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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――

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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――
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『かつての戦場を眺め、今』

「おー、いい眺め。ここに登ったのってあの時以来だー」
 『雪だるま王国』内、北部に位置する『バケツ要塞』の最も見晴らしが良い地点にカヤノと立って、秋月 葵(あきづき・あおい)は腕を大きく広げて遠くを見つめた。
「あの向こうから、エリュシオンが攻めてきたんだよね。で、カヤノちゃんが隊長で、私が副隊長で、みんなと一緒にイルミンスールを護って」
「そうね……それっていつの話だっけ」
 カヤノの問いに、葵はうーん、と腕を組んで、けっこう前、と答えた。……ここで戦いが行われたのは、実に3年半前になる。
「もうここが、本来の役目を果たすことは無いんだよね。あっても困るけど、なんか、淋しい、って思うな」
 敵を食い止めるという役割を終え、ひっそりと眠りにつく要塞を、葵は自分の一部であるかのように捉えていた。さらに言えば彼女にとってイルミンスールも、自分の一部であった。
「美央女王さまと知り合って、雪だるま王国に参加してから、イルミンスールに足を運ぶようになった。カヤノちゃんともこうして、お友達になれた。
 あたし、感謝してるよ。美央女王さまにも、雪だるま王国のみんなにも、そして、カヤノちゃんにも」
「……あたいも、アオイには感謝してる。考え無しなあたいに今日まで付き合ってくれて、ホントにありがとう」
 カヤノにしては珍しく、素直に頭を下げた。葵は「そ、そんな、大げさだよ〜」と手を振って笑って、そして告げた。
「あたし、楽しかったんだから。カヤノちゃんと色んな所に行って、色んな経験が出来て。
 ……大丈夫、この場所がある限り、あたしとカヤノちゃんが覚えてる限り、いつかみんな、帰ってくるから」
 その言葉を最後に、暫くの間、二人の間からは言葉が消えた。言いたいことを声には出さずに、共有し合っているようにも見えた。
「ねえ、カヤノちゃん。あたしね、今度結婚することにしたんだ。ほら、あたしもいい年になったしね」
 葵のその一言で、二人の間から沈黙が吹き消えた。葵は今度、パートナーと結婚式を行うのだと注げる。
「それでね、式にはカヤノちゃん達にも来て欲しいんだけど、どうかな?」
「行くわ、絶対行く! 何があっても駆けつけるからね!」
 ガシッ、と葵の両手を握って、カヤノが絶対の約束を交わす。
「うん、ありがと、カヤノちゃん。うふふ〜、今から楽しみだな〜」
 葵の見せた笑顔は陽光を受け、眩くカヤノの目に残った――。


『旅立ち――大切なパートナーへ』

「わー、フブちゃんだー! すっごい久し振りだよー」
 自分の下を訪れたのが鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)と知って、メイルーンは喜びいっぱいで吹笛の両手を握った。
「確かに、ご無沙汰、になってしまいましたな。ここは是非とも再会を祝してお楽しみ会……といきたいところですが、その前にひとつ、お伝えしなくてはいけないことがありまして」
 吹笛も再会を喜びつつも、表情がスッ、と引き締まったのを見て、メイルーンは次の吹笛の言葉を待った。
「私達はパラミタを一時、いえ……或いは当分離れる旅に出ます。
 旅の目的は『彼』に会う事。そしてメイルーンさんにはこの旅が、私達四人の出会いと契約を招いた根幹である事を理解していただきたいのです。
 少々、長くなってしまいますが、よろしいですかな?」
「うん、分かったよ。……でも立って話すのもなんだし、座ったらどう? 椅子、用意するよ」
 メイルーンが一行の前に、椅子を用意する。見た目は氷の椅子だが、適度な柔らかさを持っており座り心地は抜群だった。

