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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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第十六章:避難所でドタバタしてみた



「そこのあんた。訓練の仮想状況では、この付近は危険地帯となってるぞ。災害発生下なんだから、あまりうろうろしないほうがいい」
 注意をこめて近づいてきたのは、近くで訓練生たちと救難活動をしていた酒杜 陽一(さかもり・よういち)だった。
 彼は今回の訓練を重要な行事と見なし、他の契約者たちと同じように分校生たちを取りまとめ活動を開始していた。主に、動けなくなった(設定の)機晶姫の救出や怪我人の運搬をしており、捜索を続けていたところだった。
 災害発生地点付近とされている場所に、怪しい陰陽師風の人物がふらふらしていると通報を受け様子を見に来たら、どこかで出会ったこともある手練れの契約者だったので少し驚く。
 陽一が発見したのは、分校長に会いに行ったまま消息を絶っていたラルウァ 朱鷺(らるうぁ・とき)だった。
「え〜っと、朱鷺さんだっけ? どうしてこんなところを彷徨っているんだ? 俺は聞いていないが、要救助対象者の役なのか? 避難キャンプがあるから、困っているなら案内するぜ」
「……誰が、要救助者ですって?」
「あんただよ、あんた。状況わかってんの?」
「そういえば」
 朱鷺は、しばらくしてようやく我に返った。
 分校長に会いに行ったまでは覚えているが、その後の記憶は曖昧だ。頼みの綱の分校長が役に立たないポンコツロボットだったことは忘れたいほどのショックだった。
「もう、朱鷺に構わないでください。ささやかな希望もたたれて生きていく気力も失いかけているのです」
「生きるだの死ぬだの容易く口にするんじゃねえよ。災害に遭って、死にたくないのに死んでいった人たちはたくさんいるんだ」
 陽一は、災害現場を見渡した。
 ちょっと、“グロ注意!”な光景が広がっていた。死体役の生徒たちや被災者の一般市民たちもノリがいいのか、血糊のメイクを凝らして死体にリアリティを出したり本当に崩れた建物の下敷きになったりしている。
 目の前で、エネルギーが切れて起動不能になった機晶姫が担架に乗せられて運ばれていく。悲惨な事故現場の雰囲気が十分に醸し出されていた。
「暇でブラブラしているんだったら、被災者役でもいいから訓練に参加してくれよ。ちょうどいいことに、避難所も設置されているんだ」
「それどころではありません! 朱鷺は、帰らなければならないところがあるのです!」
「よしよし。大丈夫だから、落ち着こうな」
 陽一は、要救助者が興奮状態にあることを念頭に、保護して避難所へと連れて行くことにした。
「離すのです! 朱鷺は正常です! 分校の責任者を探し出して、朱鷺の力を見せ付けなければならないのです! ロボットではだめなんです!」
「要救助者は、精神的に危険な状態だ。一刻も早い安静が必要だな」
 被災者は、意味不明な言葉を発してパニック状態になっている。途中で暴れて怪我をすると大変なので、陽一は訓練に取り組んでいる仲間達を呼んだ。
「連れて行くぞ。手伝ってくれ」
「何をするのですか! 朱鷺は訓練と関係ありません。決闘で強いところを見せるという重要な課題が残っているのです!」
 朱鷺は、両腕を抱えられ訳がわからないままに連れて行かれてしまった。
 分校内にある古びた体育館の一つは避難所となっていて、訓練で逃げ出してきた避難民役の一般市民たちが集まって来ていた。入り口付近では炊き出しも行われており、トイレや小さな売店もあるためちょっとした休憩スペースのようになっていた。外での訓練とは違い、緊張感はあまりない。
 陽一たちが設営した避難所は、その古びた体育館のすぐ近くにあった。
「災害時一通り必要であろう、水、食料、医薬品、着替えを訓練生や一般被災者たちに配給しているところなんだ。君にも上げるからもっていくといい」
 陽一は言った。
「あら、いらっしゃい。大変だったわね。でも、この避難所に着いたからには一安心よ」
 パートナーの酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が【資産家】スキルで調達していた必要物資一式を訓練生や一般参加者に分け与えていた。実際には、何の被害もないわけだが本番を想定しているので、実物を用意してある。
