校長室
古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
リアクション公開中!
『鉄族寄りの中立区域を調査』 荒れ果てた〜♪ 大地を進む鋼鉄ボディ〜♪ 輝く頭部の角に逞しき腕〜♪ その名は我輩…… 歌っていたノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)の歌声が、途切れる。 「……虚しい」 盛大にため息をつく、彼の傍にはルイ・フリード(るい・ふりーど)の他は、ただただ荒れ果てた大地が広がるばかりであった。 「なんでマッチョメンと二人っきりで調査しなくちゃいけないのであろうか! 我輩は潤いが欲しい! 明日になれば幼女三人とショタっ子と一緒に調査が出来たのであるのに!」 「元気出してくださいガジェットさん。というか、そんなに言われると私でも少し傷つきますよ。それなら一人で行動しても良かったのですが……」 「それは言語道断である! セラ殿と桜華殿の言葉を忘れたのであるか?」 「いえ、しっかり覚えてますよ。確かセラは、 『一人でこの未知の世界に放り出したら一生見つけられる気がしません!』で、桜華は、 『野生に還ってもルイはルイだからな? わしは公平じゃ』でしたかねぇ。ですからガジェットさんに道案内をお願いしたわけです。私では方向が定まらないようですからね」 ははは、と笑うルイに、ノールがまた大きなため息をつく。ちなみに話に出てきたシュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)と深澄 桜華(みすみ・おうか)は、イルミンスールに残って情報の取りまとめ等を行っていた。 「あーもぅ……我輩の【魂鋼】が嫌な予感しかしないと唸っているのであるよぉ。 とりあえず跡地から何かしら龍族、鉄族のサンプル……可能であればデュプリケーターというモノのサンプルも獲得したいであるね。ここまできたなら徹底的にやってやるのであるよ」 「その意気ですよ、ガジェットさん! 新しい世界! 新しい土地! イルミンスールの命がかかっているのは分かっていますが、このワクワク感……止められませんっ」 まるで少年のような眼差しを見せるルイに、これが女の子や少年のであったらどれ程良かっただろう、と思うノールであった。 その頃、イルミンスールでは。 「まーたやっかいな事情に首突っ込みおうてのぅ。まぁ、それがルイ、おぬしの性分じゃしのぅ。困っているものを助けたいと思う、それは良い。じゃが……後ろでサポートに回る者の事も考えて欲しいわい」 「……そこまで言うなら、手伝ってくれてもいいんじゃないですかね。 なんでセラが、向こうの世界からの連絡や情報の整理とか引き受けねばならないのです!?」 呟きつつ、ノールの予備ボディの調整をおこなっている桜華に、セラの恨みのこもった言葉が浴びせられる。天秤世界とのダイレクトな通信が行えない(パートナー同士の連絡を例外として)中、イルミンスールに蓄積される情報の取りまとめは、人数が居れば居るほど良い、という状況だった。セラも例外ではなく、情報の処理に追われていた。 「いや、ほら、適材適所というやつじゃ。おぬし、こういうの得意じゃろ? わしはこの仕事に忙しい。わしらにとってあの世界は、多少の知識があるとはいっても未知の世界なのじゃ。準備はしておいて損はなかろ?」 「……言ってることは尤もですけど、私聞きましたからね、あなたが「面倒ごとは嫌いじゃ!」と言っていたのを。 面倒という理由で押し付けられるのは我慢なりませんよ?」 「はっはっは! 聞かれていたのなら仕方ない。情報の取りまとめなど面倒じゃ、それならガジェットの予備の身体作ってる方がマシじゃ」 開き直って笑う桜華に、セラがため息をつく。実際のところ、自分は身体を動かすよりは頭を動かす方が得意だし、桜華のスキルは代わりの利くものではない。適材適所、といえば確かにそうなのだが、何となく認めたら負けのような気もするセラであった。 「ちなみに、どんなボディを作っているのですか?」 「ふっふっふ、見て驚け! まあ、たぶん一番驚くのはガジェットじゃろうがな。いつも追いかけとったおなごに自分がなるのじゃからな」 製作中のボディを見たセラが、しばし思考を停止させる。それだけ衝撃的であったということだ。 「あー、これ、いいんでしょうか。