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リアクション
【?2―1・次々】
気がつくと、いつの間にか静香は自分のベッドに寝ていた。
反射的にケータイのニュースを確認し、嘆息する。
「やっぱり、また……ループしてるんだ……」
枕はまた寝汗でべたついており。しかも、今は胸元に汗が集中しているのを感じ、顔を朱に染める静香だった。
校長室でラズィーヤと書類を片付けている最中さえ。不慣れな女性の身体による疲れと、変わらず続くループ、そして夜中に起こった出来事の三重苦に悩まされ続け。
ラズィーヤに仕事を任せて保健室で身体を休めてからも、心は休まらないままだった。
「今度は、なにがあったの?」
昼食を運んできてくれた西川亜美に、そんな自分を見透かされ。
ついには自分に起きた事態を話した静香だったが。
「なるほどね。でも、か弱い女の子っていいと思わない? 守られてるばかりって表現だと、いい印象じゃないかもしれないけど。ワタシとか、ラズィーヤに守ってもらえることは、静香にはとっても幸せなんじゃないかな?」
亜美からのアドバイスは、悩みを深めるものでしかなく。困惑続きの静香は、
「そうだね。いっそこのままでもいいのかも」
そんな風に答えてしまっていた。
放課後のことは亜美に任せ、再び静香は保健室にひとりきりになった。
かと思うと、すぐまた別の人物がドアを開け放った。
実は一時間ほど前宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は学食へと向かって歩いていたのだが、
(なんだろう。行き交う生徒の顔が、どれも見覚えあるような)
デジャヴュを感じ取り、そこから辿って前日に起こった事件を思い返していた。
(また今日もループしてるのかな。本当にどうなってるのよ)
昨日の件があって様子を見にきてみれば案の定の展開に、祥子はやれやれと肩をすくめ。
そうやって考えていくうちに静香が心配になりはじめ、
(前のループでは、自分だけで色々抱え込んでたらしいし。今回はちゃんと話したいな)
いつしか保健室の前へと足を進めていたのだった。
「こんにちは、静香様」
「ああ。こんにちは」
「大丈夫ですか? またループが起きちゃって、大変でしょう?」
挨拶のあとにいきなり本題を切り出してきた祥子に、静香はぽかんと埴輪みたいに口を丸くさせた。が、びっくりした反面、事情がわかっている相手に安心感もおぼえていた。
「うん、もうわけがわからないよ、せっかく昨日ですべて終わったと思ったのに」
「今回は、何が原因でループが起きたんでしょう……?」
「さあ。それは僕にもさっぱり」
「そういえば、前回ではラズィーヤ様が繰り返し殺害されていましたよね? どうしてその結果としてループが起こったんですか? それと、なにが起きてループが解消されたんですか?」
噂レベルでしか前日のループを把握していなかった祥子は、矢継ぎ早に聞きたかったことをぶつけてみる。
「んん、えーとね。僕のラズィーヤさんへの不満が、殺害するっていう事態を起こしたみたいでさ。僕がラズィーヤさんへの信頼を取り戻したら、あのループから抜け出せたんだ」
改めて自分の口で言いながら、肝心かなめの『どうして自分のそうした心境変化によってループが起きたか』については、まったくわかっていないことを静香は再認識していた。
祥子もそれを聞いて大まかな状況を理解しつつ、
「だとすると、今回はどうなんでしょう? なにか静香様の近辺で変化はありましたか?」
静香としては、自分が女の肉体になっていることがなにか鍵を握る気もしていたが。
(でも。これは僕が満足してる部分があるし、ループ原因とは無関係かも)
というのは建て前で、身体が女性になっていることを明かすのが恥ずかしい気がしたので、今は別の気がかりを口に出すことにする。
「夜中に、誰かが争ってるのが聞こえたんだ。それがなにか関係してるのかも」
「なるほど。ということは、今回は静香様とは別の人間の望みが関係してるのかもしれませんね」
祥子は、なんとなく静香がなにかを隠している風なのがわかっていたが。それでも敢えて直接問い詰めることはせず。
