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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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リアクション


(・風間)


「はぁ、はぁはぁ……」
 テストが終わり、茉莉とダミアンはよろめきながらイコンを降り、そのまま倒れ込んだ。
「最大シンクロ率5%。話になりませんね」
 風間が冷ややかな視線を送る。
「茉莉さん!」
 佑一が茉莉に駆け寄る。
「大丈夫よ、ちょっと、頭が……痛い、だけ……」
 嘘だ。
 頭の中をかき回されるのような感覚があり、吐き気が込み上げてくる。
「茅野君、分かっただろう。レイヴンでの訓練は諦めてくれ」
「いいえ、続ける……わ。だって、これだけが……『あいつ』に勝てる唯一の……可能性」
 だが、この日はもう無理だ。ダミアンも、茉莉ほどではないが相当な負荷を受けたらしく、苦しげな表情を浮かべたままだ。
「廃人になりたいのか?」
 ホワイトスノーが鋭い視線を送ってくる。やめておけ、ということだろう。
「お二方とも、別にいいじゃありませんか」
「風間君、何を言うんだ!?」
 ドクトルが風間を睨む。
「彼女の目を見て下さい。強靭な意志、絶対に力を手に入れたいというのが伝わってきます。本人が望むのなら、それを尊重しようじゃありませんか」
 嘲笑うかのように、茉莉を見下ろした。
「悔しいのでしょう? ならば、君の潜在能力を見せて下さいよ『魔女』さん」

 訓練後、茉莉は聖書を読んで精神の安定を図った。
 数日前の修学旅行でカトリックの洗礼を受け、今では心の拠り所となっている。
(あたしは、絶対――諦めない!)
 だが、その思いとは裏腹に、BMIのテストを続けて三日目、彼女は意識不明の重体に陥ってしまう。
 彼女が意識を取り戻すまでには、数週間を要した。

* * *


『続けたい、そう言ったのは彼女です。それに、あなたも、博士も止めなかったでしょう。こうなることも、彼女は覚悟していたはずです』
 風間は強化人間管理棟の自室から、ドクトルと電話で話していた。
『ええ、しかし廃人にはならずに済んだだけ大したものです。もっとも、それと引き換えに、「魔力」なるものを失ってしまったようですが』
 BMIを酷使したために、懸念されている後遺症。
 それは、今後二度と魔法が使えなくなるかもしれないというものだった。
 だが、魔法を否定する風間にとって、そんなことはどうでもいい。
(最大シンクロ率40%ですか。超能力開発を受けてないとはいえ、この数値を三日で出したのは素晴らしいですね)
 考え、風間は口元をゆるめる。
(強い精神力。なるほど、彼の言うことも一理あるかもしれませんね)
 そのとき、別回線から風間に連絡が入った。
『おっと、お客さんが来たようなので、話はまた後ほどとしましょう』

