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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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『戦いの最中に見るもの』

●昇龍の頂

 ダイオーティの名の下、鉄族の勢力範囲への侵略戦『ヴェルディーノ作戦』が発表されてからの街の雰囲気は、それまでよりも活気に満ちているようだった。聞けば龍族は前の長、ダイオーティガを喪ってからというもの、防戦一方であった。久し振りの攻勢を、住民たちは概ね好意的に受け取っているようであった。

「こちらが防戦一方と知れば、少なからず気分は滅入る。そこに長直々の積極的な攻勢の発表だ。街の住民が高揚するのも理解は出来る」
 通りを歩く者たちの表情を伺いながら、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が呟く。隣を歩く五月葉 終夏(さつきば・おりが)の顔を見れば、賑わう街の雰囲気を楽しんでいるわけでもなく、何かを思いつめている様子だった。
「龍族は前の世界で、迫害を受けていた、って言ってたよね」
「ああ、言っていたな。迫害される立場からの脱却を願い、戦いを起こしたとも」
 二人の脳裏に、切実な表情で話す女性の顔が浮かぶ。
「迫害っていう言葉は分かってる、でも龍族にとっての『迫害』がどんなものなのか分からない。
 分からないけど、なんか腹立たしい。嫌な言葉」
「ふむ。終夏には迫害という言葉に付随する“何か”が聞こえるのだろうよ。それが終夏を不快にさせている。
 ……まあ、これは私の憶測だが」
 ニコラの発言に、そうかもしれないな、呟いて終夏が続ける。
「他人を理解するのは難しい事で。でも難しいから努力するわけで。努力しても何ともならないのはこじれた時っていうより、無理だって諦めた時で。……そういうのは、何か嫌だ。うまく言葉に出来ない事も含めて」
「……自分と違う相手を受け入れられないのは、残念だが良くある事だ」
 ニコラの言う通り、本当にそれは“よくあること”だ。……そう思っておいた方が、いいこともある。他人を理解できない度に“あり得ない”と嘆き、苦しみ、傷付かないためにも。ニコラは終夏を心配してその言葉を口にしたのかもしれないし、割り切って考えられたら楽だとは思うけど、そんなに上手くは出来ないし、それもなんだか違うなぁ、とも思う。
(この世界で起きている戦いは、迫害とは違うけど。……いや、もしかしたら私が知らない所でそうなってる所があるのかもしれないけれど。
 龍族と鉄族は天秤世界のルールに従って戦っているだけで、別にお互い間違った事してるわけじゃない。でも結果としてイルミンスールの危機を招いちゃってる。龍族と鉄族は悪い事してるの? ……うーん)
 思考が悪い方へループしかけた所で、あえて明るく振る舞ったニコラの声が響く。
「さて、ここを調べるんだったな。ご老人が未来の子供達に託したであろう品、不謹慎ではあるが非常に好奇心を掻き立てられるよ」
 二人が立ち止まった先、岩と土が混ざって積み上がっている層の一部に、ぽっかりと横穴が開いていた。

 ――二人がここを訪れるに至ったのは、子供に聞いた『となりのじっちゃん』の話に由来する。
「その人の家、教えてもらえないかな? 龍族の音楽を、聞いてみたいんだ」
 終夏が話すと、しかし子供は落ち込んだような顔をする。話の流れから既に故人である事を悟り、二人は口を噤む。
「……あっ、オレおもいだした。じっちゃんがちかくのほらあなにたいせつなものをうめたって。たぶんそれ、じっちゃんがつかってたものだとおもうんだ。ねえちゃんならそれ、なんだかわかるとおもうんだ」
 子供から場所を聞いた二人は、その該当する洞穴へと足を向ける――。