「ありがとうございます」
 すっかり被災者扱いの朱鷺は、ようやく落ち着いた。なんとなく流されるままに美由子に案内されてテープやシートで区切られている避難所へと入っていった。賊対策のため周囲には鳴子が仕掛けられており、警戒のための見張りも立っている。
 そこには、一般市民たちが避難してきていた。実際に大災害に遭ったように着の身着のままで心細そうに身を寄せ合っている。なかなかの演技力だ。美由子は【設備投資】でテント式の簡易トイレも設置しており、一時的に生活できるようになっていた。
「仕方がありませんね。ここでゆっくりさせてもらいましょう」 
 朱鷺は、その場でしばらく座っていたが、居心地が良くなって一般市民たちに混ざって休息をとることにした。今の彼女に必要なのは休むことだ。
「ごゆっくり」
 陽一は忙しそうに避難所を出て行く。要救助者は後を絶たないのだ。
「向こうでひたすらバケツリレーをやっている連中がいるぞ。倒れるやつが続出だ」
 収穫祭の時に陽一と再会したモヒカンのアブドルが、別の場所から要救助者を連れて戻ってきた。彼は青ワッペン保有者で分校内でも積極的な協力者だ。外見に反して誠実なところもあり、熱心に訓練をこなしていた。生まれ変わった、と自称するアブドルは、模範的で他の訓練生たちより率先して行動し、取りまとめもしてくれるためずいぶんと作業がはかどる。
「身体の鍛え方が足りないんじゃないのか? スカウターみたいな機械つけて生ぬるい決闘をやってるから、バケツリレーくらいで倒れるんだよ」
 商売繁盛だ、と陽一は肩をすくめた。災害に遭った一般市民の救出を行うことになっているのに、訓練中のパラ実生たちまで救出することになるとは。
「う〜ん、どうするかね? 皆と一緒に訓練した方がいいのか?」
 そちらのチームと合流した方がいいだろか、と彼は少し考えた。しかし、彼らの取り組んでいる訓練は被災者たちの救出なので、生徒たちにも大人しく行動するように伝えてある。連携は大切だが、僅かな音も聞き逃さないためには掛け声や余計なパフォーマンスはしないことにした。
「まだ見つかっていない被災者が居るみたいだから、もう一度見回りに行って来るか」
 陽一は、再びアブドルたちと一緒に捜索に出かけて行った。
「私たちはリフレッシュしましょう」
 その一方で、美由子は、【ジャイアントポメラニアン】や【パラミタセントバーナード】、【シャンバラ国軍軍用犬】などの犬を連れてきた。被災者たちの精神負担の緩和のために、犬たちと遊ぶことにしたのだ。アニマルセラピーは効果的で、動物たちと触れ合うことによって心の傷を癒すことができる。子供たちも喜ぶだろう。
「ヒャッハー! 犬だぜ! 何か芸をしろ!」
「デヶエ犬だな。勝負すんのか、コラ!」
 暇を持て余したパラ実生たちが、一般人たちよりも先に犬を独占してイジり始めた。犬たちは、無理やりお手をさせられたり毛をむしられたりしている。すぐに犬たちは怒り出し、乱闘になりそうになった。
「あなたたちは、こっちよ」
 美由子は、そんな彼らを犬から離して別の暇つぶしを提案する。パラ実生たちが案外大人しく彼女に従ってついてきたのは、大きな胸に誘われたからだ。
「体力が有り余っているみたいだし、ストリートファイトでもして発散するといいわ」
「ヒャッハー! おっぱいおっぱい!」
 当然のことながら、パラ実生たちは殺到してきた。揺れるおっぱい、触れるおっぱい。大災害が起ころうとも、おっぱいさえあれば彼らは生き延びる。訓練は真面目に取り組みたくないけど、不純なエネルギーだけは蓄えてある分校生たちだ。
「胸を揉んで、いや〜んとか言わせてやるぜ!」
「あら、できるかしら?」
 美由子は、微笑みながら準備を始めた。
 ストリートファイトとは言え、本当に喧嘩をするわけではなくお遊びだ。対戦する選手は、野球のキャッチャーの防具と分厚いボクシンググローブを装着し、丸く描いた線の中で戦う。程よく汗もかけるし陰鬱な空気を払拭できるだろう。
「気絶か、降参か、線の外から出たら負けよ。いいわね」
 装備一式を持ってきた美由子が確認する。パラ実生たちはリングの円を地面に大きく書き、取り囲むように集まっていた。
「おっぱい! おっぱい!」
 全員が、最初に美由子が戦うことを望んでコールした。早くも邪念を含んだ熱気が立ち込める。