世の中の幼女さんから怒りの声を貰いそうな気が」 「ふむ、その手の者は真相を知ったとたん激怒するじゃろうな。 さて、どのようなタイミングでこのボディが日の目を見ることになるのかのぅ」 桜華の言葉に、少しの間、沈黙が訪れる。 せめて温かく出迎え合えれば、そう思う二人であった。 「おや、これは……来てしまいましたかね」 ルイが身構える、ノールも視界に、十を超えるであろう何者かの姿を確認する。 「ルイ、どうするのであるか?」 「戦うつもりはありません。話を聞いてもらえれば、と考えていましたが、雰囲気的に話を聞いてくれるとも思えませんねぇ」 ルイが判断する、目の前の人物、デュプリケーターは少しずつ距離を詰めてくる。 「ガジェットさん、私が合図したら全力で拠点まで走ってくださいね」 「了解したのである」 方針を定めた二人が、じっと身構えその時を待つ。やがて、デュプリケーターによる包囲網が完成しようかというところで、 「今です!」 「全力で、逃げるのであるよ!」 ノールが一点突破を図り、逃がすまいとノールにデュプリケーターの注意が向いたところで、 「チェストおぉぉ!」 ルイが地面を思い切り殴り付け、地響きと土埃を起こしてデュプリケーターを撹乱させ、その間に自分も離脱する。 ……彼らの、デュプリケーターの目撃情報は拠点にて共有される運びとなった。 「じゃあ、ボクとナベたんはこの情報を元に、調査に向かおうか」 「「「さんせーい」」」 そして、魔神 ナベリウス(まじん・なべりうす)と魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)を始めとする者たちはルイが結果として付けた跡を目指し、拠点を後にする――。 「あぁ、なんという事ですのー♪ イルミンスールにこんな合法ショタ……ゴホン。素敵なご仁がいらしたな・ん・て♪」 「あはは、なんか聞いたことあるような言葉が聞こえてきたよ? それにちょっと寒気がするんだけど、ボク、大丈夫かな?」 「いえ、貴方は大丈夫です。大丈夫じゃないのはこの人です。……ほら海松、離れてください。今は敵より貴方の方が危険ですよ」 アムドゥスキアスが合法ショタ(確かに年齢は4桁だし、それでいて外見年齢は十代前半)と知るや、退紅 海松(あらぞめ・みる)が目を輝かせてアムドゥスキアスに迫り、フェブルウス・アウグストゥス(ふぇぶるうす・あうぐすとぅす)に押し留められる。 「ハッ! こうしちゃ居られませんわ! アムドゥスキアス様にお役に立てるように、調査して参りますわねー♪」 「ああっ、どこに行くんですかっ」 早速飛空艇に乗り、拠点から南、鉄族の勢力範囲と中立区域とが隣接している地点へ向かう海松を、フェブルウスが慌てて追いかける――。 「……さて。この辺りで先日、デュプリケーターが確認されたとの事ですけれど」 地面に大きな窪みが出来ている地点までやって来た海松が、飛空艇を降りて周囲の様子を伺う。今は存在していないか、それとも気配を隠しているのか、ともかくデュプリケーターの姿は確認できない。 「とりあえず、デュプリケーターは戦えば戦うほど強くなっている、ということらしい。ただ、どのようにしたら強くなるのかは分からない。戦ったその場で強くなるのか、それとも何かの段階を経て強くなるのか、色々と考えられる」 「……驚きました。ただ少年を追いかけてるだけじゃなかったんですね」 海松の分析に、フェブルウスが結構驚いた表情を見せる。彼が普段見るのはショタモノの同人誌を買いている海松であり、決してこのような場所で、起きている物事を分析して語るような人物には見えないと思っていた。 「アムドゥスキアス様の為ですもの♪」 「……理由を聞かなければ、少しは貴方を頼もしく思えましたのに……。 で、実際問題、どうするんです? デュプリケーターがどのようにして強くなるかを確認するには、やっぱり直接戦わないといけないんじゃないですか?」 「そうですわね。それも、向こうが戦うに値するだけの“餌”を用意しないといけませんわね。 そうして考えてみた結論としては、今私達が持っているスキルを駆使して戦ってみるのがいいのではないかと思うのですわ」 「……なるほど。スキルという概念は、貴方と僕のような契約者に与えられた力ですからね。 でもそれなら、僕たちだけで先行せず、他の仲間の到着を待った方がより注目を集められるのでは?」 フェブルウスの発言に海松は頷きはするものの、でも、と切り返す。 