 横穴自体は簡単な作りで、少し先に進めばもう行き止まりになっていた。
「遺品を掘り返すのは、正直気が進まないけど――」
 渋りつつも、ニコラの「私はその品が、再び世に出ることを望んでいる可能性に賭けるね。実際にどうするかは、終夏が見てから判断すればいい」の言葉に後押しされるように、色の変わっている地面を慎重に掘り返していく。
「……あった。これって……」
 ややあって目に飛び込んできたのは、終夏にとって馴染み深いであろう、ヴァイオリンのケースと思しきものだった。さらに慎重な手つきで掘り返し、神に捧げ物をするような仕草でもって箱を取り出し、外に出た所で地面に置いてそっと開く。
「ふむ。楽器に疎い私でも、相当の価値を持っているものと推測出来る」
 中身は予想通りヴァイオリンであった。構造は地球のものと同じながら、板や弦は今まで見たことのない材質で出来ているようであった。
「……さて、終夏。どうするかね?」
 ニコラの問いかけに、終夏が出した回答は――。


「『龍の眼』『龍の耳』への戦力展開、概ね完了との報告が入りました。
 『龍の耳』攻撃部隊にはニーズヘッグ殿と契約者数名が参加予定との事です。また、『龍の眼』にも契約者の参加と、これも契約者からですが防衛計画に基づく技術提供があったとの事です」
 側近の報告を、玉座にてダイオーティが受ける。『ヴェルディーノ作戦』発令直後は戦力を二分した事への不安が大きかったのだが、攻撃面・防御面での契約者からの援護は龍族全体に『今回こそ鉄族に一太刀浴びせん』という活力を与えていた。自問自答に耽る事の多かったダイオーティも、今は前向きな気分で居られた。
「……それと、前回騒ぎを起こした契約者がダイオーティ様に謝罪と、再度の面会を求めていますが」
 続いての報告に、ダイオーティは該当する人物の顔を思い出す。茅野 菫(ちの・すみれ)パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)と名乗った二人を、長の前で騒ぎを起こしたという事実を踏まえてとはいえ、契約者に今回の作戦への協力を願うのに利用した事を、ダイオーティは忘れていなかった。
「分かりました。二人をここへ通しなさい」
「はっ」
 側近が一礼し、その場を後にする。
(さて、次は何をしてくれるのかしらね)
 予測がつかないのを楽しむように笑みを浮かべ、ダイオーティは二人の入ってくるのを待つ――。

