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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声
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リアクション

6.タシガン<4>


「助けに来ました。どこに居ますか?返事をしてください!」
 北都はテレパシーで、そう訴え続ける。
 その傍らで、昶は耳を澄ませ、必死に所員たちの返答を探していた。
 ソーマの掲げた【光精の指輪】の輝きが、黒い靄を押し返し、幽鬼たちを怯ませるのにも一役かっていた。
 なるべく戦闘をさけ、【殺気看破】で幽鬼の少ないルートを選ぶようにしながらも、見落としのないよう細心の注意を払う。
 そのうちに、ウィリアムの館内放送が聞こえた。
「二階にて、所員3名を無事保護しました。残りの所員たちは、地下に避難したとの情報がありました。至急、向かってください」
「地下、か」
 ソーマが呟く。
 北都が、銃型HC弐式・Nの画面に目をやり、入力済みの内部地図を呼び出す。地下には倉庫がいくつか、それと、地図には空室となっている部屋があった。
「たぶん、ここだろうねぇ」
 もちろん、それ以外の倉庫にも気を配りつつ、彼らは地下へと向かった。
「助けに来ました。どこに居ますか?」
 もう一度テレパシーで、北都が呼びかける。すると。
「……聞こえたぜ!」
 昶の耳がぴくりと動く。ほんの微かに、所員のものらしき反応を聞き取ったのだ。
「奥の部屋だ!」
「こちらでしょうか」
 クナイが足を止める。そこは、その他の倉庫とは違い、見るからに頑丈そうな金属製の扉がはまっていた。ただし、ロックはされておらず、クナイの手で用意にドアは開いた。
 分厚い耐爆風扉の向こうには、小さな小部屋があり、さらにその奥にも同じようなドアがある。
「シェルターみたいだねぇ」
 おそらくこの部屋そのものが、特別なしつらえなのだろう。そのため、逆に検知しづらかったのかもしれない。
「来てくれたのか……ありがとう!」
 そのとき、ドアが内側から開き、所員が顔をだした。青ざめてはいるものの、衰弱しきっているというわけではなさそうだ。
「大丈夫ですか?」
 クナイが尋ね、部屋の中へと四人は入る。煌々とした灯りの下、ベッドが二つ並び、そこには所員が横たわっていた。部屋の中は、黒い靄はほとんど無く、清浄な空気に満ちている。
「見せてください。もう、大丈夫ですよ」
 北都は優しく伝え、ベッドに寝ている所員をクナイと二人ですぐさま応急処置にあたる。昶は念のためドアの前でガードを続け、ソーマは比較的無事だった所員へと話しかけた。
「ここは、どういう場所なんだ?」
 見たところ、水や食料の備蓄もあり、隅には手洗い用の設備も用意されている。
「ジェイダス様が、ニルヴァーナに向かわれる前に、念のためと準備されたシェルターです。万が一、装置が暴走したときのために、少しでも私たちが助かるように、と。まさか、こういった形で使用することになるとは思いませんでしたが……。それも、まだ完成はしていなかったので、外部への通信手段もなく……お手数をおかけしてすみません」
 所員はそう答え、重苦しいため息をつく。彼はまだ比較的軽傷だが、ベッドで寝ている二人は、避難前に黒い靄をかなり吸ってしまったようで、衰弱が激しい。急ぎ、搬送する必要があった。
「それと……もう一人、研究員がいたはずですよね?」
 手当を終えた北都がそう尋ねる。すると、所員は表情を曇らせ「おそらくは、『カルマ』のところに……」と目を伏せた。
「わかりました」
 北都は頷くと、HCでウィリアムに報告をはじめた。
「こちら、地下。所員三名を保護したよ。残り一名は、カルマの近くではないか、ということだよ。これより、三名を移送するね」
 報告を終え、すぐにウィリアムから放送が入る。これで、まだ手のあいている人間は、カルマの元に向かうだろう。
「僕も、カルマのところにいくね」
「北都も、ですか?」
「うん。カルマのことも、心配だから」
 カルマはレモの分身のようなものだ。だとしたら、同じ薔薇学の生徒のようなもの。今は眠っているとしても、人格があるのなら、きっとこの状況が不安だろうと北都は思ったのだ。
「それでしたら、私もご一緒します」
 クナイはそう言った。さすがに、単独行動は危険すぎる。
「あとは任せておけよ」
 昶はそう言うと、所員の一人を軽々と背負った。ある程度、北都とクナイで回復はできたとはいえ、まだ歩ける状態ではない。
「ほら、しっかりしろ」
 もう一人は、ソーマが背負ってやった。残る一人は、なんとか自力で脱出できそうだ。
「後は、お願いね」
「任せとけよ!」
「そっちこそ、気をつけろよ。裏に何がいるか、まだわからねぇんだ」
 ソーマは厳しい表情で、そう口にした。今は救助優先だが、タシガン貴族として、この地への不当な侵攻を彼は許せなかったのだ。
「ええ、北都には、傷一つつけさせません」
 クナイは約束し、北都とともに、研究所の再奥地……エネルギー装置『カルマ』の元へと急いだのだった。



