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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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『『うさみん星』と『深峰の迷宮』』

「……さて、ここはどこだ? 随分と殺風景だが、外れの方に出ちまったか」
 周囲を見渡しても荒野ばかりという状況に、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)がため息を吐く。彼がこうして天秤世界を訪れたのは、彼の持っている剣から奇妙な音が聞こえたことに始まる。その現象がちょうど、天秤世界のデュプリケーターの話を聞いたのと同時期だった事から、彼は剣がデュプリケーターを狩りたがっていると判断、パートナーを連れて『深緑の回廊』をくぐったまでは良かったが、上部から飛び込んだためこのような場所に送られてしまったのであった。
「まいったな……俺達には手がかりの一つもない。ま、バウンティハンターらしいっちゃそうかもしれんが――」
「リーダー! 向こうに何か看板のようなものが見えまふ!」
 途方に暮れていた所へ、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)が報告にやって来る。どうやら近くで『うさみん星』と書かれた看板を見つけたとのことであった。
「よし、今はその手がかりを頼ろう。リイム、コアトー、案内を頼む」
「ラジャーでふ!」
「れっつご〜☆」
 まるでぬいぐるみかマスコットかと思わせる容姿の二人を先頭に、宵一は辺りの警戒をしつつ『うさみん星』へと足を運ぶことにする――。


●『うさみん星』

 及川 翠(おいかわ・みどり)らが見つけた『うさみん星』。そこではかつて天秤世界に落とされ、種族間戦争に敗れた『うさみん族』がひっそりと暮らしていた。
 龍族と鉄族以外の他種族の発見に、契約者は天秤世界の情報を知ることが出来るのではと期待を膨らませる――。

「あぁっ、みんなもふもふ……っ! これはもう、もふるしかないわよねっ!?」
 恍惚とした表情を浮かべ、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)がうさみん族を『もふもふ察知』で探し当て、ひたすらもふっていく。
「もきゅ〜!」
 突然の来訪者に、うさみん族――見た目はほぼうさぎ、しかし後ろ足で立ち、前足で物を持ったり出来るため、最も近いのはお伽話の『餅をついているうさぎ』だろうか――は混乱し逃げようとするが、ミリアのもふもふ察知は半径50メートル以内にいるもふもふを正確に突き止めるほどの能力である。どこに逃げても彼女からは逃げられない。
「はぁ〜……♪ まさかこんな所にもふもふが居るなんて思わなかったわ。
 あっ、ごめん、苦しかった? ここを撫でるとほら、気持ちいいでしょ?」
 とはいえ、ミリアは別に彼らを取って食おうなどとは考えていなく、ただもふりたい一心であった。また、もふる相手が気持ちよくなってくれるよう細心の注意を払い、ごく優しい手つきでもふっているため、うさみん族は例えるなら『怖いんだけどもふられるの気持ちいい状態』というどっち付かずの状態になっていた。
「そんな、ミリア、あなただけもふるなんて……ダメ、我慢出来るわけないじゃない!
 というわけで、私にももふもふさせて〜♪」
 そして、ミリアを止めるはずだったティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)も、うさみん族のきっと触ったら極上の手触りであろうふかふかな毛並みにすっかり心奪われ、手近なうさみん族をもふり出す。こちらはその場を動かず、近くに居たうさみん族をずっともふっていた。ミリアはというと、「ここに居る全てのうさみん族をもふるわ!」と意気込んでいる。

