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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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「お初にお目にかかります、ダイオーティ様。私は涼介・フォレスト、『パラミタ』という世界より参りました」
 謁見のために使われる広々とした一室にて、腰掛ける妙齢の女性、ダイオーティに対しまず涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が丁寧に挨拶をする。
「パラミタ……そこからあなた方はどのようにして、そして何の目的でこの天秤世界へやって来たのですか?」
「はい、私達はとある者の協力を得、この地とパラミタとを繋げる『深緑の回廊』を使い、やって来ました。そして、その者の言葉によれば、この世界で起きている2つの種族の戦いが、私達の拠り所である『世界樹イルミンスール』の寿命を減じているとのこと。
 私達は決して、多くの情報を知りません。分かっているのは、この世界では現在龍族と鉄族、2つの種族が戦いその勝者には『富』が、敗者には『滅び』が待っている事。その戦いがこの世界が開闢して以来続いているという事。そして、本来ならば2つの種族の戦いのはずが第3の勢力である『デュプリケーター』というイレギュラーが発生した事、この3つです。
 私達はイルミンスールを救うためこの世界に来ました。そしてこの目で何が起きているのかを知り、必要と思われる行動をこの身で果たすつもりでいます」
 言い終えた涼介を、ダイオーティが真っ直ぐに見つめる。彼の者の真意を見極めんとする目をしばらく向けた後、フッ、と目を閉じ表情を柔らかくしてダイオーティが言う。
「……分かりました。私達とあなた方は共に、異世界からやって来たという点では一致している。どうかしら、互いを知るためにもまずはそれぞれの世界の事を教え合うというのは」
「ええ、良い案だと思います。私などが上手くお伝えできるか怪しいものですが、ご理解いただけるよう努めます」
 想像していた通り、龍族は元々天秤世界の住人でなかったことが判明したなと思いながら、涼介はダイオーティとの会話を続ける。パラミタの特徴、そこに住まう者たちの生活ぶりや昨今の出来事を、どうしても外しておきたい事以外はなるべく脚色の無いように話していく。ダイオーティやその側近の身振りを観察するに、彼らは非常に真面目な性格をしているように思われた。こちらが誠意ある態度を見せれば、きっとその誠意に応えた態度を見せてくれるであろう、そんな気がしていた。

「……お話いただき、どうもありがとうございます。今一度、確認させていただきますわ」
 ダイオーティが口にした、龍族が天秤世界に来る前の話、来てからの話を記録したエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が、その記録した内容を再生し確認の意味を兼ねて言葉にする。
「龍族はこの世界に来る前、『アピタムラ』にて不当な迫害を受けていた。
 当時の長、ダイオーティガ様の指揮の下、龍族は『被支配階級からの脱却』を願い、戦いを起こした。
 しかし、後一歩という所で突如、この世界へ住処ごと送られた。
 アピタムラへ戻る手段は見つからず、間もなく鉄族との遭遇、戦いに突入し、今に至る。
 ……まとめるとこのような具合ですわね?」
「ええ、その認識でよろしいかと」
「おー、おねーちゃんすごい! それならわたしにも分かったよ!」
 横で、何とか話を理解しようとうーんうーんと頭を抱えていたノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、エリシアの簡潔なまとめにやっと理解した様子で頷く。
「……では、ダイオーティガ様は、龍族が何故この世界へ落とされたのか、ご存知でないと」
「はい、ある程度の推測はついていても、正確な所は分かりません。私達の……龍族の、『何者からも支配を受けない階級への昇格』という羨望から来た戦いの結果なのではないか、と考えてはいるのですが」
 涼介の問いに答えたダイオーティが、「……けれど、当時はそれが最善と信じて疑いませんでした。それは夫……ダイオーティガ亡き今も変わりはしません」と口にする。既に話から、前の長であったダイオーティガがダイオーティの夫であったというのを理解していた一行は、その時見せたダイオーティの表情に、どこか悲壮めいたものを見る。
「お返し……というのもおこがましい話ですが、今後何か力を貸せることがあれば、お手伝いいたしますわ」
「わたしも手伝うよ!」
「私も、私個人として協力できることがあれば、力を貸したいと思っています」
「ええ、ありがとう」
 次にダイオーティが見せた微笑みには、もうその悲しげな色は薄れて消えていた。