「六名が保護できたそうだよ。……よかった」
 所内からの連絡は、ルドルフが逐次各生徒たちにも伝えていた。それを聞き、上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)は幾分ほっとした表情を見せる。
「そうだな」
 しかし、相槌をうつカールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)は、どこか心ここにあらずといった態だ。
 ここは、後方に用意された救護テントだった。唯識のような、戦闘はあまり得意でない契約者たちは、こちらで待機をしている。まもなく搬送されてくるだろう研究員のために、誰もが準備に余念がない。
 カールハインツは、あえてここに残っていた。一人くらい、警備のために必要だろうと志願したのだ。
 だがそれが、唯識には、どこか違和感があった。
「……本当にレモを追いかけなくていいの?」
「しつこいな。あいつは、俺にタシガンに残れって言ったんだぜ。……仕方が無いだろ」
(仕方が無い、か)
 本当は行きたかった……いや、「ついて来て」と言われたかったのだろうと、唯識は思う。過去のせいか、カールハインツはやたらに他人を庇護したがる癖がある。だが、目下一番のその対象だったレモは、カールハインツよりも先に自立し、「もう大丈夫」とその手を離してしまった。
 それが、カールハインツには、寂しいのだろう。
「でも、心配なんでしょ」
「別に。あんだけぞろぞろお供がいるんだ。よほどのヘマでもしなきゃ、無事だろうよ」
「まぁ、そうだけど」
「お前は心配なのか?」
「少し、ね。ザナドゥは治安が悪いって聞いてるし。でも、それより……」
「なんだよ」
 心配性、と揶揄するような笑みを口元にたたえるカールハインツに、唯識は躊躇いがちに告げた。
「この世界そのものが、不安なのかもしれない。今までタシガンは静かに過ごしていられると思っていた……でも、やっぱりパラミタが何か大きく変わろうとしていることからは逃れられないのかな」
「…………」
 俯いた唯識を、カールハインツは暫し無言で見つめていた。
 それから、やおら唯識の首に腕をまわし、頭同士を軽くぶつけるようにする。
「い、った」
「どう世界が変わろうと、お前はお前だろ。くだらねぇこと考えんな」
 ぶっきらぼうな言い方にせよ、カールハインツが唯識を励まそうとしていることは、わかる。あまり身体的接触をしたがらない彼が、こんな風に距離をつめてきたことも珍しい。
「……うん」
 励ますつもりが、逆に励まされちゃったな、と唯識は苦笑した。
「そうだね。頑張らないとね」
 ……と、そこへ、ルドルフから新たな通信が届いた。
 手があいている者は、戦闘を続ける者の援護にあたってほしいという命令だ。
 どうやら、予想より難渋しているらしい。
「それなら、行くか。……こっちは大丈夫そうか?」
「うん。無茶しないようにね」
「ま、怪我したら手当してくれよ」
 カールハインツは軽くそう言って、走り出す。
 ……だが、その一瞬。
 唯識は、ひどく不吉な胸騒ぎを覚えた。
「…………」
 呼び止めようとしたそのとき、最初に助けられた所員がこちらまで搬送されてきたのが目に入り、咄嗟に言葉を飲み込む。
 今は、目の前のことを頑張るべきだ、と。

 だがしかし。
 あのとき、あの場所で、何故引き留めなかったんだろうと。
 後々唯識は、何度も思うことになる。


「大丈夫ですか? よかったら、どうぞ」
 テントに保護された所員達には、かいがいしく戒 緋布斗(かい・ひふと)が付き添い、細かな要望に対応していた。
「娘に連絡してほしいんだ……お願いできますか?」
「わかりました。お名前を確認させてください」
 丁寧に一人一人対応する緋布斗に、所員たちはみな一様に感謝の眼差しをむけている。
「本当にありがとう」
「いえ。当然のことをしているだけです」
(今の僕には、それくらいのことしかできないから……)
 レモのことは、気にはかかっている。けれども、きっと大丈夫だとも、信じていた。ならばは自分はここで、必要とされていることを、一生懸命に勤めるだけだ。
「すみません、お水を……」
「はい。すぐお持ちしますね」
 そう答え、緋布斗はきびきびと働き続けるのだった。