「こらーーーっ!! あたしの子分になんてことすんだーーー!!」

 と、怒鳴り声が辺りに響く。ミリアとティナがきょとんとして声の響いた方を見れば、人間で言えば十歳前後だろう、頭のうさみみをぴょん、と立てて怒った顔の女の子が居た。
「あんたたち何者!? ここに何しに来たの!?」
 問い詰める女の子へ、ミリアは少し考えて、そして抱いていたうさみん族をもふ、とやって、答える。
「もふもふは正義よ!」
「はぁ? わけわかんないから! ……何かよく分かんないけど、でもこの子たち、嫌がってないわね……
 警戒しつつも、子分と呼んだうさみん族の者が拒否反応を示していないことに、女の子はこの人たちは悪い人ではないのかもしれない、と思い始める。
「もう〜、ミリアさんもティナさんも、すっかりもふもふ漬けですぅ〜」
 と、そこに聞き込みに出ていたスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が戻ってくる。傍らにはうさみん族が付き、ぱたぱた、と走って女の子の元へ行き、ごにょごにょ、と何かを伝える。
「……なるほど、あんたたちにも知りたいことがあるってわけ。……そうね、あんたたち、悪い人じゃないみたい。
 あたしも、多分リンセンもあんたたちに興味あるから、お話、聞かせてちょうだい。代わりにあたしたちも話、してあげる」

 テューイと名乗った女の子の先導で、ミリアとティナ、スノウは――ミリアとティナはまだ名残惜しそうにしていた――とある屋敷へと案内される。何となく古き良き日本家屋をイメージさせるその屋敷へ通された三人の前に、着物というよりは法被に近い衣装を纏った十代後半くらいの少女が現れる。
「初めまして。私がうさみん族の今の長、リンセンといいます。……尤も、うさみん族は戦いに敗れ、今はただひっそりと暮らす身ですが」
「何弱気になってるのリンセン、まだあたしたちは生きてるんだよ? これからだって」
 苦笑しつつ呟くリンセンを、テューイが叱咤する。見たところこの二人だけが人の姿をしていて、後は皆うさぎの姿をしているようだった。
「私はスノゥといいますぅ。で、ミリアさんにティナさん。もう一人、翠さんがいるんですが、今は探検に出てるみたいですぅ」
「あぁ!? そういえば翠、いないと思ったらいつの間に!? どっか変な所に行ったりしてないわよね?」
 今になって翠の不在に気付いたミリアが、翠の行き先を心配する。
「えっと、リンセンさん? この近くで近付いたら危険な場所とかあります? 翠がもしそこに行っちゃったりしたら危ないから」
「そうですね……ここ『うさみん星』は言わば地下世界の一部になっていて、入り口の他に2箇所、別の空間に繋がっていると思われる場所がありますが、途中で粘性の液体のようなものが道を塞いでいるのです。触れると何と言うのでしょう、力を吸われるような現象が発生するので皆には触れないように言っているのですが」
「……なんか、ヤバそうね、それ。すみません、私とティナで探しに行きたいので、退席していいでしょうか」
「ええ、どうぞ。場所はお教えしましょう」
 リンセンから該当する場所を聞き、ミリアとティナが翠を探しに部屋を後にする。
「翠さんは大切に思われているのですね」
「はい〜、翠さんは私やミリアさん、ティナさんのパートナーですから」
「パートナー……そういえば契約者とはどういうものなのか、私もテューイも知りません。よければ話してもらえますか?」
 ……そして、三人が戻ってくるまでの間、スノゥは契約者の事をリンセンとテューイに話して聞かせる――。


