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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●カスパールとお茶を

 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)はしばし口を閉ざして、白い手のように揺れる湯気を眺めている。
 普段、アルクラントはコーヒーにミルクを使わない。しかしこのときは誤って、ひとさじ分ほど入れてしまっていた。混ぜないカップの中は、うすぼやけたマーブル模様だ。
 正面に座る女性はミネラルウォーターを望んだのだが、この喫茶店にはなくアールグレーティーを注文した。そのカップは手もつけられていない。
 まさかこうして、彼女と向かい合って話ができる機会があるとは思ってもみなかった。
 彼女はカスパール。グランツ教の高位聖職者で『マグス(東方の三博士)』と呼ばれる幹部だという。一般的にも名の知られた存在だ。
 入信を希望しているのではない。ただ、組織としてのグランツ教に興味を持ったアルクラントが、教団への聞き取り調査を求め接触した相手がたまたま彼女だった。カスパールは快く応じ、わざわざ外の喫茶店まで出向いてきてくれた。そして今、アルクラントおよびそのパートナーたちと、ひとつテーブルを囲んでいるのである。
 アルクラントは言葉を選びながら口を開いた。
「形而上学的な話になるかもしれないが……」
「お気に障ったらごめんなさいましね。ご存じありませんでしたの? 宗教家とは、形而上学的な話をするものでしてよ」
「そうか……それなら、不躾を承知で己の考えをまず告げさせていただくとしよう」
 彼はマーブル色を一口含み、舌を湿らす。
「神とは、いったい何だろうね。
 地上にいたころ、神といえば、世界を創造しただの人類を生み出しただのと、そういった超自然的なイメージばかり持っていた。とはいえ神話などを読んでみれば、神というものも妙に人間くさくもあり、興味深くはあるのだけどね。
 パラミタには国家神やら選定神やらと、神と呼ばれる存在がいるわけだが……まあ、こちらは本当に存在していた、いや、まだ『いる』……かな? いずれにせよそれは私に知るところではないのだが」
 カスパールは黙って聞いている。
「前置きが長くなったかな。本題に移ろう。私個人としては、宗教における神というやつは、人間の心の中にしかいないものだと思っているんだ。
 よくある台詞だが、『あなたは神を信じますか』という問いに私は、『YESでもあり、NOでもある』と答えるだろう。私にとっても神と呼べる存在はあるが、それは人格を持つ『GOD』ではなく、一般的に『信念』と呼ばれるものだから。それはその問いかけをしたものの信じる神とは別物のはずだよ。……いや、同じ宗教の信者とて同じではないかな。彼らだって同じものを信じていても、それぞれ見ている物は違うのではないか、そう思っている」
「私は少し、違うかな」
 彼のパートナーシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)が口を開いた。
「宗教ねぇ。私だって神様の力を借りて魔法とか使ってるわけだけど……私の場合、いることが当たり前みたいなものだからあえて『この神様を信仰してます!』ってアピールするようなこともないのよね」
 ストローでドリンクをぐっと飲んでシルフィアは続ける。
「神様ってのはどこにでもいて、みんなが困ったときに力を貸してくれるもの、そんな風に感じてる。それに対して、ありがとう、って感謝の気持ちはあっても、『この神様が一番です!』とか、『この神様は悪いやつです!』っていうのは、なーんか違う気がするわ」
 シルフィアが言葉を終えると、カスパールは「あなたは?」というような目を完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)に向けた。
「え、僕も?」
 視線でうながされ、ペトラはいくらかうつむきがちに言う。
「神様かー。僕はそういうのよくわからないな……。
 覚えてないけど、僕を作ったのもどこかの人間な訳で。『創造しました!』とか、『護ってます!』っていうのも僕にとっては人間のすることだから。そういうこと言ったら技術者さんとかが僕の神様になっちゃうよね」
 マスターのことは尊敬してるけど、神様とはやっぱり違うよ――その言葉は胸にしまって、
「運命を信じないわけじゃないけど、そういったものは誰かが決めるわけじゃなくて……んー、なんだろうな。難しくてうまく言えないよ」
 と急いで言い終えてあとは、室内でも脱がない猫耳フードをぐいと引っ張り、いっそう顔を隠すようにした。
 三人の意見を聞いても、カスパールは悠然と笑みをたたえるだけだった。
