一角で、房姫付きの女官水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が将軍の着替えの着物を持ってやってきた。
彼女は雑用をテキパキこなしていた。
「将軍には鬼が憑いておるから、城の表に戻させるなと坊主たちがわめいているそうじゃ」
英霊天津 麻羅(あまつ・まら)が、普段は氷雨たちに持たせているペンギンをぞろぞろ引き連れてやってきた。
魔道書無銘 『武装ノ概念』(むめい・ぶそうのがいねん)も不安げだ。
「何だかお城の人たちもめてるみたいですぅ」
「ねえ、将軍様。こうやって人々が争うときも、収められるのは将軍様だけだと思うの。優しすぎるのもちょっと困ると思うけどなあ」
緋雨は貞継に向かって、年下の男の子に話しかけるお姉さんように話していた。
「房姫様と睦姫様にしたってそうよ。選べば、どちらかのお家が衰退するってことなら、どっちも選べばいいのよ。たとえ、お家事情で家臣たちにそっぽ向かれて、強い意志があれば良い未来をつかめると私は信じてるわ」
「お前はそうだろうが……無茶を言うな」
「私だって不安だけど、叶えたい夢があるの。そういうとき人って強くなれるんだと思うわ。将軍様も本当に弱い人なら、自分を傷つけてまで大奥の女たちを守るなんてしないはずよ」
貞継は緋雨の視線に気付き、さっと腕の傷を隠した。
「どこで聞いた」
「どこだっていいでしょ。ともかく男の子は優しいだけじゃ駄目なんだからね。強くなくちゃ!」
「男の……子?」
貞継はぽかんと口を開けた。
「お前には、そういう風に見えるのか……」
彼女に子供扱いされたことがショックだったらしい。
コ? コなのか、と独り言を繰り返している。
「公方様、命がお風呂沸かしたんや。お入りにならはったらどうどすやろ」
このタイミングで精霊火軻具土 命(ひのかぐつちの・みこと)がひょっこり顔を出した。
緋雨が気を利かせて命に頼んだことだ。
しかし、将軍は即座に拒否した。
「い、嫌だ。なぜ今ここで?」
「ご祈祷中、苦しんであんなに汗かいてたじゃない。入りなさい」と、緋雨。
「今更、刀傷なんて隠してもしょうがないでしょ」
「駄目だ。人前で肌をさらせるか。こら、お前たちやめろ」
いつの間にか大量のパラミタペンギンが貞継を取り囲んでいる。
彼らはよく訓練されているペンギンだ。
丸くなって貞継の懐に潜り込んだり、羽やくちばしで着物を引っ張ったりしていた。
「あにまるせらぴーとやらは、一応は成功かのう」
一人満足げに微笑む麻羅であったが、すぐに女の子たちの悲鳴で取り消された。
「だめ、将軍。寝てなきゃ……!」
飛び込んできたのは、葦原明倫館スウェル・アルト(すうぇる・あると)と御花実候補の一人御子神 鈴音(みこがみ・すずね)、そして機晶姫サンク・アルジェント(さんく・あるじぇんと)である。
スウェルはペンギンの群れに身を投げ出し、貞継をかばった。
「お前はあの時の……」
「そう、あの時、本当に十五歳ならばとあなたはいった。でも無理して倒れたのは、やっぱり子供。しっかり休まないと、ダメ……」
そう言ってのし掛かり、強引に寝かしつけようとするすスウェルに、あの大人しそうな少女のどこにそんな力があるのかと貞継は驚いていた。
「あ、あたしも将軍様が……死んじゃうの、嫌」
小さな震える声で、しかし、はっきりと言葉にしていたのは鈴音だ。
将軍はまだあどけない顔の御花実候補の姿を認めた。
「どうして、死ぬと思うんだ」
「だって……托卵で生まれてくる子は鬼で、鬼は親を食べてしまうんじゃ……」
鈴音は、あの夜の出来事をはっきりと覚えている。
将軍の御鈴渡があって、房姫の緑水の間で大きな胸の話が出たときの将軍の取り乱し様は普通ではなかった。そして腕に刻まれた刀の傷。
彼女の心にはその衝撃が強く刻まれてしまっていた。
「そうじゃなかったら……両親とも鬼になってしまうの?」
「……親は子供を殺さない。でも、子のために犠牲になる親はいる」
貞継はうつむいた。
その表情は黒い前髪に隠されていて分からない。
「母上のことは泣いている姿しか思い出せない」
「あたし……死なないから。将軍様も死なせ……ないから!」
鈴音は、何かに突き動かされたように貞継の首にかじりついた。
いつもは口を挟むサンクも、今日は鈴音の髪の中に隠れたままだ。
貞継は少女たちの純真さに戸惑っていた。
「だから子供は、御花実に入れるなと御糸にいったのに。純粋すぎる……!」
「あたし、子供じゃないもの……これでも十五歳だもの」
突然の鈴音の告白に貞継もスウェルも、緋雨も驚いていた。
「は……ここには見せ掛けの十五歳ばかりいるんだな」
貞継は苦笑しながら、少女たちを抱えてどうと倒れた。
スウェルはそんな将軍と鈴音の頭を交互に撫でる。
「本当か嘘かなんて、些細なこと。私は……将軍を、ありのままのあなたと友達になりたいと思ったから……来ただけ」
彼女は昔、母親が自分にしてくれたように子守歌を歌い出した。
「みんなおやすみ……元気になったら、また遊ぼう」
スウェルの澄んだ声があたりに響く。
緋雨も着替えを抱えたまま、やれやれと側に腰を下ろした。
「お前の歌声はいいな。坊主の真言など居心地が悪くてしょうがなかった。早く、帰ってくれるといいんだが……」
貞継はそう言って瞳を閉じた。
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「貞継様は小さい方からにも好かれるのですね」
いつの間にか日が暮れ、貞継の両脇に抱えられうずくまって眠る少女たちを、蒼空学園生徒秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は悩ましげに見おろしていた。
夕焼けに照らされてはっきりと浮かび上がる、つかさの大きな形の良い胸のシルエットに将軍は目を細める。
「牛鬼は近づけるなといったはずだが」
「存じています。でも私、子供を産んでみたいんです。幼いころ薬に当てられ普通の子は孕めない身ですが、卵ならあるいは……」
つかさは纏っていた葦原明倫館の制服を脱ぎ捨て、超ミニスカートのメイド服となる。
彼女はそのままひざまずいた。
「ご覧の通り、私は葦原の者ではございません。ですが、噂に聞いております。呪われた血を解放するのなら、他の血を混ぜてみては? どうなるか、面白いと思われませんか」
「托卵が面白いで済むなら、誰も傷付きはしない。こんな……!?」
つかさは貞継の片方の手を取り、自らの手でスカートの内側に滑りこませた。
「愛が欲しいとはいいません。ただ一度でいい、女の夢を叶えてください」
「子が産めぬのなら、可哀想だが……それは無理だ」
「ご寵愛なら受けます。癒して差し上げますわ。そういったことには慣れておりますから」
「お前は、これまで道具として扱われて生きてきたのだな」
将軍は寂しげに呟いた。
「将軍という役目も似たようなものだな。用済みとあらば、打ち捨てられる道具と同じか……将軍でなければ、誰も。見向きもされないしな」
つかさには、その表情は、どこか遠い記憶を思い起こしているように見えた。
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