 しばらく観察を行い、いくつか分かったことを清泉 北都(いずみ・ほくと)は持っていた銃型HCに記録していく。仲間が見つけた『うさみん星』の入り口を潜り入った先では、うさぎによく似た、しかし二本足で歩き回り、前足で道具も使いこなせる者たちが生活を営んでいた。地下に入ったはずなのにほのかに明るい空間で、彼らは畑を耕して作物を取り、湧き出る水を汲んで生活の糧を獲得しているようだった。
「もし他にもこのような空間があるとしたら、他に生き残った種族が居るかもしれませんね」
「そうだね。うーん、話をする事は出来るかな。聞こえてきた会話は何を言ってるか分からなかったんだよね」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)の言葉に頷き、北都は生やした犬耳から聞こえてきた彼らの言葉を思い返す。それは言葉というよりは音の類で、例えるならコウモリの出す超音波のようなもののように思えた。当然、人の話す言葉ではなく、会話が成立するかどうかは望み薄であった。
「とにかく、やってみよう。……えっと、ちょっといいかな?」
 それでも物は試しと、北都は井戸端会議をしていた彼ら――うさみん族――へ近寄る。するとうさみん族は北都の姿を見るなりダッシュで逃げ出し、物陰からこちらを警戒するような目つきで見る。
「……あからさまに警戒されていますね」
「僕らは侵入者だからねぇ。彼らの態度はある意味当然と言うべきかな。……さて困ったな、話の分かる誰かがいればいいんだけど――」

「うわーんっ!! 助けてなのーっ!!」

 その時向こうから、助けを呼ぶ人の声が聞こえる。北都とクナイが警戒の表情で振り向けば、目に涙を浮かべて走る女の子と、それを追いかける粘性の液体がゼラチン状に固まった何かが飛び込んでくる。
「風よ、目の前の敵を切り裂け!」
 クナイが術を組み、風の刃を敵に向けて放つ。風の刃は敵をいくつかに切り裂くが、切り裂かれた破片はなおも蠢き、一つにまとまろうとする。
「北都、氷の魔法を! 凍らせれば動けなくなるはずです」
「うん、僕もそう思って、準備してた。行くよっ!」
 そこに北都の生み出した吹雪が、破片のまま敵を凍りつかせる。ゼラチン状の何かがもう動かないのを確認して、北都とクナイは逃げてきた女の子の元へ向かう。
「はふ〜、助かったの。まだ探索してない所に行ったら、あいつが襲ってきたの。ビックリして逃げることしか考えられなかったの」
 翠と名乗った女の子の話で、北都とクナイは彼女たちがこの『うさみん星』への入り口を見つけた事を知る。
「……翠さんが行こうとしていた先が、気になりますね。やはりここにも他に、空間があるのではないでしょうか」
「その可能性は高いよね。それにもしアレが、契約者の力に引かれて襲ってきたと考えるなら、アレはデュプリケーターなんじゃないかな」
 そんな話をしていた所へ、翠を探しに出ていたミリアが一行を見つけ、駆け寄る。
「もう、翠! どこに行ってたの!」
「お姉ちゃんもティナさんももふもふに夢中だったから、探検しに行ってたの。殆どマップを埋められたの!」
 心配するミリアをよそに、銃型HCを掲げてどこか自慢気な様子の翠。
「えっと、翠を助けてくれて、ありがとうございます。
 今私たち、うさみん族の長に会って話を聞く所だったんです。もし良かったら一緒に行きますか?」
「あぁ、それは是非とも。僕たちも色々と聞きたいことがあるからね」
 ミリアの申し出に北都とクナイが頷き、そして一行はリンセンの屋敷へと向かう――。


「ふぅ。なんとか振り切ったか。
 ……む、剣の呻きが止まったな。まさかあのネバネバがデュプリケーターだというのか?」
 同じ頃、別の『他の空間へ繋がっているかもしれない場所』にて、宵一とリイム、コアトーが粘性の液体の襲撃を振り切って息をつく。彼らもうさみん族と交流を持とうとするが尽く逃げられてしまい、歩き回っている内に怪しい入り口を見つけ入ってみたところ、粘性の液体に襲われた。最初は撃退しながら進んでいたが、その倒したはずのものが再び動き出した所で危険と判断、一旦引き返してきた次第であった。
「やはり、情報を得ねば身動きが取れないな。せめて俺たちの言葉が通じる者がいれば――」
「あっ、契約者の人かな。すみませーん、このくらいの女の子、見ませんでしたー?」
 そこに、翠を探しに来たティナがやって来る。宵一は自分たちの他にも『うさみん星』を訪れた契約者がいることを知り、情報を得られる者に心当たりがないかを尋ねる。
「それだったら今、うさみん族の長と会ってるからその人に聞けばいいと思う。あぁ、それよりも翠を探さなきゃ……あれ、携帯鳴ってる。
 もしもし……あ、ミリア? ……翠見つかったの? はぁ、良かった……。
 うん、分かった。あ、途中で契約者に会ったから、案内してくね。……そう、そっちもなんだ。じゃあ、後でまた」
 電話を切り、ティナが探し人が見つかった事と、知りたいことがあるなら一緒に来ない? と宵一を誘う。
「そうだな、俺たちも色々と聞きたいことがある。誘いを受けよう」
 そして一行は、リンセンの屋敷へと向かう――。


