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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

リアクション

 合宿所の会議室にも、責任者であるゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)と相談をしようと、東西の契約者達が訪れていた。
「失礼いたします」
 紅茶と茶菓子をトレーに乗せて、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)がパートナーのイングリッド・スウィーニー(いんぐりっど・すうぃーにー)と共に現れる。
 茶を淹れることが好きで、よくこうしてお茶だしを担当している玲だが、今回は少しこの会議に興味があっての顔出しでもある。
 皆に茶を配った後、トレーを持ってゼスタに仕える執事のように背後に待機する。イングリッドも彼女の隣に同じように立って、会議を静かに見守っていく。
「西側にユリアナ・シャバノフを帰すことは出来ません。東シャンバラで裁判を受けていただきます」
 そうはっきりと言い放ったのは、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)だ。彼は茶にも茶菓子にも手をつけなかった。
「確かに捕まったのは、東シャンバラの領内かもしれないけれど、彼女が乗り込んでいた賊船の被害は、西側の者も受けているし、西側でも活動していたわ。たまたま捕まったのが、東シャンバラの領内であっただけで、彼女自身の捕縛には私達西シャンバラの人員が動いていた。賊討伐の前線、後方支援にも、こちら側が積極的に動いたことはご存知でしょ? 彼女自身については、西側じゃないと資料がそろわないわ。裁判が必要なら、西側で行わせてもらいたいの」
 教導団大尉にして、西シャンバラのロイヤルガード隊員である李 梅琳(り・めいりん)が食い下がる。
「それならまだ東でやった方が理由があるでしょう。資料は提供していただければ済むこと。第一、既に一度決まったことを何故適当な理由もなくぶり返すんですか」
「私達はユリアナを引き渡すことに対しては、承諾していないわ」
「彼女が無罪であるのなら、すぐに解放されるでしょう。李大尉には弁護人として出席していただきたく思います」
 頑として譲らないクライスの厳しい言葉に、茶を一口飲んで、梅琳はため息をつく。
「こんなところで……もめたくないんだけどね」
 そして、共に訪れた西シャンバラのロイヤルガード隊員の樹月 刀真(きづき・とうま)に目を向けた。
「では取引をしましょう」
 刀真がまっすぐにゼスタを見る。
「こちらに龍騎士団が向かっているという話ですが、ユリアナを西シャンバラに引き渡すことに承諾していただけたのなら、龍騎士団の相手は西側で引き受けましょう。いかがでしょうか?」
 東シャンバラとしては、龍騎士団と揉めたくはないはずだと踏んでの、案だった。
 梅琳には事前に交渉の内容は説明してある。彼女は黙って見守っている。
「東シャンバラはエリュシオンに恭順してるからな。龍騎士団は味方だぜ? 引き受けてもらう必要はないな」
 ゼスタは余裕の表情でそう答える。
「しかし、賊の宝や、魔道書を龍騎士団が要求してきたら、どうするつもりです? 相手側は危険な魔道書なので『保護』すると言ってくるかもしれませんよ。あっさり引き渡すのですか? 力尽くで奪われるのですか?」
「そうだよなー。保護してもらうしかないよな、女王サマの時のように」
 気の無い返事をするゼスタを前に、刀真は目を逸らしてパートナーにぼそりと言葉を漏らす。
「本心を話すつもりはないようですね。話にならない。龍騎士達に『魔道書を渡したくないので君達を倒してくれと東シャンバラ・ロイヤルガードのゼスタに頼まれました』とうっかり言ってしまうかもしれないな」
「それは脅しか」
 ゼスタは笑い声を上げた。
「お約束いただければ、いざという時にユリアナを東側に預けても西側の人間を納得させることができるでしょう。また、東側の生徒の龍騎士に対する暴走があっても俺の方で止めることができます」
 真剣な目で刀真は言葉を続ける。
「俺は東西関係なくシャンバラが好きなんですよ」
「まあ、興味深い案ではあるんだが……」
 言ってゼスタは隅の席に座る、ほっかむりをした女性に目を向けた。
「賊の宝を引き渡すのは不味いわ。話し合いで済めばいいけど、相手が強硬策を取った場合、東シャンバラは立場上動くことは出来ない……西だって、火種を作りたくはないでしょ?」
 彼女は堀花・霧梨子(ほっか・むりこ)と名乗る、若葉分校所属のパラ実生だ。
 正体は元百合園生の伏見 明子(ふしみ・めいこ)だ。
「私はフマナで顔さらしてるし、パラ実なんてどこにも所属してないようなモンだから、どーしてもこっちから喧嘩売れないときに動くには便利かな、と」
 東西のロイヤルガードではなく、自分個人が喧嘩売って引っ掻き回そうかとゼスタに掛け合っていたところだ。
 話し合いでケリがつくのなら大人しくしている。
 西シャンバラで同じように対抗する人がいるのなら、足を引っ張り合わないように事前に相談をしておきたい。
 そのような提案だった。
「彼女以外に、空京の冒険屋も協力してくれるそうだ。銀貨一枚で」
 メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)ヴァルから、刀真と同じような打診があったのだ。
「西だろうがロイヤルガードが前面に出るより、都合がいいだろ? まあ、奴等の要求もユリアナと魔道書を西側に引き渡せというものだが」
「それに応じることはできません」
 クライスがきっぱりと言う。東シャンバラを護るためには、どうしても引けないと感じていた。
「東で裁判を受けるのが当然でしょ? 特に魔道書は犯罪も犯してるしね。イルミンスールで管理されていた本だって話じゃない。……って何であたし協力してんのよー」
 クライスのパートナー、サフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)は口を挟んだ後、不機嫌そうに茶菓子を掴んで食べ始める。
 のんびり温泉につかったり、旅行のように合宿を楽しみたいのに、いつの間にかロイヤルガードになり、誠実に仕事に取り組んでいくクライスに、不満を感じていたのだ。
 でも、一人じゃつまらないので、ぶつぶつ言いながらも、サフィはこうしてクライスの傍にいる。
「……というわけで、万が一戦闘になった際には、前面には伏見明子に立ってもらう。ユリアナを引き渡すことは出来ないが、それでも協力してくれると信じてるぜ?」
 そうゼスタは笑った。
 そしてぼそりとこう言葉を続ける。
「西シャンバラが事を拗らせて、エリュシオンと地球が空、海京を戦場に核やイコンで勝手に戦り合って共倒れしてくた方が好都合なんだけどなー。……今回の件に西が協力してくれないんなら、うっかり扇動しちまうかもな」
 そして刀真を見てにやりと笑う。
「脅しじゃないぞ。俺はお前達契約者を含む、シャンバラ国民が好きだしな」

