百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

インベーダー・フロム・XXX(第2回/全3回)

リアクション公開中!

インベーダー・フロム・XXX(第2回/全3回)
インベーダー・フロム・XXX(第2回/全3回) インベーダー・フロム・XXX(第2回/全3回)

リアクション


【3】 Re:CHURCH【1】


 教会からすこし離れた路上に、天御柱学院風紀委員の榊 朝斗(さかき・あさと)アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の姿があった。
 彼らの前にいるのは、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)に憑依した奈落人マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)だ。
「協力してくれてありがとう、テレジアさん」
「別に構わねぇよ。おまえらの立場を考えりゃ、動きづらいのは理解出来る」
「流石に、風紀委員の不法侵入が露見したら洒落にならないからね」
「……で、我が連れて行けばいいのは、その”ちび”か?」
 朝斗の頭の上に乗った小さなゆる族ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)に目を向けた。
「ああ、ちびあさなら目立たないし、潜入には向いてると思うんだ。頼むぞ、ちびあさ」
「うーにゃー!」
 ちびあさはガッツポーズをしてみせた。
「ま、仲良くやろうぜ」
 マーツェカが足元に鞄を置くと、ちびあさは自ら鞄に入った。
「にゃー」
 背負ったメモ帳に『よろしくね!』と書いた。

「……今回は待つのが仕事だね」
 教会に向かうマーツェカを見送りながら、朝斗はポツリと言った。
「自分たちが危険に飛び込むより、苦しさのある仕事ですね」
「うん……。あ、そうだ。すっかり伝えるのを忘れてたけど、大文字先生の方も別口の方で頼んであるんだ」
「大文字先生?」
「先刻、乱世さんから相談を持ちかけられてさ。行動に関して見逃してくれるなら、代わりに自分達の得た情報をこっちに提供するって」
「それは有り難いような、怖いようなお誘いですね……」
「乱世さんは……まぁ乱世さんも大概アレだけど、特にパートナーの方は色々と問題行動起こしそうだから、心配かな……」
「私たちで処理出来る程度の問題行動なら良いんですけど」
「あ、なんか不安になって来た……」

 ・
 ・
 ・

 教会の前の路上にひとだかりが出来ていた。
 パイロンで区切られた小さなステージにいるのは、846プロから売り出し中のアイドル、藤林 エリス(ふじばやし・えりす)アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)だった。
「はーい☆ 今日は海京の悩める信者の皆さんと忙しい神官さんを癒すために、グランツ教さんの前にやってきちゃいましたぁ♪」
「路上ライブだからって手は抜かないからねー! ちゃんと付いて来てねー!」
 同時に手を挙げた瞬間、2人は虹色の光に包まれた。
 天学カラーの空色フリフリアイドルコスチュームに変身だ。
「おおおおおーっ!!」
 足を止めていた信者や、ただの通行人から歓声が上がった。
「846プロプレゼンツ! 路上ゲリラライブスタートです! ライブ後に握手会やCDの手売り会も予定していますので、最後までお楽しみください!」
 イベントの進行を務めるマルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)が言った。
「うおおおおおーっ!!」
「あすにゃーん! えりりーん!」
 最近、知名度を上げて来た2人だけあって、お客さんの反応も良い感じだ。
 共産党宣言は魔法のタクトを振ってバックバンドを指揮する。新人アイドルには珍しい本格的な生演奏は迫力満点だ。
 スモークが沸き立つ中、2人は絶妙なユニゾンで歌い踊る。
 しばらくすると、神官たちが礼拝堂から出てきた。
「すみません。教会の前でライブは勘弁して頂けますか?」
「警察の許可はあります!」
 共産党宣言は、サーファー刑事に頼んで調達した路上占用許可証を見せた。
 何を隠そう彼女たちの計画は、ここに教団関係者を足止めして、アイリ達潜入班が動き易くさせると言うもの。準備は万全だ。
「……そのようですね」
 神官たちはたがいに顔を見合わせる。
「どうしましょう?」
「まぁ信者や市民の方も喜んでいるようですし……」
「市民の皆様の喜びを第一に考える我々としては、むしろこの方々の活動を応援しなければならないのでは?」
「ええ、司教様ならそうなさるでしょう。残念ながら、懺悔室の仕事が終わらないようですが」
「では……!」
 神官たちは列をなし、ライブ最前列に来た。
 その気合いの入った面持ちに、思わずエリスとアスカは目をしばたかせた。
(な、なに……?)
(実力行使で邪魔しに来たのかしら……?)
(その割りには殺気も悪意も全然感じないんだけど……)
 すぐに戦闘に入れるよう身構えた2人だが、神官たちのとった行動は意外なものだった。
「超絶かわいい、えりりん!」
「!?」
「みんなのアイドル、あすにゃん!」
「!!?」
 歌の合間に入る合いの手、アイドル業界で言う”コール”と言う奴だ。
「あーー! よっしゃいくぞー! えりりん! あすにゃん! えりりん! あすにゃん! えりりん! あすにゃん! 846ーー!!」
 それから神官たちは、2人のダンスを真似て激しく踊り始めた。アイドル業界で言う”フリコピ”と言う奴である。
(なんて訓練された動き……!)
(この人たち、ほんとに神官!?)
 それもそのはず、普段から崇拝することを専門にしている彼らにとって、アイドルを崇拝することなど赤子の手を捻るより簡単なことなのだ。
(でも、なんか気持ちいい……)
(すごい。お客さんめちゃくちゃ盛り上がってる……)
 異様なテンションのライブはとても気持ちがよかった。
 何せ、こっちのパフォーマンスに全力でリアクションが返ってくるのだから、気持ちよくないわけがない。
 神官たちの勢いに釣られて、身体を揺らしてるだけの信者や市民も、羞恥心を脱ぎ捨てて盛り上がった。
(これは今日の手売り会の売り上げ……大変なことになりそうですね!)
 共産党宣言は満足そうに頷いた。
(けど、神官の皆さんも、ナイツの皆さんも敵意らしきものは向けてきませんね。例のクルセイダーがいるとれば、殺気のひとつやふたつ飛んできそうなものですけど……)
 慎重に周囲の殺気を探っているが、明確な殺気と言うものはなかった。
(神官やナイツは、クルセイダーとは無関係なのでしょうか……?)
 ともあれ、最近入部したスパロボ研の仲間たちに正門前の状況を伝えるべく、彼女は銃型HCを開いた。

