校長室
話をしましょう
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次に部屋に入ってきたのは、四人の生徒だった。 真口 悠希(まぐち・ゆき)とその三人のパートナーである。 「どうぞ、掛けてください」 静香の声掛けに、四人は椅子に浅く座った。伝えたいことは山ほどあるが、だからといって、長々と此処に──静香とずっと対峙して、じっくり話し合える、そんな安らいだ気分ではなかった。 椅子に腰掛けてもなお、緊張したように俯いていた悠希は、パートナーに促されておずおずと口を開いた。 「何度も思いました……、ボクなんかはもう貴方に会ったり、話す資格は無いって。でも……そう思う度に、ボクの心がそれじゃダメだと訴えるんです。このままじゃ何かが間違ってるって……」 悠希は何か言おうとして、うまく言葉にできず、口の中で何か呟き、それから黙ってしまう。 そんな予想を見て、口を開いたのは、槙下 莉緒(まきした・りお)だ。 「貴方は悠希が依存してると思い距離を離した。心の距離も離して欲しかったのだろうけど」 去年の新入生歓迎会の時のことを指しているのだろう。 「でも……悠希はそうして立ち直っても、静香が自分をダメにしてると証明し傷付けるだけって思った……。だから依存と思われようが、貴方に関わり続けた」 静香は、彼女の話を黙って聞いていた。生徒の悩みを聞くのは校長としての役目であり。悩みをつくってしまったのが、静香自身でもあったからだ。 「それは貴方が好きだからじゃない。貴方の間違いを放っておけなかったから。けど自分に責任があるとも思ってたから、貴方を責めず、自分を忘れてもいいとまで言って。 でも、そこまで言えば貴方なら、人を上辺だけ見て正しく見ず否定する、そんな己の間違いと……人を正しく見て信じる事の大切さに気付いてくれると信じてた」 莉緒はそこで一旦言葉を切って、 「けど貴方は、全く逆の事をしてしまった。相手を依存と判断しあえて突き放すのと、正しく見ず放り出すのは全然違う事なんだよ……」 「あの……ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。放り出すつもりなんてなかったよ」 というのは、静香にとっては、依存してると思って距離を離して、それでちゃんと立ち直ってる、と静香が思えば、距離を離すのはそれでおしまいだったから。 元通りの友人になれたはずだったし、静香もそのつもりだった。もっとこじれてしまったのはそのあとのことだったけれど。 「今迄のボクの貴方への接し方、伝え方も稚拙だったと思います……けど」 再び、悠希が口を開く。 「きっと貴方は、『相手の裏の真意が致命的に読めない』。例えば……誰かが害意を持ち、貴方を巧みに騙そうとすれば貴方は騙される」 「うん」 確かにその通りだと静香は頷く。静香は今までに何度も──他愛のない冗談から、それなりに深刻なものまで──騙されてきた。 「けど……それだけなら単なるお人好しで、周囲もフォローできる。でも……問題は逆の時。 言葉の裏に『善意』等、別の感情が込められていても貴方は気付けない。言葉にしきれない感情も貴方は見落とし、間違った判断を下してしまう。 その対象がボクだけならまだ良いです、けどボクは貴方に良くない感情を抱いてしまっている他の方を知っています……」 「……うん」 そういうこともあるかもしれない。と、静香は頷く。単なるコミュニケーションの問題だけではなく、自分が単純らしい、というのには心当たりがある。 「放っておけば貴方はこれからも、それに気付かず改善も図れず、他の方も傷付け続ける。だからこのままじゃいけない、人を正しく見ないといけない」 それはつまり、自分は善意を持ってるから、どんな態度をとっても受け入れてくれ、という意味になってしまうのだけど。 悲しげな顔になる静香に、真口悠希著 桜井静香さまのすべて(まぐちゆきちょ・さくらいしずかさまのすべて)がフォローを入れた。 「あのね……予想だけど。貴方は悠希が自分だけを大切にし甘え甘えさせ、他の人に目を向けないと感じ、嫌になってしまったと思うの」 「う、うん」 静香とそっくり同じ姿かたちの彼女──彼?──に諭されるのも変な気分だ。 「でも、今までセレスティアーナの信頼を受け、アイシャを助け、南カナン領主シャムスに共に歩める黒騎士と認められ。 西川亜美の件では貴方にも亜美の心にも理解を示しつつ、事件解決に尽力し亜美と友人になれ。悠希は貴方を想いつつも、こんな沢山の人達の為になってきた」 「うん」 「貴方は、『僕はすぐには強くなれないけどできることからやっていきたい。その気持ちを解って欲しかった』って言ったけど、悠希もね……すぐ沢山の人の為になれなくても、手の届く所から一人一人為になっていった。その一人がたまたま貴方で。悠希は貴方の気持ち解っていた筈だよ」 「あ」 静香は変な声を出した。 