校長室
【Tears of Fate】part1: Lost in Memories
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こんなことって、と思う。 イルミンスール大図書室、ここには、金銭ではおおよそ価値づけできないような貴重な書物がある。それも、無数にある。印刷術が発明されるより前の写本や、未だ解読できない古代の文字で綴られた古文書だってあるのだ。 それなのにこれら知識は、あまりに簡単に失われる。 戦闘が引き起こした火が、古書をたちまち舐め尽くした。しかもその赤い舌は、黙って見ているだけでどんどん広がるのだ。貴重な書物の逸失を、ジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)は我慢できない。 「燃えている書架はもう諦めるしかないわ。けれど、これ以上火を広げないで!」 ジェニファは叫びながら、マーク・モルガン(まーく・もるがん)とともに消火活動に従事していた。国軍の一般兵も指揮して、延焼を少しでも食い止めようとする。 知識の保全という意味はもちろん、それ以前に、安全確保のために絶対に必要な行動だった。図書室が炎に埋め尽くされれば味方の全滅にも繋がる。それなのに、このことに気づいたメンバーはあまりに少なかった。ゆえにこのとき、ジェニファはマークと共に無我夢中で働いた。 ジェニファをこの献身的な行動に駆り立てたものは、もしかしたら彼女の無力感だったかもしれない。 (「シャンバラに来てもうすぐ二年が経つというのに、わたくしは……」) もうこの付近に量産型はいない。だが、もし量産型と戦闘になっても、戦闘技能に不足した自分はそれほど戦力になれないだろう――そうジェニファは考えていた。それは仕方がないことかもしれない。 しかし、だからといって自分が役立たずで終わるつもりはなかった。 攻めることには役立たなくとも、命と知識を守ることならできる。 「姉さん、火は何とかできたけど……」 ようやく一帯を鎮火してマークは荒い息をして言った。 「このままじゃ、いつまた火が襲ってくるかわからない」 「そうね、そうなる前に蔵書の退避を考えたほうがいいわ」 だけど……と、ジェニファは言葉を濁した。 退避に適した直線ルートは、焼け落ちて崩れた書棚で埋まってしまっていた。 「あのままじゃ通れないわ。少なくとも、本を抱えたままでは無理。回り道をしたほうがいいかもしれない。けれど、回り道するルートは、道が変化する可能性がある箇所を通る……」 悩ましいところだ。下手をすれば、蔵書を抱いたまま遭難しかねないのだ。 「書棚の残骸が邪魔ですが、砕こうと思えば」 砕けないことはない、とマークはメイスを構えた。書棚の残骸をうまく粉砕できれば、直線ルートが開くかもしれない。 「それは考え直して」 ジェニファは弟を止めた。自分たちの非力が恨めしい。強力な力でなければ一気に残骸を破壊することはできないだろう。中途半端な力で攻撃すれば、燃え残りの書棚が倒壊してますます悲惨なことになるかもしれない。 「立ちぎきしていたこと、あやまりま……あやまる」 耳慣れぬ声にジェニファは振り向いた。そこには、見慣れぬ少女の姿があった。 黒ずくめの衣装、それでいて目にも鮮やかなピンクの髪……端整な顔立ちだが、どこか、この世の者ではないような雰囲気があった。 「失礼ですが、あなたは?」 マークの問いに、彼女は左腕の義手を外して返答した。 「わたしは、大黒美空……という。てつだえるかもしれない」 どこかで聞いた名のような気がする。少なくとも人間ではないこと、それは理解できた。 「本は、秩序をたもつため きちょうなもの……わたしは 人のやく、役にたちたい」 言っている意味が理解しかねるところがあった。しかし美空と名乗る少女には、真の実力者だけが持ち得る気迫のようなものがあった。 ジェニファは自分の直感に従った。 「あなたの正体はわからない。でも、只者でないことだけは確かなようね。今、学校のために必要なことを手伝ってくれるってその言葉、信じたい」 「姉さん……」 敵が何者か、何人いるかも判ってない状態で信用していいのか? ……と、言いたい気持ちをマークは堪えた。姉が信用するというのなら自分も従うべきだと考えたのだ。少なくとも、この美空という少女が協力的である限りは。 結論から書く。 美空の仕込み刀は、残骸を真っ二つに切り裂きそこに道を造った。 「ありがとう、これで……」 とジェニファが礼を述べようとしたとき、 「こんにちは。