「『彼』はエウリーズさんにとって主君であり、ハニバーさんにとって兄貴分兼友人です。二人は『彼』を探す為に、そして私は二人に協力したいが為に契約しパラミタに来たのです。
 そこから更に、『彼』が私とノーバさんを引き合わせました」
 吹笛とエウリーズ・グンデ(えうりーず・ぐんで)『女王の国一握の闇』 ハニバー(じょおうのくにいちあくのやみ・はにばー)ノーバ・ブルー・カーバンクル(のーば・ぶるーかーばんくる)が並んで椅子に腰掛け、メイルーンが四人の話に耳を傾ける。まずは吹笛から『彼』について簡単に説明があり、次いで吹笛にとっての『彼』が語られる。
「私が今こうしてここにいるのは勿論、自分で選択を重ねてきたからです。
 ですがいくつもの選択肢を投げ掛けてきたのは他でもない、『彼』でした」
 言い終えた吹笛が、エウリーズへ視線を向けた。自分が話す番であると受け取ったエウリーズが、自分にとっての『あの人』を語った。
「『あの人』は世界を見る目を広げてくれた主君よ。だからその時の野心が今も『あの人』の中で生きているのか、会って確かめたいの」
 次はハニバーさんね、とバトンを渡すようにしてエウリーズが告げ、バトンを受けたハニバーが軽く自分の事に触れてから、彼にとっての『あいつ』を口にした。
「『あいつ』は国や世界の枠を越えて視野が広大だった。だから僕の著者は『あいつ』を尊敬して、友人でも弟分でもある関係でいたんだ」
 最後に口を開いたノーバは、彼女の『おっちゃん』をこう説明した。
「最初はポータラカでの居場所を奪った元凶って思ったよ。でも一番に望む事を考えて吹っ切れたんだ。
 今じゃあ自分に正直になれる場所と理解者を得る機会をくれた、結果的な恩人と思ってるよ」
 四人がそれぞれ、『彼』『あの人』『あいつ』『おっちゃん』がどういう人物なのか――しかしそれらは全て一人の人物の――を語り終えた。そして今度はノーバからバトンを戻すように、自分が思う『旅』についてを語り始める。
「異界の地を踏みたい! 存在を訴えといて、実際は未踏なんて今の状況はおかしいもんねー」
 ノーバが先陣を切り、バトンはハニバーへ渡った。
「僕を契約者にしたのは、吹笛とエウリーズを『あいつ』の元へ導こうとした著者の魂の仕業だ。
 君が新しい生き方を望んだ様に、僕も誕生した意義を果たして次の生き方を探したいんだ」
「『あの人』の私兵を辞める決心をするかもしれないわ。それとも私兵で居続け価値観の新しい国作りを助けるか、この旅には私の未来が懸かってるの」
 ハニバーもエウリーズも、ノーバでさえも、旅について並々ならぬ意思を持っている、そうメイルーンには感じられた。
「私にとってこの旅は、当初の目的通り、エウリーズさんとハニバーさんが『彼』と再会する瞬間を見届ける為――。
 ですがそれだけでなく、私が『彼』を知る為でもあります。私の周辺をここまで形作った相手ですからな。最早知らないままではいてもたってもいられません」
 四人を渡ったバトンを最後に受け取った吹笛は、自身の旅についてをそう締めくくった後、メイルーンに自分たちのバトンを託すように両手を差し出して言った。
「メイルーンさんには、私達の繋がりと意志を知った上で、見送ってほしいのです」
「……分かったよ。しばらく会えなくなるのは寂しいけど、でも、そんなに大事な旅なら、絶対にやり遂げてほしい。
 ボクに出来る事が、みんなを元気よく見送ることなら、精一杯元気よく見送らせてもらうよ」
 メイルーンの両手が、吹笛の手に重なった。意志が受け継がれる瞬間、そして、吹笛がふぅ、と息を吐いた。
「……尤も、『彼』と面会した後は少なくとも私一人はすぐパラミタに戻るつもりですよ。こちらでやりたい事がまだまだありますからな」
「……あはっ、そっか。うん、なるべく早く帰ってきてね、フブちゃん」
「なるべく期待には、答えましょう。……さて! 一ヶ月分のシリアスムードは出尽くしました。
 ここからはお菓子と飲み物を持ち込んでの、コントとボケツッコミが乱舞するお楽しみ会で思い出作りですよー!」
 言うが早いか、いつの間に持ち込まれた大量のお菓子と飲み物が一行の前に広げられた。
「盛り上げていくわよー! メイルーンちゃんが寂しがらない様に、真っ先に浮かぶ私達との思い出がコレになる様に、ねっ!」
「僕はツッコミに終始するよ。頭脳派だから体を張る無茶振りは勘弁して欲しいな……。
 って、なんだいみんなして僕を見て。今のは振りじゃないよ! 違うったら!」
 ふふふふ、とどこか不敵な笑みを見せるエウリーズから、ハニバーが必死に逃げようとする。……もちろん逃げられるはずもなく、彼はその後『無茶ぶり』に巻き込まれることになるのだが……まずは「はいはーい! お楽しみ会の進行はあたしがやるよー♪」と立候補したノーバの即興で思いついた音頭を聞いていただこう。
「魂で結ばれたあたし達はここに全員揃った。
 あたし達には共に目指す道がある!
 未来を望む心がある!
 そんなあたし達を祝して、今日の思い出に乾杯!」

「「「「「かんぱーい!!!!!」」」」」

 『氷雪の洞穴』は普段の精霊たちの賑わいに負けない、盛り上がりを見せていった――。