「でももしも、静香様の内側にある微かなモノが何かの切っ掛けで具現化してるなら、強い心で現実を見据えて受け入れてみてくださいね」
背後に回り、ぎゅっと抱きしめていた。
静香はわずかにびっくりして照れながらも、振りほどきはしなかった。
心温まる光景だった。ただ、抱きつきながら祥子は違和感に気がついた。
(静香様、なんだか胸元が……)
どうにもふくよかな感触がして仕方がなく。
祥子は思い切って両手を静香の胸に近づけ、軽めに力を入れて揉んでみた。
「わきゃあ!」
予想以上にやわらかな弾力が手にかかり、ちょっと気持ちよくなりながらそのままふにふにと揉み続けていると、
「な、なにしてんの!」
当然ながら怒られて、手を振りほどかれ、一気に部屋の端まで距離をとられた。
「いえあの。なんだか、急に胸がおっきくなったように感じて」
「こ、これはその……成長期なんだよ!」
とんでもなく下手な嘘だったが、祥子はなんだか深く追究するのも躊躇われ。すっかり警戒されてしまったようなのでここは退散することにした。
「ごめんなさい、静香様。私はこれで失礼しますね」
祥子が去り、また静香はひとりになった。
かと思うと今度は神代 明日香(かみしろ・あすか)が入ってきた。
「静香校長。ちょっといいですかぁ? ループのこととか色々お聞きしたいんですぅ」
明日香も校内をうろうろとしているうち、また巻きおこっているループを察したのである。静香のほうも、二度目ともなると別にカタコトになって驚いたりはしなかった。
「今回もループに気がついたんだね」
「ええ。それと、静香校長の様子がおかしいとも聞きましたよぉ」
「NA! NAZESOREWO?」
と思いきややっぱり驚いてセリフがローマ字じみた発音になっていた。
その後静香は明日香にループのことを話したものの、女の身体についてはうやむやに流しておいた。明日香はあらかた今回の話を聞き終えた所で、しっかり目を合わせてくる。
「それで、静香校長はどうするつもりなんですかぁ?」
「え? どうって……その、べつに。ことは亜美に任せてあるしさ」
あからさまに目線を逸らせて、気弱な発言をする静香にわずかに眉根を寄せる明日香。
どうしたものかなぁと思案し、もう一度目線を合わせて告げていく。
「あの。これは私の予想ですから、違ってたらそう言って欲しいんですけど」
「え、な、なに?」
「静香校長、自分でもわかってるんでしょう? 慌しく動く世界情勢に流されているだけの、守られてばかりの弱い自分が嫌なんじゃないですかぁ? 他の校長達の様に立ち向かえる強さが無いのを嘆いているんじゃありません?」
ぐっ、と否定しきれず詰まる静香。
「今の自分が弱いからといって諦めていたら、なんにも始まらないですよぉ。弱いことを認めたうえで私に手を借りるなら、それは恥じることもないと思いますけど」
「それはそうかもしれないけど。けど。だけどさ」
「イイワケならいいですぅ。私はいつもこの時間、この保健室の前を訪れるので、助けが必要になったなら声をかけて下さいね」
明日香としては、いっそ今すぐ手を差し伸べたい気持ちにかられたが、
「いつでも何処でもとは行きませんが、エリザベートちゃんの次くらいには手助けしてあげますよ?」
ここは静香が自分から言ってくれるのを待ち、最後に自分なりの誠意を告げるだけにして、去っていった。
「……僕は…………どうしたら」
明日香からの助言を静香は噛み締めながら。
同時に亜美に言われたように、守られるのが悪いわけでもないとも思っていた。
「静香せんせー!」
「わっと!?」
と、陰鬱な雰囲気を一気に吹き飛ばすいきおいでヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がバタバタとかけこんできて、危うくベッドから落ちそうになった。
「あのあの。ボク、静香せんせーにそうだんがあるんです!」
「な、なに? 突然、ちょっと待」
慌てふためく静香に構わずヴァーナーはぎゅうとハグあいさつをしてきた。
ほとんど顔と顔がくっつきそうなところまで迫ってこられて、静香はわずかに顔を赤らめて。そしてヴァーナーのほうも、今の静香のようすにすこし驚いていた。
