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「──失礼いたしましたわね」
 席に戻ったアナスタシアに、話しかけた人物がいる。
「あ、あの……私も、お姉様方と同席させて頂いても、よろしいでしょうか?」
 アナスタシアと、彼女の同席者が振り向くと、そこには小柄な少女が立っていた。
「あら、席がありませんの?」
 アナスタシアにずばっと聞かれて、少女はおずおずと頷いた。
「は、はい……」
 百合の花は持っていない──お茶会の準備を手伝っているうちに、タイミングを逃し、貰いそびれてしまったのだ。そして席も何処に行けばいいか、今まで聞き損ねてしまっていた。
 勿論、開いている席があれば何処に座ってもいいのだが、あの輪には楽しそうで今入ったらお邪魔してしまう。こちらは椅子が足りない……などと考えているうちに、ここまで流れてきてしまっていたのだった。
「そうですの……丁度席が一つ空いていますわ、どうぞお掛けになって」
 アナスタシアは着席を促すと、少女はちょこんとそこに座った。
「お名前は?」
「この春高等部に入学いたしました、藤崎 凛(ふじさき・りん)と申します」
「失礼、こちらから名乗るのが礼儀でしたわね。私は高等部三年、アナスタシア・ヤグディンですわ」
 アナスタシアが名乗ると、その横に座った、金のロングウェーブの美少女が自己紹介をした。
「私はブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)、宜しく」
 何となく気が強そうな二人に、ちょっと怖気づきそうになる凛だったが、
「こっちがパートナーの橘 舞(たちばな・まい)よ」
鳥丘 ヨル(とりおか・よる)だよ、宜しくね」
 おっとりとした雰囲気のお嬢様と、気さくそうな笑顔に、ほっとして席に着いた。
「紅茶をどうぞ。ミルクかレモンは? 私のお気に入りの茶葉なんですよ」
「レモンをお願いします」
「こちらはブリジットの実家パウエル商会の名物、ケロッPカエルパイです。宜しければ召し上がってくださいね」
 舞は、凛が持参した、縁にレース細工が施された可愛らしい紙ナプキンの上に、カエルパイを置いた。
 甘いものが苦手な凛だったが、舞の優しい気遣いに心ほぐされるように、カエルパイを頂くことにした。
「まだまだあるわよ。ヴァイシャリー名物なの、良かったら新製品の意見も伺いたいわね」
 ココア味や苺味なんて定番よね、と、ブリジットが新作カエルパイを口に放り込みながら言えば。対抗心をくすぐられたのか、アナスタシアは、ガラス器に盛られた小さなプラリネを、凛に示した。
「私はチョコレートをお持ちしましたわ。私の出身、エリュシオン帝国から取り寄せた超高級チョコレートですのよ」
「帝国ですか……」
 凛は、情勢不安定な中、自分の出自を臆することもなく告げるアナスタシアに、眩しいものを見るような眼差しを向ける。
「お姉様、祖国がご心配ではありませんか……?」
「あら、私はそれよりも、あなたの方が心配ですわよ。初対面の私などを気にされているようでは、この先心配しすぎて倒れてしまいますわよ? 大丈夫ですわ、この味は祖国にいた時と変わりませんもの。この味が落ちた時こそ、私は祖国を初めて心配するでしょうね」
(まぁ、嘘をつくタイプじゃなさそうだけど……)
 ヨルはアナスタシアの自信に満ちた様子を観察しながら、去年の出来事を思い出す。
 彼女と直接話すのは初めてだが、去年の新入生歓迎バザーで、ヨルは彼女を見かけていたし、うわさも聞いていた。
(闇龍の攻撃なんかで被害を受けた建物を、資産で買って、エリュシオン風の建物にしようとしたりして……)
 風景を守りたいというのを感傷だと言い切って、随分商工会議所やフェルナンの不興を買ったという。
(でも去年は、ここは東シャンバラの首都で、帝国の事実上の属国、占領下って感じだったよね)
 今はあの時とは状況が違う。今のアナスタシアは、どう考えているのか──。
「見た目も綺麗だね? 味はどうなのかな」
 様々な形のチョコレートは、どれも上品で洗練されていた。きっと一流のショコラティエの手によるものだろう。豊かな文化と財力に裏打ちされた逸品。
 だが、口に含んだとき、それはどんな甘さなのだろうか。食べた者を楽しませるのか、攻撃的に舌を支配するような甘さなのか。
「そうそう、忘れてた。ボクはこれを持ってきたんだよ。古王国時代の食器」
 ヨルが持参したのは、古代の食器。ティーカップとケーキ皿で、冒険のついでに発掘してきたものだ。金属製でかなり古びて錆びもあったのを、丹念に磨き上げて、使えるまでに仕上げた。
 アナスタシアは品定めするようにそれを見ると、眉をしかめた。
「古びた食器ですのね。新しい王国ができたというのに、まだ5000年前に固執していらっしゃるの? ヴァイシャリーは離宮のあった場所、ですけれど、それに囚われる方が多すぎ──」
「アナスタシア」
 ヨルが遮った言葉は、少し、強かった。
「な、何ですの?」
「そういう見下した態度は改めて欲しいな。これまでの戦いで帝国は圧倒的な力を持ちながらも、けっこう痛いしっぺ返し食らってたよね。そういう驕りが原因なんじゃないかな?」
「な……!」
「アナスタシアが帝国貴族として誇りを持っているように、ボクもシャンバラのヴァイシャリーに住む百合園生としての誇りと愛着がある。この古代の食器でシャンバラを知った気になって見下すのは、ボクが食べなれないチョコを不味くてこんなもの作る国なんて最低だ、って言うのと同じだよ」
 そこまで行って、ヨルはちょっと語気を緩めた。
「ボクは家が嫌いで反抗してばかりだったけど、自分の気持ちばかり突き出してたんじゃ物事はかえって進まない事を知ったよ。もし帝国の文化を移植したいなら欲を抑える事も必要じゃないかな?