「ご意見、拝聴しましたわ」
 カスパールは否定も肯定もしない。
「ここに議論に来たわけではありません。神について三者三様、それぞれの考えがありますね。揶揄するのではなく素直に、面白いと思います。
 ……まず、ジェニアス様は、『神性』をご自身の意思に見出した、そうですね?」
「端的にまとめるとそうなるでしょう」
 カスパールは首を巡らせて、
「レーン様はシャーマニズムと申しますか……もっと自然信仰的なものをおっしゃっているように感じました。自然ですから周囲にあるのは当然、優劣をつけるのもおかしいとおっしゃる?」
「そうなるかもしれないわね。もちろん、だからといってグランツ教を否定するものでもないわ」
 承知しております、と言ってカスパールは最後にペトラを見た。
「ペトラ様はもう少し唯物的と言ったところでしょうか。否定するわけではないですが、ご自身の成り立ちを思うに、神を超自然存在として受け入れるのは難しいと、そうおっしゃっているような印象を受けました」
「うん……マスターやシルフィアとはちょっと違うかもしれない。ごめんね」
「いえ、よろしいのです。考え方を硬直させる必要はありませんもの」
「さて、それを踏まえた上で……」
 アルクラントは少し、身を起こして問いかけた。
「カスパールさんに伺いたい。あなたたちがこの事件に関わる理由は何か、教えていただけないか」
「まず、平和はわたくしどもも望むことであること、ご理解くださいましね。それに、辻切りの被害に遭った女性のなかにはグランツ教の信徒もおりますの。協力を申し出るのは自然なことではなくって?」
「なるほど。ならばあと一つご教授願おう。グランツ教の信じる世界統一国家神……いろいろな噂は聞いているが、あなたがたの信じる神の教え、目的、理想とする社会……そういったものを知りたい」
 カスパールは、爪でも磨いているかのような表情を見せた。
「信仰とは複雑なもの、一口で申し上げるのは難しいですわ。また、これから述べるのは私の希望が混じった解釈です。それでよろしければお聞き下さい」
「拝聴しましょう」
 三人ともうなずく。
「もしかしたらジェニアス様のご説に近いかもしれませんね……『人の自由意志を尊重する』、それが、私の考えるグランツ教の理想です。
 人種、出自、性別、そういったもので人の意志を縛り、抑圧することを我々は望みません。平等は高い価値を持ちますが、その『平等』の美名の下、ある人の努力による成果が、言い方は悪いですが怠け者や既得権益を有する者に奪われるのはおかしいとは思いませんか? だとすれば、安易に用いられる『平等』こそが自由意志を阻害するもののはずです。平等なのはスタートラインであってほしい。そこから、真に努力した者がきちんと報われる世界であってほしい……いわば『結果の平等』ではなく『機会の平等』が達成されることが重要なのです。
 ところが現実の世は、『機会の平等』を奪う者に満ちあふれています。古くからの勢力が人々より上納金を取り立て、成果を横取りする怠け者が誰かの努力を、あるいは勤勉なる意思を無意味にする……生まれながらにしてチャンスを与えられない者があるのはおかしいと思いませんか? 世の中は競争ですが、その競争が公正でないとしたら……?
 お恐れながら私たちの世界統一国家神、又の名を超国家神(アルティメット・クイーン)は、パラミタを統一し、結果ではなく機会の平等、健全な努力の意思こそが優劣を決めるような世を作り出すことのできるお方です。特権に居座る旧弊でしかない者たちを破壊し一掃し、新たな世界を作るのです。
 ただ、世界を統一された後、世界統一国家神は人々への過干渉をすることはないでしょう。なぜなら神からの過干渉は、結局のところ自由な意思の阻害になるからです。破壊と一掃が行われたのちは、それこそ、レーン様のおっしゃるように『いることが当たり前』だからこそ意識せずとも存在が感じられる神となるでしょうし、その結果、世界はペトラ様のおっしゃるように、『運命』をすべて自分で切り拓くことのできる世界となるに違いありません」
 いかがです、とカスパールは三人を見回した。
 アルクラントは何か言いたかった。しかし、ぱっと言葉が出てこない。それはシルフィアもペトラも同じであるような気がした。だが……カスパールの言には素直に従えないとも思えるのである。その理由を今、巧みに言い表すことはできないのだが。
「お話が長くなりましたわね」
 さっと伝票を取り、カスパールは席を立った。
「また、お会いできる日を楽しみにしておりますわ。……できればそれが、みなさんがグランツ教に帰依して下さる日であれば良いのですけれど」
 そう遠くない時期に、ふたたび彼女とまみえる日が来るようにアルクラントには思えた。
 そのとき、彼女の世界観にどう言葉を返すか。決めておきたい……。