「あら、お客さんが増えましたね。これほど来客があったのはここに来てから初めてです」
 ……そして、翠、北都、宵一とそのパートナーたちと『うさみん族』の長であるリンセン、長のお付きだというテューイがそれぞれ自己紹介をして、契約者は聞きたかったことを各々尋ね始める。
「えっとぉ……皆さんはここに来る前は、どうしていたんですかぁ?」
 手始めにスノゥが尋ねると、リンセンとテューイは表情に影を落とす。もしかして聞いてはいけないことだったのかとスノゥが言えば、いえ、と首を振ってリンセンが話し出す。
「私たちは『クレッセント・ムーン』という世界に住んでいましたが、そこで私たちは大多数を占める人間族に乱獲されていたんです。私たちの殆どはあの姿ですが、力を持った者は私やテューイのように人の姿を取ることが出来ます。人間族はその特異性を面白がり、ペットとして飼おうと私たちを捕まえ始めました」
「ひ、ひどいことするの!!」
 翠が激昂するのを、ミリアがなだめる。
「私たちは抵抗しました。最初は四つ足だったうさみん族ですが、道具を使えるように前足を立たせ、人間族を撃退する道具をどんどん開発しては投入しました。でも人間族も同じように私たちに対抗する道具を開発しては投入していきました。やがて道具同士が戦いを起こすようになって、ようやく私たちが優位に立とうとしていた頃、私たちはこの世界に飛ばされてしまったのです」
 その背景は、龍族や鉄族のものに似ていた。彼らもまた、世界で多数を占める人間族に弄ばれ、反旗を翻した結果送られてしまったようであった。
「皆さんはこの世界に来てからも戦いましたよねぇ? その相手は何だったんですかぁ?」
「『マガメ族』と彼らは言っていました。当時私たちの長であったカグヤはマガメ族の長、マクーパに奇襲を受けた際攫われてしまい、それからは一方的でした。マクーパの力で私たちの作る道具も、そして私たちもただの物に変えられてしまい、私たちにそれを解く術がなかったのです。私たちは地下に逃げ込み、入り口に『立てておけばその先は何もないように見える看板』を立てておきました。そうしてひっそりと暮らしていたので、後のことは最近になるまで分からなかったのです。どうやら看板の力が切れたようなので、皆さんもここに入って来ることが出来たのでしょうね」
「……なんか、漫画に出てきそうな道具だな。じゃあアレか、君たちはデュプリケーターについては詳しいことは知らないのか」
 宵一が、謎の粘性の液体に襲われた話をすると、リンセンは申し訳なさそうにええ、と頷く。この地下空間が他の地下空間へ繋がっていることは早くから知られていたが、自分たちが空間から出てしまえば看板の効果が切れるため、うさみん族はこの空間から出られずにいた。そしてつい最近になって看板の力が切れ、マガメ族はこの世界から居なくなっていた事は分かったが、他の空間への入り口にはあの粘性の液体が住み始めたため、やっぱり身動きが取れなくなっていたのだという。
「地下に住むようになったのはいつの事なの? 最初からこんな空間があったの?」
