校長室
【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
リアクション公開中!
●解き放つ とめどもなく降る黄金の花びらに包まれながら、みどりは苦しそうに肩を上下させていた。 「この花……」 これを見てリナリエッタは妖艶な笑みを浮かべる。 「あら? ようやくわかった? よく見ればこの花びら、あなたの頭上から降っているものだけ少〜し色が違うことにも気づいたと思うわ。色が違うものはね……『当たり』。想像力で毒を含ませておいたの。少しずつね」 「く……こんなことって……」 みどりはうつらうつらしている。眠くなっている……つまり、精神が溶け始めているということだ。 「ふふ、美しい華と女には毒があってよ?」 みどりの周辺では巨大化したポチの助が、わんわんプチプチと蛇を踏みつぶして回っている。踏まれるたびに蛇は、ゴムの紐になって消えていった。 「やはり僕は超優秀! 犬に蛇が勝てる道理はないのです!」 このときフレンディスは正座して、黄金の花見とばかりに宴席を開いていた。これは「八岐大蛇さんは日本の神話ではお酒が大好きという弱点が御座いますが……パラミタの八岐大蛇さんはどうなのでしょうか?」という素朴な疑問から発して、彼女が想像の酒宴を広げたためであった。といってもフレイはベルクに注ぐ一方だ。 「なんか変じゃねぇか? まあ……この酒の匂いを嗅いだだけで、蛇が次々眠っちまってるんだから悪いアイデアではなさそうだが」 飲んでる場合だろうかと思いつつも、フレイト楽しく過ごせばそれだけ、敵の攻撃が弱まるのだから仕方がない。なんとも落ち着かぬが、ベルクは注がれた清酒を飲み干しては次を求めた。(想像の酒で酔えるのかどうかまでは彼にもわからない……良い気分になっているのは確かだが) 「ところでマスター、調査がはじまった段階で誘拐されていたマホロバ人の乙女は三人だったと聞いています」 「そうだな」 「うち一人はあの眼鏡のかた……とすれば残りの二人は?」 「そういえば……」 このとき彼方から鬨の声が上がった。 「!」 驚いて立ち上がり、ベルクは見た。 髪を美豆良(みづら。日本の上古における貴族男性の髪型)に結い、胸紐のついた白い服を着た人影が現れたのを。 一人ではない。 そのような姿が何十人と出現している。 しかも彼らはその背後に、自身に百倍する古代日本風の兵隊を連れているのだ。 それが、両側から現れた。東西南北のわからない状況なので、大雑把に『両側』とだけ書く。 それぞれの軍勢の奥に木の輿があり、そこに卑弥呼のような服装をした少女が乗せられている。少女はふたりとも、顔にペイントをほどこしていた。 少女がそれぞれ手勢に告げると、両側から古代の兵たちがわっと攻め寄せてくるではないか。 そしてそのまま古代兵たちは秘密結社オリュンポスの軍勢と激突した。さらには巨大なフェニックス、赤い髪をした長身の男、ジャイアントポチの助らと入り乱れて戦闘をはじめた。 「マスター! これはやっぱり……!」 「うろたえるな。こんな死の者狂いの抵抗をしてるのは大蛇が苦しい証拠だ」 大蛇側の援軍は総攻撃を開始した。なにせ数が多い。契約者側の想像したものを乗り越えて、あるいはすり抜けて迫ってくる。 「ええーっ!」 デメテールは約束の地が奪われそうになって焦った。 「ハデス殿!」 神奈も血相を変え、黄泉耶大姫は再び、 「なんの、持ちこたえてみせよう。ここで呑まれてしまっては、久万羅に合わせる顔がないわ」 と花吹雪を降らせ防御の壁たらんとした。 しかし、古代兵たちの攻撃はやにわに乱れた。 「間に合いましたね。ここが大蛇の精神世界ですか……」 名探偵、登場。 ご存じインバネスコートにネクタイ、彼女シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は理知的な笑みを浮かべ、そこにいた。 「白虎の剣は破片といっても扱いに注意すべきもの……操られないようにこれを使ってここまで来るのは苦労しましたよ」 シャーロットが蒼空学園にて、魔剣『白虎』の研究をしていたことを覚えているだろうか。 彼女は科学的調査と伝承から推理を組み立て、耀助とはまったく別に独力で魔剣の使い方を発見していたのだ。ローラがやったのと同じように、『白虎』で孔を開け、大蛇の精神世界に踏み込んだのである。 「さて相手は想像したものを次々と繰り出してきているようですが、要するにここでの戦いは想像力の勝負ということなのでしょうね」 観察眼は鋭く、そこから脳をフル回転させることに長けたシャーロットである。一瞬にして状況を判断していた。 「八岐大蛇退治には十拳剣といいたいところですが私の知識、想像力では 再現は難しいでしょうね」 ふっと微笑すると彼女も、年相応の少女に見えるのだが、口調はやはり怜悧なものがあった。 「それなら私の知る限り最強の武器を作り出すとしましょう」 判決を言い渡す裁判官のように告げると、シャーロットはハッカパイプをくわえた。彼女が二三回くゆらせると、パイプはあるものに変わっていた。 ひとふりの剣だった。 「我がブリテンの伝説的な君主が所持していた剣……」 これぞ、生前のアーサー王が妖精「湖の乙女」から授かった聖剣エクスカリバー。 その鞘は、身につけていると傷をうけない魔法の鞘とされる。 伝承においてエクスカリバーの刀身は三十本の松明より眩しく輝いたという。アーサー王はこの剣でサクソン人の軍勢四百七十人を打ち倒したとの逸話もある。 「千の軍勢を薙ぎ払う光の剣、そう聞いています」 想像で作り上げた『エクスカリバー』ではあるが、それは実物と瓜二つであった。いや、少なくともこの精神世界では『実物』なのだ。 実際、シャーロットは英霊としてパラミタに復活したアーサー王と面識があり、エクスカリバーを手にしたこともあった。 シャーロットの記憶力は天才的だ。剣の外見、手にしたときの重み、指先で触れた刃の冷たさ……それをいつでもありありと思い出すことができた。 それゆえ、どんな想像よりも強い伝説の剣が、彼女の手に握られることになったのだった。 「それでは、エクスカリバーの力、とくとご覧下さい」 シャーロットが剣で一凪ぎすると、それだけで眩い光があふれ、触れもしないのに彼女の周辺、蛇も古代兵もかき消すようにして光の中に消失してしまった。 シャーロットは剣をしっかりと両手で握り、両脚をやや開いて青眼に構えた。 その威光を恐れるかのように、彼女の周囲に出来た輪が急速に広がった。 シャーロットは、許さなかった。