 管理棟の入口を訪れたのは、榊 孝明(さかき・たかあき)益田 椿(ますだ・つばき)だ。
「孝明、分かってると思うけど、油断しちゃ駄目だよ」
「分かってる。俺達はベトナムにいたから人伝でしか分からないが……スパイから情報が流されているらしいからな」
 しかも、情報が早い段階で知れていたのではないかということから、上層部の人間が怪しまれている。当然、風間もだ。
「あたし達を作り出した張本人。だけど、あいつは正直信用していいものか……」
 椿が呟く。
 今は、風間が歯止め役となっているため、強化人間が処分されることは「表向きには」ほとんどない。
 だが、彼女は一度風間に見捨てられている。処分されかけたところを孝明によって助けられたのだ。
 そのため、二人とも風間に対しいい感情は抱いていない。だが、七月に校長と共に着任したドクトルよりも、彼の方が学院の強化人間や精神工学には詳しいと踏んで、あえて彼に会いに来たのである。
「さて、用件はなんでしょうか?」
 風間が入口まで出向いてきた。
「俺達がベトナムで遭遇した、青いイコン。あれについての意見が聞きたい」
「まだ私も偵察記録からしか推測は出来ていませんが……ここではなんですので、こちらへどうぞ」
 管理棟の一室に案内される二人。
 部屋に入ってからも、盗聴器やカメラには十分注意を払う。
「『レイヴン』という試作機がこの学院にあることを耳にした。その機体は、あの青いイコンに対抗しうるものなのか?」
「完全な起動が可能となれば、おそらく。
『レイヴン』はブレイン・マシン・インターフェースの応用機体。この学院で行われている強化人間や超能力者の力を最大限に引き出すために開発されたのですから」
 孝明達はブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)の技術について確認する。それを知り、あの青いイコンとレイヴンは同系統の技術が使われているものと推測した。
「実際に、敵の機体があるわけではないので確証は持てませんが、おそらくBMIを使っているでしょう。そうでなければ、機体越しに契約者としての能力は使えませんからね」
 それだけではない。超能力の訓練を積んだ、学院の超能力者や強化人間に未だ適性のある人間が現れていないんだ。
 その技術を使いこなすことがいかに困難か、それが物語っている。
 あの青い女が、どれだけ異常なのかも改めて実感した。
「俺達は、パイロットに会った。メアリー・フリージアを助けたときに。そのパイロットとは、精神感応があったが……」
 出来ればあまり思い出したくない。
 それでも、自分の意識が相手に投影され、頭の中を覗かれ、かき乱されるような感覚を味わったことを話す。
「精神感応を会得している者は、自然と同じ力を持つ者と呼応する。自分の意思に関わらず、だ。何か対策はないのだろうか?」
 敵パイロットの恐ろしさはそこにもある。
「全くない、というわけではありません。極東新大陸研究所由来のPキャンセラーという道具は、元々強化人間の暴走を抑えるために作り出されたものです。契約者、あるいはパラミタ線の影響によって発現する諸々の能力を封じるために」
 そして、風間はパイロットについて尋ねてきた。
「敵のパイロットは二人でしたか?」
 孝明は、カマを掛けていた。
 このまま、風間が「パイロットが一人である」ことを前提に話し続けていれば、風間がクロだと確信していただろう。
「BMI下では、パイロットが一人である方が都合がいい。脳の情報のやり取りが二人のパイロット間で行われれば、適性がない場合、自己を正しく認識出来なくなり発狂するでしょう。しかしイコンは、一人ではその性能を発揮しきれません。もっとも偵察記録で分かった『規格外の強さ』で、本来の30%だというなら話は別ですが」
 まだ風間への疑いが晴れたわけではない。
「それと、青いイコンは一機だけでしたか?」
 どうやら、風間は本当に敵のことは知らないらしい。おそらく彼はシロだろうと、孝明は判断する。
「パイロットは一人、青い機体も一機だけのようだった。俺が見た限りでは」
 敵への対策を考えるために風間への提案を行う。
「敵には感情と呼べるものが一切なかった。もしそうなら、パイロットに感情を持たせることでBMIの制御を失わせることは出来ないだろうか?」
「いいところに気がつきましたね。BMIを制御するには安定した精神が必要であり、その不安材料となる感情がない方が、適性は高くなります。記憶消去と人格矯正をこの学院で行っているのも、強化人間の安定化のためではありますが、このシステムに適合したパイロットを『発掘』するためでもあります」
 感情があると、脳波が乱れやすくなる。裏を返せば、相手の精神的な隙を作ればいいということだ。
「ただ、一つ面白い結果が最近出ましてね。感情をなくさずとも、何事にも動じないだけの強い精神力を持った者であれば、適合者となり得る可能性が出てきたのです。もっとも、こちらは海京分所のドクトルが推している説ですが」
 ここ最近はよく、強化人間の扱い巡って何かと突っかかってくるらしい。
 そのとき、風間に内線で連絡が入った。もっと話を聞きたいところだったが、そろそろ時間のようだ。
「とりあえず君達の話から、敵への対策も立てられそうです。ああ、それと」
 席を立つ際に、孝明達へと言った。
「海京分所の研究者達には注意してください。イワン・モロゾフが拘留されたことや、ホワイトスノー博士に監視が付いている理由を察して頂ければ、分かるとは思いますが」

 風間との面会を終え、孝明は考えた。
「やはり、鍵はパイロットか」
「あれだけの力を安定させるのは、敵にも難しいんじゃないかしら。拘束具もそのためだろうし、そこに付け入る隙があるみたいだね」
 そこを突ければ、であるが。
 そして、風間の最後の言葉を受け、二人は彼と対極の考え方を持つ研究者、ドクトルに疑いを抱いた。
 ベトナムで見た、ホワイトスノー博士の驚異的な強さ。そして、手際よく裏工作を進めていたモロゾフ。
 思えば、極東新大陸研究所と天御柱学院は提携しているにも関わらず、学院側は研究所の内情をほとんど知らないのだ。
(まさかな……)
 実は極東新大陸研究所は既に寺院の手に落ち、学院に協力するふりをして、学院を潰す準備を進めているのではないか?
 風間を含めた上層部か、それとも研究所か。
 いずれにスパイがいるか、この時点ではまだ確証は持てなかった。