「それは誤解だよ」 「誤解?」 ──だから今日のバザーなんだよ。僕はすぐには強くなれないけど、できることからやっていきたいから。……その気持ちを解って欲しかった、な──。 「確かに僕は、今までのことがあったから、距離を離したし、その言葉にはいろんな意味があったけど、それ自体は……バザーのことだよ」 「と、いうと?」 「あれは、新入生を歓迎するためのバザーで、僕と話をするためのバザーじゃなかった。上級生のみんなは新入生を案内したり、色々なお店を出したり部活動したり、してたよね。だけどその時真口さんは、僕の手伝いとそれから何より、僕に自分の気持ちを伝えようって、話をしてたよね? あえて言うなら、あれは、僕が一歩進むためのバザーだった。だから、できるなら、僕の気持ちを汲むのなら、僕と話することじゃなくて、バザーに集中して欲しかったんだ。……もうずいぶん前に過ぎたこと、だけどね」 静香は思い出すような、遠い目をした。 それに押されるように、悠希はまた口を開いた。 「……ボクは、ずっと考えてきました。なぜ貴方とここまですれ違ってしまったか。きっとボクは貴方を、必要な時も傷付けてしまう事を……何より自分が傷付く事を恐れる余りハッキリ物が言えなかった」 ごくり、と咽喉が鳴る。 「だからボクは、同じ過ちを繰り返さない為ハッキリ…… ロザリンドさまだけを理解し恋しようとし、幸せに身を委ねようとする、貴方の今のあり方を否定します。二人の仲を邪魔すると、どれだけ批判を浴び傷付こうとも……」 「え?」 「あの日の『僕は真口さんやみんなの優しさや信頼に応えられるような人になりたい』貴方の願い。その終着点は、こんなじゃない筈だから……」 そこまで言い切って、悠希は椅子から立ち上がり、身を翻そうとした。慌てて後を追う莉緒と『桜井静香さまのすべて』。 「待って」 静香が声をかけ、悠希は振り向いて、立ち尽くした。二人もまた。 最後まで腰掛けていたカレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)が、遅れて立ち上がり、静香を諭すように言う。 「人ってね、見る方向から見え方が違うものだと思うの。綺麗にも汚くも見える。悠希は……綺麗に見え過ぎた貴方をもう妄信せず、違う方から見る事ができた。貴方や皆の為になる道を自分なりに示した。 今度は……貴方の番だよ。一度は汚く見え、避けてしまった悠希を違う角度から見てみて。 今の悠希が……貴方を愛し、貴方に愛されダメになってしまう人間か。本当に『恋愛対象としては見れない』のか……。 正しく見れば……きっと見えてくる、見直せる。 そうできたら……貴方と悠希とロザロンド、三人でお互い信じ愛し合い、足りない所を補い合い、力を合わせ前へ進める。 そんな、三人で幸せに一緒に進める道が、他の皆の幸せの為にもより頑張れる道が、見えてくる筈だよ……」 「誤解だよ」 静香は、再び、悲しそうな顔をした。 「何が、誤解だというの?」 「何からいえばいいのかな……まずね。綺麗と汚いって、二つに極端に振れるものじゃないよね。僕は真口さんのことを汚ない、って思ったことなんてないよ? 第一、分かり合えなくて放り出したりするなら、距離を離そう、なんて言い方しないで絶交だ! って言えばいいんだし」 静香はティーカップからお茶を飲むと。 「あと、『恋愛対象として』見るとか見れないとかって、当時の話だし……今から見る、のは、やっぱり……難しいよ」 既に静香には恋人と呼べる人がいた。 「それから、恋愛対象……誰かを恋愛対象として見れなくなったから、って、誰かを選んだわけじゃないよ。確かに彼女に告白されていたのは、きっかけではあったけれど」 告白をした人を恋愛対象にする。そういう意味なら静香を想ってくれている人は他にもいた。 「その中から彼女と共に歩んでいきたいと思ったのは、何よりも彼女自身に、惹かれたからで──」 静香はもう一度紅茶を飲んで、今度は少し笑った。 「恋愛って意味なら、三人で、っていうのは、そういうのは難しい、よね。ほら、えーっと、遊び人? プレイボーイ、っていうか、そういうタイプじゃないと、思うから」 静香が遊び人なら、そういうこともあったのかもしれないけれど。 「だけどこう、お互いで信じ愛し合う、っていうのが友情とか信頼っていう意味なら、できると思うんだ。でもそもそも、僕は彼女だけを理解しようとしていた訳じゃないよ」 ……勿論、真口さんと行き違いがあったのは事実。だけど、僕はラズィーヤさんも、他の生徒みんなのことも理解しようとしてきたつもりだよ。不十分に見えたのかもしれない、実際不十分かも、しれないんだけど……」 そして。 「あと、二人でとか、三人でとか、そういうのになっちゃうと。視野が狭くなっちゃうよね? どうせなら、百合園のみんなで幸せになろう、っていうので、いいんじゃないかな?」 静香はひらりと微笑んで。 「ね?」