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リアクション
●The Notebook
伊達や格好で『薔薇十字社 探偵局』の看板を上げているわけではないのだ。
リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は山葉涼司の依頼を受け捜査を開始するや、迅速にひとつの推論に達していた。
すなわち、辻斬りと連続失踪事件の間に関連性が存在するのではないか、という疑いである。
「ただの失踪事件でも、ただの通り魔事件というわけでもないのではないか。通り魔……というよりは辻斬りか。この辻斬り事件が失踪事件をカムフラージュするためのもの……いや、その逆という疑いもあるな。けれどそれだけで終わりとは思えない。この依頼(ヤマ)にはどうも裏がありそうなのだよ」
秋風に、上着の襟をなびかせながらリリは言った。
同じ風が、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)の巻き毛を撫でている。
「両事件の影にもっと大きな存在を感じる、というわけかい」
「そういうことだね」
ララが険しい目をした。
リリも同様だ。踵の高い靴で歩道を一度、軽くカツンと打って足を止めた。
ツァンダの街を往く二人は、ここで行く手に不審者の姿を認めたのだった。きょろきょろと女性の姿ばかり求めては、めぼしい相手に声をかけに行く少年。もちろん彼が仁科耀助であることは説明するまでもないだろう。
リリが再び歩みはじめた。足を速めて彼に追いつき声をかける。
「おい君、辻斬……」
しかし彼女の、伸ばした手は空を切っていた。
忽然と耀助は姿を消していたのである。まるで煙だ。流石は忍者といったところか。しかし、この程度予想できなければ探偵は務まらない。
「おっと、待ち給え」
一跳びにした数メートル先では、待ち受けていたかのように、ララが耀助の前に立ちはだかっていた。
ララは荒事担当、口に出さずとも「今は言葉で質問するだけだが、事と次第によっては……」というメッセージが伝わるような姿勢を見せている。
耀助は振り返らないが、リリが背後から迫っていることなどとうに見抜いていた。挟み撃ちにされた格好だ。
ところが耀助も只者ではないのだ。まるでうろたえる風もなく、
「見たところ、キミのスリーサイズは……」
ぱっ、と簡単にララのスリーサイズを言い当てたではないか。正確な数値だった。まだ彼が彼女を目にしてから、十秒も経っていないというのに。
さらに耀助はすぐさまリリを振り返り、なんだか力なげに笑った。
「……うーん、まあ、平均よりはずっといいサイズだろうけど」
手にはなにやらいわくありげな手帳を持ち、パラパラとやっている。彼は言った。
「オレ、葦原明倫館の仁科耀助っていうんだ。よろしく、お姉さんたち」
「服の上からスリーサイズを当てる超能力者か。葦原明倫館もとんでもない者を育てているものだ……」
ララは額の汗をぬぐったが、耀助は「違う違う。そんな超能力ないって、あったら嬉しいけど」と手を振って否定した。
リリはひらめいたらしい。
「やつの手帳に秘密がありそうだな……恐らくは、見かけた女性のデータをノートにまとめたものであろうよ。こちらのこともリストアップ済み、というわけか」
「そういうこと。ララさんのことは知っていたよ。知らないと思うけど何回かすれ違ったことがあるんでね、さっき伝えたスリーサイズは、複数回の調査に基づいて推測したデータさ。ええと名前は……」
「ララだ。ララ・サーズデイ。スリーサイズなどではなく名のほうを覚えておけ。ということはリリもそこに掲載されているのか」
ところが耀助は、曖昧に肩をすくめるだけだった。
大抵の場合ララはリリに同行している。耀助がララを目にしたとき、いつも単身だったとは思えない。……おわかりだろうか。耀助の基準では『ララ=手帳への掲載価値あり』『リリ=なし』という図式になっているということが。
もちろんリリは瞬時に理解した。瞬間湯沸かし器のように湯気を噴いて、
「ば、馬鹿者! 修行が足りん! 今すぐその手帳に『イルミンスール一の美少女リリ・スノーウォーカー』と書き込むのだっ!」
ダッシュで耀助の襟首をつかみ、ぐるんぐるんと振り回した。
「ひー」
けれど耀助が、少し嬉しそうだということは書いておこう。
さて、これがきっかけで彼らは情報交換を行った。
「なるほど、マホロバ人か」
まだ少々、恨みがましい目はしているが、リリは頭を切り換えている。
「やはりなにやら意味深だ。辻斬りの無秩序さに比べ計画的な匂いがするのだよ。ここは搦手が近道か……」
耀助から拝借(ぶんどった、のほうが近い)した手帳を繰りつつ、リリはその脳細胞をフル稼働させていた。手帳に載ったリスト上の少女は数限りないが、マホロバ人という条件を拾っていけばそれほど大量ではない。
「待てよ」
リリはぴたりと手を止めた。
「アルセーネ・竹取……雅羅・サンダース三世のパートナーだね」
そのページにあった名前をララが読む。
「今、アルセーネはどこに……?」
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