 ダイオーティが退出し、一行は建物内の自由行動を許される。建物内、といいつつその広さはかなりのもので、さらには一段低くなっている層にある建物も、最上階部分が建物の地面に繋がっているため、二階層分の広さがあった。
「わたくしからも、ダイオーティ様よりお聞きした話をまとめて陽太へ送っておきました」
「うん! さっきね、おにーちゃんがお疲れさま、って言ってたよ。詳しい資料が届き次第まとめて、みんなが見られるようにしておくって」
 そんな事を話すエリシアとノーンとすれ違い、ダイオーティとの会談の場に同席していた沢渡 真言(さわたり・まこと)は、まずは警戒されることなく交流を持つことが出来たかな、と安堵の息を吐く。
(私とグランだけでは、不安でしたからね……。ニーズヘッグさんと他の皆さんが居てこそ、でしょうか。
 ……さて、ダイオーティ様よりいくつかお話は伺いました。後はそうですね……個人的に興味のあることを尋ねてみましょうか)
 くいくい、と袖を引かれ、真言はそちらへ意識を振り向ける。
「……ドラゴン、いっぱい見れる?」
 グラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)の、わくわくとした表情に思わず笑みが生まれる。
「ええ、きっと見られますよ。では……あちらへ行ってみましょうか」
 複数の活発な声が聞こえる方へ、真言とグランは足を向ける。

 そこは、修練場であるようだった。武器を携えた人の姿をした龍族が数名、一人の引き締まった体躯を持つやはり龍族と思われる男性に指導を受けている様子が見えた。
「鉄族との戦いでは龍形態が主だが、最近力を増してきたデュプリケーターに対しては、自らの肉体と武器が最も頼りになる。この世界で生き残り、やがて鉄族との戦いに勝利するためにも、各自身体を鍛え、武器の扱いに精通するように」
「はい!!」
 清々しい声が響いた後、彼らはペアを組んで模擬戦を行う。最初は槍、次いで剣に持ち替えての組手は、下手をすれば怪我では済まないほど危険でありながら、全く危なっかしさを感じさせない洗練された動きだった。
(……思わず見とれてしまいますね。勇猛でありながら、沈着冷静でもある。
 人の姿の時は、私達と変わる所はほぼないように見えますね)
 耳の辺りだけが、誰も彼も髪に隠れて確認することが出来ないのを除けば、見たところヒトと変わらないように見える龍族の立ち振る舞いをつぶさに観察する真言。一方グランは、上空で行われている龍形態での訓練を、目を輝かせて見つめていた。
「わぁ……! ドラゴンいっぱい……!」
「あちら、青い龍が『沈着なる青龍』ヴァランティ様で、こちら、隊員を指揮していらっしゃる方が『勇猛なる緑龍』ケレヌス様です。主にお二方が我が龍族が誇る精鋭部隊『執行部隊』を率いていらっしゃいます」
 自身も執行部隊の一員であるというウーファンが、戦闘部隊である執行部隊の実情を話してくれた。ケレヌスヴァランティという二人の重要人物を記憶しておきつつ、その途中で真言は、聞きたかった事を尋ねる。
「皆様は、『富』とは何であるか、ご存知ですか?」
「富、ですか。それがお金や物品ではなく、より高尚なものであるという認識は皆持っていますが、実際に何であるかは自分は知りません。ダイオーティ様も正確にはご存知でないと前、仰っていました」
 天秤世界での戦いに勝利すれば得られるという『富』、その存在は知りつつも何であるかは把握していないようであった。
「答えていただき、ありがとうございます。……皆様は普段、どのような暮らしを――」
 瞬間、建物内で爆発音のような音が響いた。訓練をしていた隊員が顔の色を変え、一所に集合する。