「この前の事は……その、やり過ぎたって思ってる。ごめんなさい」
 ダイオーティの前に立った菫が、謝罪の言葉を口にしてぺこり、と頭を下げる。その姿は歳相応の(菫は怒るかもしれないが)子供に見え、ダイオーティは菫に慈しみたくなるような感情を覚える。
「いいえ、こちらこそあなた方を、契約者に協力してもらうための口実として利用していました。謝るのは私の方です」
「……そっか。じゃ、まあ、この件は互いに許し合うって事で、いい?」
 態度をフランクなものに変えた菫へ、ダイオーティはええ、と微笑む。
「今日ここに来たのはね、あんたに釘を刺しておこうと思って。あんまり契約者たち信頼しちゃダメよってね」
「……それは、いかなる理由からですか?」
 契約者であるはずの菫の口から、『契約者を信頼するな』という言葉が出た事にダイオーティは、少なからず興味を覚える。
「それはね、契約者が龍族だけでなく、鉄族とも接触しているからよ」
 その瞬間、周りからざわめき立つ声が生じる。どちらかと言うとその声は「やはりか」という類のものだったが。
「この世界で対立している両陣営に入り込むって、常識的に考えておかしいでしょ? もちろん、それぞれの陣営についた人たちは精一杯動くとは思うけど、でも契約者同士がぶつかった場合に本気で殺し合う契約者は少ないのよ。それでもそういう事をしてるって事は、まあ、何か目的があるからやってるわけで」
「……その目的とは?」
「ええっと……なんだっけ、パビェーダ」
 菫がパビェーダに尋ね、パビェーダは言っていいものか一瞬考え、結局は菫に急かされるようにして言葉を紡ぐ。
「イルミンスールの目的は、『天秤を傾けさせない』です。これについてはおそらく今後、イルミンスールからの正式な使者の口から説明があるでしょう」
 パビェーダの発言は、ガウルがこの後にやって来ることを見越してのものだった。
「イルミンスール……確か、パラミタを支える世界樹の一つであり、また“学校”の名でもあると。あなた方はそこに所属しているのですね?」
「まあ、所属してるっちゃしてるけど、結構フリーに動いちゃってるわね。そもそもこの世界に来てる契約者の半分くらいは、イルミンスール以外の契約者よ。
 それぞれがそれぞれの考えのもとに行動する、それが契約者のいい所でもあり悪い所でもあるの」
 もちろん学校により、個人により差はあるが、と菫は付け加える。その後は学校の特色などが、しばらく雑談として交わされる。契約者はほぼ学校に所属していること、所属はしていても軍隊のように絶対服従などではない、だから一つの方針があったとしても全員がそれに従うんじゃなくて、バラバラに行動する(「本当に悪い奴はごくごく一部しかいないわよ」と付け加えた)、などが菫の口から話される。
「……ま、あたしが話せるのはこのくらいかな。もしかしたらあたしのやってることは、契約者にとって不利益なのかもしれないけど、でもこれぐらいしないと信じてもらえないでしょ?」
 そして、菫の言葉にダイオーティは、彼女が嘘を言っていないと判断する。正しいか間違いかはともかくとして、菫の言葉は信ずるに値する、と認める。
「その上であたしは、あんたに聞きたい。あんたは戦い続けることを、どう思っているのかしら?」
 鋭く光る眼光に射抜かれ、ダイオーティは言葉を無くす。返答しあぐねている所へ、側近が新たな来訪者を告げる。イルミンスールの信任状を携えた者が面会を求めているとのことだった。
「さっきパビェーダが話していた人が来たみたいね。あんたの返事は彼の話を聞いてもらってからにするわ」
 菫が一旦その場を後にするのを、ダイオーティは安堵した表情で見送るのだった――。


 エリザベートとアーデルハイトの印が押された信任状を手にやって来たガウルは、今頃“灼陽”へやはり使者として向かっているメティスの方針同様、自分達の目的、自分達の考えついた『答え』を説明する。龍族と鉄族の戦いが、世界樹イルミンスールの寿命を減じていること。『天秤』の皿に乗る龍族か鉄族のどちらかが負ければ、天秤は傾き『富』が与えられるが、それでは根本的な解決にならないこと。天秤を傾けずにこの世界での戦いを終わらせること、その為にはまず当面の敵として、デュプリケーターを対象とすること、などがガウルの口から説明されていく。
「私達は龍族と鉄族、そのどちらも決定的な有利を得ることのないよう行動する。その事により龍族はこの作戦で、突破口を開けないという事態が起きうるかもしれない。
 だが、もしそうなったとしても早まらないでほしい。片一方の勝利以外の道を進んだその先に、必ず別の、新しい景色が広がっているのだから」
「新しい、景色……」
 ガウルの言葉に、ダイオーティは懐かしい過去を思い出す。それは元の世界で、ダイオーティガと草原を連れ添っていた時の事。あの時も確かあの人は、「新しい景色を、この先に見ることがきっと出来る」と言っていた気がする。
「あなた方はまだ、天秤を傾け切るだけの力を有しているだろう。だがその力の使いどきは、今ではない。どうか私達を信じて、戦いの矛を収めてほしい」
 深々と一礼し、ガウルが謁見の間を後にする。しばらくして菫とパビェーダがやって来て、先程言った問いの回答を迫る。
「あたしとパビェーダは、あんたの力になりたい。あんたの願いを叶える手助けがしたいの」
 菫の言葉に背中を押されるようにして、ダイオーティが密かに抱いていた思いを吐露する。
「……私は、戦いの先に見る新しい景色を皆に見せたいと思っていました。それこそがきっと、龍族を末永く幸せにするものだと信じて。
 その新しい景色が何なのかは、今の私には分かりません。……それでも、あなた方は私の願いを叶えるため、力を貸してくださいますか?」