「いつか、というのは私たちにもよく分からないのです。私たちが前の世界からここに来た時、前の世界ではフルムーン850サインでした。
 この世界は時に関してはその流れを分からせない作りになっているみたいなんです。昼と夜の長さがまちまちだったりしますし、一応私たちが作った時計では今は、1385ダイン目ということになっていますが、ただそうだと分かるくらいです。空間自体は私たちが逃げ込んだ時からありました。畑の開拓や家を建てたりしたのは私たちがやりましたが」
「この世界のことを、この世界で会った種族のことを、前に知っていましたかぁ?」
「いいえ、両方共初めてです。だから当時はひどく戸惑いました。今やっと安定した暮らしを手に入れたという所です」
「勝った種族がその後どうなった……かは、ここから居なくなっていたということ以外分からないね。
 そうだ、僕たちは別の場所、多分かつてこの世界に住んでいた種族の物だと思う廃墟で『羽持つ我ら』と書かれていたのを見つけたんだ。それについて何か知っていることはあるかな」
「羽持つ我ら……マガメ族にも羽を持っている者は居ましたし、廃墟になり得るであろう建物を作るだけの技術もありました。ただ、あなたの仰るものがマガメ族のものであるかという保証はありませんね」
「どうして人の姿になれるんでまふ?」
「どうして……でしょうね。理屈は私にも分からないのですが、古くから伝わる言い伝えでは『優れたもふもふを持つ者は人の姿になることが出来る。そこからさらに研鑽を積めば世界という枠を飛び越えて存在することが出来る』だそうですが、その領域まで達した者は私が知る限りでは居ませんね。前の長であったカグヤ様ならもしかして、という所でしょうか」
「そうでまふか……その術があれば、龍族と鉄族もこの世界から抜け出せると思ったでまふ」
 リイムが残念そうな顔をする。と思えば、うさみん族の一人を指し、真剣な表情で言い放つ。
「そのもふもふが僕のもふもふとどちらが優れているか、勝負でふ!」
 パラミタ1の抱き枕を目指すリイムとしては、うさみん族のもふもふ度合いがどの程度なのかを確かめたかったようだ。
「あ、じゃあ僕が審査員やろうか。その……僕もちょっとうさみん族、触ってみたいし」
「ほ、北都!? 私の羽でよければいくらでも触らせてあげますのに……
 北都が勝負の審査役を名乗り出、クナイがどこか寂しそうな顔をする。……そしてミリアとティナは、ここでもやっぱりうさみん族をもふもふしていた。
「あぁ、幸せだわ……毎日ここで暮らしてもいいかも」
「いやいや、それは流石に……あー、でも一週間、ううん、3日くらいならいいかも……」
 恍惚とした表情の二人、もふもふされるうさみん族の方も気持ちよさげなのを見て、リンセンとテューイは流石契約者、と感嘆の表情を浮かべていた。
「もー、こんな事してる場合じゃないの! 他の空間があるかもって話だし、探検するのー!」
 翠の叫びは、しかし今は空しく響くばかりであった。