「いち早くデュプリケーターの情報を得ることが出来たら、アムドゥスキアス様に認めてもらえますわ♪」 「……やっぱり、行き着く先はそこなんですね。はぁ……」 まあ、自分達が先を行く事によって、デュプリケーターをおびき出すことが出来ればそれはそれでいいだろうと思い立ったフェブルウスが、「いつでも場所を知らせられるように準備しておいた方がいいですよ」と海松に助言し、それを受けた海松が破壊工作に使う爆薬を連絡手段に確保した上で、中立区域を進む。 (この辺りでいいかしらね。……水の気配が思っていたより少ないのね、この辺りは) 愛機、{ICN0003800#グレイゴースト?}を湖……と呼ぶにはあまりに規模の小さい水溜まりの傍に置き、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が地面に足を着ける。かさついた大地は砂埃を巻き上げた。 (生命反応は……今の所なし。龍族や鉄族の勢力範囲の方では、いくつかの他種族との遭遇があったようだけど、ここではどうかしらね) 端末の反応に注視しつつ、ローザマリアが付近の調査を行う。集落があればデュプリケーターやこの世界について情報を得ることが出来るが、ここはデュプリケーターの勢力範囲でもある。龍族や鉄族ならともかく、他の少数種族はもしかしたら既にデュプリケーターによって滅せられているかもしれなかった。 (そういえばフィーは、随分とアムドゥスキアスを気にかけていたわね。彼の下には多くの契約者が居るから、よっぽどの強敵が襲い掛かってこない限りは大丈夫だと思うけど) アムドゥスキアスと行動を共にする事を希望したフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)の事を思う。旧友ということだが、今ではアムドゥスキアスにも多くの友人が出来た。その彼らが居るし、本当に危機が訪れた場合はフィーを呼び戻し、『グレイゴースト?』で駆けつける準備も出来ている。 (今は、そうね……この辺りの詳細な地図を作成しましょう。ここには今回のみ訪れるというわけでは無さそうだから) そう考え、ローザマリアは端末を駆使して地図の作成に着手する。 (この陥没具合……これは、上空から投下された爆弾がもたらしたものに酷似しています。 そのような兵器を使用出来るのは……鉄族でしょう。鉄族も我々が用いるような武器を使用しているのでしょうか) 飛空艇に乗り、上空から周囲を見渡していたエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が、周囲の特徴的な地形を見つけ、自身の知識と結び付ける。話に聞いた限りでは機械的特徴を有している鉄族が、用いている武装についても同様の特徴を持っているのではという推測を、確認できた情報と合わせて端末に記録していく。 (……と、フィーグムンドと別行動を開始してから随分経ちましたね。ここで一度、連絡を入れておきましょうか) 彼女とアムドゥスキアス自身、それに周りの者達の事を考えればそうそう危険な事態に陥ることもないだろうが、と付け加え、エシクはフィーグムンドに通信を飛ばす――。 「ああ、こちらは問題ない。……だがこちらも、住民の痕跡を発見することは出来ていない。そもそも存在していなかったか、あるいはデュプリケーターに滅ぼされたか……。 ああ、探索を続行する。ではな」 通信を切って、フィーグムンドがアムドゥスキアスの元へ戻る。彼は一応この調査隊のリーダーということになっているが、実際の調査や探索は契約者が中心であり、彼もナベリウスも主だった仕事はない。……尤も、ナベリウスは遊ぶことが仕事のような気もするが。 「パイモン様もボクもナベたんも、単独で調査する可能性を考えていたと思うけど、全然違ったよ」 「……アム、私は君の力を疑う物ではない。寧ろ誰よりも知っているとさえ思うし、そう胸を張れるほどの自負もある。 だが、それでも――此処はあまりに異質だ。用心に用心を重ねるに越した事は無いだろう」 そう忠告するフィーグムンドは、心の底からアムドゥスキアスを心配しているようだった。 「……そうだね。その言葉、忘れないで取っておくよ。ありがとう。……ここは、ボクが聞いたこともない音や、触れたことのないものに満ちているからね」 芸術的な感性を含んだアムドゥスキアスの言葉に、フィーグムンドも同意の頷きを返す。