 西シャンバラの契約者が退出した後、ゼスタの手伝いをしている崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が彼へと近づいた。
 刀真とは東西に分かれる前からの知り合いであり、情報交換を行っているため、今回の交渉のことも亜璃珠は知っており、交渉に応じたいとも思っていた。
 しかし、東のロイヤルガード隊員であるクライスの意思が固く、ユリアナはもちろん、ゼスタの内心も読めず亜璃珠は口を挟めずにいた。
「このタイミングで龍騎士がやってくる、というのがどうも引っかかるわ……」
 ゼスタはこんな状況だというのに、現場には行かないという。自分の誕生日祝いやスイーツが重要なのだと。
「他国の奴等もターゲットにしてた賊だからな。何か奪われたものでもあるのかもなー」
「誰かが情報を漏らしたということは考えられない?」
「ヴァイシャリーには総督府があり龍騎士団も常駐してるし、契約者が多数集まるこの合宿の情報は、政府を通じて流れてるだろ」
 ユリアナが会いたい人がいるといっていたことも、亜璃珠は刀真から聞いていた。
 だから、ユリアナが情報を流した可能性もあると考えていたけれど、ユリアナは西シャンバラのメンバーだけではなく、東側の契約者も頻繁に世話や警備についているため、捕縛されてからは単独で動くことは出来なかったはずだ。
(それ以前に、つながりがあった……そんな気がする)
 亜璃珠は考え込みながら、ゼスタに意見を出してみる。
「ユリアナの引渡しは飲めないみたいだけれど、それでも西シャンバラの契約者達は前面に立ってくれると思うわ。今は西の皆を頼るしか出来ないと思う。その間の安全対策として、ユリアナをここで保護しておくことは出来ないかしら? すでにマリカには頼んであるけれど」
 パートナーのマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)に、ユリアナの身の回りの世話をするように、命じてあった。監視目的でもある。
「西側が連れていかないのなら、ここで保護することになるし寧ろそうしたいところだが、連れていくと思うぜ? こっちに預けたら、いつ東シャンバラに送られるかわからないって思うだろうしな。さっきのメンバーだけが了承したとしても、他の西の奴らが同意するとは思えない」
「そう……」
 亜璃珠はまた深く考え込む。
「崩城亜璃珠。お前は西側にユリアナと魔道書を渡したいのか?」
 茶を飲みながら、ゼスタが特に何の表情も浮かべず、尋ねてきた。
「そういうわけじゃないけど……」
「俺や、東シャンバラとしては、天学の操縦技術を知り尽くしたユリアナ・シャバノフという人材もほしい。魔道書の東シャンバラの所有権を主張し、パラミタ人である魔道書のパートナーである彼女もこちらの一員として迎え入れたい。故に、ユリアナを東側は帰すつもりはない。一度帰したら引渡し要求を西側は呑まないだろうからな。西側は無論そんな東側の考えも解っているわけで、奪われないためにあのようにユリアナを引き渡すよう要求を続けてくるだろう」
 軽く瞳をきらめかせて、しかし穏やかにゼスタは問う。
「で、お前はどっちの味方なんだ」
「両方よ」
 答えた後、亜璃珠は大きくため息をついた。
 そして、空になったカップをトレーに乗せる。
「ああそうだ。……この件が一段落したら二人で温泉でもどうかしら」
 亜璃珠の言葉に、ゼスタの視線が彼女の顔から足へと移動していく。それからにやりと笑みを浮かべる。
「……誘う相手が違うんじゃね?」
「無理ならいいけど。それとも、私じゃ不満?」
「噂になると面倒そうだから、お前と2人きりになりたくはないな」
 そんな笑いながらのゼスタの言葉に、亜璃珠も「そう」と、軽く笑みを残して退出した。

「そういえばゼスタは亜璃珠のことどーおもうのさ、あのおせっかい」
 次の相談相手がゼスタに話しかけるより早く、亜璃珠の指示で部屋の隅で待機していた崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)がゼスタの元に寄ってくる。
「どーって?」
「どんなそんざいとか、どんなふうにおもってるとか?」
「仕事の部下。直球で危うい女」
 その答えにきゅっと眉を寄せて、ちび亜璃珠はこう話し出す。
「亜璃珠のほうは……そーだな……優子になにがあってもいいように、パートナーとなかよくなっときたいんだってさ」
「ん? 神楽崎が死んだときに、代わりにするために?」
「ちがう。……アレナのことでなにもできなかったの、きにしてるっぽいし……」
「よくわかんねぇけど、仕事の関係者と俺は馴れ合いたくはないぜ。余計な感情は仕事の妨げになる。意外と情に流されそうなタイプのようだしな」
「んーそうか……。よし、いいことおしえてやったんだからわたしにもすいーつよこせ」
 そして、ちび亜璃珠はゼスタから茶菓子を奪って食べ始めた。