後々恨まれたくはないでしょ」
「…………」
「ボクは未知のものに興味あるよ。 キミはどう? お互い気持ちよく相手を知っていけたらと思うんだけど」
 アナスタシアは、狐につままれたような、面食らったような、変な顔をしていた。人の先に立つタイプで、帝国貴族のお嬢様。シャンバラで帝国に正面切って喧嘩を売る人間も少ない、こう真っ直ぐに意見を言われたこともなかったのだろう。
 彼女はため息を吐くと、思い直したのか、ヨルに頭を下げた。
「──仰る通り、私の申し上げたことは無礼でしたわね。申し訳ありませんでしたわ」
 それから、意味ありげな微笑を浮かべる。
「実は、生徒会が貴方に目を付けているという噂も耳にしていますのよ。確かに……私のサロンにはいないタイプの方ですわね」
「……え?」
 今度はヨルが驚く番だった。
「生徒会って……何の話?」
「私、生徒会長を目指すつもりですの。ライバルにならないことを祈りますわ。もし副会長として共に戦っていただけるのなら、嬉しいですけれど」
 生徒会に、ライバル。
 ──ぴくん。ブリジットの耳がそばだった。口の中のカエルパイを慌てて噛み砕いて、口を挟む。
「選挙、立候補するつもりなの?」
「そのつもりですわ。ご存じでしょうけれど、いわゆる革新派として、活動していますのよ。宜しかったらパラミタの住民として清き一票をお願いいたしますわ」
 ご存じも何も、ヴァイシャリーを馬鹿にした人間、気に食わないっていう意味で印象に残っている。
(革新か守旧かって言われたら革新派に一票入れたいところだけど、そう簡単に認める訳にはいかないわ)
 ブリジットは、守旧派の現生徒会が──地球人だらけで占められている、という点が気に食わなかった。
 そもそも、守旧派は百合園本来の美徳、つまりは地球の百合園の美徳を良しとする学校である。
 よそ者という点ではアナスタシアと一緒だが、アナスタシアも含む革新派の主張は、パラミタにあるのだから、それに囚われず新しい姿を模索しようというものだった。まぁ、アナスタシアは帝国出身だから、単なるパラミタの住民というくくりにするには、シャンバラ人、ヴァイシャリーの住民として抵抗があるのだが。
「──そう。立候補するなら、こっちも舞が立候補する予定だし、私たちはライバル関係ってことね」
「って、どうして私が立候補するのですか? また勝手に話を……」
 大人しくお茶を飲んでいた舞が、目を丸くする。そんなこと聞いてないという顔だ。
「舞、選挙頑張るのよ。先に相談したら舞が嫌がるだろうから黙っていたのよ」
 それは、ブリジットの本気なのか、牽制なのか、焚き付けだったのか。
 どれにしてもブリジットは、彼女が否定するだろうと踏んでいたのだが……。
「あ……今ピキーンと来ました。私決めました」
「は?」
 今度は舞の台詞に、ブリジットが目を丸くする番だった。
「アナスタシアさんが立候補するなら、私投票しますよ。ブリジットも言っていましたよね? ここはパラミタなのに、地球人ばかりが偉そうにしているのが気に入らないって」
「まぁ、言ったけど……ん?」
「その通りです。地球人ばかりが生徒会役員の席を占めている百合園の現状も正すべきです。新しい生徒会にはパラミタ人が、シャンバラ人やエリシュオン人もいるべきなんです。ですからブリジットも立候補するなら、もちろん応援しますよ。二人で百合園の未来の為に頑張ってくださいね」
「ちょ、舞何を言って……何かおかしな展開になってるんだけど……」
「ということは、ライバルであり革新派のお仲間ということですわね。宜しければ、今度の土曜日にサロンで詩の朗読会を行いますの。二、三十人ほどかしら。帝国の詩ですから、お気に召すか分かりませんけれど、いらしていただけると嬉しいわ。鳥丘さんや藤崎さんも、どうぞ気兼ねなく覗きにいらしてね」
 その後アナスタシアは、パラミタ人の生徒が増えつつある中で意見が反映されていない現状はおかしいという話から、各国の生徒代表を集めた会議の設立、食堂のメニューの多国籍化。
 女官として他国と渡り合うための、パラミタの礼節を含んだ儀礼と「お嬢様」の確立、などの主張を語り始めた。
 彼女自身がもっと柔らかい人物であれば衝突も少ないであろうと思われる。が、現生徒会が危惧しているのは、女官に他国出身の者が多く採用された場合などの対処──参政権問題やスパイ活動にも似た──であって、彼女自身の人格の問題だけではないのも、また事実ではあった。