「静香せんせー、ちょうしがわるいですか?」
「え? うん……まあ、少しね」
「わっかりました! それじゃあ、ボクがそいねしてあげます! そしたらすぐになおるですよ〜」
「えぇえっ? なにがどうしてそういう結論に!? そもそも、相談っていうのをすっかり忘れ去ってない!?」
にこにこで静香の隣にもぐりこんでいるヴァーナーだったが。
ぽん、と手をたたいて当初の目的を思い出していた。どうやら本気で記憶のかなたに飛ばしていたらしい。
「じつは、なんだかいつもおんなじじゅぎょうでおんなじところをせんせーがおしえてくれるです……まわりのみんなに言ってもしんじてくれないですし」
「うん。シリアスな感じになってきたのはいいけど、身体のあちこち触りながら話すのはやめてくれないかな? すごく恥ずかしいから」
「なんだか、すごくぷにぷにです。胸もおっきくなってるです……もしかして、せんせーはおんなの子になっちゃったですか?」
「また話が別方向に逸れちゃったよ!?」
「やっぱりなっちゃったんですね? すごいなあ、どうしたらなれるですか?」
「あー……それは僕にもわからないんだ。なにかおかしなことが起きてるみたいでね。同じ授業が繰り返されるのも、今日が何度もループしてるからなんだよ」
まったく悪意のないヴァーナーに対し静香はなんだかすごい疲れた調子で、とりあえずどっちの疑問にも答えておいた。
「ふーん。なんだかよくわかんないけど、とりあえずたいへんなんだね!」
「うん、なにが起きてるのかわかんないのが、ある意味一番大変なんだよ」
「あの。それでボクになにかできることないですか?」
「え? いいよ。放課後になんだか怪しい人がうろついてるみたいだし、危ないから」
静香としては今の「いいよ」は否定の意味だったのだが。ヴァーナーは肯定の意味としてそれを受け取ってしまった。
すぐ自分の失言に気がついたが、時既に遅し。
「わかりましたです! ボクがしっかりそいねして、静香せんせーをまもるです!」
「いやだから、なにが起きるかわからないし……って、結局添い寝するのは決定なの!?」
「だいじょうぶ。ボク、パラディンなのでがんじょうなんです!」
「そういうこと言ってるんじゃなくてっ!」
そうして静香とヴァーナーが、まるでかみ合ってないやりとりを楽しんで(?)いる頃。
ラズィーヤは校長室で秋月 葵(あきづき・あおい)とお茶を飲んでいた。
「ふぅ……仕事中に嗜むお茶というのも、いいですわね。わざわざありがとうございますわ」
「どういたしまして。喜んでもらえてよかった」
まったりとした空気のふたりだが、一応ラズィーヤは片手間に書類に目を通しつつサインしたりしており。葵は驚きながら感心していた。
「それにしても、大変そうだよね。書類なんか山積みになってるし」
「ふふ。わたくしが本気を出せば、このくらいの量もうすぐ終わりますわ。全て静香さんのためと思えば苦労でもありませんし」
「あは。すごいなあ、そうやって大切なパートナーのために頑張るって。あたしはいつもこっちが頼りきりだもん」
「それはそれで悪いことではありませんわよ。それに、こちらが頼っているだけと思っていても、相手はそう思っていないこともよくありますわ。一方的な関係なんて、ありえませんもの」
「おお、なんだか深いかんじがすることばだね」
「必要なときに頼って、必要なときに頼られて。それでいいんですのよ。それにわたくしは、ことが終わったら静香さんにたっぷり身体で返してもらいますしね」
ラズィーヤらしい優しさに、葵は声をあげて笑った。
じきに本当に全部仕事を仕上げたラズィーヤは、そのあと葵と一緒にファッションの話やペットの話など、とりとめのないことに花を咲かせていった。
ループのことなどまったく話題にあがることなく。ただただ自然に会話を楽しみ続け。
やがて放課後が訪れるより先に、彼女達は校内を後にしていった。
これだけを切り取れば、ほんとうに何事もない、平和な一日のようだった。
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