「いいわよ。まずは誰が相手なの?」
「ヒャッハー! 俺様が相手だぁ!」
 全員が手を上げる中、ひときわ屈強なモヒカンが皆を押し分けて進み出てきた。グローブをはめた手は拳を作らずに、わきわき蠢いている。いつでもおっぱいを揉める動きだ。
「ふふっ、元気いいわね。じゃあ始めましょうか」
 美由子が屈強なモヒカンと対峙した時だった。
「面白そうな対決をしているな。審判は我々が勤めよう」
 どこからともなく、学ランをまとったお面のモヒカンたちが姿を現した。分校内の決闘を取り仕切る決闘委員会のメンバーだ。
「消えろ、オラ! 呼んでねえんだよ!」
 余計なところでしゃしゃり出てくるな! とモヒカンたちから一斉にブーイングが飛ぶが、彼らは全く意にも介さずに美由子に言う。
「分校内では、無用な暴力行為は禁止だ。外部生からすれば異論もあるだろうが、郷に入れば郷に従ってもらおう。臨時教師ならなおさらだ」
「決闘でも暴力でもないわよ。被災の合間のレクリエーションなんだから」
 美由子はいささか不満げに答えた。せっかくの交流の機会なのに無粋な連中だ。
 この生き生きしたパラ実生たちの活力を見よ。先ほどまでは死んでいたように生気がなかったのに、戦うとなると元気が出てきたではないか。野蛮でも乱暴でもいい。これこそパラ実生たちの本来の姿。それを規則で縛り抑え込んできたのは、決闘委員会でもあるのだ。第一、訓練とは言え状況的には災害発生後なのだ。実際に大災害が起こっても彼らは同じ態度で臨むのだろうか。
 少し個人的意見を述べようとして、美由子は不意に強い視線を感じた。
「……」
 振り返ると、一般市民の被災者たちに紛れて、見覚えのある女子生徒がじっと美由子を見つめていた。不気味な無表情。感情を消した監視の目だ。
 赤木桃子。争いあるところに突如現れる、神出鬼没の決闘委員会委員長。
(あの子……?)
 彼女は思い出していた。
 収穫祭で、陽一たちが催したキャバクラ喫茶に来ていた女子生徒だ。真面目で大人しそうな素顔で、あの時にはすぐに帰ってしまったのであまり対応が出来なかったが、美由子の印象に残っていた。
 そういえば……。収穫祭のキャバクラ喫茶で喧嘩が起こりそうになった時にも、その女子生徒は現場にいて、同じ目つきで事態を見つめていたっけ……。
「こんにちわ。また会ったわね」
 美由子は遠慮なく声をかけてみた。
「……」
 桃子は、軽く目礼をしただけだった。相変わらず、現況を観察しているような目つきがきになる。
 もう一人の女子生徒にも見覚えがあり、美由子は目を丸くする。
「舞花さん? 何をしているのですか、こんなところで」
「最近よく聞かれます」
 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、あれからもずっと桃子と行動を共にしていた。
 桃子は、委員会メンバーたちに断られていたのでやる事がなく、と言うか元々あまり覇気もやる気もなく、今更訓練に混ぜてもらうつもりもなかった。目立たないことに慣れている彼女は大勢の視線を嫌うのだ。せめて訓練の様子を見物しようと、避難民たちに混ざってただの女子生徒として避難所へやってきた。目立たず騒がず仕事をサボっていたところだったのだ。
「お手伝いするつもりはないのですね」
「様子を見ているのが私のお仕事ですから」
 苦笑する舞花に、桃子は躊躇いもなく答えた。他のメンバーたちからも、邪魔だから何もするな、と止められている。彼女は、ちょっと恨みがましそうな目でお面モヒカンたちを見た。
 それらを小声でやり取りを交わした舞花は、胸を張って美由子に言った。
「お気になさらずに、お仕事を続けてください。私は遠くから応援しています」
「そうなの」
 舞花が絡んでいるということは、何かある。美由子はピンと来るものがあったが、その事に関しては口には出さなかった。ただ、いくつか提案しておく。
「私たちは決闘システムに参加するつもりはないから、ポイントもワッペンも不要よ。だから、測定器も装着しないし架空ダメージ判定で勝負を決するつもりはないわ。あと、一般市民にまで決闘委員会のルールを適用しないこと。それでいいなら、審判してもらってもいいわよ。退屈なら、あなたたちも飛び入り参加してもいいわ」
 ちょうどよい機会だ、と美由子は思うことにした。この際、決闘委員会のメンバーにも楽しんでもらえばいい。