「報告します! 来訪者の一人と思しき少女が、「あたしを捕まえてみなさい!」と言いながら化物を呼び出しています!」


「さあ、力試しよ! あたしを捕まえてみなさい!」
 箒に乗った茅野 菫(ちの・すみれ)が、呼び出したフェニックスやサンダーバードをダイオーティの側近と思しき者に向かわせ、攻撃すると見せかけて退く。そうすることで一時的にダイオーティを護る者が減った所へ、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)がダイオーティに会い、あわよくば本音を聞き出せればとの算段であったが、逃げる菫に対して龍族は直ぐに追いかけはしなかった。
(……あら? どうして追ってこないのよ。まさかあれだけで腰抜かしたとかじゃないわよね)
 この時龍族の対応は、『まずは側近がダイオーティの身を護り、その後主力である執行部隊に騒ぎを起こした者を捕らえさせる』であった。執行部隊が来るまでの間、側近は全力でダイオーティを護る。これでは菫がちょっかいをかけても、乗ってこない。パビェーダもダイオーティにこっそり会いに行く事は、難しいだろう。
(なんならさっき、面と向かって聞けばよかったのかしらね。……まぁいいわ、やっちゃったものはしょうがない。建物の構造を覚えながら、あたしたちの実力でも見せときましょ)
 気を切り替え、菫がそこそこ強い相手でも居るといいんだけど、と思いながら建物内を飛び回る。
(……もう、誰も出てこないじゃない。完全に失敗だわ。
 とりあえず、パビェーダに連絡を……あら? 繋がらないわね)
 端末を取り出しパビェーダに連絡を取ろうとするが、呼び出し音は鳴るものの一向に出る気配がない。
「……まさか……ね……」
 もしかしたら自分はマズイ事をしてしまったのではないか、そう思うが既に時遅し、であった――。

 菫の予想通り、パビェーダは執行部隊によって捕らえられていた。どのような手段を用いたかは分からなかったが、パビェーダも逃げ出す事は無理と悟って大人しくしており、龍族も彼女を縛るなどの措置は行っていなかった。
「……少女、名を何と言う」
 菫の前に立った、槍を携えた男性が静かに問う。
「……茅野、菫よ。あんたは?」
「私は執行部隊隊長、ケレヌス。
 ……話はそこの少女から聞かせてもらった。ダイオーティ様を襲う意図でなかったこと、悪気はなかったことは理解した。
 だが、お前の行動はあまりに身勝手だ。他に来訪者がいる中でこのような騒ぎを起こせばどうなるか、考えるべきだろう」
 的を得た指摘に、菫が唇を噛む。ここに来て菫は自らの行動を後悔していた。
「……力試し、と言っていたな。……少女、私と手合わせ願おう。
 お前の使う術に興味がある。ともすれば鉄族、デュプリケーターへの対策になろう」
 そう告げ、ケレヌスが手にしていた槍を構える。菫は直感的に、あ、これは逃げるの無理だな、と悟る。多分ここで逃げたら殺されてもおかしくない。彼は、そういうのを許さない性格をしている。
「……いいわよ。最初に言ったのはあたしだしね。
 ギャフンと言わせて、堂々と話しを聞きにいってやるんだから」
 強がりな言葉を吐いて、菫が杖を構え、周りに使役しているモノたちを呼び出す。炎鳥と雷鳥を向かわせ、雪男を壁に、自分は呼び出したモノたちを回復させる事に専念する。
「生半可な攻撃ではこちらの疲労が増えるだけ……はああぁぁ!!」
 迫る炎、貫かんとする電撃に動じず、ケレヌスは飛翔する二羽と同じ高さまで跳ね上がると、眉間に槍を繰り出す。不安定な姿勢にも関わらず槍は狙い違わず眉間を貫き、二回の跳躍で二羽が力を失い消滅する。
「ウオオォォオ!」
 降り立った瞬間を狙い、雪男が太い腕を振り回して攻撃するも、振るった拳は地面を抉るに留まる。既にケレヌスは雪男の上空に舞うように飛び、見上げた雪男の頭を槍で貫く。
「…………、ムチャクチャよ、もう」
 自衛の手段を失った菫が降参とばかりに手を挙げれば、息を整えたケレヌスが槍を収め、一礼する――。

 その後、再び一行の前に姿を見せたダイオーティは、菫の振る舞いについては言及しなかった。
「あなた方は相当の実力を持っているようですね。今度はこちらから、あなた方の拠点を伺わせていただけますでしょうか」
 ダイオーティの申し出を、一行は断れるわけもなく、受け入れる。ケレヌスとヴァランティが呼ばれ、しばらく話が続いた後、二人は一礼して去り、執行部隊の下へ向かう。
「……なーんか、イヤな予感がすんだけどよ」
 ニーズヘッグが鼻をうごめかせ、顔を歪める。……彼らの狙いは、その後判明することとなる――。