 ・
 ・
 ・

「ようこそ、グランツ教へこちらにどうぞ」
 マーツェカは2人の神官に礼拝堂を案内されていた。
 外から、異常なライブの声援が聞こえてくるが、冷静な暗殺者である彼女は心を乱すことなく任務に集中していた。
 眼光は鋭く暗い森に巣食う狼の如し。
「今日は入信をご希望とのことですが……」
 前を歩く神官が振り返った瞬間、マーツェカは溶けたおもちのように顔面を崩した。
「そうだよぉ。ユリア、家とかお金とか全部とられちゃったんだよぉ。大変なんだよぉ」
 どうも、”騙されて財産を奪われ救いを求めに来た不思議ちゃんな一面を持つアーパー娘のユリア(仮名)”と言う設定で来ているようだ。
「入信のためには、まず礼拝やボランティアに参加して頂く必要がありますが、ユリア様は今現在生活が窮しておられるとのことなので、先に教団が運営する寮をご紹介いたしましょう」
「ありがたいよぉ。今、橋の下に住んでるんだよぉ」
「……ところで、ユリア様は教団の教義についてはご存知ですか?」
「あんまりよく知らないよぉ」
「そうですか。では、簡単にではありますが説明いたしましょう」
 そう言って、彼はもう一人の神官に目配せした。
「……もうすぐ楽園(ルパラディ)への扉は開かれる。人間世界を支配する44の死鬼(ノスフェラトゥ)とその1200の闇の眷属は一掃され、たえなる調べが世界を満たすの。そう、降臨の時よ。刻を超え、女神が聖戦に降り立つ時、それはこの世の終わり。そしてはじまり」
 すらすらと詩を読むように答えた神官だが、彼女は神官にして神官にあらず、実は神官に扮して潜入中の厨二病少女涼風 淡雪(すずかぜ・あわゆき)なのだ。
「……え? そ、そんな教義でしたっけ?」
 神官は目を丸くした。
「三日月の夜に吹く風が教えてくれたわ。私に真実の詩を……」
「え? え?」
「……そう、あなたには風は吹かなかったのね。風が運んで来た運命の予言、耳を澄ませば聞こえてくる聖霊の噂話を……」
「全っ然、わかりません……」
 一応、本人は事前に調べてきた教義を話しているつもりなのだが、”神と人間とを仲介し、神の恵みを人間に与える秘跡の執行者”を称する彼女を通してしまうと、もはやエニグマばりの暗号と化してしまう。
「ユリア、お腹すいたよぉ」
 マーツェカは小動物のように鼻をひくひくさせた。
「知ってるよぉ。こういう所って、炊き出しやっているんだよね? どこに行ったら食べられるのかなぁ?」
「それは太陽が導きし、神の御使いが集う場所のことね」
「え、あのぉ……え?」
 淡雪の被害がとうとうマーツェカに。
「業火に焼かれた怪鳥は灰燼に消え、地の底より目覚めし生命の大樹は我等に恵みをもたらすわ。即ち、赤き巨星。命の宝珠。血脈を閉ざす悪しき門番を打ち破りし神の奇跡。今宵、聖杯は深紅に満たされるのよ」
「……あの、どう言う意味ですか、それ?」
「あなたも知っているでしょう? 業火に焼かれた怪鳥は灰燼に消え、地の底より目覚めし生命の大樹は我等に恵みをもたらすのよ?」
「???」
 淡雪との会話は、なんだか禅問答にも似た疲労感があった。
「あ」
「……今度はなんです?」
「居なくなった」
「!?」
 神官は辺りを見回した。マーツェカがいない。

「……何だったんだ、あの妙ちきりんな女神官は……?」
 彼女は教会東側にある食堂に居た。
「まぁ、気を引いててくれたから、姿を消すのは楽だったけどよ」
 調理場で、昼食の仕込みをしている人間が何人かいるが、大半の神官は礼拝堂に行っているため、大きな食堂にほとんど人はいなかった。
 ちなみに、今日のメニューは鶏肉のトマト煮だそうである。血がさらさらになりそうだ。
「さて……」
 マーツェカは鞄を椅子の下に入れて、踵で2回鞄を蹴った。
 それを合図に、ちびあさは自ら鞄を開けて出てきた。
「チビ、後はお前次第だ。巧くやれ」
「にゃー」
 ちびあさはメモに『まかせて』と書いて掲げると、ギリシア神殿のように並ぶテーブルの下を縫うように走って行った。
 ちびあさを見送ってすぐ、先ほどの神官と淡雪がやってきた。
「ここは神官以外立ち入り禁止です!」
「選ばれ者だけが辿り着ける場所……。食の聖堂……食堂……」
「その喋り方止めなさい!」
 淡雪にプンスカ怒りながら、神官はマーツェカの首根っこを掴んだ。
「こっちへ来なさい!」
「だってぇ、3日も何も食べてなかったんだよぉ〜」