「最低限の規則さえ守ってもらえれば、特に問題はない。我々は、戦いが無法な乱闘にならないか、双方が過剰に敵対しないかを見届けるのが役目だ」
 決闘委員会メンバーは、美由子のストリートファイトの審判をしてくれることになった。
「まず最初の対決者はお前か? ポイントの増減はなしで対決してもいいぞ」
 お面モヒカンが、最初に名乗り出た巨漢に尋ねる。
「ヒャッハー! もちろんだぁ! こいつはいいぜ! つまりは、おっぱいを揉みまくっても、制止はされないってことだな!」
 第一対戦者は、鼻息を荒くしている。欲望パワー全開で潜在能力以上の戦闘が期待できそうな相手だ。
「待って。あなたは次よ」
 美由子は、ふと思いついて巨漢を後回しにすることにした。
「なんだぁ!? おっぱい揉まれるのがイヤで怖気づきやがったか! そうはさせねえ! 揉むのは俺様の役割だぁ! 逃がさねえぜ!」
「違うわよ。ルールの説明も兼ねて、練習試合をしておくの」
 美由子は、桃子に視線を向けた。戦闘能力をを含め、どんな反応をするか見ておきたかったのだ。
「あなた、まずは私と一戦交えてみない? 隠れているだけじゃつまらないわよ。あなたも契約者でしょう。それなりにできるんじゃないの?」
 え? と桃子は虚を突かれた表情で戸惑った。お面モヒカンたちは無反応だ。いつもどおりの立ち居振る舞いで、桃子を見る。
「ご指名だ。受けて立つか?」
「傷を負い体調がすぐれない……という設定の避難民ですので棄権します。ポイントを賭けた決闘ではないので、最下位の白ワッペン保有者でも拒否権できるはずです」
 桃子は即座に答えた。訓練の状況を生かし、災害に遭って救出されてきた怪我人になりきることにしたようだ。
「そう。残念ね」
 美由子は小さく溜息をつきながらも、避難している一般市民たちの集団の中に入っていった。桃子に近づくと、遠慮なしにいきなり蹴りを放ってみる。
「……!」
 桃子は座り込んだ姿勢のままにもかかわらず、素早く攻撃を回避していた。とっさに距離をとると中腰姿勢になり隙なく身構える。一瞬、彼女は唇の端で笑った。どこからでもかかってこいと言わんばかりの挑発的な態度に、美由子も釣られて思わず間合いを一歩踏み込む。二人の放つ殺気に、一般人たちはざわめいた。
「ふ〜ん、今のを簡単にかわしちゃうんだ。結構本気だったんだけど」
 かなり戦い慣れている、と美由子は見て取った。そこいらのモヒカンたちよりはるかに強い。自己申告どおりの、単なる白ワッペン保有者でないことは確かだ。
「待て! 私闘は禁止だと言っているだろう」
 お面モヒカンたちが割って入って、美由子を押しとどめた。桃子の側にもお面モヒカンたちが盾になるように立ちはだかっている。ただの女子生徒を庇うにしては過剰な防御態勢だ。
「私、何かお気に触ることをしたでしょうか。粗相がありましたら謝ります」
 桃子は、元の大人しそうな表情に戻って詫びの言葉を述べた。
「冗談よ。ちょっとからかってみたかっただけじゃない。あなたが謝ることじゃないわ。びっくりさせてごめんね」
「パラ実では、よくあることです」
「せっかくお近づきになれたんだもの。お名前を聞かせてほしいわ」
 美由子は、自分が名乗ってから桃子に尋ねた。
「赤木桃子です。すぐに忘れてもらって結構です」
「そう。特におもてなしは出来ないけど、ゆっくりしていってね」
 美由子はクスリと微笑みながら、何事もなかったようにストリートファイトの円に戻って、待っていた屈強なモヒカンと向き合った。お面モヒカンたちも黙ったままついてきて、先ほどと同じ場所に立つ。
 しばしの沈黙。美由子とお面モヒカンたちは、トラブルはなかったことで合意した。なんとなく、雰囲気的に。事態はそのまま進む。
「では、始めてよし」
「ヒャッハー! おっぱいおっぱい!」
 全力で襲い掛かってくるモヒカンをいなしながら、美由子は横目で決闘委員会の様子を伺っていた。もちろん、胸を触られるほど気を抜いてはいない。
「……」
 舞花と桃子は、これ以上の関わり合いを避けるためか、すぐに避難所から立ち去って行った。彼女らを護衛するように、見知らぬ男子生徒が一人付き添っている。
(なるほどね。いつのまに)
 ストリートファイトの審判を買って出たお面モヒカンの人数が一人減っていた。彼女らを守りながら去っていった男子生徒は、決闘委員会メンバーの素顔なのだろう。お面モヒカンも学ランも単なる装備品で、それを外した外見は、どこにでも居そうなただの男子生徒だ。彼は、桃子と舞花に気を使い恐縮しているように見えた。