そこの人、ちょっと凄いよね」 愛くるしい少女のようないでたち、魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)が美空に話しかけた。義手を戻した彼女に、臆することなく名乗る。 「ふーん、美空さんって言うんだね。その腕格好いいんだよ。どういう構造なの?」 「おい、そんなことずけずけ聞いたら失礼だぞ。……あ、俺は蔵部って言うんだ。蔵部 食人(くらべ・はみと)」 食人はパートナーをたしなめつつ、自分のことを話した。 「装備の改良がしたくて魔術関連の調べ物に来ていたんだが、この騒動に巻き込まれてしまって……。だが黙って見過ごすつもりはない。どうにか解決したいとは思っているんだが」 何をすべきか迷っている、ということも食人は正直に述べた。 「まよっているのでしたら……だったら、自分の得意なことをすればいい」 つっかえつっかえ美空は話したが、徐々にその舌がなめらかになっていくかのように、後半につれて言葉は流暢になっていった。 「わたしは、そうしている」 言うが早いか大黒美空は、義手を捨てて飛びかかっていた。 そして斬った。ジェニファの背後を。 そこに立ち上がろうとしたクランジ量産型を。 灰色のマネキン人形は、改札をくぐる酔っぱらいのような足取りでどっと倒れた。 「どういうことだ!? 得意なこと……!?」 食人はハイドシーカーを発動した。崩れた瓦礫の下から数体、クランジが這い出てくるのを感じた。連中は潜んでいたのだ。そうして、こちらが油断して隙ができるのを待っていたのだ。 「わた……私、の得意なことは戦うこと。それはアタシが戦闘兵器だから! こいつらと同じ!」 左足を軸足にして、大黒美空別名クランジΟΞ(オングロンクス)はコンパスのように円を描き反転した。間近に出現した量産型の胴に右膝を入れる。 「R U OK ?」 「オーケー!」返答したのは魔装侵攻シャインヴェイダーだ。「ダーリン! 正義の変身ヒーローの出番だよ!」 「くっ、迷ってる暇はなさそうだな……魔装、変ッ身ッ!」 軽く屈伸したと思いきや、食人はフィギュアスケーターのように跳躍した。三回転半して着地する。そのときにはもう、鎧に戻った彼のパートナーが装着されていた。見よ、この勇姿、感じろ、荒ぶる正義の魂! 「闇に染まったお前の心に、光の速さで侵略開始! 魔装侵攻シャインヴェイダー! 只今、見参!」 この声、食人が発したようで実は違う。それは魔装戦記 シャインヴェイダー(まそうせんき・しゃいんう゛ぇいだー)が黒衣(ザクロの着物)をかなぐり捨てるや、力の限り叫んだのである。元気一杯食人に同行していた魔装侵攻とは違い、魔装戦記のほうは今回、黒子に徹するとして隠れていたのだった。 (「オレの出番はまだかっ……」) と思わないでもないが、それはまた次の機会だ。魔装戦記はマイクを握って仮説を開始する。 「さあ、良い子のみんな、今日も正義のヒーローシャインヴェイダーの活躍が始まったぞ。おおっと! いきなり魔人形が仕掛けてきた。電磁鞭だ! シャインヴェイダーの腕に巻き付いたあああっ! ほとばしる電流! さすがのシャインヴェイダーもこれは苦しそうだ。がんばれシャインヴェイダー! やった、鞭を振り払った! 反撃だああああ!」 などと熱くなる魔装戦記をよそに、同じく食人のパートナーシェルドリルド・シザーズ(しぇるどりるど・しざーず)は黙々と戦うヒーローを撮影していた。 「シェル! 撮影に集中してないで何か言え! ……あっ、またまた怪人の電流攻撃だ! この電流はシャインヴェイダーの装甲をもってしても防げないぞ!」 仕方ない、と溜息して、シェルドリルドはわざとらしい棒読みで応じた。 「な、なんだってー!?」 しかしシャインヴェイダーはヒーロー、少々のピンチなどものともしない。量産型クランジの両腕をとって背中から倒れ込み、巴投げの要領で投げ飛ばす。 「やった! 逆転だシャインヴェイダー! さらなる鞭の攻撃を魔装大盾ヴェイダーシールドで防いだぞ!」 「すごい盾だね。うん」 シェルドリルドは合いの手を入れつつ、懸命に写真を撮り続けるのである。熱心なんだかそうじゃないんだかよくわからない。 「姉さん!」 マークは姉に呼びかけた。 「ええ、わたくしたちもサポートしなければ」 非力だとか実力不足だとかいう言い訳はしたくない。ジェニファは味方の治癒に奔走した。 「そこにいたのか、美空」 突然消えたから探したぞ、と夢野久、相田なぶらたちが駆けてくる。 これならば付近の量産型を掃滅するまで、そう長い時間はかからないだろう。