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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【極寒の大地にて:1】




 聖の先導でセルウス達が通されたのは、どうやら応接間らしく、監獄の中とは言えそこそこ寛げる空間になっていた。
 勿論、貴族の屋敷などと比べるとかなり質素なものではあるが、そんな部屋も、中央の椅子に腰掛けた人物の存在感によって、謁見の間のような空気の重たさだ。
 選帝神ノヴゴルド。このジェルジンスク地方の新たな統治者である白髪老躯の男は、その「先客」に苦笑気味の視線を送っていた。
「だからよォ、俺には関係ねぇってんだよ、ジジイ!」
 喚いているのは蓮田レンだ。崩御したアスコルド大帝の息子であるはずの彼が何故ここに居るのかというと、セルウス達の連行された後の葬儀で、それとは別件で大暴れし、ついでにここに送り込まれたのだと言う。とはいえ、こちらはただの反省のため、一時的に送られてきただけ、といったところのようで、ガンッと手近な椅子を蹴り飛ばすと、くるっと踵を返してしまった。
「次期皇帝だのなんだの、知ったこっちゃねえよ。俺は、もっとでっかいことをするんだからな!」
 そう言って、どかどかと足音荒く遠ざかってしまった背中を、皆が思わずぽかんと眺めて見送っていると、こほん、と気を取り直すようにノヴゴルドはセキをひとつして「改めて」と口を開いた。
「わしは、白輝精殿より、ここジェルジンスクの選帝神の座を預かっておるノヴゴルドじゃ」
 その厳しげな様相に反し、案外穏やかな口調で名乗ったノヴゴルドに、すいっと前へ出たのは衛だ。
「お初にお目にかかる、ノヴゴルド殿。早速で申し訳ないが、訊いても良いかのう」
 臆することのない物言いに、面白い、と思ったのか、ノヴゴルドが促すように頷くのに、衛は続けた。
「荒野の王のことじゃ。わしは、アヤツは帝王の器じゃと思うておる」
 その言葉に、セルウスを含め何人かがぎょっと目を開いたのにも構わず、衛は続ける。荒野の王は、実力、風格、評判、勢力。全てにおいてセルウスを上回り、まさに完璧だといっても言い。だがそこに違和感を覚えるのだ、と衛は言う。
「完璧が過ぎるのじゃ。あ奴からは人間味が欠けておる。そんな人間が人間の上に立つのは、危険ではないかのう?」
 その言葉に重ねるように、口を開いたのはマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)だ。
「そんな我々の意見を申し上げた上でお訊ねしたのでありますが、ノヴゴルド様から見て、彼の資質はどう見えるのでありますか?」
 マリーの言葉に、カナリーがさあさあ、と背中を押すままに前へ押し出されたセルウスが、心なしか緊張した面持ちでノヴゴルドを見上げると、その目線を受けて、老人は「面白いの」と柔らかく目を細めた。
「大帝とも、荒野の王とも違う資質の芽を感じるのう……良い気配じゃ」
 その評価に、マリーはカナリー、道満と目を交わすと、ずずいと前へと出て膝を折り「では」と訴えた。
「セルウスを支持していただくことは出来ないでありますか?」
 ノヴゴルドの荒野の王への評価は判らないが、このままではセルウスの資質は評価されないまま終わってしまう。どちらが本当に相応しいかを決めるのは、エリュシオンの選帝神だ。しかし、選ぶ機会そのものを無くしてしまうのは如何なものか、とマリーは続ける。両者のうち、どちらを選ぶべきかをちゃんと比べあうためにも、ノヴゴルドが一旦セルウスを支持することでセルウスも土俵に乗せるべきではないか、と言うのである。
「勿論、本当に支持していただけるのであれば、それに越したことはないでありますが……」
「そうじゃのう」
 ノヴゴルドは苦笑するようにして首を振った。
「個人的に申せば、荒野の王よりは好ましくあるがの。じゃが、支持を約束することは出来んのう」
「何故でありますか?」
 尚も食い下がろうとするマリーに、ノヴゴルドは困ったように息をついた。
「資質は、開花させてこそ意味のあるもの。そしてそれを待てる時間はあまりないのじゃ。他の選帝神も同じであろう」
 たとえセルウスの資質を認めていても、好ましくとも、帝国を統べる側の立場としては、それだけで動くことが出来ないこともあるのだ。若干気落ちしかけた面々だったが「じゃが」とノヴゴルドは呟くように続けた。
「芽は出ておるのじゃ。後は何か、切欠さえあれば、あるいは……」
 一気に開花することも出来るかもしれない、と続けた、その時だ。
「申し上げます!」
 ノックもそこそこに飛び込んできた聖は、息を軽く乱しながらノヴゴルドの前で頭を下げた。
「襲撃者です。既に外壁を突破されたと報告が入っています」
 その緊迫した声に、ざっと一堂の顔色が変わる。聖は、自身も難しい顔をしたまま続けた。
「人数は不明ですが、このタイミングです。恐らく狙いは……」
 言葉を濁したが、可能性は限られている。どちらか、あるいはどちらもか。判っているのは、守らなければならないのは「どちらも」ということだ。ただ問題は、そのためにどうするか、だ。
「脱出しようぜ」
 提案したのはカルだ。ジョン・オーク(じょん・おーく)ドリル・ホール(どりる・ほーる)が、監獄の外に待機中なのだ。退路の確保は出来るだろう。
「脱出するのであれば、ルートも問題ありません。記憶しているであります」
 続けたのは丈二だ。投獄される間も、構造やルートを確認していたのだ。まさかその理由がサバゲーに良さそう、と思って覚えていた、などとは口には出せなかったが。
 だが、そんな彼らにノヴゴルドが口を開く前に、「それには及ばぬよ」と唐突に声が降って来た。いつの間にか部屋に滑り込んでいた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)だ。皆が警戒するより早く膝をついた刹那は「脱出は待っていただけるかのう」と口を開いた。
「ただいま、ノヴゴルド様救出のために、我が部隊が向っておりまする。行き違うのは危険ですので、こちらでお待ち願えませんかのう」
 直ぐにここに戻ってくる、と含む言葉に、ノヴゴルドは目を細めた。救護を呼んだと言う報告は受けていないし、何より計ったかのようにタイミングが良すぎる。テロリストではないかと疑われてもおかしくはなかったが、ノヴゴルドは小さく笑った。
「救出に来たのは、わしではなく、この少年であろう?」
 それに刹那が返答するより先に、ノヴゴルドは「承知した」と頷いた。それを受けて頭を下げた刹那が部屋から消えていくのを見送って、聖が「よろしいので?」と声をかけた。下働きをしているうちに知ったノヴゴルドの能力であれば、外へ逃れた方が有利だからだ。だがノヴゴルドは、「迂闊に動き、同士討ちになるのはいかにも馬鹿らしいでの」と状況にそぐわぬのんびりとした口調で言った。

「これもひとつの試練、という事じゃろうよ」