(あの子、見かけによらず重要人物みたいね。分校内では高い役職に就いているんじゃないかしら)
 美由子は想像力を働かせていた。
「ふふ。だったら、もっと仲良くしておけばよかったかしらね」
 彼女らとは、また出会えそうな気がしていた。
「さて、と。……えいやっ!」
 美由子は考え事を中断してストリートファイトに専念した。
 巨漢モヒカンは必死の攻撃も空しく、美由子のクリティカルヒットを食らって泡を吹いた。
「うぐぼわぁぁ!」
 手だけはまだおっぱいをもむ動きをしていたが、そのまま倒れる。
「ヒャッハー! おっぱい強ぇぇぇ!」
 モヒカンたちは感嘆の声を上げたが戦意を喪失したわけではなかった。
「オレのゴッドハンドが火を噴くぜぇ! おっぱいおっぱい!」
 美由子の胸を狙って、モヒカンたちが挑んでくる。ストリートファイトは熱気の坩堝になった。
「ところで、あなたもどう? ストリートファイト」
 さらに数人のモヒカンを倒したところで、美由子は避難所で休んでいる朱鷺も誘ってみた。
「やめておきます。今は何もする気が起きません」
 朱鷺は気の抜けた返事をした。
「そんな時こそ、派手に暴れなきゃ! あなたの不満や失望を、全部私にぶつけてもいいのよ。受け止めてあげるわ」
 美由子は、朱鷺がLV120を越える実力の持ち主であることを見抜いていた。まともに戦えば彼女よりもずっと強い。しかし、消沈した朱鷺となら十分に戦えるだろう。朱鷺にとってもいい気晴らしになりそうだ。
 そんな彼女の心遣いに気づいて、朱鷺はすぐに素直に頷いた。
「ありがとうございます。しかし、ストレスを発散したところで解決しません。指針を失った朱鷺は、これからどうすればいいのでしょうか?」
「よかったら、話してみて?」
「あなたには関係ありませんよ」
 朱鷺は素っ気無くいいながらも、暫く遠くを見つめていた。美由子は、黙って次の言葉を待つ。
「全く、どうしようもないことです。朱鷺の努力は無駄だったのでしょうか? 分校長はポンコツロボでしたし、教師達は無関心、何度か出会った金ワッペン保有者は俗物ばかりでした。朱鷺の希望を聞いてくれそうな権力者とは結局会うことは出来ませんでしたよ」
 ふふふ、と朱鷺は空しく笑った。
「よくわからないけど、やる事が無いなら、さっき去って行ったあの女の子を追いかけてみたらどうかしら?」
 なんとなく朱鷺が求めている事を察して、美由子は桃子が去って行った方向に視線をやった。
「あの子、この分校で恐らく最も重要な地位にいるキーパーソンの一人よ。悩み事があるなら、相談してみたらいいと思うわ」
「そんな、まさか。キミは、さっきの女子生徒が何者か知っているというのですか?」
「さあ? 名前を聞いただけだもの。でもね、あの子の目を見たでしょ? 弱々しいフリして、モヒカンはおろか外部生の契約者なんか全然怖くないって顔をしていたわ。つい本性が出ちゃったのね。パラ実の女の子であんなにふてぶてしいのは、相当に自信がある証拠よ」
 思い出しながら言う美由子の言葉に、朱鷺ははっとした。
「そういえば、相当な実力の持ち主のようでしたね」
「諦めるのはまだ早いわ。頑張って」
 美由子が元気付けると、朱鷺は笑みを浮かべる。
「やれやれ、私としたことが……。おかげさまで少し元気が出てきました。やることを思いついたので、失礼します」
 朱鷺は、束の間の休息を中断して立ち上がった。そうだ、ダメもとでいいからあの女子生徒に会ってみよう。彼女は、美由子に軽く目礼をして去って行く。
「やっぱり元気が一番よね」
 避難所の美由子は朱鷺の後姿を見送っていた。さて、どうなることだろう。それは、彼女ら自身のことだ。
「じゃあ、みんな。喧嘩、始めようか」
「ヒャッハー! おっぱいおっぱい!」
 ストリートファイトは好評だ。次々とモヒカンの挑戦者が現れる。戦うことが好きなパラ実生に受け入れられて、想像以上に盛り上がった。
 長時間にわたってストリートファイトイベントは行われた。
「ただいま。何かあったのか?」
 新たな被災者を救出して帰ってきた陽一に、美由子は楽しそうに答える。
「強いて言うなら、新たな出会いと発見ってところかしら」
「そうなのか? まあ、訓練が順調なら何よりだ」
 彼は、救助活動を小休止して言った。まだ先は長い。
 避難所生活は、ゆっくりと過ぎていくのだ。