(龍族と鉄族の戦闘が、2箇所で行われている……。今回の戦闘の結果しだいでは、情勢が大きく動くことだって有り得る。
 そうなった時あたし達は中立のままでいられる保証はない。……だから、今どちらの勢力とも敵対していないうちに、もう少しだけ調査を進めておきたい)
 オーロラのような光が舞う空、そして荒れた大地を前に、シャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)が現状を思う。前回の調査で、少なくとも龍族と鉄族以外にかつてこの世界に住んでいた種族の痕跡を見つけることは出来た。その他にもちらほらと、そういった情報は舞い込んできている。しかしまだまだ、天秤世界というものを知るには不十分であるし、それに時間も限られているように思われた。
「……行きましょう、姉さん、グレゴさん。私たちはまだ探索の十分行われていない、鉄族の中立区域を調査に行くわ」
 背後に控えるグレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)ゼノビア・バト・ザッバイ(ぜのびあ・ばとざっばい)に言って、シャノンは該当する地点へ歩を向ける――。

 契約者の拠点から、鉄族の勢力圏を沿うように進み、戦の準備で騒がしい『ポイント64』の者たちに気付かれないよう慎重に進んだ一行は、鉄族の中立区域と思われる場所をさらに南下していく。デュプリケーターの出現に注意しながら、途中に休憩を挟みながら(もちろんお供はハンバーガー)、進んでいった先にその街はあった。……いや、既に建物の殆どが破壊され、風化が進み、かろうじて街だった、と呼べる代物であった。
「……ここもやっぱり、戦乱に巻き込まれたのかしらね。……嫌ね、昔を思い出すわ」
 ゼノビアが呟き、グレゴワールを険しげな視線で見る。二人の関係と過去がそうさせるのを、シャノンは気付きつつもこればかりはそう簡単にどうにかなるものではないと今は棚上げし、街に関する情報がないか、出来れば何かを記録している媒体がないかを調べていく。
「建物の位置関係からして……ここが多分、街の中心だった場所ね。そしてこの建物が、最も激しく破壊されているように見えるわ」
 建物というよりは、もうそれは岩の塊といっていい状態に成り果てたそれを、シャノンが見上げる。……その瞬間、塊の上部が突如崩れ出し、一部がシャノンたちへ降って来る。
「シャノン殿!!」
 咄嗟にグレゴワールが前に立ち、身体を張ってシャノンを護る。岩の直撃にもグレゴワールは耐え、シャノンは無傷で済んだ。
「グレゴさん、大丈夫!?」
「……むぅ、なんとか、な。シャノン殿に怪我がないようで、何よりだ」
「ちょっと待ってて、今癒しの魔法をかけるから」
 シャノンがグレゴワールへ癒しの力を施す光景からつい、と目を逸らしたゼノビアが、先ほど崩れた箇所から中に入れそうな道を発見する。
「シャノン、あそこからこの中に入れるみたい。私、ちょっと行ってくるわ!」
 探索の技術には多少の自信があるゼノビアが、シャノンに告げて岩の塊に見えるものの中へ入っていく。また岩が崩れ出した時に対処できるよう控えていた二人の元へゼノビアが戻り、一枚の石版と一冊の本をシャノンへ見せる。
「他はもうボロボロになっていたけど、これだけはいい状態で残っていたわ。よっぽど大事な物だったのかしら」
「これは……何? 何かを記しているのは分かるけど……」
 石版には上から線が引かれ、所々に四角が書かれていた。石版の半分よりやや下まで行った所で、一本の線を残して後は空白であった。
「えっと……「ここに、我々が発見し名付けた地下迷宮『深峰の迷宮』の調査記録を記す」? ……ということは、この石版は地下迷宮の地図ってこと?」
「そう考えるのが妥当じゃないかしら。……ところで、その地下迷宮の入り口は何処にあるのかしら?」
 ゼノビアの発言で、今度はその『深峰の迷宮』の入り口を探しにかかる。やがて街の外れ、丘の一部が不自然に崩落した箇所を発見した一行は、おそらくこの下に入り口があると推測する。
「……これは、ちょっと元に戻すのに時間がかかりそうね。
 ねえ、その地図だけど、なんか上の方に線が複数あるわよね? これってここの他にも地下迷宮への入り口があるって事なんじゃない?」
 ゼノビアの指摘通り、石版の一番上に書かれた線は一本ではなかった。線は4本あり、一本がここだとすると、少なくとも後3つは地下迷宮への入り口がある事になる。
「この事は、他の皆に知らせておいた方がいいよね。
 『深峰の迷宮』……ここに、天秤世界の謎を解く鍵があるのかな」
 この街での調査を終えた一行が、得た情報を共有するべく契約者の拠点へ帰還する。